東京では5本の指に入る大型書店、紀伊國屋書店の新宿南店(1245坪)が事実上閉店する。7月末をめどに1~6階の売り場のうち、6階の洋書売り場を残してすべて閉店するという。5月13日付朝日新聞が報じた。
筆者が新宿南店閉店の話を聞いたのは、昨年11月。ある出版社幹部が「確かな筋からの話。理由は家賃が高くて契約を更新できないから」と耳打ちした。
「確かに、2012年3月末にジュンク堂書店新宿店が撤退したことで、専門書の需要が南店で高まっていました。ちょうどその年の2月下旬くらいに紀伊國屋は出版社を集めて、新宿本店と南店のリニューアルを発表しました。南店は3階にタリーズコーヒー(20坪)を設置するのと同時に、イベントスペース『ふらっとすぽっと』を設けました。ほかにも2階や6階にイベントのフリースペースを設けて、出会いの場としての書店を演出していました。3階や6階のイベントスペースなどではとてもお世話になったのですが、ジュンク堂書店が撤退しても店舗経営は芳しくなかったようですね。黒字になった年はあまりなかったそうです。特に家賃が高く、近年は売上も落ちていたようですから、相当厳しい状況だったと思われます」
別の出版社の営業担当者も語る。
「20年の東京オリンピック開催が決まったのが13年9月。翌年、新宿南店は和書と洋書を販売していた6階を、14年5月にすべて洋書売り場にすると発表しました。東京オリンピックに向けて、海外からの訪日客が増えることを見越しての施策だと言っていました。その意味合いから、6階の売り場は残したのでしょう。もともと新宿には新宿本店という紀伊國屋の本丸があります。1996年にオープンした時、なぜこんな近距離で大型店を出店するのか、新宿本店と食い合うのではないか、と出版社は疑問に思っていました。おそらく本丸がある『新宿』で、他の大手書店に大型店は出店させないという陣取り合戦だったように思います。その翌年、97年にはジュンク堂書店が池袋に1000坪で大型店を出店しました。2000年以降は紀伊國屋やジュンク堂書店、TSUTAYAなどが競って大型店を出店し始めたと思います」
●総売り場面積拡大でも売上減
また、ほかの出版社幹部は、紀伊國屋の厳しい経営環境について次のように明かす。
「南店の事実上の撤退を決断したのは、ビルオーナーである東神開発との契約がまとまらなかったためですが、売上の減少が相当堪えていたようです。紀伊國屋の高井昌史社長が14年の講演会で、驚くべき数字を発表しています。紀伊國屋の店舗売上です。96年は37店(1万1009坪)で年間584億円でしたが、13年は64店(3万89坪)で年間579億円に減少したのです。店舗数は1.7倍以上、総売り場面積に至っては2.7倍以上に増えているにもかかわらず、売上が落ちてしまった。
新宿地区でも、1996年は新宿本店1店(1030坪)で119億円を売り上げていたのが、2013年は南店を含む2店(2813坪)で107億円と、店舗も売り場面積も倍増しているのに売上は減少しています。同じ売上を上げるのに、単純計算で倍以上の経費がかかっているのです。約20年経って売上がどんどん落ちるなか、黒字どころか大きな赤字が出ていたことは想像に難くないでしょう」
冒頭の出版社幹部は、「南店は8月までに撤退するそうです。そのあとには、家具大手ニトリが入る方向で調整に入っているようです」とも明かす。ニトリといえば、昨年に東京・銀座、今年には池袋と、都市部への出店を加速させている企業。南店の売り場面積はまさにうってつけのように思える。
ただ、南店が出店した1996年は出版界の推定市場規模がピークを迎えた年である。それ以降、市場は下降トレンドを今も続けている。翻って、書店はその頃から大型化がどんどん進んでいった。今や1000坪の書店も珍しくない。その急先鋒が、ジュンク堂書店(現・丸善ジュンク堂書店)である。
「ジュンク堂は97年に池袋本店、99年に大阪本店、2001年に福岡店出店のほか、池袋本店の売り場を倍増させるなど、次々に大型店を出店していました。どこにそんなお金があるのかと思っていたら、池袋本店を増床したころに財務状況が悪化してその年だけ、社員にボーナスを支払うことができなかったのです。ただ、ジュンク堂の工藤恭孝社長はキクヤ図書販売の創業家の次男で、長男の俊彰氏はキクヤ図書販売やブックローンの社長です。図書の月賦販売で大儲けしたブックローンの資金がメインバンクにたまっているそうで、キクヤ図書販売から独立して創業したジュンク堂書店を創業した恭孝氏も、無利子に近い待遇で融資を得ていたそうです」(出版社社員)
●体力を失う取次
また、ある取次関係者は書店の大型化について、こう指摘する。
「書店のような小零細企業に、出店費用を工面できるほどの資本力はありません。出版市場が右肩上がりの頃は取次が率先して付き合いの古い地元書店に多店舗化をもちかけ、新規開店費用のうち、初期在庫の支払いを優遇する措置を施していました。つまり、売り場面積によって変わりますが、数億円もの初期在庫を1~2年は棚上げにして、その後に12回などの分割で支払ってもらう、というやり方です。取次の売上もどんどん上がるのだから、そうした支援は惜しみません。
まさに出版バブルですが、ジュンク堂の場合は市場のピークを過ぎていました。それでも、新規出店の支払いで、メイン取次である大阪屋に相当優遇してもらっていたと聞きました。取次という支援者がいるからこそ大型出店が可能なのです」
この話は出版業界では有名な話である。初期在庫の支払いを2~3年棚上げし、その後も24回払いなどの分割で支払うという出店の方法だ。
しかし、その資金をバックアップしていた取次の大阪屋、さらには栗田出版販売や太洋社も破たんしている(大阪屋と栗田は合併し大阪屋栗田に)。この出店策が経営にどれだけ影響したかは別として、今の取次にそれだけ書店の面倒をみる体力がなくなってきていることは明らかだろう。
資金力のあるトーハンは例外かもしれない。書店を子会社化するという将来を見越した投資を行っている。日本出版販売もトーハンに比べて資金力は見劣りするが、同様に書店を子会社化している。それでも、これらの子会社の書店は不採算店を整理こそすれ、積極的な出店策を取るようなことはしていない。昨年に創業の地・池袋から撤退を余儀なくされたリブロも、次の候補地を見つけられていないようだ。
●ジュンク堂、大型店舗を次々出店
一方で、ジュンク堂はこの情勢とは真逆の方向に舵を切っている。なんといっても09年に大日本印刷に買収してもらい、潤沢な資本力を得たのが要因だろう。丸善CHIグループの傘下に入った後、リアル書店部門である丸善書店とジュンク堂書店のトップには工藤氏が就任した。MARUZENや丸善、MARUZEN&ジュンク堂書店、ジュンク堂書店などの屋号で出店してはいるものの、実質は工藤氏の采配による出店だ。それに、売り場を見ればまさにジュンク堂のつくりであり、工藤イズムがそこに体現されている。
振り返ってみると、12年1月期は仙台本店(949坪)、甲府店(780坪)など、13年1月期には新潟店を1615坪にリニューアルしたほか、1220坪のMARUZEN広島店、15年1月期には滋賀草津店(658坪)や那覇店(2003坪)をリニューアル、16年1月期にはMARUZEN名古屋本店(1474坪)、丸善京都本店(1000坪)、高松店(1100坪)、名古屋栄店(600坪)など数多くの大型店を出店した。14年1月期、15年1月期は小休止したものの、16年1月期は出店ラッシュとなったうえ、17年1月期の今期も東京・立川の高島屋に出店したほか、わかっているだけで千葉や明石などでの出店も予定されているようだ。
書店勤務経験のある出版社営業幹部は言う。
「丸善書店とジュンク堂書店が合併する際に発表された決算では、ジュンク堂書店は9500万円の営業赤字。一方の丸善書店は3億7200万円の営業黒字でした。また、連結対象となった丸善CHIグループの店舗事業をみると、12年1月期は7億3400万円の営業赤字、13年1月期も2億6300万円の営業赤字、15年1月期も6400万円の営業赤字、16年1月期も3億3500万円の営業赤字。8500万円の営業黒字を出した14年1月期は出店を控えめにしていたのが要因でしょう。大型店を出せば、あっという間に赤字になる金額です。
これだけ赤字を出し続けるのですから、もはや1000坪もの大型書店は商売として成立していないのかもしれません。現に紀伊國屋は3年前のグランフロント大阪店を最後に、1000坪を超える店は出していません。南店もいい引き際だったのではないでしょうか。市場が縮小するなか、大規模書店を出しても、もはや利益は出ないことをわかっているのかもしれません」
●書店の大倒産時代到来も
売り場規模別に日本のトップ5の書店をみると、次のようにジュンク堂の名前が並ぶ。
・1位:MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店
・2位:ジュンク堂書店福岡店
・3位:ジュンク堂書店那覇店
・4位:ジュンク堂書店池袋本店
・5位:MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店
それも、ほとんどが2000坪超もしくはそれに近い坪数である。
さらに丸善ジュンク堂書店の大型店は次の通りだ。
ジュンク堂書店新潟店(1615坪)、丸善丸の内本店(1599坪)、ジュンク堂書店三宮店(1500坪)、同大阪本店(1480坪)、MARUZEN名古屋本店(1474坪)、ジュンク堂書店難波店(1400坪)、MARUZEN広島店(1220坪)、ジュンク堂書店仙台本店(1200坪)ジュンク堂書店ロフト名古屋店(1200坪)、ジュンク堂書店多摩センター店(1140坪)、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(1100坪)、ジュンク堂書店吉祥寺店(1100坪)、ジュンク堂書店高松店(1100坪)、ジュンク堂書店旭川店(1041坪、フランチャイズ)、MARUZEN松本店(1050坪)、丸善京都本店(1000坪)
ここに挙げただけでも3万坪にも上る。1000坪に100万冊という丸善京都本店の蔵書数を参考に単純計算すれば、3000万冊もの出版物の在庫が丸善ジュンク堂書店にある。
果たして、丸善ジュンク堂書店の戦略は今後も続けられるのだろうか。同社の売上高は800億円弱、大日本印刷グループの文教堂を含めれば約1000億円になる。出版市場は1兆5000億円、同グループの書店売上はその15分の1以下で7%弱にすぎない。それを考えれば、自社の占有率を高めるのがまずは先という考えなのだろうか。
営業赤字体質のビジネスモデルを拡大し続けても平気とは考えにくい。大型店というビジネスモデルがすでに破たんしているのであれば、書店の大倒産時代が到来することも考えられる。
1650坪のジュンク堂書店新宿店が閉店した時、大量の返品が小零細出版社を襲った。1245坪の紀伊國屋書店新宿南店が閉店する時も、同様の影響が予想される。そして、大型店の大閉鎖の波が襲来すれば、数多くの小零細出版社が連鎖倒産するのは間違いない。紀伊國屋書店新宿南店の撤退は、その予兆といえるのではないか。
(文=佐伯雄大)
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