大手銀行から他社に転職する人材が増えそうだ 3メガ銀行が構造改革に踏み切る。みずほフィナンシャルグループ(FG)が1万9千人の従業員削減が柱の改革に乗り出すほか、三菱UFJと三井住友の両FGもそれぞれ9500人分、4000人分の業務量削減を検討中だ。銀行員を対象にした転職市場は色めき立ち始めている。銀行に限らず、インターネット革命が急速に進むなか、サービス業界全体で求められる人材は様変わりしている。転職の「勝ち組」になるにはどうしたらいいのか。
■銀行員、入行20年でセカンドキャリア
「肩たたきは42~43歳から始まる。一昔前は52~53歳といわれたけど、今は40歳になる前にセカンドキャリアを考えないといけない」。大手銀行勤務で、今年39歳になるAさんはこう語る。有名国立大を卒業して、本店勤務の経験もあるが、役員になるエリートコースに乗れないとなれば、他の会社に移るしかないという。
銀行から、取引先の中堅・中小企業の経理担当幹部に出向、転籍するという話はよく聞くが、Aさんは「若い人でないと、相手先の企業に嫌がられる」と話す。しかも「経理や財務のプロとはいえない銀行マンは意外と多い。支店回りの銀行員は営業が中心なので、経理や財務の数字も深くは読み込めない。使えないなと言われる」と話す。
取引先の企業からノーを突きつけられた場合は、自分で転職先を見つけるしかないが、年収1千万円以上の高収入を維持するのは至難の業だ。
リクルートエグゼクティブエージェントのエグゼクティブコンサルタントを務める渡辺博一氏は、「まず心構えが大事だ。大手の銀行マンだから安泰だと思っている人は難しい。転職や起業で成功する人は危機意識が強く、いつでも独立しようという気概を持ち、備えているタイプだ。事前の勉強は欠かせない」という。
転職に非常に有利な資格は、欧米のビジネススクールの経営学修士(MBA)だ。ハーバードビジネススクールのMBAホルダーとして、旧日本興業銀行出身で楽天会長兼社長の三木谷浩史氏が知られるが、そんなチャンスは一握りのエリート銀行マンにしか与えられない。
渡辺氏は「MBAは無理でも、会計や経理分野、保険関連のリスクマネジメント分野の資格保持者は転職には明らかに有利だ」と話す。
■欲しいのは組織をカイゼンできるリーダー
リクルートエグゼクティブエージェントのエグゼクティブコンサルタントを務める渡辺博一氏 もっとも、ただの資格マニアに転職先のニーズはない。人工知能(AI)やIT(情報技術)分野の技術が目覚ましい進歩を遂げており、企業が転職者に求めるのは知識の量などではなくなっているからだ。渡辺氏は「企業は組織を変革し、カイゼンできる管理部門のリーダーを求めている」という。
オーナー経営者が率いてきた中堅・中小企業には、幹部となる有能な人材に恵まれないケースも多い。経営者の知恵袋になって組織を回す、CFO(最高財務責任者)的な存在が不可欠だ。渡辺氏は「大手銀出身者はもともと地頭のいい人が多い。経理・財務の基礎知識があり、やる気があれば、いい転職先を見つけられる可能性は高まる」と話す。
しかし、スキルや資格だけでは優れたリーダーになれない。渡辺氏は、リーダーとしての力を身につける「荒ワザ」があるという。「手を挙げて、海外とか、とにかく厳しい環境に飛び込むことです。困難にぶつかり、克服しなければ、本物のリーダーにはなれませんから」という。
銀行ではMBA候補などは、一流大学出身者の中から20代のうちに選別されるケースが大半だ。30~40代になって、一念発起してリーダー人材になりたいと考えるなら、経営難の企業に出向するとか、海外法人にいくなどあえて厳しい選択をした方がいいという。
メーカーを除く業種別に見ると、人材が流出しているのは百貨店やアパレル業界、そこに銀行など金融業界が加わってくる。一方、受け皿となっているのは、ITサービスや外食、ヘルスケアなどの業界だという。「IT企業などでは、IPO(新規株式公開)したいという経営者は少なくない。上場のニーズに応えられる人材の価値は極めて高い。年収1500万円以上で迎えられるケースもある」(渡辺氏)という。
■転職先の選択、まずは相性 年収は最後
では、どのようにして転職先の企業を選んだらいいのか。長年、ヘッドハンターとして活躍し、リクルートエグゼクティブエージェントのシニアディレクターを務める中村一正氏は、「私の経験では、(1)相性、(2)目的の共有、(3)年収などの条件――の順です。年収を気にする人は多いですが、その条件を優先しすぎると失敗するケースが少なくありません。まず第一は相手企業との相性です」と強調する。
みずぼFGの本社ビル その企業の社風や文化、仕事の進め方や組織のあり方などが、自分の働き方に合うかどうか、それが相性だ。特にオーナー企業の場合は、経営者との相性が最も重要だ。次は目的の共有、転職先の企業でのミッション、役割を明確にして、目標を立て実行することを共有しておく必要がある。
中村氏はヘッドハンターの対象となるようなリーダー向きの人材は、会った瞬間に分かるという。「有能な人材には『目力』があります。どちらかというと傍流を歩き、しんどい環境で戦った人。いわゆる社内でエリートといわれる存在ではなかった人が転職して、いい成果を出すケースが多いのです」と明かす。
■「挑戦者は欲しい」柳井氏
有能な銀行員は引く手あまただ。「ユニクロ」などを展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は「地頭がよくて、挑戦できるリーダー人材ならいくらでも欲しいですね。銀行マンにも、そんな条件の人はたくさんいると思いますよ。しっかりと処遇もする」と話す。
柳井氏の盟友、ソフトバンクグループ社長の孫正義氏や日本電産社長の永守重信氏らも過去に銀行出身者を幹部として重用、やはり急成長する新興企業を中心にニーズは高い。
「ついに大手銀行が大規模なリストラに動く。かなりの転職者が出そうだ」という観測は、構造改革の報道が出る前に転職サービス市場に流れていた。多くの有能な人材を抱える銀行業界。他の業界に有能なリーダーを送り出すことができれば、日本のビジネス界の活性化につながるかもしれない。
(代慶達也)
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