ALS発症した元外務省職員の嶋守さん
「『10年計画で治ろう』と、妻が励ましてくれた」--。神経難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」を2008年に発症した元外務省職員の嶋守恵之(しまもり・しげゆき)さん(50)は、告知された当時をこう振り返る。ヒトのiPS細胞(人工多能性幹細胞)を作製したと京都大などのチームが発表してから21日で10年。難病患者らは、iPS細胞を使った治療薬の開発を待ち望んでいる。
嶋守さんは1990年、同省に入省。01年の米同時多発テロ時はアフガニスタン担当部署に所属し、復興支援国際会議に首席事務官として参加した。発病は41歳。インド在住の外交官だった。
ALSは、神経細胞が細胞死を起こし、全身の筋肉が衰える病気。患者は国内で9000人以上。嶋守さんも自発呼吸が難しくなり、11年に気管を切開して呼吸器を装着し、声を失った。15年には手の指が動かなくなり、目の動きや口にくわえたスイッチからパソコンを操作している。
体は動かないが、意識や痛みの感覚はある。励みはiPS細胞の研究だが、「進展は思ったほど早くない」と嶋守さん。だが、光も見えてきた。慶応大が昨年、患者のiPS細胞から作製した神経細胞を調べ、ALS発症の原因遺伝子を突き止めた。さらに、京大は今年、この神経細胞を使って、細胞死を抑制する治療薬の有力候補を見つけた。
19日に開かれた日本ALS協会主催の研究報告会。車椅子で参加した嶋守さんはインターネットを通じ、全国の患者らに呼び掛けた。「再び歩き、話し、妻や友人と飲み食いするのが夢。希望を捨てず待ち続けたい」【荒木涼子】
応用へ 安全性や費用が課題
iPS細胞は、皮膚など体細胞をリセットして作られ、さまざまな細胞に分化する能力を持つ。京都大の山中伸弥教授らが2007年11月、ヒトの細胞で作製に成功したと発表。山中教授は12年にノーベル医学生理学賞を受賞し、夢の技術として脚光を浴びたが、安全性や費用面から医療応用はなかなか進んでいない。
iPS細胞研究の柱は再生医療への応用だが、臨床研究に進んだのは目の難病「加齢黄斑変性」だけだ。応用に向け、京大は安全性が確認されたiPS細胞を備蓄し、費用を下げて多くの患者への提供を目指している。
もう一つの柱が創薬。患者のiPS細胞を使えば病気を試験管内で再現でき、治療効果のある物質も早く見付けられる。今月、筋肉などに骨ができる難病「進行性骨化性線維異形成症」で、初の治験が始まった。
政府は、13年度に10年間で計1100億円の研究費投入を決めるなど再生医療の実現を後押しする。日本再生医療学会の澤芳樹理事長は「10年で得た知見をどう生かすか、次の10年にかかっている」と話す。【荒木涼子】