何故こんなにも不幸なのだろう。お金がないから?将来が不安だから?恋人がいないから?家族がいないから?そもそも自分は不幸なのだろうか。不幸とは、幸福とは一体なんだろう。何が基準で、誰が決めるのだろう。
そんな幸福と不幸にまつわる疑問を解き明かすため、アメリカのラジオ局に勤めるジャーナリスト、エリック・ワイナーは世界中を駆け巡った。
- 幸福を科学的に研究するオランダ
- 幸福水準が高いと言われるスイス
- 幸福を国是として掲げるブータン
- 天然ガスの恩恵にあずかり巨万の富をほしいままにするカタール
- 北欧の福祉国家アイスランド
- ヨーロッパの不幸代表モルドバ
- 微笑みに種類のあるタイ
- 生まれつき幸福への疑いを持っているイギリス
- 矛盾を抱え予測不能なインド
ざっと9ヶ国、そして最後にアメリカ国内で別の州へ移住する人を取材している。それぞれの国に住む人たちを訪ね、「あなたの幸福度は10点満点で何点ですか?」と聞きまわる。理由を訊ね、背景を調査し、あらゆる角度から「幸せとは一体なんなのか」の解答を得ようとした本がこの「世界しあわせ紀行」だ。
この本は「幸福について真剣に学ぶ旅」がテーマになっているが、40代のアメリカ人ジャーナリスト的視点で、ユーモアと皮肉が満載になっている。ありとあらゆる学術論文のデータ、哲学者の言葉が引用され、ふざけながらも信憑性があるように書かれており、読んでいて飽きない。
住んでみたい国
この本を読んで住んでみたいと思ったのは、ブータンとアイスランド。この2ヶ所は著者もべた褒めだった。それも、アメリカ人が考える常識的な幸せとは全く違うところでべた褒めなのだ。
ブータン人の死生観
「カルマさん、ご自分は幸せだと思いますか?」
「人生を振り返ってみると、その答えは『イエス』でしょう。現実的でない望みを抱かなかったので、幸せに暮らしています」思いもよらない不思議な説明だった。アメリカでは、希望を高く持つことが人を駆り立てる原動力であり、それが夢を花開かせる蕾だと考えられている。希望を高く持つことが、幸せの追求そのものだとさえ考えられている。
「私の考えは、それとは全く異なっています」とカルマは言う。 p89-90
ブータン人のカルマさんは毎日5分ずつ死について考え、大きな成功も失敗もとるに足らないことだと考える。生きることそのものが試練だと考え、一日の終りに充足感を得られたらそれでいいと考える。スティーブ・ジョブズみたいなことを言うね。カルマさん自身も癌の手術を経験している。
アイスランド人の職業観
ラルスはこんなことも言う。アイスランドの10代の若者がアマチュアバンドを結成するとき、親の支援を全面的に当てにするのはごくあたりまえのこと。プロになる見込みがあるわけではないが、バンド活動をすること自体に意味がある。それに、失敗してもいつでもやり直しがきく。北欧の充実した社会福祉が救ってくれる。この国は生まれ変わることが可能な国だ。 p219
めっちゃいい国じゃないか。アイスランドでは失敗が名誉とまで言われている。失敗が後の成功に結びつく美談ではなく、失敗することそのものがメインなのだそうだ。日本とは真逆だ。アイスランド人のラルスさんは、プロのチェスプレーヤー、ジャーナリスト、建設会社の重役、神学者といった遍歴を重ね、現在は音楽プロデューサーとして活躍している。
訪れてみたい国
住みたいとは思わないけれど、興味本位で行ってみたいと思ったのはスイスとモルドバ。モルドバは不幸代表として登場するため、興味本位で行ってみたいと思うのは彼らに悪い気がするが、そういう場所を見てみたいという気持ちがある。
スイスの大自然
スイス人はつねに誰かに見られ、監視され、判断されている。では、いったい幸せはどこにあるのだろうか。
「その答えは簡単だ」とディーターが言う。「自然、だよ。われわれスイス人は自然と非常に深い結びつきを持っている」これを聞いて驚いた。彼の意見そのものに驚いたわけではない。環境保護活動家が同じような意見を述べるのを聞いたことがあるし、私自身もときどきそうした表現を使うことがある。でも、それがディーターの口から出てきたから驚いたのだ。ディーターは見た目通り洗練された都市生活者で、何かの活動家というわけではない。 p51
著者はスイス人のディーターさんに「アルプス山脈に行かずにスイス人を理解することはできない」と言われ、このあとマッターホルンへ向かう。スイス人は億万長者でさえ、内心は自分を山の民だと思っているそうだ。こういった「人間が先天的に持つ自然に対する親愛の感情」を、バイオフィリア仮説と呼ぶらしい。スイス人の幸福の背景にあるのは、大自然との親愛なる結びつきだ。そんな大自然を体験してみたいと素直に思う。
モルドバの不幸
「モルドバ人はどうしてこんなに不幸なのかな?」
ジョアンナはその質問にためらわずに答える。「無力だからよ。モルドバ人は非力で無力で、でもそれを自分たちではどうすることもできない。この国はそういう国なのよ。そんな生活から逃れられない。それに縁故主義の問題もある。縁故主義は人々からやる気を奪っているとしか思えない。ここでは何か事業を始めようと思っても、始めるまでに1年もかかる。大学の学位はお金で売買されているし、しかも彼らはそれを悪いことだと思ってないのよ。頭がおかしくなっちゃいそう」 p281
ジョアンナさんはアメリカ人で、ピース・コーとしてモルドバへ派遣されてきた人だ。モルドバの惨状を嘆きながらも、ニューヨークに住んでいた頃より幸せだと言う。その理由は、「人の役に立っている気がするから」。他にモルドバ人からの意見では、モルドバには文化とアイデンティティがないから不幸なのだと言う。あとモルドバの若い女の人はみんなマイクロミニと濃いアイメイクのセクシーな格好をしているらしい。それが普通だと思っているそうだ。
結局人を幸福にするのは?
一応この本が結論づけている、幸福の本質が何かということを書いておく。いくつかあるが、
- 人との信頼関係
- 文化
- 自然
- 社会制度
このあたりがもっとも大切なんじゃないかと感じた。ブータンの学者カルマさんは「個人的な幸福というものは存在しない。幸福は100%相関的なものだ」と言う。スイス人も信頼関係が一番大切だと言う。そして嫉妬しないこと、嫉妬を買わないこと。人との信頼関係があれば、お金がなくても生きていける。仕事などはまさに、互いの信頼関係から生まれる。
カタールのようにお金がある国でも、文化がなければ土地に愛着がなく、芸術もアイデンティティも育たない。モルドバにはどちらもなく悲惨だ。おまけに人同士の信頼関係もない。ハリケーンのような自然災害は脅威だが、スイスの大自然や四季を慈しむ気持ちは人の心を豊かにする。そして最後にアイスランドのような社会福祉制度が揃っていれば最高だ。
これらは全て、自発的に行動して手にするものだと言える。著者が言うには、大切なのは幸福の種をまくことだ。種をまくという行動そのものが、自らに幸福をもたらす。
あなたの幸福は何点ですか?
本を読みながらではあるが、幸福についてこんなに考えたのは初めてだ。僕自身はイギリス人の「われわれは生まれつき幸福への疑いを持っている」という自己抑制的な考え方も好きだ。だからもし「あなたの幸福度は10点満点で何点ですか?」と聞かれても、4点ぐらいと答えるだろう。人間関係に距離を置きすぎたり詰め寄りすぎたり、文化はある程度楽しんでいるが自然はまだまだ足りない。社会制度の改善に向けてスイス人並の努力は全くしていないなー。
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