10月4日、この男のメッセージから物語は始まる。
「こんにちは〜!亀山です〜!」
「CASH売って〜!」
「無理?」
最後の一行が「無理」じゃなかったことがわかるのは、ここから約4週間後のことだーー。
アイテムをスマートフォンで撮影するだけで買取する通称「質屋アプリ」CASHを運営するバンクは11月21日、インターネット総合事業を展開するDMMによる完全子会社化を発表した。DMMがバンクの発行済株式を全て取得するもので、かかる費用は総額で70億円。バンク代表取締役の光本勇介氏の説明では10月31日付の合意で、同日に全て現金で払込済みとなっている。バンクの創業は2017年2月20日、報道などで公表されている外部資本の調達はなく、光本氏がほぼ全株式を保有していたとみられる。
CASHについてはその劇的なデビュー、1日足らずでの休止、そしてそこからの復活劇と、6月末のサービスインからたった数カ月で伝説的な話題を振りまいてくれた。サービス概要についてはそちらをご参照いただきたい。
創業8カ月。従業員たった6名のバンクがここにさらに強烈な話題を加えてくれた。
いい経営者でなければいい事業はできない、という当たり前
「70億円の根拠??ない(笑。だって70億円って言うから(笑」。
いつもの笑顔でそう答えるのはDMMの若き代表、片桐孝憲氏。34歳の若さで自身が創業したピクシブからDMM.comの代表取締役になったのが今年1月。クラウドストレージのピックアップや音楽アプリのnana musicを買収するなど、精力的に事業拡大を進める彼が今回の買収劇について光本氏と共にその裏側を語ってくれた。
まず、そもそも光本氏はこのタイミングでなぜ会社を売るという判断を下したのか。そこにはこれから始まるであろう「即時買取」市場への競合参入の噂が少なからず影響していたようだ。
「(事業は回っていて)キャッシュフロー的に会社は大丈夫でした。2月にサービスインしてこの領域のポテンシャルに張ってみる価値があると感じつつ、同時に競合参入の可能性も十分にありました」(光本氏)。
周囲を見渡せばフリマアプリのメルカリやフリル、ヤフオク!などすぐにでもこの分野に進出してきそうなプレーヤーがごまんとひしめく。食われる前に食わなければ生き残れないーーそう感じた光本氏は当然のことながら外部資本の検討を始める。
ただ、ここでちょっと変わってるのが光本氏だ。彼は創業したブラケットも今回のバンクも共に自己資本のみで事業を拡大してきた。今回も相当数VCなどから出資話が舞い込むものの「話を始めるとなんとなくそうなってしまいそうだったので話自体しなかった」そうなのだ。
外部資本を入れるタイミングではあるものの、キャッシュフローは回っているし、中途半端な戦い方はしたくない。そんな時にやってきたのが今回のDMMグループによる支援だった、というわけだ。
片桐氏も光本氏も実は起業時期や年齢がほぼ一緒の「同世代起業家」だ。彼はCASHという事業アイデアもさることながら、経営者としての光本氏を高く評価する。
「DMMにやってきてから本当に思ってるのは『いい事業を作るには、いい経営者と一緒に取り組まなければ無理』ってことです。CASH自体は(デューデリジェンスの結果)数億円の評価です。プロダクトだけではそんな額はつかない。やっぱり光本くんやチームの良さ、展開のイメージ。それがこの金額なんです」(片桐氏)。
「おい、なんか買えるっぽいぞ」から始まった亀山マジック
片桐氏は当然CASHや光本氏の活躍には注目しており、一度は出資の可能性についても探ったことがあったそうだ。しかし前述の通り、中途半端な戦いができない光本氏はその段階では友人からの打診をさらりと流してしまう。そこに登場するのがDMM創業者で現在はグループ全体の取締役会長である亀山敬司氏だ。
「実はDMMでもCASH『みたいなもの』を作ろうという構想はあったんです。けど、光本くんたちと一緒にやった方が早いよねっていう話もあって。そしたら亀山さんが光本くんに連絡してまず飯食いに行ってくると。いやー、どうなるかわかんないけど飯食うぐらいはいいんじゃないっスかねーって(笑。そしたら亀山さんからメセージがきて『おい、なんか買えるっぽいぞ』って(笑」。
記事冒頭のメッセージから数日後、再び都内に集結した3人は条件や構想を確認。翌週にはDMMサイドからCFOをバンクに派遣し、今回の買収劇はその最初の一幕を閉じることとなる。
「やはり大切なのはCASHっていうプロダクトというよりもバンクっていうチーム。僕らも同じようなプロダクトを作れるかもしれないけどやっぱりそれはコピー品。偽物ではなくやはり本物が欲しいじゃないですか。だから彼らにはこれまで通り本物を作って欲しい」(片桐氏)。
即時買取の可能性、上場?わっかんねーなー(笑
では話を未来に向けよう。光本氏や片桐氏はこの「即時買取」のマーケットをいくらと見積もるのか?
「数字的な市場規模は正直わかりません。ただ、物を売るという観点から言うと、フリマはある意味最終形態と思われていたわけです。でも実際は『その下』にもう一つポテンシャルのあるマーケットがあった。まだめんどくさい、もっと簡単に売れる。そこを他の誰かに取られるのもくやしいし、パイオニアとして最後まで作りきりたい」(光本氏)。
ただ間違いなく言えるのは、将来さらに大きな市場の可能性が見えた際にはDMMとて外部からの資金調達方法を考えなければならない、ということだ。片桐氏にバンクとしての上場の可能性を聞くと率直な答えが返ってきた。
「今の所はそういうことは考えてーーいや、わっかんねーなー(笑。これはちょっと先すぎてわかんない。資金ニーズはある程度DMM側でいけるという判断で今回買収しました。でももっと大きいレベルで資金調達が必要ということになれば、これはどうだろう。わかんない。何も考えてないです」(片桐氏)。
光本氏も中途半端な上場よりも現時点で潤沢な支援を受けられていると感じているようだ。また、DMMグループが持つネットワークの広さがバンク、CASHにとってプラスに働くとも話していた。
「DMMって現代版の総合商社だと思うんです。水族館作ってるチームもあればサッカーチームを運営していたり、金融にゲームに…と思ったら2カ月しか運営していない会社を数日の意思決定でポンと買ってしまうフットワークの軽さも持っている。資本や人材のリソースが豊富なんです。物流が欲しいって言ったら子会社にあったりするし(笑」。
競合に対しては「粛々とプロダクトに集中するのみ」という二人。まだ全体像が見えてこない「即時買取」という新市場で彼らはどのような存在感を示すことになるのだろうか。
新たな買収、バンクとしての新事業も
インタビュー終盤、私は新たな買収について両者に尋ねた。特にCASHはスマートフォンで撮影したアイテムが即時に査定されることから、当初は極めて高度な画像認識技術が使われているのではないかと話題になったのだ。しかし数時間でそれは単なる「カテゴリでのえいや値付け」だったことが判明し、光本氏をして「クレイジー」の名を欲しいままにすることとなる。
もちろんそのままではまともな運営はできない。彼らも画像認識などの技術導入は進めており、光本氏は米国含め関連企業とのコンタクトをここ数カ月進めていたそうだ。
「画像を撮って査定するプロセスなのでやはり画像技術はもっと進化させたいですね。究極にはスカウターみたいになって物を見れば価格が浮かび上がって『OK』ってやるだけで現金になってる世界観です」(光本氏)。
片桐氏も今回、こうやって情報をオープンにする目的を新たな人材や企業を呼び込むためと語る。
「バンクの採用や、今後もDMMで買収をやっていく。ちゃんと手を挙げることが大切だなって。画像認識で話が出ましたけど、実はDMMでも人工知能関連の『DMM.AI』っていう研究所を作るんです。まだ正式名称は決まってませんが、データを活用したりバンクやCASHといった事業でその成果を使っていく考えです」(片桐氏)。
買収については決まったスキームがあるわけでなく、例えば今回の買収の話題が出る前にバンクとして出資している買取価格比較サイト「ヒカカク!」のようにバンクにとってシナジーがある場合はバンクに、逆に人工知能などグループ全体でシナジーが期待されるものはDMMとして適宜取り扱うということだった。
光本氏と片桐氏は共に30代半ばの起業家だ。友人でもある彼らはそれぞれSTORES.jpとpixivという日本を代表するサービスを作り上げ、次のステージで奇跡的な再会を果たした。光本氏はインタビューの最後をこう締めくくってくれた。
「個人的に楽しみなのは片桐くんっていう同年代で、かつ昔からの友人と一緒に仕事ができることです。ピクシブとブラケットも自己資本で運営していました。私がクールだと思うのは、ひとつのプロダクトでひとつの会社を食わせるってことなんです。今でこそブラケットは一つのサービスになりましたけど時間がかかりました。すごいと思っていたピクシブの片桐くんと同じ環境で一緒にビジネスができる。彼と一緒に新規事業ができるのは本当に楽しみです」(光本氏)。