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今注目の「ケトン体」について、HDAC(ヒストン脱アセチル化酵素)とβヒドロキシ酪酸(βOHB)に関する次の記事とあわせてごらんください。
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プラクティス 34巻1号
知って得するケトン体の不思議 -ケトン体:敵か,味方か?-
雑誌 – 2016/12/28
15p
東京大学先端科学技術研究センター
代謝医学分野 酒井 寿郎
ケトン体産生のメカニズム
はじめに
ケトン体は糖尿病治療における重篤な副作用のもとになる悪玉的な印象があり、低糖質ダイエットやSGLT2阻害薬による薬物療法ではケトン体が発生することが知られ、懸念されていた。
しかし、近年、ケトン体はエネルギー制限に伴う抗老化作用に関することも見いだされ、あらためてそのメカニズムと生理的役割に関心が高まっている。
本稿ではケトン体の合成と代謝そして生理的役割について概説する。
1. ケトン体の代謝・調節・機能
ケトン体は脂質由来の小分子で、飢餓や長期の運動時にエネルギー源として使用される。
脂肪組織では、ヒトの80%以上ものエネルギーが脂肪酸として貯蓄されている。
飢餓時には骨格筋と肝臓のグリコーゲン貯蓄がまず欠乏していく、次いで脂肪酸が脂肪細胞から動員され、肝臓でケトン体に変換される。
ケトン体は次いで、血中循環を介して代謝が活発な組織である脳や筋肉へと分配される(表1)。
そしてそこでアセチルCoAへと変換され、グルコースに替わるエネルギーとして使われる。
ヒトにおいては、βヒドロキシ酪酸(βOHB)の基底レベルは低μM(マイクロモーラ)程度であるが、12~16時間の絶食で200~300μMになり、2日間の絶食では1~2mM(ミリモーラ)まで、さらに、遷延する飢餓では6~8mMにまで達する。
1~2mMまでの上昇は90分間程度の集中した運動でも起こる。
2mMレベルは炭水化物をほぼ欠乏させたケトジェニックダイエットでも誘導される。
子供は大人に比べるとβヒドロキシ酪酸をより効率的に産生し、そしてより効率的に使用する。
特に生後間もなくは、脳はエネルギー源をケトン体に依存しており、血中レベルは2~3mMに達する(表2)。
1) ケトン体合成と利用
ケトン体合性は主に肝臓で行はれる。
わずかにはほかの臓器でケトジェニック酵素が異所性に発現したり、ケトン体が分解する経路が逆行するなどして作られる。
肝臓で脂肪酸はまずアセチルCoAへとミトコンドリアのβ酸化を介して変換させる(図1)。
ミトコンドリア型のHMG-CoA合成酵素(HMGCS2)が、アセチルCoAとアセトアセチルCoAを縮合しHMG-CoA(ヒドロキシメチルグルタリルCoA)を合成する。
そしてここからHMG-CoAリアーゼ(HMGCL)によってアセトアセテートが遊離される(図1)。アセトアセテートはもう2のケトン体(アセトンとβヒドロキシ酪酸)の共通の前駆体となる。
大部分のアセトアセテートは、βヒドロキシ酪酸脱水酵素(BDH1)によってβヒドロキシ酪酸へと変換される。
βヒドロキシ酪酸は血中を流れる最も量の多いケトン体で、アセトアセテートと比べてアセトンに自然分解しにくい。
一度標的組織に取り込まれると、βヒドロキシ酪酸は同じ酵素によってアセトアセテートに再度戻り、今度は合成経路ではなくケトン体消費経道に乗る。
サクシニルCoAはCoAをアセトアセテートに供与し、アセトアセチルCoAを作る。
この反応はサクシニルCoA3ケト酸コエンザイムAトランスファーゼ(OXCT1)によって触媒される。
この反応はHMGCS2が触媒する不可逆経路をバイパスする。
このように、合成と利用とで異なる酵素経路を使うことによって、βヒドロキシ酪酸が無益回路に入るのを防御する。(注:無益回路は、2つの代謝経路が同時に逆方向に向き、全体的に見てエネルギー消費のほかに変化がない回路のことである。)
OXCT1は肝臓には発現しないため、肝臓でアセトアセテートを再度アセトアセチルCoAに戻すことはない。
肝臓以外の臓器に発現するOXCT1によってアセトアセテートは2分子のアセチルCoAにされ最終的にTCAサイクルで酸化およびATP産生に寄与する¹⁾。
2)転写と翻訳後修飾によるβヒドロキシ酪酸の代謝
ケトン体合成においてこれらの酵素による制御が非常に重要である。
律速段階はミトコンドリア型のHMGCS2がアセチルCoAとアセトアセチルCoAが縮合する段階である(図2)。
これは脱アセチル化酵素(HDAC)であるSIRT3によって活性化される。
一方で脳に取り込まれたβヒドロキシ酪酸はアセチルCoAとなり、TCAサイクルのなかでクエン酸(citrate)に変化する。
そして、このクエン酸は核膜付近でクエン酸リアーゼによってアセチルCoAへ再び変換され、これがヒストンアセチル化酵素(HAT)の供給源となる。
さらにもう一方で、βヒドロキシ酪酸はHDACを阻害することが明らかにされた²⁾。
このようにケトン体の代謝はヒストンのアセチル化を促進すると同時に脱アセチル化を阻害することで、ハイパーアセチレーションに寄与することがわかってきている(図3)。
また最近では糖尿病のみならず、がん、メタボリズムの領域でもこれらの制御は非常に話題になっている。
たとえばがん細胞ではクエン酸を介したヒストンの制御が重要になるが、近年になって栄養が枯渇した状態では酢酸が産生されることがわかってきた(図3)。
この酢酸は細胞質型のアセチルCoA合成酵素を介してアセチルCoAとなり、クエン酸に代わってヒストンのアセチル化に関与する。
また一方で、このアセチルCoA合成酵素は、コレステロールの代謝を制御する転写因子SREBPの標的遺伝子でもあり、SIRT1によって脱アセチル化され活性化することが明らかとなっている。
このように、ケトン体を合成する酵素としてHMG-CoA合成酵素が非常に重要な役割を果たしているが、飢餓時ではアセチルCoA合成酵素がその役割を担う。
そして両者ともSIRTにによって活性化され、ヒストンのアセチル化・脱アセチル化に関与する。
絶食が核内のイベントをひき起こすきっかけとなり、アセチル化・がん・メタボリズムというキーワードに関連性が見出されたことで、これらの酵素の制御とメカニズムの解明が現在急速に進められている。
HMGCS2は前述したアセチル化に加えてサクシニル化の翻訳後修飾によっても制御される(図2)。
HMGCS2は、NAD⁺依存性に活性化されるミトコンドリアの脱アセチル化酵素SIRT3³⁾によって脱アセチル化され活性化される。
SIRT3は絶食時の代謝を抑制し、SIRT3を欠損したマウスは絶食でのβヒドロキシ酪酸が減少する²⁾。
興味深いことに、脂質からケトン体産生に寄与する酵素すべてがアセチル化されており、多くはSIRT3による脱アセチル化部位を複数持ち、多くアセチル化されている。
アセチル化同様サクシニル化もHMGCS2の活性を抑制する。
サクシニル化されるメカニズムはまだわかっていない。
しかし、サクシニルCoAの量とHMGCS2の肝臓におけるサクシニル化がラットへのグルカゴン投与によって減少することが報告されている⁴ ⁵⁾。
リジンのサクシニル化はミトコンドリアの脱サクシニル化酵素SIRT5によって除去される。
SIRT5はミトコンドリアでの絶食に伴うさまざまな経路を制御する。
しかし、HMGCS2が本当にSIRT5による脱サクシニル化の標的か否かについてはまだ不明である。
しかし、アセトアセテートとβヒドロキシ酪酸との相互変換はβヒドロキシ酪酸脱水素酵素によって触媒され、容易に可逆的である。
この相互変換は基質とコンファクター(NAD/NADH₂)の比によって制御される。
βヒドロキシ酪酸脱水素酵素(BDHI)はSIRT3によって抑制されるアセチル化部位を数個もつ。
ただし、このアセチル化の意義はわかっていない。
OXCTIの活性はチロシンのニトロ化によって抑制されるとの報告もあるが、これ以外の制御はほとんどわかっていない。
HMGCS2の遺伝子発現は転写で制御されているため、ケトン体の合成も転写で制御されている。
そしてこれは2つの栄養応答経路による。
1つ目はFOXA2これはHMGCS2のプロモーターに結合して転写活性化する。
FOXA2自体は相反する2つのパスウェイで制御される。
インスリンはFOXA2をリン酸化し、核外移行を誘導し活性化させる。
一方グルカゴンはFOXA2をp300のアセチル化を介して活性化する。
一方、FOXA2の脱アセチル化はさらに、栄養応答性の酵素sirt1によって調節される。
SIRT1はクラスⅠおよびⅡのHDACと協調して機能を表す。
2つ目はmTORC1(mammalian tarret of rapamycin complex 1)とPPARα(peroxisome proliferatoractivated receptor α)、そしてFGF21(fibroblast growth foctor 21)による制御である。
PPARαとFGF21は絶食やケトジェニックダイエットで劇的に上昇する。
これらのどちらかを欠損するとケトン体合成は抑制される。
mTORC1複合体はPPARαを抑制するので、mTORC1の抑制はPPARαの誘導に必要である。
3)βヒドロキシ酪酸の輸送、利用、そして変換
βヒドロキシ酪酸の輸送については、合成と利用に比べてわかっていないことが多い。
小極分子であるβヒドロキシ酪酸は水溶性で血液にもよく溶ける。
数個の単炭素酸トランスポーター(MCT1やMCT2)はケトン体を、血液脳関門を通すことに寄与する(図 1).
興味深いことに、MCT1の高発現は胎生期やケトジェニックダイエット摂取と連動している。
近年、単カルボキシルトランスポーターSLC16A4が、βヒドロキシ酪酸の肝臓からの輸出に重要な鍵であることがゼブラフィッシュの個体モデルで明らかとされた。
これを欠損すると絶食化で脂肪肝になる。
このメタニズムとして、アセチルCoAがケトン体合成に向かうのではなく脂肪合成に向かうためと考えられる。
興味深いことに、βヒドロキシ酪酸が絶食時のエネルギー源として利用されることは、進化論的にかなり古い。
バクテリアの多くの種ではβヒドロキシ酪酸のポリマーを合成し、エネルギーとして貯蓄する。
これは、プラスチックの代替としてバイオポリマーの製造に使用される反応のひとつである⁶⁾。
βヒドロキシ酪酸の生合成酵素群、すなわちHMGCS2からβヒドロキシ酪酸脱水酵素に至る一連の完全なプログラムは、初期の真核生物で出現し、さらには植物中にまで存在している。
脂肪酸のHMG-CoA合成酵素はコレステロール生合成の律速酵素である。
古代の細胞質HMG-CoA合成酵素は、生体内でケトン体生成に関与することは知られていない。
よって、これらの深い種を超えた保存は、おそらくコレステロール生合成において重要な役割を反映していると考えられている。
なぜなら、これらの古典的な細胞質に局在する酵素はケトン体合成に関与するからである。
ケトン体の代謝にHMG-CoA合成酵素が特化してきたのは、もっと進化論的に最近のことである。
HMG-CoA合成酵素のミトコンドリア型およびミトコンドリア局在とともに出現してきた。
ミトコンドリアHMGCS2は、ケトン体代謝にかかわる進化論的に最新の酵素であり、細胞質のHMGCS1から(鳥とヒトを含む)有羊膜類まで分岐されている⁷⁾。
2. βヒドロキシ酪酸のシグナリング機能
βヒドロキシ酪酸は絶食時のエネルギー源として知られているが、シグナリング機能があることはごく最近認識されてきた。
さらに、βヒドロキシ酪酸は2つの細胞表面に局在する受容体を介して機能することがわかってきた。
さらにHDACの内在性の阻害薬として同定された。
1) βヒドロキシ酪酸受容体
βヒドロキシ酪酸は短鎖脂肪酸を結合する2つのGPCR(G蛋白質共益型受容体)のリガットとして機能する。
一つはHCAR2(別名MA-G,GPR109)でG蛋白質のサブユニットとしてはGi/oにカップルする。
当初はニコチン酸受容体として同定されたHCAR2(hydroxycardoxylic acid recepter 2:別名 PUMA-G,Gpr109)がβヒドロキシ酪酸に結合し活性化されることが明らかとなった。
βヒドロキシ酪酸で活性化する脂肪細胞での脂肪分解を抑制するもう一つはFFAR3(GPR41)である。
同様にGi/oにカップルする。
交換神経節に局在し交感神経の活動を抑制する。
このようにして、βヒドロキシ酪酸は2つのGPCRを介して脂肪分解を抑制し、交感神経活動を抑制し、代謝を抑制する⁸⁻¹⁰⁾。
これらの受容体はGPCRファミリーに属し、多くの脂肪酸リガンドは代謝や代謝疾患に重要な役割を有する。
2) βヒドロキシ酪酸はクラスⅠとⅡAのHDACに結合し活性を阻害する
酪酸(プチレート)はβヒドロキシ酪酸と水酸基が違うだけであるが、ヒストン脱アセチル化酵素HDACのはじめての阻害薬である。
近年、βヒドロキシ酪酸がクラスⅠのHDACを阻害することが発見された。
HDACはヒストンやヒストンの外にある蛋白質のリジン残基を脱アセチル化する。
ヒストンのアセチル化の促進は転写を誘導する。
ヒストンがはじめての標的として見出されたが、ヒストン以外にもp53,c-Myc,MyoDなども脱アセチル化されることが見出されている。
近年、βヒドロキシ酪酸がクラスⅠとクラスⅡaに属するHDACを阻害することが示された。
in vitto ではIC50は2~5mmである。
培養細胞の培地にβヒドロキシ酪酸を加えると濃度依存性にヒストンのアセチル化の促進が誘導され。とりわけH3の9番と13番目のリジンにみられる。
興味深いことに絶食は顕著なヒストン脱アセチル化をマウスの多くの臓器で誘導する。
浸透圧ポンプによってβヒドロキシ酪酸を持続注入すると腎臓でヒストンのアセチル化の促進が誘導され、特異的な遺伝子の発現化が認められる。
その中にはFoxo3がある。
この遺伝子はDAF16のオルソログで、線虫では寿命を延ばすことが知られている。
Foxo3が誘導されるのはHDACの直接の阻害効果と考えられている。
3. βヒドロキシ酪酸は間接的に蛋白質のアセチル化を誘導する
βヒドロキシ酪酸は細胞内のアセチルCoAプール量を増加させることで、より間接的に蛋白質のアセチル化を促進する。
例を挙げるとエネルギー制限、絶食、高脂質職はすべて脂質の利用が亢進する状態である。
それゆえアセチルCoA産生が増加し、高アセチルCoAはミトコンドリア蛋白質のアセチル化を促す。
ミトコンドリアからのアセチルCoAの輸送はクエン酸合成酵素とクエン酸リアーゼの触媒を介した能動的な輸送である。
クエン酸リアーゼは脂肪酸合成の鍵となるが、アセチルCoAをミトコンドリアから輸送を促進させるこの機能は、成長因子刺激でおこるヒストンアセチル化に必要である。
前述したβヒドロキシ酪酸は直接ヒストン脱アセチル化酵素を阻害する経路とあわせてヒストンのアセチル化を亢進させ、遺伝子の転写亢進に寄与する。
おわりに
以上、絶食で誘導される代謝物ケトン体の合成経路と生理的役割について概説した。
近年、ケトン体の有用性が知られるようになり、糖尿病腎症やアルツハイマー病やパーキンソン病の脳が改善するという知見も出てきている。
これがHDAC阻害薬としてはたらくほかにGPCRのシグナル分子として効く、さらには、代謝自身がケトジェネシスに向かうことが重要なのか、物質としてβヒドロキシ酪酸が重要なのか、必ずしも切り離して解決するのは難しい。
しかし、今後、多くの事象や論文を解釈していくうえで重要と考えている。
文 献
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2) Shimazu, T ., Hirschey, M. D. et al. : SIRT3 deacetylates mitochondrial 3-hydroxy-3-nethylglutarylcoa synthase 2 and regulates ketone body production .sell metab, 12 : 654~661, 2010
3) Boroughs , L, K,, Deberardinis, R, J, : Metabolic pathways promting canser sell survival and growth. Nat cell biol, 17 : 351~359, 2015.
4) Quant, P. A., Tubbs, P, K. et al. : treatment of rats with giucagon or mannoheptulose increases mitchondrial 3-hydroxy-3-methylgiutaryl-coa synthase activity and decreases seccinyl-coa content in liver, Biochem J, 262 : 159~164, 1989
5) Quant, P. A., Tubbs, P, K. et al. : Glucagon activatates mitchondrial 3-hydroxy-3-methylglutaryl-coa synthase in vivo by decreasing the sxtent of succinylation of the enzyme . Eur J Biochem. 187 : 169~174, 1990
6) Hankermeyer, C. R., Tjeerdena, R. S. : Polyhydroxybutyrate : plastic made and degraded by microorganisms. Rev Environ Contam Toxicol, 159 : 1~24, 1999.
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9) Taggart, A. K., Kero, J. et al. : (D)-beta-hydroxybutyrate inhibits adiposyte lipolysis via the nicotinic acid teceptor PUMA-G.J Biol Shem, 280 : 26649~26652, 2005
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Proc Natl Acad Sci USA, 108 : 8030~8035, 2011