クレームにおびえる窮屈なテレビの現状
テレビが置かれた現状については誠にお気の毒だと申し上げる。あまりにも影響力が強いことにくわえ、“一流企業”の広告費頼りであるため、クレームに対してあまりにも弱い。その点、ネットを主戦場としている私など自由に色々書けてたいへん有難い限りだ。
さて、今回はこうしたテレビ業界の問題点を述べるとともに、今年9月に週刊文春から弁護士の倉持麟太郎氏との不倫疑惑が報じられつつも10月22日の衆院選で勝利し、倉持氏を政策顧問に起用しバッシングを受けた山尾志桜里衆議院議員をホメたい。
テレビの窮屈さを端的に示すのが日本テレビ系『スッキリ!!』(当時、現『スッキリ』)から評論家の宇野常寛氏が9月いっぱいをもって降板した件だろう。情報番組ってものは、予定調和になりがちだが、宇野氏は別視点からの意見(時には過激)を述べ、場をかき回した。アパホテルの南京大虐殺否定論が掲載された書籍が各部屋に置かれていることを同氏が歴史修正主義だと批判したら、日テレに右翼の街宣車が来たという。
これをプロデューサーからなじられ、結果的に「番組リニューアル」のために降板となったようだ。その後、プレジデントオンラインに掲載されたインタビューで宇野氏はコメンテーターとしての自身の役割をこう話す。これぞまさにテレビの宿痾を的確に表しているといえよう。
週に一度、悪目立ちをした人や失敗した人を「叩いてOK」なものとして提示して、視聴者を「世間のまともな側」と思わせて安心させる。そんなのばっかりなんですよ。
それに対して、そもそもこんなニュースを取り上げること自体がおかしい、それをこんな切り口で紹介すること自体がおかしい、とずっと言ってきた。最初はギクシャクしたけれど、加藤浩次さんや僕を引っ張ってきたプロデューサーたちも、そんな僕の役割を「必要悪」として認めてくれて、居場所を獲得しつつあった時期ですね。
コメンテーターの仕事というのは、基本的には門外漢が「一般目線で」何かを語るということに求められているとされている。だって女性産婦人科医とか女性弁護士が大谷翔平の「二刀流」について語らなくてはいけないし、経営コンサルタントがファッションショーについても語らなくてはいけない。さらには座間9遺体事件について、容疑者や被害者の心の内についても何か気の利いたことを言わなくてはいけない。
でも、これって無茶苦茶な話なワケですよ。「私は専門家じゃないので分からないです……」という答えが許されない。司会からの振りはテキトーなものが多く、座間事件について、ツイッターを使って白石容疑者が少女達を毒牙にかけた件に関連して、被害者の心情についていきなり「○○さん、どうですか?」と聞く。となれば、こういった展開になる。
コメンテーターA(男・経済学者):「私は心理学の専門家ではないので、憶測でしかないですが、寂しさってものがあったのではないでしょうか。私も大学で大勢の学生に教えていますが、皆SNSを無防備に使っているんですよね。すでに高校に入る前から見知らぬ人とSNSで接点を作るのが当たり前の世代なので、今回の被害者も本当にお気の毒ですが、寂しい気持ちを紛らわすといった使い方については一考が必要かと思います」
司会:「Bさん、どうですか?」
コメンテーターB(女・作家):「Aさんも仰った通りなのですが、寂しいからといって見ず知らずの人に寂しさを解決してもらおうというのは危険な側面もあるのですよね。この場合、SNS利用のガイドラインを国が決めるなどの対策が必要なのではないでしょうか」
情報番組では常にこうした無難で無害で何の解決にもならないようなコメントを言うことが求められる。この件について「SNSで声をかけてくる男なんてエロいことしたいだけの下心ムンムン野郎なんだから、誘われたら『てめぇで自分のチ○ポしごいてろ!』と切り返すべきだと教えるべきでしょう。あとは誘ってくるヤツは全員ブロック&通報! というマイルールを作るべき」なんて公共の電波で言うわけにはいかない。しかしながら、SNSで見ず知らずの人から声をかけられ、不快に思った場合、「罵倒で返す」「ブロックする」が圧倒的に手っ取り早い対処法である。
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