今年はツール・ド・フランスの6年連続ポイント賞は逃したものの、UCI世界選手権3連覇という大記録を成し遂げたペーター・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)。そのコーチであるパティクシ・ヴィラ氏のインタビューがサガンを知ることができる非常に興味深い内容だったので一部抜粋し訳しました。
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ーいつからサガンをコーチしているの?
2015年のクラシック*の後からだね。ティンコフ**のコーチをしていた時からだからもう三年になるよ。
*主に3月から4月にかけて行われるワンデーレース **2016年に解散したロシア籍チーム
ー(指導前から活躍していた)サガンをコーチするのは大変だった?
彼はすでに年間25勝できる選手だったから、最初は彼の言葉を聞き、理解することからはじめたよ。
ーコーチとして感じるサガンの凄さはどこにある?
これはあまり知られていないことだけど、彼の強みは「身体に起こっていることを把握できる」ことなんだ。身体がいまどういう状態で、必要なのは休息かトレーニングか、どんな強度のトレーニングなのかを把握し理解できる能力だよ。だからコーチとしては助かっているんだ。
ー強い個性とキャラクターを持つ選手への指導は大変かい?
サガンはいつもトレーニングや身体の状態に関する質問をしてくるんだ。だから僕は全てのことに対し論理的な解答を用意しておかなくてはならない。この姿勢が偉大なチャンピオンである要因だと思うよ。
ー君をコーチとして信頼するまでどれぐらいの時間かかった?
2015年の世界選手権に向けトレーニングを開始した4月からの6ヶ月間で僕らはお互いを信頼し、どういったコーチングをすれはいいのかがわかったんだ。
ーサガンはパワーメーターと自分の感覚、どちらに頼ってトレーニングしているの?
彼はスプリントのインターバルなどでしか自分の出力を見ていない。パワーメーターは道具としては素晴らしいが、使い時を見極めないと数字に振り回されてしまう。だから数値は選手ではなくコーチが把握していれば良いと思ってるんだ。持久走ライドの時は「250~300ワットを5時間」などではなく心拍数を参考にしているよ。
それに多くのモータースポーツで使われているものの測定周波数が60Hzに対し、自転車のパワーメーターは4Hzとあまり正確ではないからね。
ーサガンの食事について聞かせてくれ。
彼はそれほど食事に気を使っていない。チームで管理した正しいものを正しい分だけ摂取しているだけで細かい制限はしていないよ。
ーシーズンのプランはどうなっているんだい?
サガンには三つのピークがあるんだ。クラシックとツール、それに世界選手権だ。クラシックはミラノ~サンレモから始まりパリ・ルーベまで。その後はツールを走り、カナダの二連戦*に向けて持っていったピークをそのまま世界選手権につなげている。
*『グランプリ・シクリスト・ド・ケベック』『グランプリ・シクリスト・ド・モンレアル』という9月に行われるワンデーレース。
ー年間のスケジュールを教えてくれる?
まず、11月15日からツアー・ダウンアンダー*までが一区切りで、その後はクラシックまで高強度とスピードを重視したトレーニングをしている。特に2月は一年を通して最も重要な練習を行っていて、三週目は週に32〜35時間を走るんだ。
*1月下旬に行われるオーストラリア・アデレードで行われるステージレース
ークラシックからツールに向けての調整内容はどう変わるんだい?
クラシックが終わった後は4~6日間を完全休養にあてて、再開してからは筋力トレーニングやマウンテンバイクなどで身体だけでなく頭もリフレッシュさせる。こういったトレーニングを1~2週間行うから、大体3週間ほどかけて移行させている感じかな。
またクラシックとツールの練習の違いは上りだ。5月にあるツアー・オブ・カリフォルニアは、ツールに向け現在の状態や修正点を洗い出す ”第二のピーキング” をする為のレースなんだ。
ーそのツールから世界選手権に向けては?
例年ではこの期間が短いから急ピッチで調整するのだけど、今年はツールでの失格もあって世界選手権に向けて十分な時間が取れたから、そんなに急がなかったし難しくなかったね。
ーどうやってサガンのような強いスプリンターにすることができたの?
サガンは特別速い選手ではないと思っている。生まれつき速い選手ではなく、”速くなることができた”選手だ。つまり彼はレースの最後で”勝つ技術”を身につけたんだ。
サガンのスピードの秘密は、筋力と脚を溜める能力にある。ゴール前まで脚を残すことで速い選手に勝っているんだ。また選手としての特徴はトム・ボーネンに似てる。彼はキャリア初期に数多くのスプリント勝利をあげたけど、キャリア後半はいかに(集団の中で)耐えるかに注力していた。だからサガンを理解するためにボーネンのキャリアを参考にしているんだ。
ー練習内容に”筋力トレーニング”が入っているけど、やはり選手にとって大事なの?
シーズンのはじめに十分な筋力が付いている状態にするため11月~2月は週に2~3回、シーズン中はその維持の為に週1回の筋力トレーニングを行っている。
ー大会前に高強度の練習は行う?
ああ。大きなレースの前でも1~3分インターバルで短く高い刺激を伴う練習を行う。やり過ぎには注意しているけど、ある程度は必要なんだ。その分リカバリーの時間はたっぷりと取っているよ。
筋力トレーニングは時期と場所を選ばず行えるし、筋力を維持しなければ自転車でのパワーが落ちてしまう。だからジムトレーニングも自転車競技の一部だし、特に高いワット数と高ケイデンスには不可欠だ。十分な筋肉と神経の組み合わせがなければ力を発揮することはできないからね。
僕の指導する選手は一年を通して最低でも週一回はジムに通っている。筋力トレーニングは”筋肉を大きくする”のではなく”力効率の上げる” ために行うのだからね。