一週間ほど前でしょうか、ジャズを中心にリリースするドイツのレーベルECMの全カタログが各種サブスクリプションサービスで配信されることが発表されました。
私自身Apple Musicにはよくお世話になっている身ですが、音楽好きな知人との会話など身近なところでその欠点(?)として「でもあれにはECMないからね~」なんて口に出すことも結構あったくらいなのでこれは本当に衝撃で、それ以降片っ端からECMの作品ばかり聴いてしまっています(笑)
ですがツイッターなどで繋がっている音楽好きの反応など見ていると、ジャズを多く聴くような方に関しては好きな作品を話題に出したり何らかのリアクションをしていることが多いのですが、それ以外の方となると勿論喜ばしいこととして受け入れつつも一気に膨大な数の作品が聴取可能になったことでどこから手を付けたらいいのか…といった戸惑いも見受けられるように思います。
たしかにECMというレーベルはジャズを中心としながらもカタログ数が膨大なだけに非常に多様な面を持ったレーベルで、どこから手をつけるかによってその印象も大きく変わってくるでしょうし、ある程度の数このレーベルの作品を聴いた方でも各々が思い浮かべる「ECMらしさ」みたいなものにはかなりギャップ出てきてもおかしくないような把握しきれなさを持った存在です。
なのでここではその広大さを前に戸惑っている方の足掛かりになることを念頭に、私個人が好きなECM作品をそこから読み取れる何らかの共通項からいくつかのカテゴリに分けて紹介してみたいと思います。
結果として個人の観測範囲からこのレーベルの大まかな見取り図を描く試みになればという思いもありますが、ここで示されるカテゴリはあくまで私個人が好きで聴いていたものから導き出したものでしかなく、レーベルの全体像を示すことを最優先としたものではないので、相当に偏りのある視点から書かれたものであることに留意して目を通していただければと思います。
前提として、私のECM作品の聴取の傾向としては2010,2011年辺りから徐々にその作品を手に取り始め、新譜や比較的近年(2000年以降)の作品を優先的に聴いています。70年代後半~80年代初頭などレーベルの代表作といえるようなものが多くリリースされた時期はともかく、80年代半ばから90年代の作品についてはまだあまり手をつけられていないのが現状です。なのでここで紹介する作品もそういった傾向が大きく反映されたセレクトになるかと思います。
すみません、前置きが長くなってしまいましたね。
本投稿はECMのストリーミング解禁を祝した意味合いも大きいので、作品名にはApple Musicのリンク付けを行っています。気になったものがあれば是非リンクからすぐにでもお聴きください。(spotifyなどをご利用の方はお手数ですが各自でご検索いただければと思います。)
アートワークの貼り付けがあるものは特にオススメの作品です。
ではどうぞ。
- 1. ソロ、スタンダーズ以外のキース・ジャレット
- 2. プログレッシブ・ロック、フュージョン、ニューエイジなどの影響
- 3. 静音
- 4. 現代音楽
- 5. クラシック
- 6. 声楽 歌曲 トラディショナル
- 7. フリージャズ/フリーインプロヴィゼーション
- 8. アメリカのコンテンポラリージャズシーンとの接続
- 9. 2017年
- 10. その他
1. ソロ、スタンダーズ以外のキース・ジャレット
ECMといえばキース・ジャレットのソロ*1やスタンダーズをまず思い浮かべる方は多いと思います。しかしもちろん彼の活動はそれだけではなく他にも多くの印象深い作品をこのレーベルに残しています。ここでは例えばケルン・コンサートなどから入り他のECM作品へ手を伸ばす際の足掛かりになればと思い、ソロ、スタンダーズ以外の作品から個人的に好きなものをいくつか。
・Keith Jarrett, Jan Garbarek, Palle Danielsson, Jon Christensen『Sleeper (Live)』
キース・ジャレットがヤン・ガルバレクなどのヨローッパの奏者達と組んだヨーロピアン・カルテット*2によるライブ盤。キース・ジャレットの活動で個人的に最も好きなのがこのヨーロピアン・カルテットだったりします。メンバーのヤン・ガルバレク、ヨン・クリステンセンなどはECMの看板奏者でもありその美学に沿った耽美な演奏もよく聴かせてくれますが、ここではジャズ的なビート感や熱気によってこのユニットの持ち味である歌心が加速されたような、高揚感のある演奏が繰り広げられています。
・Kenny Wheeler, Keith Jarrett, Dave Holland, Jack Dejohnette『Gnu High』
今となっては珍しい感もある、キース・ジャレットがサイドマンとして参加した作品*3。冒頭からふくよかな音色を聴かせてくれるケニー・ホイーラーのフリューゲル・ホルン、1曲目中盤でのキースのソロをはじめ非常に聴きどころの多いアルバムとなっています。キースは後にジャック・ディジョネットをスタンダーズのメンバーとして迎えるわけですが、それも大いに頷けるくらいここでも見事に双方が高め合っていくような演奏を聴かせてくれます。キース好きでこれ見落としている方がもしいたらとても勿体ないので是非聴いてみてください。
・Keith Jarrett『Dmitri Shostakovich: 24 Preludes and Fugues, Op. 87』
キース・ジャレットはクラシック音楽の録音もECMから結構リリースしてるんですよね。正直そういった作品に対しては個人的にこれまで興味がなく、この機会にと思って初めて聴いてみたのですが案外いい感じでした。まあショスタコーヴィチの前奏曲とフーガの演奏は他ではリヒテルのものを少し聴いたことがあるくらいなので、曲自体が新鮮に響いたのか演奏がよかったのかはちょっとわからないんですが…。
2. プログレッシブ・ロック、フュージョン、ニューエイジなどの影響
ECMは基本的にはジャズのレーベルという認識で間違いはないと思うのですが、特に70年代後半から80年代初頭辺りの時期はジャズと合わせて同時代音楽としてのプログレッシブ・ロック、フュージョン、ニューエイジなどにも大きく影響を受けたと思われるサウンドの作品が多くリリースされています。ジャズに馴染みがなく、ECMに対しても敷居が高いイメージで敬遠されている方などはこの辺りの作品から入るのもいいかもしれません。
・Terje Rypdal『Whenever I Seem To Be Far Away』
ノルウェーのギタリスト、テリエ・リピダルの作品。メロトロンとか入っててかなりシリアスなプログレっぽいサウンドなのでキング・クリムゾン好きな方とかに是非聴いてみてほしいです。
上掲の『Whenever~』と比べるとややリラックスしたムードで聴きやすい作風。こちらから先に聴いたほうがいいかもです。
・Eberhard Weber『The Colours Of Chloe』
パッと見ではまずECMだと思わないようなメルヘンチックなジャケが面白い一枚。ジャズの要素もありますが、それも移り変わる場面のうちのひとつといった感じで厚い弦楽が旋律を奏でる場面やエレピなどが加わるジャズロック的場面などと並列に扱われている印象です。ベーシストのリーダー作ということもあってかわかりやすく大き目な音でミックスされたフレットレスベースの音色に耽美で静かなジャズからこのレーベルに入った身としては最初は面食らいました(笑)
・Rainer Bruninghaus『Freigeweht』
シンセのレトロな音色のシーケンスのうえでピアノ弾いた時のサウンドがとてもニューエイジっぽい、ここで挙げている作品でも特に人を選ばない一枚かと思います。名作。ジジ・マシンとか好きな方も是非。
・Steve Swallow『Home』
リーダーはベーシストのスティーブ・スワロウですが、詩人ロバート・クリーリーの詩とのコラボレーションという体裁のアルバムみたいです。これは何曲かでライル・メイズのシンセ(パッド的な音色でコード流すだけ)が入ってたり、曲の後半で歌が入ったりするくらいでバランス的にはフュージョンってほどでもない気がしますが。
・David Torn『Cloud About Mercury』
ベース(スティック)にトニー・レヴィン、ドラムはビル・ブラッフォードといういかにもプログレなメンバー。音楽性としては全体的にシンセ(シンセ・ベースやシンセ・ドラムなども含む)が多く用いられていて浮遊感やエキゾチックさ?も感じられる面白い内容です。
・Jan Garbarek『In Praise of Dreams』
ECMの看板奏者といってもいいサックスプレイヤー、ヤン・ガルバレクは70年代や80年代といった時期にはどちらかというとアコースティックなサウンドを志向していた印象がありますが、近年では電子音などを用いたニューエイジやアンビエント的に聴こえる作品をリリースしています。これは2004年の作品。
・Jan Garbarek, Nana Vasconcelos, John Abercrombie『Eventyr』
項の最初で書いたような同時代の音に影響を受けたといったかたちではないと思いますが、ヨーロッパ、南米、アメリカと異なる地域の奏者によるコラボレーションによって生まれた本作もECMならではのかたちで実現されたフュージョンという認識もできるかもしれません。エキゾチックさのようなものを感じる瞬間は多くあるのですがそれが何らかの特定のイメージに結びつかず、架空の民族音楽といった趣があります。
3. 静音
ECMというレーベルを大きく特徴付けている「沈黙の次に美しい音」というコンセプトですが、リリースされる作品の方向性が多様化した現在では必ずしもその文言とストレートに結びつかないように聴こえるものも多いように思います。しかしやはりECMというレーベルを語るうえでは“静けさ”やそれに伴う“美しさ”は外せない観点ですし、そういった価値観をジャズの分野で大きく打ち出したことがこのレーベルの一義的な功績といっても過言ではないでしょう。
ECM的な美意識を最も体現しているピアニストといえばボボ・ステンソンではないでしょうか。北欧のメンバーで固めたAnders Jormin、Jon Christensenとのトリオ作も是非聴いていただきたいのですが、ここでは彼のディスコグラフィーにおいて“静けさ”という面では特に秀でていると思われる、ドラムにポール・モチアンを迎えたアルバムをチョイス。1曲目、5秒間の無音の後の曲の出だしの音、ジャケットを見ながら聴いてみてください。
ECMの代表的な作品として挙がることも多いポール・ブレイのピアノソロ・アルバム。例えばキース・ジャレットのそれと比べると非常に緊張感の高い演奏に聴こえますし、静けさといってもここにあるのは安らぎを覚えるものというよりは神経質で、今にも崩れてしまいそうな刹那的なものに思えるのですが、それ故に過剰なほどの美しさが表現されている一枚だと思います。
共にECMの看板プレイヤーといってもいい存在のヤン・ガルバレクとラルフ・タウナーによるデュオ作。冒頭を含めいくつかの曲で鳴るウィンドハープの音色が示すような寒々しいアンビエンスを放つ作品で、静けさがありながらも厳しい冬の乾いた風や荒涼とした大地を思わせるサウンドはイージーリスニング的なものとは一線を画しています。リアルタイムで聴かれた方には勿論違って聴こえたと思いますが、2000年以降のECMの静かな作品などに馴染んだ自分からすると遡って聴いた70年代の作品などには意外なほど力強いジャズといった印象を受けることが多く、今作にもサックスとギターのデュオとは思えないほど骨太な鳴りを感じます。
・Jakob Bro『Gefion』
ECMレーベルからリリースのあるギタリストというと、ラルフ・タウナー、テリエ・リピダル、ジョン・アバークロンビー、ビル・フリゼールなどが挙がるかと思いますが、近年のリリースでは78年生まれのデンマーク・出身のヤコブ・ブロが欠かせない存在でしょう。前述したギタリストたちとはフォーキーな音楽性やエフェクトを多用した音色といった面で共通項がありながらも、それらを用いて淡いアンビエンスを生み出す演奏は彼にしかできない個性的なものではないでしょうか。本作はギタートリオという編成でありながら、ギターはまるで背景に退くかのように空間を意識したプレイが多く、それによって共演のトーマス・モーガン、ヨン・クリステンセンの演奏の素晴らしさが浮かび上がってくるような不思議なバランスで成り立った音楽となっています。
・Colin Vallon Trio『Le Vent』
スイスのピアニスト、コリン・ヴァロンをリーダーとしたトリオの作品。静けさと叙情性を持ったECMらしいピアノトリオといった面もありながら、彼らはそこに変拍子やポリリズムといった構造的な創意工夫を巧みに持ち込み、独自の美しさとグルーヴを持った音を奏でています。
・Tigran Hamasyan, Arve Henriksen, Eivind Aarset, Jan Bang『Atmosphères』
アルバム毎に違った試みを聴かせてくれる多彩な活動によって所謂ジャズリスナー以外の層にもその存在を大きくアピールしているアルメニア出身のピアニスト、ティグラン・ハマシアンがノルウェーの演奏家たちとコラボレーションした一枚。聴き心地としては私が耳にしたことがあるECM作品の中ではトップクラスにサウンドスケープ、アンビエント的な内容で、それに加えて即興性が高いことに由来するのか適度な緊張感も感じられる、なんとも痒い所に手が届くアルバムです。Jan Bangのライブサンプリングが大きな存在感を放つ場面においてはニューエイジ的な趣が感じられる部分もあるので、そちらのカテゴリの作品が気に入られた方にも強くオススメします。
・Maciej Obara Quartet『Unloved』
つい最近出たばかりの新作なんですが、近年耳にしたECM作品でも特にこのレーベルらしさを感じさせる一枚で素晴らしかったです。特に①、③、⑦など静かでメロディアスな曲における音量を絞ったサックス、ビート感の希薄な演奏をするドラムの音色と深いリバーブが合わさったサウンドはこれぞECMと言いたくなるような美しさ。
・Masabumi Kikuchi Trio『Sunrise』
菊地雅章のECMデビュー作でありポール・モチアンの遺作ともなったアルバム。私は菊地雅章の作品は現時点で僅かしか聴いたことがなく、その個性についてもしっかりとした認識を持てていないため、本作についてもその音楽性をどこまでECMの美学と結びつけていいのかわからないのですが、静けさという点でそこに沿うものを感じさせつつもECMの録音の特徴によって多くの作品で感じられるような湿度や曇った音のイメージはほとんど感じられず、とてもドライでどこまでも意識を覚醒させる音といった印象を持ちました。ECM録音の特徴であるリヴァーブ処理は本作でも行われているのですが、にも関わらずここまでドライで毅然としたものを感じさせる作品はなかなかないような気もします。
エストニアの作曲家アルヴォ・ペルトの楽曲を取り上げたアルバム。こちらはECMといっても現代音楽やクラシックなどをリリースするNew Seriesからの一枚。無音を多く用いるといった方向性でなく、「静けさ」を“奏でる”音楽という観点ではECMのみならず他のあらゆる音楽を含めてもこれほどのものはそうないのではと思わせられる、簡素な秩序によって純化された美しさを湛えた音楽です。アンビエント好きな方も是非。
4. 現代音楽
先に別作品を紹介したArvo Partのアルバム『Tabra Rasa』を端緒としてECMは1984年より現代音楽や古楽、クラシック音楽をECM New Seriesとしてリリースし始めます。作曲家のセレクトに関してはライヒなどの著名な作曲家からそれまであまり注目されていなかったのではないかと思われる東欧の作曲家などひとつの観点で括ることは難しそうですが*4、節操なく出している感じは全くなく、聴いてみるとどれもECMの録音の特徴などにうまくフィットしている印象で丁寧なディレクションが行われていることがわかります。
・Gavin Bryars『After The Requiem』
「タイタニック号の沈没」などの楽曲で著名であり、また同曲をブライアン・イーノのオブスキュア・レーベルからリリースしたことでアンビエントの源流的な位置づけをされることも多いイギリスの作曲家、ギャビン・ブライアーズの作品。演奏にはビル・フリゼール、エヴァン・パーカーなどが参加。サスティンの効いたフリゼールのギターと弦楽が合わさる場面の響きなどはすごくECMならではといった趣があります。
・Veljo Tormis『Litany To Thunder』
エストニアの作曲家ヴェリヨ・トルミスの合唱曲集。ECM New Seriesは他にもウクライナ、ハンガリー、ベルギーなど普段なかなか意識することのないヨーロッパの作曲家を積極的に紹介している印象があります。*5
ミニマル・ミュージックの代表的な作曲家スティーヴ・ライヒによる声楽と小編成のオーケストラのための作品。複雑な変拍子で成り立っている楽曲のようですが、それを感じさせないメロディアスさを持った作品で、ライヒの楽曲でも特に親しみやすいもののひとつかもしれません。ECMレーベルからのリリースということを意識することなく愛聴されている方も多いのではないでしょうか。
・Meredith Monk『Dolmen Music』
アメリカの作曲家、ボーカリストのメレディス・モンクの作品もそのうち多くのものがECMからのリリースです。本作はミニマルミュージック的に簡素なフレーズを繰り返すピアノのうえでボーカルの可能性を拡張する彼女のパフォーマンスがじっくり楽しめる一枚。また、余談ですが、前掲のSteve Reich『Tehillim』と本作はオリジナルリリースは1984年にECM New Seriesが発足する以前(それぞれ1982年と1981年)であり、こういった分野へ着手が、ある時点での思いつきでなくそれなりの期間を経て確かな必要性を持ってなされたことが伺えます。
・Giacinto Scelsi『Natura Renovatur』
音色の変化を主眼とした作曲を偏執的に追及したイタリアの作曲家、ジアチント・シェルシの作品集。
5. クラシック
New Seriesが発足して以降、ECMはクラシック音楽を専門的に演奏する演奏家と契約を結び、クラシック音楽の作品もリリースするようになります。個人的に思い入れの強い作品もあり、自分にとっては外せない一面です。
・Andras Schiff『Beethoven: The Piano Sonatas, Volume VIII』
ECMと契約を結んだクラシックの演奏家の中でも一際大きな存在感を放っているのが世界的に著名なハンガリー出身のピアニスト、アンドラーシュ・シフでしょう。バッハ、シューマンなどをはじめ既に多くの録音をECMから発表していますが、2008年に完成させたベートーヴェンのピアノソナタの全曲録音は演奏のクオリティに録音の美しさも相まって本当に素晴らしい出来です。ここでは個人的に特に好きな最後の3つのソナタが収められた第8集を。ECMで好きな作品はたくさんありますが、一枚だけ選ぶなら私はこれになります。詳しいレビューはこちら。
・Kim Kashkashian, Robert Levin, Robyn Schulkowsky『Linda Bouchard • Paul Chihara • Dmitri Shostakovich』
アメリカの女性ヴィオラ奏者、キム・カシュカシャンもECMから多くの作品を発表しているクラシックの演奏家です。このアルバムに収められているショスタコーヴィチのヴィオラソナタにおいては楽曲の持つ夜の雰囲気が素晴らしい演奏、録音によって濃厚に表現されています。
・Carolin Widmann, Dénes Várjon『Robert Schumann: The Violin Sonatas』
ドイツの若手ヴァイオリン奏者キャロリン・ヴィトマンはソロキャリアのスタート時からECMよりアルバムを発表し、着実にリリースを重ねています。本作は最初にリリースされたロベルト・シューマンのヴァイオリン・ソナタ集。シューマンといえばピアノ曲のイメージが強いですがそのキャリアの中には室内楽曲を集中的に書いた時期もあり、この分野においてもいい作品を残しています。ここで取り上げられているヴァイオリン・ソナタは前述した室内楽に集中的に取り組んだ時期(1842年)に書かれたものではないためシューマンの室内楽作品の中でも顧みられることの少ないものかと思いますが、ソナタ一番の第一楽章における情熱的な旋律などは特に印象深いですし、私はとても好きです。
6. 声楽 歌曲 トラディショナル
先に紹介したメレディス・モンクの作品などもそうなのですが、ECM的なサウンドをあれこれ頭の中に思い浮かべると、声楽だったり歌曲など“声”のイメージというのも結構存在感あるんですよね。ECMのサウンドを特徴付けている深いリヴァーブは教会の残響を模したものだなんていう言説もいろんなところで読んだ気がしますし、グレゴリオ聖歌を用いたアルバム*6なんかも出してますし、やっぱそういう西洋音楽の原風景みたいなところに根差したレーベルなんでしょうかね。
・Elina Duni Quartet『Matanë Malit』
アルバニアのシンガー、エリーナ・ドゥニの作品。アルバニアとコソボの民謡を多く取り上げヴォーカル+ピアノトリオというジャズ的な編成で演奏しています。「別れ」を歌ったものが多いというアルバニア民謡独特の儚げな旋律を味わえるのは勿論、ところどころで拍子が変な曲が出てくるのも面白いですね。バックを務めるピアニストのコリン・ヴァロンは自作でも変拍子を多く用いた演奏を多く行っているのもあってここでも素晴らしい演奏を聴かせてくれます。
・Ketil Bjornstad『The Light』
ECMから多くの作品を発表しているノルウェーのピアニスト、ケティル・ビョルンスタのアルバム。ピアノ、ヴィオラ、メゾソプラノヴォーカルという編成での自作の歌曲集。編成もあってか民族的な旋律というよりクラシックの歌曲に近い趣。特にノルウェー語(?)で歌われる曲がいいです。
・Tigran Hamasyan『Luys i Luso』
「静音」のカテゴリでも作品を取り上げたアルメニアのピアニスト、ティグラン・ハマシアンのECMデビュー作。アルメニアに伝わる宗教音楽を聖歌隊とピアノという編成のためにアレンジしたという意欲的な作品です。半音の動きが特徴的な民族音楽ならではの旋律がピアノ、または歌われる音域の違いなどによってか冷たく厳かに響いたり優しさや情緒などを感じさせたりと様々な表情を伴って表れてくるのが興味深いですし、ピアノによる即興がフィーチャーされた場面やドローン的な声の扱い、ポリフォニックな旋律のやりとりなど清閑さを保ちながらも音楽的な様相の変化は結構あるので、声楽曲に馴れていない方にも聴きやすいかもしれません。
7. フリージャズ/フリーインプロヴィゼーション
フリージャズやフリーインプロヴィゼーションと聞くと過激なイメージでECMの静かで耽美なイメージと結びつかないと思われる方も多いと思います。しかし決して多くはありませんがそういった方向性でもとてもいい作品があるんです。
・Circle『Paris-Concert』
チック・コリアがフリーに走った迷作(名作?)って評価みたいですが個人的には大好きです。サックスはアンソニー・ブラクストン*7。1曲目ではウェイン・ショーターの「Nefertiti」が演奏されているのですが、あの印象的なテーマを経て比較的理知的に聴こえるアドリブから徐々にテンションが上がってフリーブローイング的な場面へなだれ込む様が記録されていてもの凄くかっこいい…!終始フリーって感じでもないのでフリージャズ入門の一枚としてもいいんではないでしょうか。
・Paul Bley『Ballads』
これApple Musicには今のところないっぽいんですがすごい名作です。手短なところではツタヤディスカスで借りられるので、機会があれば是非。レビューはこちらです。
・Joe Maneri, Matt Maneri『Blessed』
アメリカのサックス/クラリネット奏者でコンポーザーのジョー・マネリとその息子でヴィオラ奏者のマット・マネリによるデュオ作。狭義のフリーインプロヴィゼーションには調性であったり特定の音楽イディオムを極力回避しつつフレーズを発し合うようないわゆるフレーズの即興と、それ以降に現れた楽器からフレーズといった単位に収束しない(ノイズなども含めた)音響を取り出し多く用いた音響的即興などありますが、ここで行われているのは基本的には前者。なのですが微分音程(microtone)を多く用いているためか音の動きから不安定な感覚を呼び起こされたり聴きなれない響きを耳にすることができます。なかなか他で聴くことのできない類の音楽だと思いますし少しでも興味のある方は是非。
・Evan Parker, Transatlantic Art Ensemble『Boustrophedon』
ロスコー・ミッチェル、バリー・ガイ、クレイグ・テイボーンなどもメンバーに迎えた他楽器編成のアンサンブル作品*8。エヴァン・パーカーのリーダー作であることから即興が大きな役割を果たしているとは思いますが、今作はわかりやすく全員がフリーハンドで演奏するようなカオティックな場面は少なく、各楽器が代わる代わるバランスよく音を発しているため、楽譜にコードやメロディーを書き込むかたちではなくとも何らかの、それもかなり緻密な指示の下演奏が行われているような印象を受けます。発音する楽器の移り変わりによってトータルのサウンドのバランスが変化していく様がとても面白く、そんな中で不意に顔を出す弦楽器やピアノなどの現代音楽的な冷たい響きだったり、強い記名性を持ったエヴァン・パーカーのサックスが浮上してくる場面などにもスリリングな魅力を感じます。即興演奏を中心に活動するエヴァン・パーカーがこれほどまで上手く他楽器の編成を扱えることに驚きとその懐の深さを感じる一枚。傑作です。
・Art Ensemble Of Chicago『Full Force』
Art Ensemble Of Chicago関連の作品を何か取り上げておかないとと思い、Lester Bowie『The Great Pretender』と迷いつつこれを。いわゆるフリージャズに分類されるような演奏家の中でも最も音自体から開かれた自由というものを感覚的に伝えてくれるのが彼らかもしれません。加速した管楽器のフレーズや忙しないドラミングの応酬によるコレクティブインプロヴィゼーションなどいかにもフリージャズなところも勿論ありますが、1曲目冒頭の多彩なパーカッション類がゆったりと間を置いて鳴らされる場面をはじめ全くそれに縛られない多様な表現が終始リラックスしたムードで行われていて、そういった振る舞いが許される雰囲気にこそ彼らの音楽の最大の旨みがあるような気がします。不思議な人懐っこさや音楽的多様さを感じさせる音楽でもあるのでフリージャズに過激さや一本調子といったイメージを持っている方にこそ聴いてみていただきたいですね。
8. アメリカのコンテンポラリージャズシーンとの接続
ゼロ年代の半ばから10年代に入ってのECMにおいてはアメリカのコンテンポラリージャズシーンで活躍するプレイヤーの作品、存在感が年々増しているような印象があります。何らかの観点からアメリカのシーンを切り取っているのかといったところまでは現状私には読み取れず、また契約したアメリカのミュージシャンを例えば今まで繋がりのなかったヨーロッパのミュージシャンと共演させてどうこうといったわかりやすいかたちでの独自のディレクションもあまり見られない(ミュージシャンのやりたいことを尊重している印象がある)ので、何か思惑があってのことなのかはよくわからないのですが、現在ECMからリリースしているアメリカを拠点としたミュージシャンはそれぞれを互いのユニットやバンドに迎えるなど何らかのかたちで共演をしているケースが多い気がするので、ミュージシャン同士の横の繋がりを大事にしている印象はあります。私個人がECMというレーベルを意識するきっかけとなったのがこの項の最初で取り上げるクレイグ・テイボーンのアルバムだったりもしますし、同じようにアメリカのコンテンポラリーシーンを追う中でECMの作品に入っていくみたいな経路も今は十分にあり得ることから結果的に間口を広げることにはなってるのかもしれませんがそれを狙ったものにも思えず…。
・Craig Taborn『Avenging Angel』
アメリカのコンテンポラリージャズシーンの中でもメインストリームからアヴァンギャルド、そして時にはジャズを飛び出すようなユニットへの参加など特にその活動領域が広く、またそのそれぞれで違った顔を見せるような多面的な魅力を持ったピアニスト、クレイグ・テイボーン。今作はそんな彼のECMデビュー作にしてキャリア初のピアノソロアルバム。メシアン「鳥のカタログ」の中で鳴らされる和音から、同時に鳴らされる音を1,2音抜いたように聴こえる和音の使用やそれらの先の読みにくい移ろい、そしてそれ(鳥のカタログ)のトップノートのみをスロー再生したような不安定ながらも美しさを感じさせるメロディーが多く顔をだす抽象的な演奏と、リゲティの「エチュード」などを想起させるような緊張度の高い和声の下での対位法的な音の絡みが構造的(というより構築的?)な印象をもたらす演奏が入り交じったような作風で、奇怪さと(抽象美とも構築美ともとれるような、またどちらともとれないような)美しさが混在する独自の聴き心地を持った一枚です。
・FLY『Year Of The Snake』
アメリカのサックス奏者Mark Turnerと、Brad Mehldau Trio*9のリズム隊でもあるLarry Grenadier、Jeff Ballardによるサックストリオ編成のユニットFLYのECMからは二作目となるアルバム。サックストリオとはいっても彼らの演奏はドラムとベースが役割的にリズムキープに留まってくれないことが多く、楽曲自体もそもそも変わったリズムでできているような印象もあって非常に重心の掴み難いような抽象的なサウンドです。ベースの弓弾きとサックスの曇った音色が重なる場面は近現代クラシックの室内楽のようにも聴こえますし一筋縄ではいかない一枚ですが、それ故にこの三人でしかできない演奏が詰まっているとも言えるでしょう。②、⑦、⑨などは比較的オーソドックスなジャズ・サックストリオ的な演奏なのでその辺りの曲から聴くといいかもしれません。そういった演奏でのマーク・ターナーのクールなサウンドとアドリブは極上ですよ。
・Tim Berne's Snakeoil『Shadow Man』
NYのダウンタウンシーンで80年代から活動しているアルトサックス奏者ティム・バーン率いるユニットの作品。サックス、クラリネット、ピアノ、ドラムという編成でメンバーは全員NYを拠点に活動する面々です。曲がりくねったような曲想の作曲パートとフリーキーな即興を複雑に行き来するその音楽はECMが出しているジャズ作品でも特にとっつきにくいものかもしれませんが、代えがたい魅力を持っています。
・Paul Motian, Chris Potter, Jason Moran『Lost In A Dreams』
ポール・モチアンがクリス・ポッター*10、ジェイソン・モランという現代のアメリカコンテンポラリーシーンのトッププレイヤーと共演したライブ録音。クリス・ポッターとジェイソン・モランは最早現代のスター・プレイヤーといってもいいような存在だと思いますが、ここではモチアンのスタイルが持つ「間」を尊重するようにじっくりと音を紡いでいく、ともすれば地味にも聴こえそうな演奏が印象的です。
・Michael Formanek, Ensemble Kolossus『The Distance』
アメリカのジャズベーシスト、マイケル・フォーマネクが主導したラージアンサンブル作品。アンサンブルのメンバーにはTim BerneやChris Speedなど十分なキャリアを持った大物からLoren Stillman、Mary Halvorsonといった2000年以降に頭角を現した俊英まで世代的な幅はありながらもニューヨークの先鋭的なシーンで活動する面々が並びます。メンバーだけ見るととてもハードな音が出てきそうですが、実際聴いてみると意外と間口が広そうな仕上がりです。詳しい感想はこちらに。
9. 2017年
今年のECMは傑作揃いな気がします。ストリーミング解禁を機に聴いてみようという方はせっかくなので今年の作品から入るっていうのもありかも。「静音」のカテゴリで挙げたMaciej Obara Quartet『Unloved』も今年リリースです。ちなみにこの項で取り上げるVijay Iyer、David Virelles、Theo Bleckmannの作品は前項「アメリカのコンテンポラリージャズシーンとの接続」に分類することも可能な作品であり、そちらで示したECMにおけるアメリカのミュージシャンの存在感の高まりをより強く感じさせてくれるものでもあります。
・Vijay Iyer Sextet『Far from Over』
主にStephan Crump, Marcus Gilmoreとのトリオでの活動によって現代のジャズシーンで独自の存在感と高い評価を受けているピアニスト、ヴィジェイ・アイヤー。彼も2014年からはリーダー作をECMから発表していて、これまでにも既に弦楽を従え作曲に重きを置いた『Mutations』、先述のトリオによる『Break Stuff』、トランペッターのワダダ・レオ・スミスとの即興的なセッションを収めた『A Cosmic Rhythm With Each Stroke』とそれぞれ趣の異なる三作をリリースしています。最新作もピアノトリオ+3管のセクステットというこれまでにない編成。細かいレビューはこちらに書いていますが一言で言うと大傑作です。
・Colin Vallon『Danse』
静音のカテゴリでも取り上げたコリン・ヴァロンの今年の作品も素晴らしかったです。こちらでレビュー書かせていただいています。
・David Virelles『Gnosis』
キューバ出身のピアニストによるECMからは二作目となるリリース。自身の故郷であるキューバ音楽の意匠を大きくフィーチャーしたような内容という意味では前作『Mboko』と地続きであるのですが、本作では管弦楽器の導入をはじめ器楽編成を大きく拡張し、ジャズやキューバ音楽だけでなく近現代のクラシック音楽の影響も大きく取り入れ、それらを小品的な曲も多く含んだ全18曲の繋がりの中で楽曲ごとに混ぜたり時に個別に表出させたりしながら、ひとつの組曲として聴くこともできそうな作品として纏め上げています。自らの音楽的語彙をフル活用して総合的な音楽作品を作ろうという意思が伺える渾身の一枚。異なる国や地域の音楽をジャズの言語で繋ぎ冷たい響きでパッケージングしたと捉えればエグベルト・ジスモンチやナナ・ヴァスコンセロスを大きく取り上げていた頃のECMを思い起こさせるものもありますし、そういった意味でこのレーベルらしさを強く感じる一枚でもありました。
・Theo Bleckmann『Elegy』
様々な作品で歌声は耳にしていたTheo Bleckmannですがリーダー作を聴くのは初めてでした。一歩一歩踏みしめるようにメロディーを歌いあげたり、器楽的といったらいいのか、スキャットのような歌唱で他の楽器に絡んでいったり。ここまで深みや肌触りまでグラデーショナルに変化するような「ア~」出せるひとなかなかいないと思いますしヴォーカリズムという観点でも面白い作品かと。全体的なサウンドにどこかプログレの香りを感じるのは音楽的、楽理的な複雑化と歌が同居しているから?でしょうか。なのでそちらのカテゴリに惹かれた方にもオススメできますし、リーダー含め参加メンバーはアメリカのコンテンポラリージャズシーンで活動している面子なのでそちらに分類することもできそうです。
・Bjorn Meyer『Provenance』
ECMからも作品をリリースしているNik Bartsch's Roninのベーシスト、ビョルン・メイヤーによるベースソロ作。ベースソロですが空間系のエフェクトやルーパーなどを用いて作ったと思われるシーケンスがところどころで演奏に加わってくる内容で、中でも1曲目は最も生音による楽曲の中心のラインの存在感が薄く抽象的なトラックで素晴らしいです。楽器は違いますがビル・フリゼールの名作『In Line』を想起したりも。
10. その他
最後にここまでのカテゴリにうまく当て込むことはできなかったけど単純にいい作品で紹介しないのは勿体ないってやつを何枚か。
ECMから多くの作品をリリースしているアメリカのジャズギタリスト、ジョン・アバークロンビーのデビュー作。オルガンやシンセなども操る鍵盤奏者ヤン・ハマーと当時のトップドラマーであるジャック・ディジョネットを迎えたトリオで、エレクトリックで熱いジャズロックから叙情的でアコースティックなチェンバージャズ的なものまで幅広く聴かせてくれます。特にジャズロック的な演奏においてはドラムのジャックディジョネットがマイルスのロストクインテット参加時のそれを彷彿とさせるような溌剌としたリズムを叩き出していて本当に最高です。
・Dave Holland Quartet『Extensions』
マイルス・デイヴィスのバンドに参加していた時期もあるジャズベーシストの中でも特に著名なプレイヤーの一人、デイヴ・ホランドもリーダー作、サイドマン参加作双方でECMに多くの録音を残しています。90年リリースの本作はSteve Colemanと彼のバンドFive Elementsのドラムを担当していたMarvin “Smitty” Smithが参加していることからもわかる通り、当時彼らが演奏していた音楽(いわゆるMbase)に通じる変拍子やファンク的な反復性を聴き取ることができる一枚ですが、編成のシンプルさ故にMbaseほどの複雑さはなく、自然とリズム構造よりサックスやギターのソロに耳が向くような仕上がりになっています。ちょっと変わったノリのジャズ、くらいの認識で是非気軽に聴いてみてください。
パット・メセニーもECMに多くの作品を残しているミュージシャンですね。個人的に彼の活動というと南米音楽への接近などジャズの語法を携えながらもその外へ向かっていくイメージが強いのですが、本作ではチャーリー・ヘイデン、デューイ・レッドマン、ジャック・ディジョネットなど自身より上の世代の、おそらく自らに大きな影響を与えてくれたであろうミュージシャンを迎え、ジャズの世代的/歴史的な繋がりを意識しながら比較的硬派なジャズを演奏しているように感じられます*11。ヘイデン、レッドマンというオーネット・コールマンのグループに在籍していた奏者が参加していることから、オーネットっぽい曲調のものが結構あるのもなんというかわかりやすくていいです。
・Nik Bartsch's Ronin『Stoa』
スイスのピアニスト/作曲家ニック・ベルチュ率いるユニットNik Bartsch's Roninのアルバム。彼らが奏でるのは一貫してフレーズの反復と切り替えやポリリズムに焦点を絞ったミニマルなものです。1曲目の前半こそ優雅なピアノのアルペジオを基調とした情緒の感じられるパートも表れますが、それ以降は各楽器のフレーズから音楽全体の響きまで非常に理知的/数学的な印象を受けるものが続きます。どの曲でもポリリズムが構造的に取り入れられているようですが、その成り立ちとしてはある一定の数のパルスからそれをいくつで一拍とするかによって違う拍子を取り出し、それらを並走させたり切り替えたりといったパターンが多いように聴こえ*12、パルスさえ掴めれば簡単に身を任せる(=踊る)こともできる音楽となっているので、響きの冷たさはありますがデート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン*13など好きな方ならそれほど抵抗なく入っていけるのではと思います。
・Mathias Eick『Skala』
ノルウェー出身の若手トランペッター、マティアス・アイクのECMからは2枚目となったリーダー作。基本的にはピアノトリオ+トランペットでそこに曲毎に他の楽器がアクセント的に加わるといった具合で編成としてはジャズを大きくはみ出してはいませんが、演奏される音楽の方向性としては例えばピアノから感じられる和声であったりドラムのビート感といった部分でジャズよりもポップスやロックを参照にしていることが伺えます。アドリブの要素もあるとは思いますがそれはソロを聴かせるというわかりやすい形式というよりは、トランペットとピアノとの主旋律の受け渡しの中で一方が演奏するラインを補強するような役割で表れたりと、メロディーを中心とした音楽全体の響きの中に溶け込むようなかたちで用いられている印象です。サウンドの面でもドラムの音作りやエレベの使用、多重録音の導入など非常に選択肢が多く、やはりポップスやロック的かなと。ポップスやロックの要素を取り入れるといった面ではBrad Mehldauの『Largo』を、サウンドメイキングへの強い関心を感じさせるトランペッターのリーダー作という意味では近年のChristian Scottの作品を思い起こさせる部分もあるので、特にJTNCなどで多く取り上げられているような多ジャンルの音楽と融和したジャズに惹かれる方には強くオススメできます。
以上、10のカテゴリに分けて紹介51作をしてみました。
できれば「古楽」だったり、「南米音楽」またはそれを含む「民族音楽」といったカテゴリでも作品の紹介をしたかったのですが、私がまだそこに類するような作品を僅かしか聴けていないため今回は断念しました。ECMの作品紹介するうえでジスモンチの作品が一枚もないのはどうかと思いましたが…。
なので古楽や民族音楽的な要素のあるECM作品については、これ見てそういうのが抜けてる!って思った方に是非ともなんらかのかたちで書いていただければと思います。
はい、他力本願です。
あとECM好きであればお気づきの方も多いと思いますが、本投稿ではここまで一度もレーベルの創設者であり多くの作品にプロデューサーとして関わっているマンフレート・アイヒャーの名前が出てきておりません。
ECMというレーベルのディレクションに関してはアイヒャーの意向が非常に強く反映されているといわれ、時に独裁と表現されているのすら目にしますが(レーベルの特徴であるコンセプトや録音の質感に関してもアイヒャーのパーソナリティと結びつけて語られるのをよく目にします)、ここではあくまで作品とそこに収められている音楽を紹介することを優先したかったので、そういったところに踏み込むのは止めておきました。「静音」や「声楽 歌曲 トラディショナル」の項で少し触れようかとも思ったのですが、単純に知識不足などもあって考えをうまく纏めることができませんでした。
*1:『ケルン・コンサート』や『The Melody At Night, With You』など
*2:ポール・モチアン、チャーリー・ヘイデン、デューイ・レッドマンといアメリカの奏者たちと組んだアメリカン・カルテットと並べてこう呼ばれます
*3:全員がリーダーというかたちなのかもしれませんが…
*5:それぞれヴァレンティン・シルヴェストロフ、クルターク・ジェルジュ、ギヤ・カンチェリなど
*6:Jan Garbarek & The Hilliard Ensemble『Officium』など
*7:タイヨンダイ・ブラクストンの父親です
*8:Roscoe Mitchell『Composition / Improvisation Nos. 1,2&3』はリーダーが違うだけで同じメンバーで演奏されている事実上の姉妹作なので本作が気に入られた方は是非
*9:リーダーであるピアニストのブラッド・メルドーも2016年のWolfgang Muthspiel『Rising Grace』にて初めてECMの録音に参加しています
*10:これがきっかけとなってか、クリス・ポッターは後の2013年よりリーダー作をECMからリリースしています。2015年のChris Potter Underground Orchestra『Imaginary Cities』は非常に意欲的な作品でした。
*11:硬派なという表現を用いましたが、ソロを取っている時のメセニーのギターなどとても楽しそうで微笑ましいくらいなので近寄りがたさはないです
*12:パルス18個を3つで一拍の6拍子と2つで一拍の9拍子で捉えそれらを並走させる2曲目前半、パルス12個を4つで一拍の3拍子と3つで一拍の4拍子で捉えられらを自在に切り替える3曲目など
*13:今の表記はDC/PRGだっけ