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見廻り吉兵衛 下級家臣といえども、役目上家来も必要になるが、 複数人を雇うとなるとやり繰りに苦労する。 六蔵も仕官が叶って喜んだのも束の間、 人を雇うことで再び嫌でも質素倹約を意識せざるを 得なかったが、勝手気ままな性分もあって、 (どうせ貧乏育ちだ、きのう食えたら 今日は少しでもいいや) と、足りなければその分自分の食い扶持を 減らせばいいというどんぶり勘定である。 「ちわ〜、六蔵です〜、お邪魔しますよ〜」 大きな風呂敷包みを背負い、袋を抱え、包みを持った 六蔵が、城下にある自宅の近所、吉兵衛の家を訪ねた。 玄関先で掃き掃除をしていた若い下男が迎え、 「六蔵様・・・・あの、お頭(かしら)ですね。 ようこそおいで下さいました、 あの、旦那様は今不在なんですが・・・・」 突然の訪問に多少戸惑っている様子だが、 「うん、いいよ、俺も近所に暮らすことになったで、 挨拶がてら来たでね。おかみさんはいるかな」 「はい、御在宅です。では、どうぞ」 「はいよ」 「うむ、御苦労」といった、無駄に威張ったような 武士を内心馬鹿にしていた六蔵に同じ態度は取れない。 「にいさん、名はなんだい?」 「へぇ、大三(だいぞう)と申します。 大きな三つで・・・・」 六蔵は頷き、 「大三さんか、うん、覚えた」 吉兵衛宅は下級家臣の家族が住む武家屋敷の一角で、 四十坪程の敷地に六畳二間に三畳一間、三畳の土間と 台所、便所と小さい庭が付いた、板葺き屋根の 平屋建てになっている。 階級、禄高に応じて坪数も部屋数も違っていて、 六蔵も一人暮らしながら同じ作りの家に移っていた。 また、六蔵宅共に家事や雑用をこなす下男や下女は 近所の住人で、生活費や小遣い稼ぎを兼ねて 毎日通って来ていた。 大三はそそくさと玄関内へ案内して部屋に入ると、 間もなく吉兵衛の女房が現れて、 「まあまあ、お頭、御無沙汰しておりました、 お話はよく伺っておりましたよ」 ひざまづいて一礼した。 「ふくさん、ほんと久々だねぇ。元気にしてたかい」 吉兵衛の家族とは茅部城下当時に関わって以来で、 約五年ぶりになる。 「おかげさまで、ま、どうぞ中へ」 「いや、ここでいいよ、俺も近所になったで、 ちょいと挨拶ってわけでね」 と、抱えていた袋をどさっと置き、 「これね、玄米だ。一貫程(約5キロ)ある。 古竹城攻めで向こうの地元が分けてくれた。 それからこれ、饅頭だ。みんなで分けてくれろ」 と包みを渡し、 「まあ、こんなにして頂いて・・・・」 「それから、これ・・・・」 と、担いでいた大きな風呂敷包みを下ろし、 「綿入りの半纏だ。この辺は冬は冷えそうだからね。 使ってくれろ」 と包みから解かれると、大きめの半纏が四着と 小さい半纏が一着、ふんわりと大きく膨らんだ。 「あらまあ、ここまでして頂かなくても・・・・」 「御両親は息災かいね」 「ええ、おかげさまで。まだまだ大丈夫です」 ふくは笑顔で答えた。 吉兵衛の両親は茅部城下にこだわって残っているが、 ふくはひとり娘であるため、心配した吉兵衛が 石峰に呼んで共に暮らしている。 「うん、何よりだ。親は呆けなきゃ長生きが一番だ。 ・・・・吉兵衛には苦労かけちまったでな、その上 俺が石峰に仕官出来たのも奴のおかげなんだよ。 お互い仕官が叶ったのは幸いだった。まあ、 家族自慢されるのがつらいが・・・・」 そこへ倅の大福が部屋からひょこっと顔を出した。 すぐ見つけた六蔵が声をかけた。 「おお、出たなお世継ぎ!でかくなったなあ」 頬が少し紅みを帯びた丸顔で、しっかり歩いて来た。 「大福殿、赤ん坊んとき以来だなあ。 さすがに覚えてねえだろう。何歳になった?」 「・・・・五歳」 たどたどしく小さな手を見せた。 「おー、若ぇなあ。五歳なんざ無いも同じだ」 と笑い、ふくに気遣うように、 「・・・・まあ、あんたも気苦労が絶えないだろうが、 もし万が一気が変わったら、うちへ来るといいよ。 俺は断らねえよ」 と、ぶははと馬鹿笑いし、 返答に困ったふくは苦笑した。 後日、吉兵衛が六蔵の自宅に訪ねて来た。 「ふくから聞きました。随分とお気遣い頂いたようで 恐縮しておりました」 「ん〜、喜んでおりましたの方がよかったなあ」 と、揚げ足を取ったような言い草で笑った。 「で、何をお返ししようかと悩んでいたんで、 余計なこと考えず甘えとけと言っときまして・・・・」 「そうだよ、物々交換で 色々持ってったわけじゃねえからな」 「頭の好物を考えてたんですが、今一つ浮かばなくて、 澄んだ酒が手に入りましたんで・・・・」 と、大きめの徳利を前に出した。 酒といえば濁り酒、どぶろくが定番だが、 敢えて清酒を持って来たところは 吉兵衛なりの気遣いらしい。 「おー、そりゃ上物じゃねえか、ありがたい、 これなら断らねぇ、遠慮なく頂戴するよ」 六蔵は笑顔で軽く合掌した。 「酒以外の好物ったら饅頭かなぁ・・・・そんなもんかな」 「あーそうか、甘いもん好きでしたっけ。 酒の肴のことばかり考えてました」 口を開けて不覚を取った、という調子である。 「酒の肴といえば、豆腐と煮豆くらいかな。 たいしたもん食ってねぇからな。まあいいさ、 これだけありゃ充分だ、かたじけねぇ」 と、隣の台所からガタガタと茶碗を二つ取り出し、 「じゃ、さっそくここで飲るか。 おめえも嫌いじゃあるめぇ?」 月一で弥助と三人、酒屋で雑談の仲である。 吉兵衛としては酒よりも会って話すことに意義を 感じていたが、やはり酒も嫌いではない。 「でも、酔って帰るとふくが機嫌悪いんですよ」 「そりゃ程度だわな、一杯なら大丈夫だろ。 向こうにも一言言っといたし」 「あー、そういえば、俺ぁ自慢話なんか したことねぇですよ」 「そんな分かりきったこと言うなぃ、 向こうだって言われて悪い気はしねぇだろうよ。 つまみに豆腐が少しあるよ」 「・・・・じゃあ頂こうかな・・・・」 吉兵衛の顔がほころんだ。 普段たいして飲んでいなければ一杯でも酔いも早い。 「・・・・たしかに仕官したけど、他を断られた結果で、 どうしてもここにこだわったわけじゃないんですよ。 まあ、大っぴらに言えないけど・・・・」 吉兵衛は小声でぼやいた。 石峰城下も村々も、将兵が無事帰城したことに 喜んだが、古竹攻めに参陣出来なかったことに 吉兵衛は不満だった。 「せっかく仕官したのに、肝心の戦で活躍できねえ ってのは、やっぱり甲斐が無ぇなと思いますよ」 これまで弥助ほどに口には出していなかったが、 やはり吉兵衛も上を目指していた。 同じく仕官した六蔵もよく分かるつもりだが、 やはり立場の違いがある。 「おめえは女房子供ほっとけねえだろが。 むしろ配慮があることに喜べよ。 他所(よそ)だったら問答無用で、 危ないとこにも行かされるかもしれねえんだで。 死んだら戻れねんだぞ」 「親方(繁春)にも同じこと言われましたよ。 家族持ちと独りもんは扱いが変わるって」 「そうだよ、古竹攻めだって危なかったんだで。 ごり押ししたら死人も出たろうし」 「知ってますよ、無理な命令に従って突撃して、 すぐ討死したんでしょ? で、全員無事だったと。 城下でも評判ですよ」 古竹は一勢力として長年神保と対立し、今回は 諸城上げての決戦という意気込みであっため、 城下でも多くの死傷者を覚悟していただけに、 石峰勢が “全軍討死で無事”で、半日もせずに 古竹降伏で終わったことに、現場にいた兵達も 石峰領民も心底喜んでいた。 「今回はたまたまで、いつも無事とは限らねえ。 家族のために無理をしてなんとか楽な暮らしを、 てのも分かるが、命あっての物種だでな。 おめえが死んじまったら、女房子供は確実に 苦労するぞ。独りもんと同じってわけにいかねえよ。 親方も気ぃ遣ってんだから、そこは分かってやれよ。 普通そこまで考えねえぞ」 「ええ・・・・」 吉兵衛としても、家族を考えると返す言葉が無い。 「・・・・まあ、仕官したら同じままで納得出来るもんじゃ ねえだろうし、それはみんな同じだろうさ。 だからおめえは戦以外で役立つことを考えろよ。 色々あるはずだぞ」 「戦以外って・・・・」 「城下を発展させ、領民の暮らしをもっと 良くするにはどうするか、どこでも考えてること だろうけど、うまく行ってるとは限らねえ。 工夫あり苦労あり、だろうな」 石峰城の所領は一万五千石で人口約一万五千人、 四郡三十村の山国である。この一帯を更に富ませ 発展させるにはどうすべきか。 「戦の世とはいえ、戦だけやってりゃいいもんでねえし、 腹が減っては戦はできぬ、だ。みんなが充分食える 地固めが必要だ。おめえがそれで活躍すりゃぁ 当てにされて、城持ちだって無いとは限らねえ」 「・・・・城持ちかぁ・・・・」 吉兵衛は何やら考えている。 「おめえも元々よそもんで、仕官して日が浅いだろ? もっとこの地域を知って関わってみろよ。 なんか任されるようになるんじゃねえか? そっから出発じゃねえかい?」 「そうですね・・・・」 「俺も偉いさんじゃねえから断言は出来ねえけど、 役割が出来ると思うぞ。頼りにされりゃ 嫌でも上に行けらぁな」 「はい・・・・」 なんとか納得出来たらしい。 「ま、俺も人のこと言ってる場合じゃねえけどな。 おめえは先が長いからいいよ。俺なんかどうすんだよ。 他の連中でももっと苦労もあることくれぇ、 おめえも知ってるだろうが」 と、今度は六蔵がぼやく調子である。 吉兵衛も六蔵や弥助共々、各地の戦地に赴いて、 多くの貧しい村人や年輩の雑兵達とも関わって来ている。 が、自身や身内への思いばかりが強く、 彼らの境遇や才覚、日々の思いにまで関心が 及んでいなかった。また、吉兵衛は弥助と同じく 茅部城下に生まれ育った百姓の倅である。 農民であれ、職人であれ、一般領民の暮らしは 裕福とは言い難く、そこから抜け出ることばかりを 考えて、地域や制度の改善という発想に至らなかった。 昔から水源利用や土地を巡る村同士の争いや 飢饉などがあったことは知っていたが、それで直接に 被害を受けたことは無く他人事だった。 果敢に戦で外へ出て行く一方、それを支えるためにも、 寄って立つ足場固めも必要になる。 (弱肉強食、戦の世とはいえ、 政(まつりごと)も大事か・・・・) 吉兵衛も今の立場と状況になり、六蔵の意見から 視野が開けた思いになった。 (頑張りと工夫か・・・・) その後、思うところあってか、吉兵衛は暇を見ては 領内各地を巡り、数々の領内開発に関わる案を 書状にしたためて城山修理に提出した。 石峰家中も役割はあり、地元の者も多ければ 地域の事情、諸々に詳しい者もいる。 専門家でもない吉兵衛の提言が今更独創的で新しいとは 言い難かったが、主に地域の特色である山林の開発管理 と商業利用、同じく山々での狩猟や、野生植物、 山菜に関しての食糧や薬用利用の推進の他、地域を 往来する商人の優遇、物流における組織運用、 河川道路の整備、治水や治安にも言及し、 吉兵衛の領内開発への関心と意欲を示すに充分だった。 これが認められて石峰領内で一定の成果を上げれば、 諸城にも適用出来る。本城にも提案して 神保家全体への政策にもなり得る。 吉兵衛は更に関心が強まったのか、 城山修理に願い出た。 「まだ仕官して日が浅い新参者ですが、この領内に ついて徹底して把握し、今後の内政に活かすために、 石峰領に関わる詳細な資料を作りたく、つきましては その許可を頂きたく・・・・」 「領内の諸々については、大方把握しておるが・・・・」 城側が領内を知らぬわけはない。 どこにどの規模の村がいくつあり、人口は幾らで 税収が幾ら、各地の産業は何か、何が問題になって いるか、何をどうすべきか認識し、家中もそれぞれ 役割があって日々職務に就いている。 「おまえにも話したが、ここは石峰城が出来て十年も 無いが、それ以前は他の城が受け持って管理しておった。 村々も以前から続いておる。領内であれば放って おくことは許されぬ。調べれば変化を知ることは 出来るだろうが、それ以上となれば当てにはならんぞ」 未踏の荒地を開拓するわけでなし、 何を今更と思われても仕方ない。 しかし、自身がこれまで無関心だったことを考えれば、 その土地の者がその地を知り、改善を日々意識 しているかといえば、そうとは限らない。 無知無関心と怠惰が人々を惑わせ、昨日ある如く今日、 そして明日と、個人も組織も流されるのではないか、 そこで支障があっても先延ばし、見て見ぬ振りも あるのではないか。それが雪だるま式に増え、 改めねば、やがて大きな災厄として、あるいは深刻な 悪影響を及ぼさないとも限らない。 川の氾濫による弊害を免れたければ、堤防など治水を 怠らず、あるいは危険な一帯を一切放棄すべきであろう。 「城下を発展させ、領民の暮らしをもっと 良くするにはどうするか、どこでも考えてること だろうけど、うまく行ってるとは限らねえ。 工夫あり苦労あり、だろうな」 六蔵の言葉が思い出された。 城山修理にしても、内政の重要さは言われるまでもなく、 御役目と自覚してきた。とはいえ、そこは生身の人間、 完璧との確信は無い。 吉兵衛の提言は、若者らしい一時の気の迷いとも 思えたが、その熱意を消すこともない。 「・・・・当家が調べたのは一部で、数年前だ。 確かに厳密とは言い難い。おまえにその気があるなら、 この領内の隅々、あらゆることを調べ上げ、 問題点も指摘して欲しい。日数もかかろう。 出来るかな」 「出来ます、やります、やる必要があります!」 「・・・・その心意気や良し・・・・わかった、半年をもって 調べ上げよ。城下奉行補佐として別に役高を付けよう。 更に人が必要な時は申し出よ。協力しよう」 「ありがとうございます、 必ずや成果を上げて御覧に入れます!」 城山修理の配慮により、通常以外に役目上の 俸禄も与えられ、新たに二人の家来が付いて、 計四人の家来が領内調査を手伝うことになった。 (・・・・これはまさに、俺にとっての戦だ・・・・ これから出陣だ・・・・) 吉兵衛は武者震いがした。
by huttonde
| 2017-11-07 13:00
| 漫画ねた
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