10月下旬、秋晴れのバルセロナ。空気は冬の到来を感じさせる冷たさだが、日差しは夏の名残りで暖かい。
通りに転々とあるキオスクに、新聞を買いに行く。同じ内容の新聞が2種類。大手一般紙「LA VANGUARDIA」は、スペイン語、カタルーニャ語版を刷っている。最近は、ほぼ毎日のようにカタルーニャの独立問題が一面だ。
「売れ行きは大して変わらないさ。昔ほど、新聞は売れない。でも、みんな関心はあるようだね」
キオスクの店主、ダビドさんはそう言って目尻に皺を作った。
独立問題で揺れるスペインは、以前に増して「国の在り方」に敏感になっている。
例えば来年のロシアワールドカップに向け、新たなスペイン代表ユニフォームが発表されたが、そこで肩に入った青いラインが、「紫に見えるのでは?」という疑問の声が上がった。
解釈によって、厄介な問題を孕んでいた。実は紫は、1930年代のスペイン内戦で軍事クーデターに倒れる前のスペイン第二共和制の国旗カラーの一つなのである(左派の共和国側について戦ったのが、カタルーニャだった)。
「色の解釈よりも、もっと大切な問題がこの国にはあるだろう」
スペイン代表監督ジュレン・ロペテギは、苦々しげに語った。独立の波は幾重にも押し寄せる。複合民族国家スペインの奥底を、かき乱すことになるだろう。
10月29日、カンプ・ノウ(FCバルセロナ、以下バルサのホームスタジアム)のサブスタジアムに当たるミニ・スタディでは、リーガエスパニョーラ(サッカースペインリーグ)2部の試合が開催されていた。
好天に恵まれ、日向では半袖シャツの観客が多い。世界的人気を誇るバルサのBチームのゲームで、相手はセビージャ(アンダルシア州セビージャのチーム)のBチームだった。
試合はバルサBが優勢ながら、1-1で終了。独立宣言が出され、「カタルーニャ共和国、万歳!」と一部市民が驚喜した週末の試合だったが(スペイン政府はこれを違憲とし、反乱罪でカルラス・プチデモン州首相を解任)、混乱はなく普段通りのサッカーゲームとして運営された。ピッチにはカルラス・アラニャーなど未来を担う若手カタルーニャ人選手の姿もあった。
しかしカタルーニャが独立した場合、このリーグ戦は成立しない。
「カタルーニャのサッカークラブはリーガから脱退」
これは既定路線だ。全国リーグに参加しているわけだが、その権利を失う。カタルーニャ国内だけでの大会運営を余儀なくされる。大会の魅力は半減、チーム経営は厳しくなるだろう。
世界で最も人気のスポーツであるサッカー。バルサは輝かしい名声を得ている。しかしそれも、世界最高峰リーガエスパニョーラに在籍してこそ、だろう。宿敵レアル・マドリーとのクラシコ(伝統の一戦)は、世界中で6億5千万人が視聴。大金を動かす「ドル箱ゲーム」だ。
「(リーガから脱退した場合)カタルーニャの1部クラブはバルサ、エスパニョール、ジローナ、2部クラブはジムナスティック・タラゴナ、レウス。3部や4部のクラブも集めないと、国内リーグは成立しない。でも、この面子ではバルサが強すぎて、優勝争いは盛り上がらないよ」
ミニ・スタディに観戦に来ていたパブロさんは、肩を竦めて説明した。
バルサの年間予算は約6億ユーロ(約780億円)と突出している。エスパニョールは約7500万ユーロ(約96億円)だが、ジローナは約2000万ユーロ(約26億円)、2部クラブは約800万ユーロ(約11億円)程度。格差が大きく、興味は薄れてしまうのだ。
「独立を勝ち取ったら、民族の誇りを取り戻し、税金も自分たちのためだけに使える」
カタルーニャ人の多くは楽観的に考えている。しかし実際、国防や外交の費用はかさむ。EUに加盟するまでは、通貨を安定させ、貿易摩擦を解消しなければならない。市場は縮小。それを見越し、多くの大企業や銀行が移転を明らかにしているのが現実だ。
独立は孤立を生み出しかねない。
「それでも、バルサは独立賛成派だよ」
エスパニョール番のラジオ記者は、匿名でそう洩らしている。