内閣府ImPACTの誇大広告広報の甚だしさは折り紙つきで、山川プログラムと明治の「高カカオチョコレートで脳若返り」のプレスリリースの時に日経の遠藤さんを始めとして問題視する声が相次ぎ、ImPACT自体でもプログラムの検証に入ったことも記憶に新しいところですが、また新たな炎上ネタが投下されました。今度は今まさにバブリつつある量子コンピュータネタです。
ImPACTの山本喜久さんチームが昨日発表した「世界最大規模の量子コンピュータ開発」に対して、量子研究者から疑問の声がツイッター上で上がりました。
要するに、研究者としては「量子コンピュータ」とは呼べないものを研究者が「世界最大規模の量子コンピュータを開発した」と言って大大的に広報したということ。報道が勝手に書いたとかなら、またマスゴミが、で済むんですが、研究領域が大切にしている言葉の定義を研究者自身が広報のために歪めて使うというのは、研究倫理の問題にもなるんじゃないかと思います。
量子コンピュータにしろ今回の量子ニューラルネットワークにしろ西森先生が原理開発してD-waveが商用化した量子アニーリングにしろ、すごく雑に言えば今よりも「速く」計算するコンピュータです。最近、Googleなどが大型投資をして開発を急いでいることから経済領域でここ数年バブリぎみにの「量子コンピュータ」ですが、研究自体はここ20年以上続いています。あるキーワードが社会的経済的にバブると何でもかんでもそのキーワードを使うようになるのはどの領域でのいつの世でも共通ですが、特に実体が見えにくい情報技術の世界はその傾向が顕著です。ビッグデータ、人工知能、IoT・・・。量子コンピュータもそのうちのひとつのバブリワードなわけで、バブリワードを使ってプレスしたほうがPR効果が大きいという判断なんでしょうね。記者としてもその通りだと思いますし、自分だって記事書くときはそうやって書くでしょうね。
言葉は生き物です。その定義はゆらぐし、時代や領域、コミュニティによってその用法も異なります。だから、たとえ同じ研究に対して去年は量子コンピュータとよんでいなかったにも関わらず、今になって量子コンピュータと呼び始めたとしても、別に非難には当たらないのかもしれません。
今回のプレスリリース
同じものの去年のプレスリリース
問題は、広報PRのために、研究者倫理や研究者としての矜持まで歪めているんじゃないんですかっていうことなんだと思います。当該研究者個人だけでなく、当該領域の研究者にも泥が被りかねない状況になる。
なんだかアホらしい話ですが、最近の大学や研究機関のプレスリリースは研究者としての誠実さよりも、バズること、世の中にウケることが最優先になっています。ニュースみて研究の中身知りたくてプレスリリース見てもニュースよりも内容がない、なんてことはザラです。今回のような誇大広告も少なくない。あ、研究者がそれ言っちゃうんだ、と唖然としたことが何度かあります。
研究者の言葉はわかりにくい。それは、正確さを担保するためです。だから記者はそれをわかりやすく翻訳するように、やりとりをして、わかりやすさと正確さのぎりぎりのところを探します。わかりやすさと正確さはバーター。研究者は正確さを、記者はわかりやすさやインパクトをそれぞれ追求して、綱引きをする。最終的に記事になったものが正確さをそこなってわかりやすさが優先されたら、その責任は記者にあり、研究者はそれを非難することができる。
でも、今起きていることは逆で、研究者がPRのためにわかりやすく、ウケる、インパクトのある言葉を使う。そうすると、もう言い逃れができなくなる。研究者が言うのなら、記者は信用せざるを得ない。それでも、記者側が逆に「ほんとにそれ言って大丈夫ですか?」と確認することが目立つことが、かなしい。
個人的には大学や研究機関のプレスリリース参考に取材して記事を書いていたのは科学技術部記者時代だけで、特に週刊誌に来てからは純粋な科学記事は書いていませんが、今のように研究開発広報が自己目的化した地獄状態では、プレスリリースや広報を元に科学記事を書くことは、今後ももうないなと思っています。誇大広告広報は、研究者の世界を歪めているとしか見えません。
あ、それと量子の研究者はツイッターに多いので下手なことを言うとタコ殴りになる世界なのだと思います。
ちなみにチョコレートの件はこんな話でした。
この場合、RCTでもなく、論文にすらなっていないのに研究成果としてプレスするというのは研究者倫理としていかがなものかと。怪しい健康広告レベルやわ。
ちなみに私も健康特集のときに引っ掛けて書きましてん。ほんとは4月はじめに書いた記事なんだけど、なぜかウェブ公開は一ヶ月後でした。