弾道ミサイルと原発:(1)北朝鮮の弾道ミサイルは原発を狙い撃ちできる?』の続きです。

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我が国では、「弾道ミサイルによる原子炉への攻撃」は想定されていません*1。日本以外の原発保有国でも同じです。これは、弾道ミサイル(通常弾頭)の命中精度(CEP)を考慮すれば当然なことで、攻撃の発生及びその被害の発生確率があまりに低いからです。弾道ミサイル攻撃よりもはるかに蓋然性が高いであろう航空機(固定翼機および回転翼機)の原子力施設への落下でさえ年間100万分の1以下の確率なのです。

前稿で、ノドンが高浜原発1号炉建屋に直撃する確率は約0.6%と算出しました。加えて、北朝鮮が弾道ミサイルで原発を攻撃する意欲が旺盛でないことにも触れました。とはいえ、「もしも」「仮に」「万が一」北朝鮮がノドンを我が国の原子力施設に向かって発射し、不幸にも命中したらどうなるのでしょうか?

前稿(1)はノドン通常弾頭が「直撃するかどうかの確率」が主題、本稿(2)は原子炉の設計上の「耐久性」が主題です。


ノドンの速度や運動エネルギーは?

準中距離弾道ミサイル(MRBM)「ノドン」は、全長16m、直径1.35m、1段式液体燃料ロケットです。
上図で(1)の部分が「弾頭」で、そこに高性能爆薬や化学兵器や核兵器が搭載され、標的に撃ち込まれます。そこから下はブースターで、推進剤を使い切った後は分離されます。ですから、こちらに飛来してくるのはこの弾頭部。重量は約700~1,000kgと推定されています。
trajectory_met
(北朝鮮から東京までの弾道ミサイルの軌道イメージ)

まず、MRBMであるノドンは大気圏へ再突入する際(高度約70km)に秒速約3,300m(マッハ9.7)に達しますが、その後、大気の抵抗を受けて減速を始めます。
ノドン速度
(ミサイル入門教室『2 Nodong Missile弾道 北朝鮮の弾道ミサイルに備えて 弾道の特性』より)

弾着1.5秒前の弾頭の速度は、
  • ブースターを分離してない場合、秒速約420m(マッハ1.2)
  • ブースターを分離している場合、秒速約1,900m(マッハ5.5)
と算出されています*2。揚力の問題で、ブースターを分離した方が速度は速くなります。ブースターの有無で[弾頭 a] と[弾頭 b]とすると、 運動エネルギーはそれぞれTNT換算で、
  • [弾頭 a] 0.02トン
  • [弾頭 b] 0.43トン
となります。


原子炉を囲む"壁"

次に、標的となる原発建屋は、一般的に厚さ約20�の原子炉圧力容器(鋼鉄製)、約3�の原子炉格納容器(鋼鉄製)、約1mの原子炉建屋外部遮へい壁(鉄筋コンクリート製) でできています。
PWR_model
(関西電力HPより)

ノドンが原子炉へ致命的な損傷を与えるには、一番外の厚さ約1mの鉄筋コンクリートをまずは破壊しなければなりません。

MRBM級の速度を持つ通常弾頭による鉄筋コンクリート壁への攻撃シミュレーションなどは無い*3ので、航空機のコンクリートへの衝突実験などからノドン弾頭の破壊力と原発建屋の防御力の手がかりを得てみたいと思います。


航空機による衝突シミュレーション


  F-4vsコンクリート壁
*4
航空機や小規模の飛翔体をコンクリートへ衝突させる研究はいくつか見つけられます。たとえば有名なのは、F-4Dファントム戦闘機を鉄筋コンクリートにぶつける実験です。

飛翔体総重量:19トン
衝突速度:秒速215m
衝突時の運動エネルギー:0.11トン(TNT換算)

結果は、コンクリート壁がF-4をこっぱみじんにしています。壁には最大で60mmのへこみができただけなので、コンクリートの圧勝です。しかし、当該実験での壁厚は3.66m(鉄筋比0.2%)ですので、原発建屋の壁厚1mとは単純に比べられません。


  B747vsコンクリート壁 その1*5
飛翔体総重量:340トン
衝突速度:秒速約28m、42m、56m、83m(時速100km、150km、200km、300km)
標的:壁厚3mのコンクリート壁(鉄筋比0.8%)へ水平衝突
衝突時の運動エネルギー:0.03、0.07、0.12、0.28トン(TNT換算)

当該実験では4種類の異なる速度が試され、いずれの速度においてもコンクリート壁を貫通したものはありません。

この実験も壁厚が3mであることから原発建屋との比較は難しいのですが、F-4に比べて圧倒的に大きな質量の割にボーイング747がもたらす運動エネルギーが小さい点は興味深いですね。"飛翔体の衝突による柱衝突面の損傷量は、飛翔体の運動量が強く影響する"*6という知見のとおりの結果になっています。衝突時の速度が速ければ速いほど、衝撃は大きくなるというわけです。音速を超える弾道ミサイルの運動エネルギーが大きいのもうなづけます。


  B747vsコンクリート壁 その2*7
飛翔体総重量:340トン(燃料100トン、エンジン16トンを含む)
衝突速度:秒速約83m(時速300km)
衝突時の運動エネルギー:0.28トン(TNT換算)

当該実験は、厚さと鉄筋の有無によって異なる5種類のコンクリート壁及び剛壁からなる合計6種類が標的となっています。

原発建屋と同じ厚さ1m(鉄筋比0.8%)の標的も用意されています。その結果、B747がコンクリート壁を貫通しています。
wm03
(伊藤忠テクノソリューションズ、ジャンボ旅客機のコンクリート壁への衝突解析より)

飛翔体の速度や質量がノドンとは異なるので単純比較はできませんが、運動エネルギーを基準に考えると、少なくとも「厚さ1mのコンクリート壁を[弾頭 b]は貫通する」と推定できそうです。

なお、当該実験からは、"局所的破壊現象では、鉄筋の効果はあまり顕著ではなく、コンクリートの厚さの効果が卓越している"との結果が得られています。確かに、同じ運動エネルギーのB747は、3mのコンクリート壁を貫けませんでした*8


ノドンは原発建屋を貫通する?

ノドンの通常弾頭・原発建屋と同条件の衝突シミュレーションは存在しないので、厳密にはノドンが原発建屋を貫通するか否かは断言できませんし、条件次第、ということになります。

航空機の鉄筋コンクリートへの衝突シミュレーションや地中貫通爆弾(バンカーバスター)の運動エネルギーによる貫通力などからみて、[弾頭 b]が理想的なシナリオ(衝突速度、衝突角度、衝突時の弾頭形状、衝突するコンクリート壁の場所・形状など*9)で直撃すれば破壊できるだろうとは考えられます。 

ある資料*10によると、"青森県六ヶ所村の再処理施設における耐衝撃設計用の衝撃荷重として、F-16戦闘機をもとに、さらにこれに余裕をみた防護設計用航空機により、衝撃荷重を定めている"、"防護設計用航空機は、総重量20トン、コンクリート壁への衝突速度は150m/s(≒540km/h)と設定されている"とのことです。ここから推定すると、日本の原発建屋の防御力はTNT換算で0.05トンあたりまでは耐えられる設計なのではないでしょうか。この0.05トンを指標にすると、厚さ1mのコンクリート壁を「[弾頭 b]は貫通する」というさきほどの推定に加えて、「[弾頭 a]は貫通しない」という推定もできるかもしれません。


ノドンは原子炉を破壊できる?

他方、[弾頭 b]級の運動エネルギーで建屋を直撃(この時点でかなり確率的には低いことは前稿のとおり)して貫通しても、その破壊力が引き続き格納容器と圧力容器を破壊できるものかどうかという問題が残されています。

まず、衝突前に飛翔体が有していたエネルギーとコンクリートの局部破壊で消費されるエネルギーとの割合を調べた研究によると、"表面破壊では約80%、裏面剥離では約73%、貫通では約66%のエネルギーが消費"*12されます。格納容器と圧力容器を破壊するためには、建屋を貫通する際の運動エネルギーが0.05トン(TNT換算)では足りないということになるのです。

次に、圧力容器と格納容器と建屋との間にはそれぞれ空間があります。コンクリート工学の研究によると、2枚のコンクリート板の隙間にできた空間は、耐爆性能に影響がある*11とのことなので、建屋を貫通した弾頭では格納容器と圧力容器を破壊するのに十分なエネルギーを保てていない可能性もあります。

ノドン側からすると、原子炉を破壊するためには、一斉発射可能数、イージスBMD網による迎撃、CEP、直撃確率という障害に加えて、鉄筋コンクリート壁(1m)の貫通によるエネルギー消費、弾頭形状の変形、建屋と格納容器の間の空間による耐爆効果、格納容器(鋼鉄製3�)、圧力容器(鋼鉄製20�)等々の物理的な問題にも挑戦しなければなりません。え~っと・・・。MRBMの使い方、もっと他にあるでしょ(汗、と言いたいのをぐっとこらえ切れませんでした。


ノドンは原発施設の機能を破壊できる?

「弾道ミサイル攻撃では、原子炉への直撃は必要なく、原子力施設の機能を停止させればよいから簡単」という意見もあるようです。これは核弾頭であれば技術的には可能です。軍事的に意味があるかどうかは別ですが、CEPも3,000mでおつりが来ます。

しかし、通常弾頭では話が別です。ノドンの弾頭爆薬量はせいぜい1,000kgです。コンクリート建造物に重大な被害をもたらすためには爆風圧約2,000kPaが必要*13ですが、1,000kgの爆薬ではその範囲を爆発中心から半径約13.8mまでしか広げられません。

13.8mの半径を地図にプロットしてみましょう。高浜原発1号炉を標的とした場合です。

上図を拡大してみてください。広大な発電所において、約600平方m程度の爆発ではコンクリート建造物へ致命的なダメージを与えられる確率が(立体的に考えても)高くないことを視覚的に理解できるかと思います。現実には破壊された建物の破片による二次被害や火災なども十分予想されますし、人的被害はさらに広範囲で発生します。しかし、施設の機能を奪うという点では、まぐれ当たりを期待するにも通常弾頭の爆風圧ではあてにならないのです。

補助建屋の中央制御室に都合よく当たれば、、、どうかな、というレベルです(中央制御室の狙い撃ちなんて建屋への命中確率より絶望的なものです)。複数発を撃ち込んでも効果に大きな差は出ませんし、それなら人口密集地へ撃つでしょう。原発にこだわる理由が見出せません*14

東日本大震災以後、日本各地の原発では外部電源の強化や電源の多様化・多重化、冷却機能の強化(海水取水手段や非常用炉心冷却設備の多様化)を図っています*15。高浜原発でも地下30mを超える岩盤の下に新設の海水管トンネル敷設を建設予定です。これは通常弾頭では届かない深さです(北朝鮮はバンカーバスターを持っていません)。こうした多重の地震・津波対策は、北朝鮮の弾道ミサイル攻撃による被害対策にもなっていますし、積み重ねていくことで彼らに攻撃を忌避させる材料にもなります。

原発がダーティ・ボムになることを恐れるのなら、国内の過激派や国外からのテロ工作員による破壊活動にこそ備えるべきです。すべてのリスクに万全に備えることが不可能な以上、蓋然性の高いものからリソースを配分していくのは当然です。限られたリソースを効率的に運用しようというのは北朝鮮にこそ必要で、通常弾頭の弾道ミサイル攻撃が割に合わないことは、平壌の指導者が一番理解しているのではないでしょうか。



*1 原子力安全・保安部会 原子炉安全小委員会、実用発電用原子炉施設への航空機落下確率に対する評価基準について、平成14年7月22日。"航空機(固定翼機または回転翼機)の落下確率について、防護設計の要否を判断する基準は10^-7回/炉・年を越えない原子炉については、機械的荷重を考慮しないでよい"(基準-2)。
原子炉が破壊されれば被害は甚大です。国家の命脈を絶つ攻撃とはなりませんが、地域に深刻な放射能汚染が危惧されます。それゆえ、日本の行政機関は航空機の落下に対する防護設計こそ要求していないものの、可搬式重大事故対処設備の保管場所や放水設備の整備、消火活動マニュアルの作成など、福島第一原子力発電所事故から得た知見・教訓をもとに対策は進められています。これらは弾道ミサイル攻撃による被害時にも有用と考えられるものが多くあります。
*2 久保田隆成、ミサイル入門教室、2 Nodong Missile弾道 北朝鮮の弾道ミサイルに備えて 弾道の特性
*3 弾道ミサイルの通常弾頭が正常に作動した場合によるコンクリートの破壊にかかわる研究などは、イラクやシリアのスカッドミサイル(SRBM)による実戦でのデータがあるかもしれないと探してみたのですが、うまく検索できませんでした。何かご存知の方がおられましたら御教示いただければ幸いです。
*4 W. A. von Riesemann., Full-Scale Aircraft Impact Test for Evaluation of Impact Forces, Part 1: Test Plan, Test Method, and Test Results, 1989/8/22.
Kiyoshi Muto., Full-Scale Aircraft Impact Test for Evaluation of Impact Forces, Part 2: Analysis of the Results, 1989/8/22.
*5 白井孝治、影山典広、片山雅英、伊東雅晴、航空機衝突に対する鉄筋コンクリート構造物の衝撃応答解析、第7回構造物の衝撃問題に関するシンポジウム、土木学会構造工学委員会構造物の性能照査型耐衝撃設計に関する研究小委員会/2004.11。本実験では、"衝突速度が比較的遅い場合には、飛来物が貫入することによって衝突面ではコンクリートの表面飛散、裏面では曲げあるいはせん断ひび割れが発生する。飛来物の衝突速度が速くなると貫入は深くなり、コンクリート内部の引張応力により裏面剥離が発生し、さらに衝突速度が速くなると飛来物の貫通が起こる"(169ページ)との知見が得られています。
*6 川合伸明、三澤智史、篠原保二、林靜雄、高速飛翔体の衝突による鉄筋コンクリート造柱部材の破壊に関する研究、コンクリート工学年次論文集,Vol.30,No.3,2008。
*7 片山雅英、高速衝突と爆発問題を中心とした諸分野における衝撃解析、第7回衝撃工学フォーラム(中級者のための衝撃工学入門)、日本材料学会、平成20年11月21日。
*8 白井、前掲書、170ページ。
*9 坪田 張二、(3)航空機衝突に対する原子力発電所施設の耐衝撃設計、日本原子力学会 2016年秋の大会計算科学技術部会セッション「外部ハザード評価のための数値解析」、2016年9月8日、51-54ページ。
*10 白井、前掲書、167ページ。
*11 山口信、村上聖、武田浩二、日高修、PEFRC 2 層構造版における中空層および緩衝材挿入が耐爆性能に及ぼす影響、コンクリート工学年次論文集,Vol.30,No.3,2008。"中間に中空層を設け、その中空層の厚さを増すことにより、下版損傷低減効果を向上させることが可能である"(834ページ)。この研究は、ポリエチレン繊維補強コンクリート板におけるものですので、鉄筋コンクリートとはまた異なる実験結果になる可能性があります。
*12 別府万寿博、三輪幸治、伊東雅晴、片山雅英、大野友則、剛飛翔体の高速衝突を受けるコンクリート板の局部破壊発生メカニズムに関する数値解析的検討、構造工学論文集Vol.53A, 2007年3月、1303ページ。  
*13 山口信、建築分野における爆発安全工学、環境負荷低減型建築システムゼミナール 第5回 特別講義、2013年1月22日、24ページ。
*14 弾道ミサイル(通常弾頭)による原発攻撃説を見ていると、「原発を北朝鮮に攻撃してもらいたい」という願望が透けます。なにしろ北朝鮮側の事情(攻撃によって得られる目的と達成確率の低さ、攻撃後の政治的・軍事的懲罰とのバランスがまるでとれない等)を考慮しない願望で、いったい誰がどんな得をするのか分かりません。
何十発も撃ってはじめて運良く都合の良い場所に着弾するかもしれない、そしてようやく電源喪失や冷却機能停止に追い込むことができるかもしれない、というような標的を何が何でも攻撃するというモチベーションを北朝鮮が抱いているのなら、MRBM保有数からして原発攻撃しか考えてない(他を攻撃する余力はない)とさえ言えます。その執着心を労働新聞などで喧伝もしない、というのも不自然ですし、それほどの原発攻撃への熱意が明らかになれば、PAC-3の重点配備という動きも出てくるでしょう。
*15 関西電力、高浜発電所における安全対策について、平成28年5月17日。
こうした努力の一方で、原子力発電関係では『原燃施設、審査を中断 六ケ所再処理工場 日誌に虚偽記載』(2017/10/12 毎日新聞)のような不祥事も散見されます(注:原燃と関電は別会社です)。国や組織に対する信頼性というような要素もまた原子力政策を支えるうえで重要ですので、それを損ねてしまう事態は大変遺憾です。


【参考文献】