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【格闘技】

<月刊ドラゲー>大きな夢叶えた小さなヒーロー ドラゴン・キッド

2017年11月17日 紙面から

リングサイドから客席に向かってポーズを決めるドラゴン・キッド=後楽園ホールで(七森祐也撮影)

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 ドラゴンゲートには今でこそ多種多様なファイトスタイルの選手が増えたが、原点は本場メキシコ仕込みのルチャリブレ。その系統を代表するのがベテランのマスクマン、ドラゴン・キッド(41)だ。身長165センチの小柄な体から繰り出される技は人間業と思えないほど、華麗で神懸かっている。ミステリアスな覆面の下に隠れた素顔に迫ってみた。 (聞き手・仲田美歩)

 -いつからプロレスラーになりたいと

 ドラゴン・キッド「17歳、高2のころ。学校に友達が持って来ていたプロレス雑誌を見て、面白いなと興味を持ちました。そして、夜中にたまたまテレビをつけたらプロレス番組をやっていて、実際に動くレスラーを見たんです。ぼくは体が小さかったし、運動も特に打ち込んだ経験もなかったんですが、強くて体も大きいレスラーの姿に、自分にないものを持っていると、一気に惹きつけられました」

 -そのころ見ていた団体、選手は

 「新日本だと武藤、蝶野、橋本選手ら闘魂三銃士、全日本だと三沢、川田、小橋、田上選手ら四天王の時代です」

 -ドラゴンゲートに入門前はFMW(現在は消滅)でレフェリーを

 「知り合いを通してレフェリーになりたいという趣旨のNHKのドキュメント番組に出ることになり、受けてくれたのがFMWの大仁田厚さんだったです。自分の中ではレスラーになりたいという気持ちはずっとあったんですが、当時は身長制限があって、書類審査で全部はじかれていたんですよ。そこでレフェリーになることで業界に入って、チャンスをうかがおうかと思いました。ちょうど大仁田さんの最初の引退シリーズのころ。川崎球場でのハヤブサさんとの試合(1995年5月5日の電流爆破マッチ)はサブでついていたんですが、メインのレフェリーが爆発で気を失ったので自分が3カウントとったんです。結局レフェリーとして1年間務めました。その後、会社にメキシコでレスラー修行をしたいと申し出て旅立ったんです」

 -メキシコでの思い出は

 「最初はメキシコ人レスラーの家に居候させてもらったんですが…。当時寝ていたのがリビングの床で隣が台所。ある晩、気配を感じて電気をつけたら、壁も床もそこらじゅうゴマのようにゴキブリがはっていて、ブワーと一気に散っていったんですよ! これはもう無理だと思いました。まあ暖かい国だしドアも開けっ放しなので仕方ないとも思いましたけど…。結局3カ月居させてもらいました」

 -そうして闘龍門(ドラゴンゲートの前身)へ

 「巡業で来ていたウルティモ・ドラゴンさん(後の師匠)と出会い、ちょうど闘龍門を旗揚げする前で、声を掛けていただきました。そこでいったん帰国して準備を整えて、再びメキシコへ。1期生に4カ月遅れで合流したんです」

 -プロレスラーになっていなかったら、どんな仕事に

 「想像つかない。高2の時に書いた、10年後の自分宛ての手紙が実家に届いたんですけど、プロレスラーのチャンプになるってありました。その半面、実は親を安心させるため一度短大に推薦合格して、入学はしたんです。でも、結局中退しました」

 -ぜい肉ゼロのパーフェクトボディー。食生活で気を付けていること、避けている食べ物は

 「特に何もない。好きな物を好きなだけ食べますよ。博多に行ったらラーメンも食べます。ただおなかいっぱいにするのが嫌いで。昔から食べる量は腹8分目。必要なものを食べるイメージ。甘い物もあまり食べません。食べ放題に行くこともありますが、おかわりはしませんね」

 -体脂肪率は

 「最近計ってないので。一番低かったのが5、6年前で3%。さすがにしんどかったですね。今は多分10%くらい。数字はあくまで目安。重要なのは人からどう見られているか」

 -トレーニングは

 「35歳を過ぎてから、自重トレーニングをやっています。特に器具は使いません。腕立て伏せや腹筋、公園で懸垂とか。70、80歳になっても、人より動ける体を作っていきたい」

 -マスク越しの視界はどうなんですか

 「ほとんど試合中の視界はないに等しい状態。感覚でロープに乗ったりしています。狭い世界で無理に見ようとすると軸がずれるんです」

 -弱点は

 「虫が苦手。関節の部分が気持ち悪い。子どものころは平気だったんですけどね。カブトムシやクワガタでさえダメです。意外なところだとジェットコースター。乗りたいと思う気持ちはあるんですけど、いざ上がっていって落ちる瞬間、『やめときゃよかった』と」

 -読者の愛知県31歳女性から質問です。試合前に必ず行うことは

 「基本、ストレッチなどアップトレーニング。あとは精神を集中すること」

 -72歳女性から。もっと体重があったらいいなと感じるときは

 「ほとんどみんな自分より大きいので、ぶつかり合って打ち負けたり、投げられたときのダメージがどうしても大きい。そんなときでしょうか。反対に、動きやすくて自分が思った通りの動きに直結できるのが、軽くてよかったと思うことです」

 -19歳男性から。どうすれば筋肉がついてきますか

 「とにかく自分がどういう筋肉になりたいかとイメージして練習すること。自分で研究して、いろいろ試して、効果があったものを選ぶといいです。ちなみに、好きな女性のタイプは、外見的にポッチャリ系の人です」 (朗報!)

 -今のドラゲーは若い選手がどんどん育っていますが、先輩として意見は

 「この先、今の主力選手がいなくなったときに、今よりも素晴らしい団体であってほしい。試合内容、興行的なこと、人間として…いろんな意味合いで」

 -今後はどうありたいですか

 「来年2月で42歳。レスラーとして20年。この先リングに上がれなくなった後も、人として成長していければと思います。年を取ってもキラキラと輝いている方ってたくさんいるじゃないですか。自分もそうなれたらいいなと」 (きっと俊敏に動けるおじいちゃんになると思いますよ。ブンブンと鉄棒で回ったりとか…)

◆仲田の独り言

 キッド選手といえばやはりあの鍛え抜かれた体から繰り出す華麗な技。初めて見たときは「何だこれは~」と度肝を抜かれました。会場では小さな男の子が憧れの視線や歓声を送っている場面をよく見ます。マスクマンは子どもたちのヒーローですからね。

 夢をかなえてレスラーとなったキッド選手も41歳。もはやキッドではないですが、マスクからのぞくキラキラした瞳と年齢を超越した少年っぽさがステキです。自分の体と向き合う姿勢には、さすがのプロ魂を感じました。

◆ドラゲー流モテボディーのつくり方 体の軸を鍛えるポーズ

 腕立て伏せの状態から頭を前方に突き出す

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 どのような状態でも自分で意識することでトレーニングになるとぼくは思っています。これは体の軸を鍛える簡単なポーズ。まず腕立て伏せの状態から、腕を真っすぐのまま頭を前方に突き出す。そのままストップ。腕がブルブルしておなかにも効くのが分かりますよ。最初は5秒とか無理のない程度にしてだんだんと時間を延ばしていけばいいです。

◆ドラゴン・キッドの現在

 CIMA、Gammaらベテラン勢と、山村武寛、石田凱人ら若手勢で形成される超世代軍ユニット「オーバージェネレーション」に所属。現在はCIMAとのタッグでオープン・ザ・ツインゲートの王座を保持、8連続防衛に成功している。

<ドラゴン・キッド> 1976(昭和51)年2月2日生まれ、愛知県東海市出身の41歳。165センチ、70キロ。レフェリーを経て97年デビュー。一貫して闘龍門-ドラゴンゲートに所属。中量級のオープン・ザ・ブレイブゲート王座に2度就いたほか、ツインゲート王座、トライアングルゲート王座を獲得。得意技はウラカン・ラナ、バイブル。

 

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