大人になっても、「これから」に迷っているあなたへ
『おとなの進路教室。』山田ズーニー
(河出書房新社)初出2007
「誰かの想い」に沿った選択 VS 「自分の想い」に沿った選択
ビジネス書でも自己啓発でもない。だけど、選択、就職、進学……悩んだとき「自分の意志に逆らわない勇気」をくれる一冊。#ほぼ日で連載 #自分の将来を見つめ直したい人へ #仕事にすこし悩む人へ #「選択」が苦手な人へ #後悔のない人生を送りたい人へ #悩みを打開する一手を知りたい人へ #「コミュ力」という言葉にドキリとする人へ
選択が苦手だ。
優柔不断。何かを選ぶとき、最後に半泣きで「やっぱこっちにする……」って言うタイプ。この性分で様々な人に迷惑をかけてきたし、ほんっとに直したいと思うのだけど、なかなか直らない。
だけど、この本を初めて読んだとき、そうか、と思った。
「世界はいつもそこにあり……」
受験も、就職も、人生の選択も、ある日突然、ふってわいてくるのではない。すでにそこにあった。自分が気づいていないだけで。
自分が、日々、一瞬一瞬、してきた、意志とはいえないほどのささやかな選択の積み重ね、それこそ「ピントのあわせかたひとつの違い」の集積は、自分を導いていって、そして、自分の道ができ、尊厳ができ、私たちは、自分で「選択」せざるをえないところまで来るのだ。
だから、何かを「選ばなきゃならなくなっている」こと自体、すでに、その人の「意志」と言えないだろうか。
何かを選ばなきゃいけない、というのは、表面上わかりやすい「選択のタイミング」だっただけ、ということ。
私たちは外から与えられたタイミングで選ぶわけではない。日々いろんなことを選択してきた自分がいて、その自分が何かを選びます、と外の世界に宣言するのが、そのタイミングだっただけで。
著者はこう続ける。
自分を「選択」まで導いてきた意志の集積に比べれば、「結果」は小さいことだと私は思う。
だから、いざ「選択する」という段になって、あっちが有利だから、こっちは恐いからと、それまで自分を導いてきた意志をすりかえるというのは、おかしな話だし。「結果」に負けて、「意志」がつぶされるというのは、順番が逆のように思う。
たしかになぁ。
意志が結果に負けるという考え方をしたことがなかったけれど、言われてみれば思い当たる。結果の有利不利、というか成功確率に負けて意志を曲げたとき、いつもあとで「やっぱりこっちの道じゃない」と思ってしまう。
人は案外「成功」それ自体よりも、「納得」を求めていたりするものだから。
先生の問いは、読者である私たちにいつもはね返って「自分の場合はどうだろう?」と考えさせる。
この『おとなの進路教室。』は、文章表現教育を生業にしている山田ズーニー先生が、自分や他人とつながった末に「どうやって選択するか?」ということについて書いてくれている。
不思議な本だ。
この本を「何のジャンル?」と聞かれるとすこし困る。ビジネス本とも自己啓発本ともエッセイとも違う。だけどフィクションの類じゃない。何のジャンルなんだろう。だからこそ、たくさんの人に読んでほしいと思う。
人とのコミュニケーションとか、内省とか、進路選択とか、そういうことについて教える人はたくさんいる。
けれど、ズーニー先生の言葉ほど「弾力」を持った言葉は、少ない。
先生の問いは、読者である私たちにいつもはね返って「自分の場合はどうだろう?」と考えさせる。その「はね返り具合」が、ちょっと驚くほど、強い。
ふつうの言い方だったらスルーしてしまう問いも、ズーニー先生に問いかけられると、「私はどうなんだろう?」と考え込んでしまう。
—どうしたら、好き嫌いを超え、他者と通じ合うことができるのだろう?
「いつか強くなってこれをやろう」と思うとき、その課題に「今」向き合うことに億劫がっていないか?
自分の「好き」を仕事にするかどうか悩む前に、その「好き」の中身をもうすこし掘り下げられないか?
やりたいことがないならば、どうやって社会に出て、そこで信頼されて生きていけるかを考えられないか?
様々な問いの中で、ズーニー先生は、自分とも他人ともきちんと「つながる」ことを大事にしよう、と言う。
たとえば先ほど述べた選択の話。
自分の意志つまり本当に求めているものを大事にした方がいい、そうすれば納得して進むことができるから。山田ズーニー先生は言う。
だけど—ここが難しいところなのだが—「意志」というのは、案外自分では見えていない。自分が求めているもの、引っ掛かっているところ、そういうものに意外と人は気づけない。
自分はいちばん近い他人だ、と言った人がいたけれど、自分は自分とコミュニケーションしようとしてみないと、案外通じ合えないものだったりする。
そして同時に、自分だけじゃなくて、他人とつながってみないとわからない自分もいる。
だからこそ、言葉で表現したり、自分の意志を相手に伝えたり、他者に挑んだり、そういうことが人生には必要だ。
コミュ力、なんて日々言われる言葉ではあるけれども、「コミュ力」の本当の意味はこういうところにあるんじゃないかと思う。
進路や仕事、結婚や家族……人生には様々な選択が訪れる。一度自分で「考えて」選んだ人は、きっとどの選択を前にしても、またきちんと自分で選んでいける。
何かの選択に迷ったり、自分の意志がぐらぐらしてきたときに、ぜひ読んでみてほしい一冊だ。
《人生を狂わせるこの一言》
有利でもなく、不利でもなく、 意志に忠実な選択こそが、 自分の人生を創っていくんだと私は思う。
次回紹介する本
教科書に載っている文学作品って何がおもしろいの? と思うあなたへ
『初心者のための「文学」』大塚英志(角川書店)初出2006
読まず嫌いの「文学」 VS 読んでみた「文学」
三島由紀夫や太宰治をどうしても読む気が起こらない人に、「読み方」を教えてくれる、文学のおもしろ取扱説明書。#文学の読み方を教えてくれる一冊 #批評家・原作者が書く #大人になってから文学を読みたくなったあなたに! #ラノベと文学の境目に興味のある人にも #「ちょっと文学でも読んでみるかな」という気分のときにおすすめ