彼女の癌が転移・再発しました5

テーマ:
ゆっくりとした自殺


彼女は仕事に復帰することにしたらしい。
本来なら、自宅で無理はせずに療養することがベストな状態にあるのは、他ならぬ彼女本人が一番自覚している。彼女の言葉を借りるなら、ゆっくりとした自殺をする決意をしたらしい。

何よりも本人の意思を尊重し、残された時間を悔いのないように生きることがベストであると私も思う。


たとえ自宅で療養したとしても、気狂い騒ぎを起こし怒鳴り散らす母親と同居では、療養にはならない。むしろ、癌の進行を促進させたとしても、母親と離れて働いているほうが彼女のストレスは軽減されると感じている。
結果、余命を短くしたとしても、彼女の意思を尊重したいと思う。


前日、病院での余命告知を彼女が受けてから、抗がん剤などの化学療法や放射線療法以外の治療法や民間療法などをネットで調べては彼女と情報交換を続けてきた。
保険適用外の高額医療と言われる治療法は経済的な事情もあり、最初から諦めてはいるのだけれど。少しでも、転移・再発してしまった癌細胞を弱めたり進行を遅らせたり出来ればとの想いからの行動だった。

自身や大切な御家族、愛する人を癌に蝕まれたら、なんとか完治出来るものならば支えたい。そう考えるのは、特別な感情ではないだろうと私は思う。

今から数十年前、まだ私が10台で社会に出た頃、ある日のこと、実の弟がバイク事故を起こして救急車で病院に搬送されたとの知らせの電話を受けた。身内や友達でもバイク事故により亡くなった者も多く、免許も取らせないし乗ることは一切反対だった。
友人のバイクを借りて、学校への通学時に乗っていたことも知らなかったのだが、事故を起こしたことを機に初めて知ったのだ。

知らせを受けて病院に駆けつけると、弟は包帯だらけでストレッチャーで運ばれるところだった。
すぐに担当医から別室に呼ばれ、診察結果を告げられた。右上腕部、鎖骨、肩甲骨の粉砕骨折、心臓に近い部位で静脈は引き千切れ、脊椎より右腕の神経は引き千切ったように切断された状態という散々な話だった。
その病院では設備もなく処置が出来ないので、近隣の市立病院へ搬送するとの話を受けた。

当時は、今みたいに携帯電話も普及する前ですから、親に連絡を取りたくても連絡もとれない。
母子家庭で保険の外交員だった母親も、出所後に営業に出てしまえば足取りも掴めない。
とりあえず、農家を営む祖父母宅へと電話をしても畑にいて連絡は取れない。慌てて車を走らせて、祖父母宅に赴いて畑に行って話をしてから再び病院へ戻って。
私の働いていた会社にも連絡を入れ、事情を説明すると電話を受けた親切な守衛さんが事後連絡を取り次いでくれた。その少し後に、偶然にも営業に訪れた母親が守衛さんに話を聞いて病院へと駆けつけてきたのだが、あの守衛さんが居なかったら、母親が営業に行かなかったら連絡はつかなかったのである。

一方で近隣の市立病院に搬送される予定の弟は、先行して到着していた私や祖父母や身内が待つ中、いつまでたっても救急車が到着しない。
これは、いよいよ搬送中に亡くなったのではないか?と悪い推測をしているところに、会社の守衛さんに話を聞いた母親も駆けつけて合流となった。それから約1時間余り後、救急車は到着するのですが、弟は内出血の為にストレッチャーから見える足も青ざめて、いよいよダメなんだなと覚悟をさせられました。

救急救命室で治療を受けて、数時間後に担当医師からの説明を受ける頃には身内も皆駆けつけてくれていて。皆で説明を受けたのだが、千切れてしまった静脈が心臓に近い位置でもあり、処置が困難である為、今は輸血をしながら出血が止まる状態を待つしかない。おそらくは今夜が峠になり、助かるとは言い切れないと。
母親は右腕を切断せずに済むものならば、そうして欲しいと医師に懇願するも、壊死が始まれば切断も覚悟しておいて欲しいと告げられ一同パニックでした。

一命を取り留めて、数週間はICUで処置を受けて、それから約2年余り手術の為に入院して治療を受けたのだけれど。無免許運転でのバイク事故である為、保険も使えずに高額な医療費の請求には本当に悩まされた。廃車になったバイクも買って返さなければならなかったこともあり、当時は母と2人で昼夜を問わず働き続けて、医療費を支払ったりと危機を乗り越えてきた。

家族なら力を合わせて支え合って生きるもの、そう育てられてきた私には当然のこと。

長すぎる余談にはなったけれど、もし彼女の母親なら当人に気狂いみたいに怒鳴り散らして働けよ!となっていたのだろう。
まさか、それはないだろう?と思いたいのだが、彼女と出会ってからの2年間を見てきて、私が思う力を合わせ支え合って生きる家族の在り方とは、一線を画したまったく正反対の個人主義的なドライな関係性が浮き彫りになっている。これが彼女の家族に感じる私の感想である。

未だに、こんな家族の在り方は認めたくない。
絶対に普通じゃないよ!と彼女とは話すが、これが彼女には普通らしい。
どうにも私には理解出来ないし、絶対的に相容れない家族の在り方である。


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