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“学びの貧困”に苦しむ若者たち

もし、あなたが読み書きや計算を学べないまま大人になったとしたら、そんなことを考えたことはありますか?「教育を受ける権利」は憲法ですべての国民に保障されています。しかし、いま、小中学校にすら通えず、義務教育からこぼれ落ちてしまった若者たちがいることが、NHKの調査で明らかになりました。「平方メートルやミリリットルの意味がわからない」。「30%オフや2割引の計算ができない」。「漢字が読めず薬の飲み方がわからない」。学べないまま大人になり、生活にも支障をきたす状態。それを私たちは「学びの貧困」と呼び、その実態を取材しました。

ひらがな書くこともままならない若者

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東日本に暮らす19歳のコウスケさん(仮名)は小学2年生以降、ほとんど学校には通っていません。文字を読むことはできますが、ひらがなを書くこともままならず、漢字で書けるのは自分の名前と住所だけ、かけ算や割り算はほとんどできません。

去年、コウスケさんは配送のアルバイトを始めましたが業務報告書が書けず、上司から注意を受けたといいます。

自宅にあるカレンダーの余白には不在連絡票を書くために「不在」という文字を何度も練習した跡が残っていました。

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次第に職場に居づらくなったコウスケさんは、1か月ほどで仕事を辞めざるをえませんでした。

なぜコウスケさんは義務教育を全うできなかったのか。母子家庭のコウスケさんの母親は非正規の仕事を転々としていましたが、複数の病気で働けなくなり、いまは生活保護が頼りです。

6歳年上の兄の暴力にも苦しめられてきたコウスケさんは厳しい生活と毎朝、兄の顔色をうかがう日々に疲れ、学校へ通う意欲を奪われていったといいます。

コウスケさんのもとにも当初、先生や行政の担当者が登校を促そうと訪れていましたが次第に、誰も来なくなったといいます。

「将来のことは考えられない」というコウスケさんは、学べないまま大人になったことで社会生活を営んでいくすべさえ見いだせずにいます。

“教育は平等なんかじゃない”

大阪に暮らす21歳のヒトミさん(仮名)も義務教育を受けられなかったことで、自分に自信が持てないひとりです。

母子家庭で育ったヒトミさんは小学校に入学直後、母親が脳梗塞で倒れ、看病や家事を手伝うため、学校を休みがちになりました。

4年生の時、借金が原因で転校手続きもとらないまま別の街へ引っ越し、学校へ通えなくなったといいます。

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ヒトミさんは小学校を卒業していないため、履歴書に書けることがなく「社会のはみ出し者のような、情けない気持ちになる」と自信なさげに語りました。

ヒトミさんも学校に通えなかったことで日常生活のさまざまな場面で困難に直面しています。

おしゃれも気になる年ごろですがヒトミさんは美容院にはずっと行っていません。髪を切ってもらう時、自分のことを尋ねられるのに耐えられないからです。買い物の前には、計算機を使って、必ず購入する商品の金額を書き出します。

暗算が苦手で、レジでお金が足りなくなって慌てる姿を見せたくないからです。ヒトミさんは同世代の友達は1人もおらず、なるべく人と関わらずに生きてきたといいます。

小学生用の辞書を見ながら独学で漢字を勉強したヒトミさんが綴った文章です。

「義務教育を受けていないということは、なぜ、何をするにも息がしにくい不自由な世界なんだろうか…。教育は平等なんかじゃない」

“学びの貧困”広がる実態

こうした若者たちの状況は、どこまで広がっているのか。

NHKは、全国約800か所の生活困窮者の自立支援相談窓口の担当者にアンケートを実施しました。(回答率40.7%)

「義務教育を十分に受けられなかった」という若者は597人。
そのうち、読み書きに困難を抱える人は78人、計算が難しいという人は69人にのぼりました。

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また、「対人関係が苦手」という人は208人。「自己肯定感が低い」という回答も目立ち、心理面への影響も浮かび上がりました。

学校へ通えなくなった背景についても尋ねました。「いじめ」や「本人の障害」がそれぞれ101件あった一方で、「親の病気」が71件、「親の無理解」「虐待」がそれぞれ67件、「貧困」が51件と、保護者の仕事や病気、貧困などの家庭環境が“学びの貧困”につながる実態が浮かび上がってきました。

私たちが取材した若者たちの多くが、社会から一歩ひいて身を潜めるように暮らしていました。
そして、問題の深刻さは読み書きや計算ができないから日常生活で困るといった物理的ことだけでなく、学歴がないために就職もできず、いわば社会人としてのスタートラインにすら立てないような状態で人生を切りひらく意欲がそがれてしまっていることにあると感じました。

教育と福祉の連携で学びの機会を

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こうした“学びの貧困”を生まないために何ができるのか。

対策に乗り出しているのが広島県福山市です。これまで学校の問題は教育委員会が家庭の問題は福祉課がそれぞれ担当していましたが、部署の垣根を越えた情報共有を始めました。福祉課が持つ「生活保護やひとり親家庭の情報」と教育委員会が持つ「学校へ通っていない子どもたちの情報」を共有したのです。

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そして、支援が必要な子どもの家庭をリストアップし、福祉課の支援員が一軒一軒を訪問し、病気などで子どもに十分に目を配れない親に代わって朝起こしに行ったり登校を促したりするサポートにあたっています。

福山市が現在、支援する子どもは71人ですが、今後は支援員を増やし、取り組みを広げていきたいと考えています。

「夜間中学」で踏み出す一歩

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“学びの貧困”に陥った人たちの学び直しの場としていま、存在感を増しているのが「夜間中学」です。

これまで、夜間中学の生徒の大半は戦後の混乱期に学校に通えなかった高齢者や外国人でしたが、最近は、日本人の若者の姿が目立つといいます。

小学校を卒業できなかったヒトミさんも、大阪府にある夜間中学に通っています。ヒトミさんが初めて夜間中学の門を叩いたのは19歳になった3年前でした。

それから学力は飛躍的に向上し入学当時は九九さえ、うろ覚えでしたが、今では複雑な問題も解けるようになりました。

これまで心の内に抱えてきた複雑な感情や思いも、今では文章で表現したり伝えることができます。夜間中学に通うさまざまな世代の仲間との会話にも積極的に加われるようになったことで、周囲の人たちとの関係も変わり始めていました。

取材中、ヒトミさんは私たちに「行きたい場所がある」と打ち明けました。それは、小学校4年生の時に通えなくなった小学校でした。友達と歩いた通学路。懐かしい校舎。校庭で運動会の練習をする子どもたち。その様子をヒトミさんはずっと見つめていました。

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これまで当時のことを思い出すと眠れなくなるほど苦しんできたというヒトミさん。今回、初めて小学校を訪れることができました。

ヒトミさんは、「何かが変わったと思うんですけど、自分でもそれが何かはよくわかりません。でも、夜間中学に通うようになって勇気を出せるようになったので勇気かな」とはにかむような笑顔で語ってくれました。

“学びの貧困”を生まないために

“学びの貧困”に苦しむ人たちをどう支援していくのか。そして、“学びの貧困”を生まないためには何ができるのか求められるのは、よりきめ細かい「学びの受け皿」作りです。

国は今年(2017年)2月に、すべての人に学ぶ機会を確保するため、「教育機会確保法」を施行しました。

これを受けて、国は自治体に対しヒトミさんが通っていたような公立の夜間中学を各県に少なくとも1校設置するよう求めました。しかし、現在、夜間中学が設置されているのは、全国で8都府県だけです。

文部科学省が調べたところ新たに高知県や熊本県など6つの県と74の市町村が設置に向けた検討を進めていることもわかっています。国が積極的に支援して夜間中学の設置をいっそう広げていくことが必要です。

夜間中学に通うのが難しい夜間に仕事をしていたり、小さい子どもを育てたりしている人たちにはたとえば全国で行われている無料の学習支援塾などに大人も受け入れられるようにする取り組みも必要です。

また、読み書きが不自由な人には支援がどうしても届きにくいことが指摘されています。そうした人が仕事を探しに来た際に、学びの場の情報も提供するような支援も検討される必要があると思います。

教育社会学が専門の上智大学の酒井朗教授は、まず行政が“学びの貧困”の実態を調査して把握することが必要だとしてします。

そのうえで「憲法で保障された教育の機会をすべての子どもたちに行き渡らせるためには公教育のシステムそのものを見直さなければいけない。行政や民間団体の連携も欠かせない。今までは学校に来る子どもにいかに教育を施すかということを前提としていたが、行政や支援団体から出向いて多様な教育の機会を提供する考え方も必要ではないか」と指摘しています。

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“学ぶこと”は自分らしく生きること

ヒトミさんは偶然、街で夜間中学のポスターを目にしてから「いつか学び直したい」という思いを持ち続けていたといいます。「私のように学びの機会を失ったまま苦しい環境に置かれている人たちが1人でも多く、学び直せる場所につながってほしい」と取材に応じてくれました。

自分の足で一歩を踏み出したヒトミさん、そして、学びの機会を取り戻した人たちの取材を通じて感じたのは、“学ぶこと”は人が自分らしく尊厳を持って生きていくために欠かせないものだということです。

学びの場は単に読み書き計算を身につけられるということだけでなく、友人や恩師など人生の支えとなる人たちと出会い、将来の夢や希望を抱いて自分の手で人生を切りひらく原点となる大切な場所です。学びの機会が奪われることなくすべての人に行き渡るには何が必要なのか、これからも取材を続けていきたいと思います。

白河真梨奈
社会部記者
白河真梨奈
上野大和
大阪放送局記者
上野大和

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