こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。『シン・ゴジラ』はすでに一度観てたので、日曜日にやった地上波の放送は録画してなかったのですが、ちょっと冷やかすくらいのつもりでテレビをつけたら、結局最後まで観ちゃいました。
やっぱり『シン・ゴジラ』はおもしろい。なにより、庵野さんのタブー感のなさは称賛に値します。スーツアクターによる着ぐるみ演技を日本の伝統芸能としてありがたがってるオールドファンのオヤジどもに一切忖度せず、物語に合わせてゴジラのイメージを平気で変えてしまう大胆不敵さにまず拍手。ゴジラを無慈悲・無感情・無目的な存在に設定したのも正解。あ、「ベラーな選択」か。この物語では、ゴジラかわいそう、とか観客に思わせたら負けですから。
いまや日本ではできないといわれている政治家コントも、物語の前半でさらっとやってしまいます。普段いばってる大臣とかが、未曾有の危機に際して正攻法で対処するも、ことごとく機能せず右往左往してしまう様をコミカルに描いてるわけですが、これをなんのためらいもなくできるのは、庵野さんが政治家に対してなんの愛情も持ってないからでしょう。あげくのはてには、ゴジラにヘリごと焼かれて内閣総辞職。タブーないなあ。私も与党野党を問わず政治家という人種にまったく思い入れがないので、あのシーンには笑っちゃいました。強烈なブラックユーモアですね。
テレビで政治風刺ができないとか嘆いている人たちは、自分で自分にブレーキをかけちゃってるだけなんじゃないですか。政治家を尊敬すべき対象とみなしてるから心のブレーキがはたらいて、政治家全員死んじゃった、みたいなギャグができない。
ただ、カン違いしてほしくないんですが、『シン・ゴジラ』には政治的メッセージはありませんよ。政治も政治家も、物語をおもしろくする一要素、手駒にすぎないので、政治的な意図を読み解こうなんて深読みした人は総じて的外れな批評に陥ってます。
そして東京都心がゴジラによって焼き尽くされるシーンのあまりの美しさ。破壊といういけない行為を美しく描くのは、道徳では不謹慎とされます。だけどタブーがないから、それをやれてしまうし、むしろその背徳の美しさが絶望感を高めるのに役立ってますから、完全に狙いなんでしょうね。
後半のゴジラを倒すくだりに、発想が幼稚とか難癖つけてた人がいましたが、そうかなあ。私はけっこう現実的に考えられてると思いましたけど。じゃあ、愛と絆の不思議な力でゴジラ出現前にタイムスリップして東京都民を全員避難させちゃったりするのがいい?
それで気づいたんですが、『シン・ゴジラ』は『君の名は。』と対称的なんですね。『君の名は。』は隕石落下というありえる災害を、ありえない方法で解決してます。『シン・ゴジラ』はゴジラというありえない災害を、実行可能かもしれない方法で解決してます。
いい換えれば、現実を神話的な力でねじ曲げたのが『君の名は。』で、神話的な存在を現実の力でやっつけちゃうのが『シン・ゴジラ』。神話やスピリチュアルの力を疑うことをタブーと考える人は『君の名は。』を推し、そういうタブー感がない人は、『シン・ゴジラ』を推す。そんなところでしょうか。
[ 2017/11/14 20:18 ]
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