熊本地震 相次ぐ病院での災害関連死
熊本地震から1年7か月余り。建物やインフラなどの復旧・復興は少しずつ進んできていますが課題も少なくありません。その1つが「災害関連死」です。その数、11月10日現在で192人。すでに直接死の数を大きく上回っていて、今も増え続けています。その要因を調べてみると、意外とも思える場所で災害関連死が相次いでいることがわかりました。今も続く災害関連死の実態と背景を取材しました。(社会部記者 清木まりあ・熊本局記者 杉本宙矢)
まず、私たちは災害関連死に認定された192人すべてのケースを調べてみました。すると、その主たる要因として最も多かったのは避難所や車中泊など避難生活のストレスによるもので73人。次に多かったのが、病院が被災し、医療を続けることができなくなった「医療機関の機能低下」で43人となっていました。
データから見る関連死
まず、私たちは災害関連死に認定された192人すべてのケースを調べてみました。すると、その主たる要因として最も多かったのは避難所や車中泊など避難生活のストレスによるもので73人。次に多かったのが、病院が被災し、医療を続けることができなくなった「医療機関の機能低下」で43人となっていました。
背景にはBCP未策定
安全なはずの病院で相次いでいた災害関連死。その要因について調べてみると、あるキーワードが浮かび上がってきました。
『BCP=事業継続計画の整備』です。
BCPは「Business Continuity Plan」の略で、厚生労働省は、東日本大震災以降、災害時でも医療を継続できるよう、設備面などの対策としてBCPの整備を求めていました。
ところが地震当時、熊本県では9割以上の病院がこの計画を整備していませんでいた。いったいその現場では、何が起きていたのでしょうか。
『BCP=事業継続計画の整備』です。
BCPは「Business Continuity Plan」の略で、厚生労働省は、東日本大震災以降、災害時でも医療を継続できるよう、設備面などの対策としてBCPの整備を求めていました。
ところが地震当時、熊本県では9割以上の病院がこの計画を整備していませんでいた。いったいその現場では、何が起きていたのでしょうか。
十分ではなかったハード面の対策
熊本市にある熊本市民病院は、去年4月の地震で300人以上いた入院患者全員の避難を余儀なくされました。
その大きな要因となったのが、貯水槽の被害。水が途絶え、医療の継続が難しくなったのです。
その大きな要因となったのが、貯水槽の被害。水が途絶え、医療の継続が難しくなったのです。
この病院では災害時、井戸水を貯水槽にためて利用することにしていましたが、貯水槽が壊れるケースまでは想定していませんでした。
幼い命が犠牲に…
当時4歳の宮崎花梨ちゃんは重い心臓病を患い、この病院に入院していました。花梨ちゃんは、容体が悪化し集中治療室に入っていて、絶対安静を求められていました。
しかし、医療の継続ができなくなりました。100キロ離れた病院に搬送されることになったのです。
しかし、医療の継続ができなくなりました。100キロ離れた病院に搬送されることになったのです。
転院先に到着して5日後、花梨ちゃんは亡くなり転院時の移動の負担を理由に、災害関連死と認定されました。
母親の宮崎さくらさんは「今まで見たことがないくらい全身のむくみがひどかった。病院にいるから安全だと思っていた。まさかそこから転院させなきゃいけないような状況になるとは誰も思っていなかった」と話しています。
母親の宮崎さくらさんは「今まで見たことがないくらい全身のむくみがひどかった。病院にいるから安全だと思っていた。まさかそこから転院させなきゃいけないような状況になるとは誰も思っていなかった」と話しています。
熊本市民病院の高田明院長は「動かさないとダメですかという意見のなかで、搬送したので、非常につらいものがあった。最終的に病院避難ということになり非常に重く受け止めている」と話しています。
相次ぐ転院負担が増加
熊本地震では熊本県内の15の病院で倒壊のおそれやライフラインの寸断があるとして、合わせて1600人以上の入院患者が転院や退院を余儀なくされました。
こうした病院では、大きな被害を受けた後の計画がなかったことで、入院患者にとって深刻な事態も起きていました。
益城町の東熊本病院ではライフラインが寸断し、46人いた入院患者全員が転院を余儀なくされました。
この病院は災害があった場合に、地域の中核病院の熊本市民病院に患者を搬送することを想定していました。
しかし、熊本地震では、その熊本市民病院が被災してしまい、想定が崩れました。入院患者のほとんどが、寝たきりの高齢者で、建物が倒壊するおそれがあったため外に出されましたが、行き先が決まらず、明け方まで外で過ごしたといいます。
こうした病院では、大きな被害を受けた後の計画がなかったことで、入院患者にとって深刻な事態も起きていました。
益城町の東熊本病院ではライフラインが寸断し、46人いた入院患者全員が転院を余儀なくされました。
この病院は災害があった場合に、地域の中核病院の熊本市民病院に患者を搬送することを想定していました。
しかし、熊本地震では、その熊本市民病院が被災してしまい、想定が崩れました。入院患者のほとんどが、寝たきりの高齢者で、建物が倒壊するおそれがあったため外に出されましたが、行き先が決まらず、明け方まで外で過ごしたといいます。
一時的な受け入れ場所となった熊本市内の病院ではスタッフや物資が不足していたため十分な医療を行うことはできませんでした。
その後、患者たちは医療を求め転院を繰り返し、救急車が足りなかったため、自衛隊の車に窮屈な状態で乗せられ長時間の移動を強いられました。
その後、患者たちは医療を求め転院を繰り返し、救急車が足りなかったため、自衛隊の車に窮屈な状態で乗せられ長時間の移動を強いられました。
受け入れ先の一つとなった多良木町の公立多良木病院の看護部長は当時の様子について「寝たきり状態で、自由に手足も動かせない人たちが、同じ体位で長時間車に揺られて来たので無表情で顔が真っ青な状態で、かなりのストレスがかかっていた」と振り返ります。
東熊本病院から転院した46人のうち、17人が死亡し、少なくとも5人が災害関連死と認められていて、東熊本病院の永田壮一院長は「患者に対する責任という面ではあまりうまくいかなかったので病院避難を判断するうえで、マニュアルとかそういったものを作る必要がある」と話しています。
東熊本病院から転院した46人のうち、17人が死亡し、少なくとも5人が災害関連死と認められていて、東熊本病院の永田壮一院長は「患者に対する責任という面ではあまりうまくいかなかったので病院避難を判断するうえで、マニュアルとかそういったものを作る必要がある」と話しています。
なぜ整備進まなかったのか
なぜ、事業継続計画の整備は進んでいなかったのか。
病院などへの取材で東日本大震災以降、まずは病院の建物の耐震化が求められ、被災後の医療継続の計画までは着手できなかったことがわかりました。
この計画の整備は熊本地震の前に行われた調査で、全国でも1割ほどと進んでいませんでした。そして地震が発生し、課題が浮き彫りになったためことし3月、厚生労働省は災害拠点病院に計画の整備を義務づけたのです。
病院などへの取材で東日本大震災以降、まずは病院の建物の耐震化が求められ、被災後の医療継続の計画までは着手できなかったことがわかりました。
この計画の整備は熊本地震の前に行われた調査で、全国でも1割ほどと進んでいませんでした。そして地震が発生し、課題が浮き彫りになったためことし3月、厚生労働省は災害拠点病院に計画の整備を義務づけたのです。
まずはハード面の対策
計画で、まず求められるのが病院が被災しても医療が継続できるようなハード面での対策です。
栃木県の災害拠点病院に指定されている、「足利赤十字病院」では総工費200億円以上をかけて災害時の設備に力を入れました。
停電した場合、5日間は通常と同じ治療を続けることができる発電機を備えています。断水時には地下水を使う設備を整え、貯水タンクは揺れに強い技術を取り入れています。
停電した場合、5日間は通常と同じ治療を続けることができる発電機を備えています。断水時には地下水を使う設備を整え、貯水タンクは揺れに強い技術を取り入れています。
小松本悟院長は「建物とインフラの設備があって、初めて医療を継続できるということなのでBCPは今後、病院機能を継続するためには大切だと思う」と話していました。
ソフト面でも工夫を
災害拠点病院には、ハード面での対策が義務づけられていますが、規模が小さい病院では、資金的に厳しい状況がありそこでソフト面での工夫が求められます。
東京では首都直下型地震を想定した病院間のネットワークの構築が進められていて、想定しているのは、断水などの影響を受けやすい透析患者への治療の継続です。
地震のあと、専用のシステムで情報収集を行い参加する250ほどの医療機関は被災状況や患者の受け入れが可能かどうかなどを送信して、それを受け取った事務局が情報をもとに患者の受け入れ先を調整します。
東京では首都直下型地震を想定した病院間のネットワークの構築が進められていて、想定しているのは、断水などの影響を受けやすい透析患者への治療の継続です。
地震のあと、専用のシステムで情報収集を行い参加する250ほどの医療機関は被災状況や患者の受け入れが可能かどうかなどを送信して、それを受け取った事務局が情報をもとに患者の受け入れ先を調整します。
病院の規模や役割、資金面からも、それぞれの病院が必要な計画を作るべきですが、まだモデルケースが少ないので、計画を作り終えた病院で研修会を開くなど、病院間が連携しながら作ることが必要となってきます。
いつ、どこで起きるかわからない大地震。被災者にとっても患者にとっても病院は最後のとりでとも言える場所です。それだけに1日も早い対策、対応が求められると強く感じました。
いつ、どこで起きるかわからない大地震。被災者にとっても患者にとっても病院は最後のとりでとも言える場所です。それだけに1日も早い対策、対応が求められると強く感じました。
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熊本地震から1年7か月余り。建物やインフラなどの復旧・復興は少しずつ進んできていますが課題も少なくありません。その1つが「災害関連死」です。その数、11月10日現在で192人。すでに直接死の数を大きく上回っていて、今も増え続けています。その要因を調べてみると、意外とも思える場所で災害関連死が相次いでいることがわかりました。今も続く災害関連死の実態と背景を取材しました。(社会部記者 清木まりあ・熊本局記者 杉本宙矢)
データから見る関連死
まず、私たちは災害関連死に認定された192人すべてのケースを調べてみました。すると、その主たる要因として最も多かったのは避難所や車中泊など避難生活のストレスによるもので73人。次に多かったのが、病院が被災し、医療を続けることができなくなった「医療機関の機能低下」で43人となっていました。
背景にはBCP未策定
安全なはずの病院で相次いでいた災害関連死。その要因について調べてみると、あるキーワードが浮かび上がってきました。
『BCP=事業継続計画の整備』です。
BCPは「Business Continuity Plan」の略で、厚生労働省は、東日本大震災以降、災害時でも医療を継続できるよう、設備面などの対策としてBCPの整備を求めていました。
ところが地震当時、熊本県では9割以上の病院がこの計画を整備していませんでいた。いったいその現場では、何が起きていたのでしょうか。
『BCP=事業継続計画の整備』です。
BCPは「Business Continuity Plan」の略で、厚生労働省は、東日本大震災以降、災害時でも医療を継続できるよう、設備面などの対策としてBCPの整備を求めていました。
ところが地震当時、熊本県では9割以上の病院がこの計画を整備していませんでいた。いったいその現場では、何が起きていたのでしょうか。
十分ではなかったハード面の対策
熊本市にある熊本市民病院は、去年4月の地震で300人以上いた入院患者全員の避難を余儀なくされました。
その大きな要因となったのが、貯水槽の被害。水が途絶え、医療の継続が難しくなったのです。
その大きな要因となったのが、貯水槽の被害。水が途絶え、医療の継続が難しくなったのです。
この病院では災害時、井戸水を貯水槽にためて利用することにしていましたが、貯水槽が壊れるケースまでは想定していませんでした。
幼い命が犠牲に…
当時4歳の宮崎花梨ちゃんは重い心臓病を患い、この病院に入院していました。花梨ちゃんは、容体が悪化し集中治療室に入っていて、絶対安静を求められていました。
しかし、医療の継続ができなくなりました。100キロ離れた病院に搬送されることになったのです。
しかし、医療の継続ができなくなりました。100キロ離れた病院に搬送されることになったのです。
転院先に到着して5日後、花梨ちゃんは亡くなり転院時の移動の負担を理由に、災害関連死と認定されました。
母親の宮崎さくらさんは「今まで見たことがないくらい全身のむくみがひどかった。病院にいるから安全だと思っていた。まさかそこから転院させなきゃいけないような状況になるとは誰も思っていなかった」と話しています。
母親の宮崎さくらさんは「今まで見たことがないくらい全身のむくみがひどかった。病院にいるから安全だと思っていた。まさかそこから転院させなきゃいけないような状況になるとは誰も思っていなかった」と話しています。
熊本市民病院の高田明院長は「動かさないとダメですかという意見のなかで、搬送したので、非常につらいものがあった。最終的に病院避難ということになり非常に重く受け止めている」と話しています。
相次ぐ転院負担が増加
熊本地震では熊本県内の15の病院で倒壊のおそれやライフラインの寸断があるとして、合わせて1600人以上の入院患者が転院や退院を余儀なくされました。
こうした病院では、大きな被害を受けた後の計画がなかったことで、入院患者にとって深刻な事態も起きていました。
益城町の東熊本病院ではライフラインが寸断し、46人いた入院患者全員が転院を余儀なくされました。
この病院は災害があった場合に、地域の中核病院の熊本市民病院に患者を搬送することを想定していました。
しかし、熊本地震では、その熊本市民病院が被災してしまい、想定が崩れました。入院患者のほとんどが、寝たきりの高齢者で、建物が倒壊するおそれがあったため外に出されましたが、行き先が決まらず、明け方まで外で過ごしたといいます。
こうした病院では、大きな被害を受けた後の計画がなかったことで、入院患者にとって深刻な事態も起きていました。
益城町の東熊本病院ではライフラインが寸断し、46人いた入院患者全員が転院を余儀なくされました。
この病院は災害があった場合に、地域の中核病院の熊本市民病院に患者を搬送することを想定していました。
しかし、熊本地震では、その熊本市民病院が被災してしまい、想定が崩れました。入院患者のほとんどが、寝たきりの高齢者で、建物が倒壊するおそれがあったため外に出されましたが、行き先が決まらず、明け方まで外で過ごしたといいます。
一時的な受け入れ場所となった熊本市内の病院ではスタッフや物資が不足していたため十分な医療を行うことはできませんでした。
その後、患者たちは医療を求め転院を繰り返し、救急車が足りなかったため、自衛隊の車に窮屈な状態で乗せられ長時間の移動を強いられました。
その後、患者たちは医療を求め転院を繰り返し、救急車が足りなかったため、自衛隊の車に窮屈な状態で乗せられ長時間の移動を強いられました。
受け入れ先の一つとなった多良木町の公立多良木病院の看護部長は当時の様子について「寝たきり状態で、自由に手足も動かせない人たちが、同じ体位で長時間車に揺られて来たので無表情で顔が真っ青な状態で、かなりのストレスがかかっていた」と振り返ります。
東熊本病院から転院した46人のうち、17人が死亡し、少なくとも5人が災害関連死と認められていて、東熊本病院の永田壮一院長は「患者に対する責任という面ではあまりうまくいかなかったので病院避難を判断するうえで、マニュアルとかそういったものを作る必要がある」と話しています。
東熊本病院から転院した46人のうち、17人が死亡し、少なくとも5人が災害関連死と認められていて、東熊本病院の永田壮一院長は「患者に対する責任という面ではあまりうまくいかなかったので病院避難を判断するうえで、マニュアルとかそういったものを作る必要がある」と話しています。
なぜ整備進まなかったのか
なぜ、事業継続計画の整備は進んでいなかったのか。
病院などへの取材で東日本大震災以降、まずは病院の建物の耐震化が求められ、被災後の医療継続の計画までは着手できなかったことがわかりました。
この計画の整備は熊本地震の前に行われた調査で、全国でも1割ほどと進んでいませんでした。そして地震が発生し、課題が浮き彫りになったためことし3月、厚生労働省は災害拠点病院に計画の整備を義務づけたのです。
病院などへの取材で東日本大震災以降、まずは病院の建物の耐震化が求められ、被災後の医療継続の計画までは着手できなかったことがわかりました。
この計画の整備は熊本地震の前に行われた調査で、全国でも1割ほどと進んでいませんでした。そして地震が発生し、課題が浮き彫りになったためことし3月、厚生労働省は災害拠点病院に計画の整備を義務づけたのです。
まずはハード面の対策
計画で、まず求められるのが病院が被災しても医療が継続できるようなハード面での対策です。
栃木県の災害拠点病院に指定されている、「足利赤十字病院」では総工費200億円以上をかけて災害時の設備に力を入れました。
停電した場合、5日間は通常と同じ治療を続けることができる発電機を備えています。断水時には地下水を使う設備を整え、貯水タンクは揺れに強い技術を取り入れています。
停電した場合、5日間は通常と同じ治療を続けることができる発電機を備えています。断水時には地下水を使う設備を整え、貯水タンクは揺れに強い技術を取り入れています。
小松本悟院長は「建物とインフラの設備があって、初めて医療を継続できるということなのでBCPは今後、病院機能を継続するためには大切だと思う」と話していました。
ソフト面でも工夫を
災害拠点病院には、ハード面での対策が義務づけられていますが、規模が小さい病院では、資金的に厳しい状況がありそこでソフト面での工夫が求められます。
東京では首都直下型地震を想定した病院間のネットワークの構築が進められていて、想定しているのは、断水などの影響を受けやすい透析患者への治療の継続です。
地震のあと、専用のシステムで情報収集を行い参加する250ほどの医療機関は被災状況や患者の受け入れが可能かどうかなどを送信して、それを受け取った事務局が情報をもとに患者の受け入れ先を調整します。
東京では首都直下型地震を想定した病院間のネットワークの構築が進められていて、想定しているのは、断水などの影響を受けやすい透析患者への治療の継続です。
地震のあと、専用のシステムで情報収集を行い参加する250ほどの医療機関は被災状況や患者の受け入れが可能かどうかなどを送信して、それを受け取った事務局が情報をもとに患者の受け入れ先を調整します。
病院の規模や役割、資金面からも、それぞれの病院が必要な計画を作るべきですが、まだモデルケースが少ないので、計画を作り終えた病院で研修会を開くなど、病院間が連携しながら作ることが必要となってきます。
いつ、どこで起きるかわからない大地震。被災者にとっても患者にとっても病院は最後のとりでとも言える場所です。それだけに1日も早い対策、対応が求められると強く感じました。
いつ、どこで起きるかわからない大地震。被災者にとっても患者にとっても病院は最後のとりでとも言える場所です。それだけに1日も早い対策、対応が求められると強く感じました。