ビジネスにおいて人が成長する効果的な方法のひとつは、他者から適切なフィードバックを受け、その内容を普段の業務に活かすこと。だからこそ、多くの企業は360°評価制度を用いています。しかし、その多くは“匿名制”が前提です。
一方DeNAでは、組織開発を促進するフィードバックの仕組みとして「360°フィードバック」「2S2B(2ストライク2ボール)」という取り組みを用いています。そしてこれらは、“記名制”であることが大きな特徴です。
「記入者の名前がわかると、遠慮して誰も何も書かなくなるのでは?」
と思う方もいるかもしれません。しかし、“透明性”というカルチャーを重視するDeNAでは、各メンバーがつつみ隠さず自分の意見を発信し、これらの制度が上手に機能しています。
今回は、デライトドライブ本部 アナリティクス・リサーチ部(※)の部長である友部 博教(ともべ ひろのり)と、大道 あゆみ(おおみち あゆみ)、安田 雅隆(やすだ まさたか)に、フィードバック制度がどのようにチーム開発に活かされているかを訊きました。
「360°フィードバック」「2S2B」は、DeNA社員のスキル向上や課題発見を、いかにして“フルスイング”させているのでしょうか?
※…友部は、ヒューマンリソース本部企画分析部ピープルアナリティクスグループグループマネジャーを兼任。
360°フィードバック・2S2Bとは?
――DeNAで実施している360°フィードバックと2S2Bの概要について教えてください。
ヒューマンリソース本部企画分析部ピープルアナリティクスグループグループマネジャー兼デライトドライブ本部アナリティクス・リサーチ部部長 友部博教
博士号(情報理工学)取得後、東京大学、産業技術総合研究所などで研究に従事。 2011年にDeNAに入社後、SG分析グループGL、マーケティング本部分析部部長、JPRゲーム分析部部長を経て現職。
友部:まずは360°フィードバックについて解説します。多くの企業がこの制度を導入していると思うんですが、DeNAは“記名式”であることが特徴です。チームメンバーや一緒に仕事をしている他部署のメンバーから、Googleフォーム上でフィードバックをもらいます。
▲360°フィードバックに使用されているGoogleフォーム。
大道:2S2Bは、チームメンバーなどに集まってもらってお互いの良いところ悪いところをそれぞれ付箋(ふせん)に書き、ホワイトボードに貼って議論し合う制度です。進め方は以下のとおり。
① まず1人対象者を決め、その人は退席します。
② 残りのメンバーは、その人物に対して自身や関係するメンバーが思っている・感じているであろうことを、3色の付箋(ふせん)に記入します。(記入時間:10分)
③ 本人も、退席中に自分なりの振り返りをしておきます。
④ 10分後、場に出た意見を確認し、書かれた意見に対する自身の感想を述べながら、詳細を確認したい場合は質疑応答、問題点については議論を行います。(10分)
“2”S“2”Bとなっていますが、これは少なくとも2点ずつくらい挙げましょうという指標であって、3つや4つ挙げても構いません。大切なのは、良いところも悪いところも同じくらいの数を出すことです。一点、注意しなければいけないのは「デッドボール」を投げないこと。つまり、人格否定や本人が直しようのない要素などを指摘してはいけないんです。
デライトドライブ本部 アナリティクス・リサーチ部 大道あゆみ
カスタマーセンターアウトソーシング事業会社でのセンター管理業務を経て、2008年DeNAに入社。カスタマーサービス部にて顧客サポートチームの管理業務を担当した後、現職のユーザーリサーチ業務を担当。
360°フィードバックと2S2BをMIX
友部:通常、360°フィードバックと2S2Bはそれぞれ単体で行います。ですが私たちの部署は今回、この2つを組み合わせる形で実施しました。
360°フィードバックを受けた当人が、コメントを良い部分(ストライク)と直してほしい部分(ボール)に分類してまとめます。その内容をチームに発表した後、みんなでコメントの詳細や問題点の解決策について議論し合うんです。フローを図示すると、以下のようになります。
「人に興味がないんじゃないか」真っ向勝負のストレートなフィードバック
――かなり透明性高いフィードバックが入るそうですが、具体的にどういったものがありましたか?
安田:私のケースでいうと、オンライン上のフィードバックで「色々な人に対して丁寧ですね」という旨のコメントが入っていたんです。
でも、そのコメントについて全員で議論したとき、「たしかに丁寧なんだけど、一般的に丁寧だとされている行動を取っているだけで、実は相手のことをちゃんと見ていない。人に興味がないんじゃないか」といったことを指摘されて。
デライトドライブ本部 アナリティクス・リサーチ部 安田雅隆
2015年にDeNAに新卒入社。メディア広告事業のバックオフィス・広告企画を担当した後、今年4月から主にゲームのユーザーリサーチ業務を担当。
――それは……! かなりストレートなコメントですね。
安田:すごく辛辣ではあったんですけど、一方で「確かにそういう部分もあるな」とも思っていたので、自分を顧みる良い機会になりました。
――正直なコメントが来るからこそ、改善のサイクルも早くなるんですね。マネージャーである友部さんにも、部下から正直なコメントがされるんですか?
友部:もちろん、遠慮はないですよ(笑)。例えば僕の場合、「良い意味で個別最適が上手く、悪い意味では平等性の少ないコミュニケーション。情報管理が上手いとも言えるけれども、メンバーによって情報の透明性に偏りがある」という趣旨のコメントが入っていました。
――正直なところ、そこまでコメントされると気分を害しませんか?
友部:確かに、書かれた内容を見ると一瞬イラっとはするんですよ(笑)。でも、こう思われているのは事実だし、むしろ勇気を出して指摘してくれたメンバーに感謝しなければいけません。正直に言ってもらえなかったら、私は良くないマネジメントをずっと続けて、自分でも気づかないうちにチームの雰囲気がどんどん悪くなっていったでしょうから。
フィードバックを成功させるコツは「目標設定」と「信頼感」
――フィードバックを実施するにあたり「こうすれば成功する」というノウハウはありますか?
友部:フィードバック自体というより、その後の行動改善の方法として、目標設定をすることが大事だと思います。これがないと、本人も受けたフィードバックをどう活かして改善したらいいかわからなくなってしまうので。
――具体的には、どうやって目標設定をしていますか?
友部:フィードバック内容を元に、自分の強みを1つ、自分の課題を1つ挙げてもらいます。例えば、「コミュニケーションスキルが高いです」とか「思考力が弱いんです」といった感じに。その内容を受けて、「具体的にどういった部分がなぜ弱いのか」「どのフィードバックを受けてそう感じたのか」などを一緒に考えます。
それらの内容を元に、「これからの半期は、この強みとこの課題を1個ずつ改善しましょう」と目標を決めるスタイルを取っていますね。
あとは、2S2Bを成功させるために大事なのが、メンバー間の信頼感を作ること。信頼感がない状態で透明性の高いフィードバックをしてしまうと、気分を害したり喧嘩になってしまったりすると思うので。
――信頼感を作るため、どんな方法を用いていますか?
友部:お互いの良い点をちゃんと見る機会を設けるようにしています。具体的には、2S2Bで最初にまずは良い点を言ってもらうようにするんです。人間って良い点を見つけると、お互いにリスペクトできるようになる。そのうえで、「リスペクトする人からフィードバックをもらうから、受け入れられる」という状態を作るのが大切だと思いますね。
マネージャーが解決策を持っていなくても、他のメンバーが持っている
――フィードバックを受けてから、普段の行動は変わりましたか?
安田:変わりました。例えば、DeNAには「DeNA Quality(※)」という社員に求める5つの行動規範があり、その中に「発言責任」というものがあるんですが、いくら規範となっていても「こういうこと、本当に言ってもいいのかな」と躊躇(ちゅうちょ)している部分がちょっとあったんですよ。
※…DeNAでは、チームとして最大限のパフォーマンスを発揮するために、全社員に必要な共通の姿勢や意識として「DeNA Quality」を掲げています。規範は、「こと」に向かう、全力コミット、2ランクアップ、透明性、発言責任の5つです。
でも、フィードバックを受けてみると、意外と「こういう発言をズバズバしてくれるのはありがたい。助かる」といった声が上がりました。だから、客観的な評価として「やってよかったんだ」という安心感が持てるようになったので、よりストレスなく業務に向き合えるようになりました。
大道:確かに安田さんは、そのフィードバックを受けてから1つ壁を超えた感じがありました。
私たちアナリティクス・リサーチ部って、事業部のメンバーと一緒に仕事をすることが多いので、同じ部でも普段なかなか会話する機会がないメンバーがいる、という課題があるんです。でも、そうしたメンバーとフィードバックを通じて濃い時間を過ごしたことで、各人が何を目指して仕事をしているかまで深く理解できたんですよね。
普通そういう話って、会社の会議などでは聞けません。だから、フィードバックの場が「本人のビジョンを確認する場」としても機能したのはすごく意義のあることだな、と思いました。
友部:あとマネージャー的な視点でこうしたフィードバックの場があって助かるのは、これまではメンバーと1対1の面談をするときに「これが課題だと思っているんですけど、どう解決したらいいでしょうか?」と質問されたときに、解決策がわからないケースがあったんですよ。
自分では手段の取りようがなくて上手にアドバイスできなかったのが、色々なメンバーが各々の目線でコメントをしてくれるので、私よりももっといいアドバイスがなされるようになったんです。
フィードバックを受けることは、自分の武器を増やすこと
――最後に聞きたいのですが、360°フィードバックや2S2Bの制度があることで、チームにどういったプラスの影響があると思いますか?
友部:この制度が導入されたことで、チームのディスカッションの機会が増え、メンバー同士の絆が深まりました。それに、課題点と改善策がクリアになることで、メンバーが成長のためのPDCAサイクルを回しやすくなるだろうな、という実感があります。
安田:私もそう思います。いただいたフィードバックを読むだけだと、自分の良いところと悪いところはわかるんですけど、それらを改善するために「何をしたらいいのか」ってわからないんです。だって、そもそも自分で改善方法を思いつけないから、ずっと悪いところとして残っているわけですから(笑)。
だから、色々な人に意見を仰ぐことで、「私はこうしたら直ったよ」という具体例や「こうしてみたらいいんじゃない?」というアイデアをもらえる。得るものが多いというか、自分の武器が増える感覚がすごくありますね。
大道:360°フィードバックや2S2Bがあることで、チームの成長促進に繋がりますし、お互いに応援し合うきっかけにもなります。これらの取り組みを実施することで、組織がより良い状態になっているな、と実感しているんです。
【編集後記】フィードバックが、“フルスイング”の原動力になる
受けたフィードバックを自分たちで反芻し、業務改善に生かしていた3人。「360°フィードバック」と「2S2B」は、DeNA社員のPDCAサイクルを早める起爆剤として機能していました。「自分の武器が増える感覚がある」という安田の言葉が示すように、他メンバーの視点やアイデアを取り入れ、スキルアップしていくことが、仕事で“フルスイング”できる状態に繋がるのです。