最近よく耳にする言葉、「クラフトビール」。大手じゃないメーカーが作るビールらしいんですけど、正直そんなに興味がありません。だって、高いからわざわざ買うこともないし、それゆえ味をよく知らないから。あんまりよくわからないものに挑戦するよりは安心して飲めるおなじみのビールがいいな。
そんな話をビール専門店のマスターにしたところ、「それなら、この人に話をきいてみて。多分、クラフトビールについての考えが変わるから」と、ひとりのクラフトビールメーカーの社長さんを紹介されました。社名もブランド名も「サンクトガーレン」、神奈川県厚木市で、たった4人でビールを作っているメーカーなのだという。うーん、聞いた記憶のない名前。
とはいえ、「クラフトビールについての考えが変わる」……? ビールバカ(=筆者)としてはそれはものすごく気になる。だいたい、クラフトビールって正確にはなんなの? よし、取材しかない!
ということで、やって来ました「サンクトガーレン」さん。神奈川県厚木市の町中から離れたところにある、ごく小さな工場。ビール工場というからにはけっこうでっかいんじゃないかと思っていたので意外でした。ちなみに、普段は工場見学は受け付けておりません。ありがてぇ、ありがてぇ……。
小さな工場の中で、いくつもの表情を見せるビール!
「こんにちは岩本です! こっちどうぞ!」
出迎えてくれたのは、サンクトガーレンの岩本伸久社長。「日本のクラフトビール造りを切り開いた男」と言われる方だそうですが、想像よりも大幅に気さく!
快く迎えてくれるどころか、話もそこそこに工場を見せてくれました。
入口付近にホップが詰まった箱を発見。筆者(私)はビール好きだからホップくらいわかります!(※缶ビールに絵が描いてあったりするので)
しかし、本物のホップを見たのは初めて!
「あ、これね、こないだ山梨でみんなで摘んできたホップですよ」
「へー国産ホップ……って、自分たちで摘んでるの!?」
「僕たちはそうしています。うちは年1回『生ホップ』を使ったビールを出してるんですよ。これはもう乾燥させたやつだけど……じゃあこれ嗅いでみてください、この黄色いところ」
「うわ、ものっすごくいい香り! マスカットのような、パインのような……ホップだけでこんなにいい香りがするなんて!」
「この種類のホップはとくにフルーツ系の強い香りがするんですよ。ホップには他にもたくさんの種類があります」
ホップを触ったのも嗅いでみたのも初めて、そもそもたくさん種類があるっていうのも初めて知ったぞ! これがどう変わっていくんだろう……?
工場の広さはちょっとしたガレージといったところ。その中に、
麦汁のタンク、
発酵のタンク、
瓶詰機などが並んでいる。
「これがビールのもとになる麦汁。せっかくだからちょっと飲んでみます?」
うわ!甘い!!! 麦味のジュースといった感じで、アルコール分ゼロ、甘み100%!
「これにホップを何回かに分けて漬け込んで、発酵させるとこうなります」
そう言って、向かいのタンクからできたてのビールを出してくれる社長。
ものすごく華やかな香りと……つきぬける苦みが!!!!
「今作ってるこれはIPA(インディアン・ペールエール)といわれるタイプのビール。苦いでしょ? それが特徴なんです」
目頭を押さえたくなるほど苦いいいぃぃ、けど、おいしい……こんなの、飲んだことない! クラフトビールってすごい!
頭の中に「情熱大陸」の音楽が流れる壮絶なストーリー
「そういえば社長、どうして厚木でビールを作ろうと思ったんですか?」
「厚木であることには最初はそんなに理由はなかったよ。今は丹沢山系のいい水があるし、いろいろ利点があるんだけど」
そこからいろいろ伺った社長のお話は、かなり壮絶なものでした。
アメリカで飲んだビールに感銘を受け、社長とそのお父様が「日本でもこんなビールを作りたい」と考えたのが1993年。この当時、日本ではビールの製造には年間2,000klの生産量がないとダメ、と決められていて(酒税法)、実質的に大手メーカー以外はビールを作っちゃいけないことになっていました。
そこに「ビールを作りたい」一心で切り込んじゃう社長。まずはアメリカで生産して日本にもってくるという荒業でビールづくりをスタート。
と同時に、国内では「ビール」と分類されないようにしたビールを生産(シナモンひとつ入れるだけでも副原料使用=発泡酒扱いになる)。これが「日本の産業規制の強さの象徴」として話題になり、雑誌「Time」に記事が載る、ついで国内でも報じられるなどしたこともあって、1994年に酒税法の生産量規制は60klにまで緩和。小さな会社でも気軽にビールが作れるようになる。
「うちが変えたって思っているよ」と社長。
そこから、ビールづくりの夢を共にしたお父様のご逝去と会社の倒産、免許の失効と猛烈なアタックによる再取得、2年もの間ひとり&給料ゼロでひたすらビールを作り続けたこと、などなど劇的なお話の連続でした。
まずいビールは腐っている…!?
▲徹底的に瓶の洗浄を行う機械
「ただ」と社長は続ける。
「キツいのは、“地ビール”がブームになったあと、ひどく落っこちたこと。いまの“クラフトビール”ってのもそうじゃない?」
「……すみません、地ビールとクラフトビールの区別からしてつきません!」
「地ビールもクラフトビールも、一般的にはたぶん『小規模メーカー』のビールってくらいの意味だよね。アメリカだと『クラフトビール』はいちおう定義があるんだけど、日本とはまた違うから難しいところだね」
「で、1994年に規制が緩和されて、全国各地に地ビールがたくさんできてブームになったけど、今ほとんどそういうのって残ってない。おみやげの地ビールって高いけどたいしておいしくないってイメージだけできてしまったから」
「確かに……ドイツとかイギリスから専門家を呼んで作った地ビールって多かったと思うけど、どうして『高い・まずい』イメージができたんでしょう?」
「腐ってたからだよ」
「!? 待ってそれストレートすぎます社長!」
「いや、ほんとに腐っちゃうんだよ、瓶の中で。あんまり情熱のないメーカーだと、最初は専門家を呼んでしっかり作る練習するけど、そのうちみんな忘れちゃったりとか。ビール造りって意外と大変で、ちゃんと器具を洗ったりしないとすぐに発酵に失敗しちゃうものだし、瓶詰してからだってちゃんとしないとすぐ傷むもの。
で、ダメな地ビールを買っちゃったお客さんはもう二度と買わなくなるよ。まあ結局、本気でビール作りたいって思ってない人が多かったってことじゃないかな」
そこへいくと社長の本気度は半端ではない。さっき自分を「ビールバカ」と表現したけれど、その称号は謹んで社長に献上させてください……!
サンクトガーレンのビールとは
「そういえば、サンクトガーレンって名前はどういう由来なんですか?」
「スイスにある修道院から取ったの。世界で初めて、ビールを作るということの公的な許可を得た修道院。うちも日本で最初にオリジナルのビールを作るっていうことで、あやかるような形で」
「じゃあ、ビールもスイスのスタイル?」
「いや、そういうわけじゃない。ビールを飲んで感動したのも、ビールの作り方を学んだのもアメリカだから、どこっていうとアメリカのスタイルってことだと思う」
「アメリカっていうとバドワイザーとかクアーズのイメージがありますが……」
「アメリカって、イギリスをはじめとしていろんな国から来た人がつくった国だから、本当にいろんなビールがあるんだ。そして、やっぱり自由の国だから、大手だけじゃなく小規模な醸造所もちゃんと守ってくれる。税率が全然違って、小さいメーカーでもちゃんと戦えるようにしてくれるんだよ。
アメリカのビールメーカーは本当に個性が豊かで、自分たちが作りたいようなビールを作ってる。そこがアメリカビールの素敵なところ。どうせ作るなら、自分のやりたいように作りたいじゃない? うちはそうしてる」
「なるほど……サンクトガーレンさんはどんなビールを作っているんですか?」
「作りたいものを作るっていう感じだからその時々で変わるんだけど、定番は『ゴールデンエール』。でも最近だとフルーツビールとか、チョコレートテイストのビールにも力を入れてるよ」
「フルーツ? チョコレート?」
「最初はさんざん邪道だとか言われたけどね。でも、飲んでくれた人は『おいしい』って言ってくれて支えてくれるから、間違ってないと思ってる」
サンクトガーレンのビールを飲んでみる
「試飲コーナーみたいのは好きじゃないから」と社長。そのかわり、6種類のビールをもたせてくれました。
「うちのビールは種類でいうと『エール』。シマヅ(※筆者のこと)さんがよく飲むのは『ラガー』だと思うけど、ラガーはだいたい食べ物の味を邪魔しないもの。でも、エールは平気で邪魔するんだ(笑) そのかわり、合う食べ物とのマッチングは最高だよ。どのビールに何が合うかは、うちのWebサイトに全部書いてあるから、それを見てね」
※サンクトガーレンのビールラインナップのページには、ひと目でわかる「味わいチャート」のほか、相性の良いおつまみなどの情報が載っています。
ビールラインナップ | 元祖地ビール屋【サンクトガーレン】
▲家で発見されたクラフトビール用のグラス。奇跡としか思えない。
さて、おうちに帰ってサンクトガーレンさんのビールを飲んでみる。代表的な6種類をいただいたので、Webサイトを参考に合いそうな食材を集めてテイスティング……って自分の部屋が汚すぎる! こらあかんわ! 公園でやろうか!
※公園での飲酒は利用規約に沿いましょう!
【ゴールデンエール】
サンクトガーレンの説明によれば、「飲みやすさNo.1」。グイグイいけるのでトップの人気とのこと。いただいてみると……
見た目はごく一般的なビールに似ているけど、味の厚みが全然違う!
麦の香りもホップの香りも格段にしっかりしてる、でも炭酸・苦み・甘み・アルコールの全部のバランスがものすごくいいからどんどん飲める! いい材料を集めてものすごくていねいに作ったビール、という感じ。味の要素全部がキレッキレ、なるほどこれがビールバカの作るビールというものか……。文句なしにおいしい。いきなり感動させられて少し困る。
魚介類と合わせるとよい、とあるので……家にあったちくわを合わせてみた……ほんとごめんなさい! ごめんなさい! ひとくち飲んで食べ……合う。相性が特別いいわけじゃないけど、おつまみとして全然アリ。ちくわでいけるなら、どんな食事やおつまみにも合いそうな気がします。
【スイートバニラスタウト】
スタウトとは、ギネスのようないわゆる黒ビール的なもののこと。そこに、バニラの香りをつけつつ、麦の焙煎方法を変えることでチョコレートの風味を表現した、という。変わり種っぽいけど、飲んでみたら――
なんだこれ! ものすっごいおいしい!!!
黒ビールのものすごい美味しいやつに、ほのかなバニラとチョコの風味が加わって、ありえないほどの華やかさ! でもチョコ味ビールみたいなキワモノじゃなく、どこまでもビール! なにこれ……なにこれとしか言いようがない自分のボキャブラリーを深く恥じるんだけど美味しいったら! なにこれ!
チョコはもちろんケーキとも合う、とのことだったけど、まずはチョコに合わせてみる……うまああああ! チョコとビールがこんなに合うとか、脳が混乱するレベル!
ついでに厚木の銘菓「鮎もなか」(ゆずあんの香る最中/菊屋政房さんで購入)と合わせると……これもうまあああい! 甘いお菓子ならなんでも引き受けてしまう懐の深さが! 合わせる必要性はよくわかんないけど!
【アンバーエール】
アメリカでよく飲まれるという、色合いの深いエール。モルトを深めにローストして作るもので、うまみと香ばしさが特徴、とのこと。
そういえばあまり経験がないタイプのビールだけれど、これまたおいしい! ほんのりキャラメルのような香ばしさがあって、麦のうまみがぐっと舌に載る感じ。やや甘いかな、と思ったときにホップの鮮烈な苦みがやってくる骨太なビール。こういうのもいいですね。
お肉料理と合う、とあったので、チキン焼きを……こんな安い肉を合わせて大丈夫かと心配になったけど、鶏の脂分も肉の味もしっかり受け止めてくれバッチリでした。
【アップルシナモンエール】
アップルパイを表現したくて、リンゴとシナモンをエールに組み合わせてみた、と社長。でもリンゴをそのまま漬けたらいまいちだったので厚木の洋菓子店の協力を得て、リンゴをいちど焼いているのだそう。何やってんだ、絶対利益でてないでしょそれ……
いただいてみると、最初は純然たる本格エールの味。リンゴが甘くてフルーティー☆ っていう感じでは全然ない。あれ? って思っていると、リンゴの味とシナモンの香りがどんどん立ち上ってくる。エールの酸味と苦味にリンゴが見事にとけこんでいる感じ、これは意外すぎる! おいしい……これもステキ。よくありがちな「フルーツの味しかしないビールっぽいやつ」では全くない、ビール好きがハレの日に楽しむための1本でしょう。
【YOKOHAMA XPA】
いわゆるIPA(インディアン・ペールエール)、ホップの苦みが強いタイプのエールだという。XPAなのは「IPAって言いたくなかったからXPA、エクストラペールエールってつけた」とのこと。このへんのこだわりは社長がビールバカすぎてよくわかりません。
見た目はごくふつうのビールみたいだけど、一口飲むとギリッとした苦みが頭を突き抜ける! うああ、でもホップの華やかな香りにつつまれて、この苦みが快感に変わる。苦い、でもどんどん飲みたい。脳が混乱する。何かの魔法みたい!
ちなみに、これは何かに合わせず、しっかりとした苦味を味わうのがオススメ、とのこと。
【湘南ゴールド】
神奈川県が開発した新しい柑橘「湘南ゴールド」を使ったビール。まだ果実自体が多く作られていないこともあってビールの生産量も多くないが、かなり人気の1本だそう。取材時はシーズンオフだったため、ひとつだけ工場に残っていた「湘南ベルマーレ」バージョンをいただきました。
飲……ああああ夏みかん系の超華やかな柑橘の香りがめちゃめちゃ広がる! いきなり!! でもこれはどこまでもビール。ジュースのようなものではなく、「ヒューガルデン」のようなホワイトビールを柑橘1万倍にしたような感じ。1杯目からものすごい贅沢感を味わえる、ちょっと他では味わえないような1本。ちなみに、厚木銘菓「鮎もなか」はゆずあんだし、柑橘どうしぴったりかな? と思って食べてみたけれどまるっきり合いませんでした。
まとめ
▲素晴らしいビールのもとになるモルトの、亡骸たち
社長に話を伺いながら、ひとつ確信が持てたことがあります。それは「これ絶対もうからねえだろ」っていうこと。材料も手間も、あきらかにかけすぎ!社長に聞いてみても「採算のことは考えてない」と。ビールバカすぎて、いい意味で引く!
でも、そんなビールバカが作ったビールはどれも素晴らしいものでした。フルーツビールと言いながら、ビールの根幹はまるでずらしていない。
最後に、社長に根本的なことを聞いてみることに。
「どうして、ここまでしてビールを作るんですか?」
「それあんまり考えたことなかった(笑) まあしいて言うなら、飲んだ人がおいしいって言ってくれたらうれしいってことかな。ありがちな答えで申し訳ないけど。あとは、自分のプライドだけ。ビール好きでやってる以上、絶対うまいものしか出さないっていう」
神奈川県厚木市。ぐうたらなわたしには取材で行くのにかなり骨が折れたけれど、見たことのないスーパーハイレベルなビールたちと、それを作る熱すぎる人に出会うことができました。採算度外視ばかりをほめたたえるつもりはないけれど、素晴らしいものを作りたいっていう一心で素晴らしいものを作り続ける人がいるっていうことは、やはり素敵なものだ。国にまでケンカを売るビールバカが作ったクラフトビールたち、その味はまごうかたなき本物です。
現物は通販、大手デパートなどでも購入できますので、ぜひ一度お試しあれ!
お話を聞いたブルワリー
元祖地ビール「サンクトガーレン」公式ホームページ
公式Twitter:サンクトガーレン (@SanktGallenSHOP) | Twitter
【おまけ】
▼「ぐるなびWEBマガジン」では、実はこれまでもクラフトビールのお店をたくさん取材しています!サンクトガーレンのビールが飲めるお店もありますよ。
著者・SPECIAL THANKS
ライター/シマヅ
1988年生まれ。フリーライター。 武蔵野美術大学造形学 部芸術文化学科を卒業後、2年ほど美術業界を転々としていたが現在は主にWEB上で文章を書き生計を立てている。女性向けコラム、インタビュー記事、グルメレポート、体験記事など、幅広い分野で執筆活動を行う。