2014-08-23 11:33 | カテゴリ:健康
最初に、、

玄米菜食と聞けばマクロビオテック創始者の、、

故桜沢如一氏(1893年10月18日 ~ 1966年4月24日)で、、

享年73歳で、、死因は心筋梗塞です。

あれだけ食養生を説いて、玄米菜食して、寿命的には普通ですね。

肉食していても、同じ年代辺りの100歳さんも珍しくない。

むしろ長寿者に「肉食派」は多い。

そういう意味では玄米菜食派は、短命かもですし、、

オーサワさんは心筋梗塞ですから、、糖質中毒だったかもしれません。

※塩のニガリで腎臓を固めたって説もあります。

まぁ、、

食の陰陽二元論という「哲学」、、ほぼ宗教、、たぶん信仰という教義教理で、、

食の信仰の拡大を進められた訳です。


ワタシは30年以上前、、

大学生時代にオーサワジャパンを見に行きました。

そこで枯れた肌の従業員を見て、、こりゃ駄目だ、、と(笑)

それでマクロビオテック理論は、参考資料扱い、、で観ていました。


で、、

面白いのは、、肉は腐るから毒だ というトンデモ理論です。

日本人は穀物菜食民族だという、、迷信、、ですね。


そしたら、、

アザラシ肉ばかりほぼ100%という食事をしてきたイヌイットは全員ガン死にならないと理屈が合わないし、、

※イヌイットに成人病が出だしたのは欧米流食事が入ってきてからです。

野生の肉食獣の死因はガンになってしまう。


日本人は穀物民族だといっても、、

日本の農耕は弥生時代からで、、
 
BC300からAD300辺りの時代です。

それとて全国総農業化したワケではないので、、、

農耕の歴史は2000年も無いのです。

ホモサピエンスは40万年前に現れたらしいですから、、、

穀物栽培の歴史は本当に極めて最近の話です。

で、、

穀物栽培はしていても、地方は当然、白米・玄米どころではなく、あわ・ひえ・きびの雑穀類に、、

鳥やいのししや鹿を食べていたと推測されます。

ですから、、

武士の身長で言えば、、

地方の最南端、薩摩藩士は背が高い、、

西郷隆盛182cm 大久保利通186 cm 中村半次郎176cm 村田新八174cm 小松帯刀171

白米菜食の江戸後期の将軍は140~150cmですね。

その他だと、、

浅井長政 181
前田利家 182
徳川吉宗 183
武市半平太 183
長宗我部元親 184
山岡鉄舟 188
豊臣秀頼 197
斉藤義龍 197
前田慶次 200
石川五右衛門 207
大塩平八郎 217
生月鯨太左エ門 227

とにかくデカイ。


そもそも肉食は腐って酸性化という、、

単一食品で、、食い物を比較議論するのが間違っていると、、少しはわかりそうですけど、、、

結局、玄米菜食信仰に毒されていますから、、

広角的な視野は望めない。

もうこれは、宗教なんですね。


「食養道」を表した水野南北というオヤジは、酒飲みの泥棒という堕落した生活だったと、、

それが、町の易者に、「剣難の相で、死相が出ている。せいぜい持って一年の命です」と言われて。

それで酒(糖質)をぷっつりと絶ち、堂島川で仕事をしながら、「麦と白豆」だけの食事を続けた結果、、

死相が消えたらしいのですね。

要は、、酒を断って肉体労働(筋トレ)したのがかなりのポイントで、、

そうやって身体をデトックスした。

死相は、炭水化物・糖質・運動不足が原因なんです。


そういう、、

理解のボタンの掛け違えが、、その後の、、食養生理論、食の陰陽論にもつながったのだと、、思います。


まぁ断糖してみれば、、

玄米も結構カラダが重たくなる食事です。


何が本当かは、、よーく調べて、自らの身体で試していくのが良いかと、、、思います。


自分の信じていた理論が間違っていたら、さっさと切り替えるフリーさは大事です。


※自然食だろうな先生の皆さん早死にです。
 沖ヨガ の沖 正弘氏は、50代半ばで心不全で死去。
 マクロビオティックの 桜沢如一氏は、73歳で心筋梗塞で死去。
 野口整体の 野口春哉氏は、65歳でくも膜下出血で死去。
 ヨガと野口整体を合体させた岡島瑞徳氏も、61歳で直腸ガンで死去。



取り敢えずこの辺で。


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