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プラクティス 34巻1号
知って得するケトン体の不思議 -ケトン体:敵か,味方か?-
雑誌 – 2016/12/28
HDAC活性阻害を介したケトン体の抗老化作用
31p~
順天堂大学医学部付属練馬病院
糖尿病・内分泌内科
西田 友哉
はじめに
ケトン体は従来、飢餓や激しい運動時において抹消組織にエネルギーを供給する物質として働くと考えられてきた。
一方で、ケトン体の一種であるβヒドロキシ酪酸(BOHB)は、特定の受容体を介して細胞にシグナルを伝達し、またヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の阻害作用を有するなど、多様な作用をを持っていることが報告されている。
特に後者は、ケトン体がヒストンの修復を介して、栄養や代謝の状態に応じて遺伝子発現を調節する橋渡しを演じているという点で重要である。
本稿では、ケトン体によるHDAC阻害作用を通じた抗酸化ストレス作用に関する報告を中心に、ケトン体の抗酸化における意義に関して概説する。
1. 不老不死の夢と老化研究
古代中国では秦の始皇帝を始め、「不老長寿の秘薬」に関する逸話がしばしば登場する。
中性欧州の錬金術師たちは「若返りの妙薬」を作り出す血道を上げた。
日本でも竹取物語には、富士山の名前の由来となった「不死の薬」が登場する。
洋の東西を問わず、不老不死は人類の長年の関心ごとであり、長寿や老化に関する研究は現在に至るまで精力的に続けられている。
現実的には、マウスを哺乳類を用いて老化のメカニズムを研究することは困難を伴う。
哺乳類は寿命が長く、また分子生物学で重要な遺伝子変化(特定の遺伝子を過剰に発現させるトランスジェニックや、特定の遺伝子を欠損させるノックアウトなど)に時間がかかるためである。
そのため老化や寿命の研究は酵母(イースト)・線虫・ショウジョバエなどの寿命が短く、かつ遺伝子改変が容易なモデル生命において研究が進められ、そこで得られた知見をマウスなどのより高等な生物に検証するかたちで発展してきた。
さまざまなモデル生物において、エネルギー制限が寿命延長をもたらす点については、ほぼコンセンサスが得られている¹⁾。
エネルギー制限とは、一般的には栄養不良状態にならない程度で摂取エネルギーを減少させることを指す。
また、モデル生物での遺伝子改変技術を駆使することにより、エネルギー制限が寿命延長をもたらすメカニズムに関しても複数の経路が明かにされている。
代表的な経路として、インスリン/IGF-1経路、mTRO経路、そしてサーチュインを介した経路などが報告されている¹⁾。
さて、ケトン体は飢餓時や運動時、すなわち糖によるエネルギーの供給が追い付かない場合に肝臓で生成され、抹消組織へのエネルギー供給を担う物質であると考えられてきた。
ところが最近、カルフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストーン研究所のVerdin博士の研究室では、ケトン体の一種であるβOHBが、エネルギー制限により寿命の延長がもたらされるメカニズムの一端を担っていることを報告した²⁾。
この研究は、生命の栄養状態の変化と寿命の制御に関する遺伝子制御が、ケトン体を介して調節されるという機序を明らかにすることで、エネルギー制限による新たな抗酸化のメカニズムを発見した画期的な内容である。
本稿ではこの報告を中心にケトン体が老化の制御にもたらす意義について概説し、一般的なケトン体産生のメカニズム、その制御やエネルギー運搬体としての役割などに関しては、本特集別項にゆだねることとする。
2. HDACはエビジェネティック制御に関与する
いずれの遺伝子がどのタイミングではたらくかということは、細胞がその機能をてきせつに発揮していくための基本的な制御機能である。
このような遺伝子発現の調節を行う機構のひとつとして、「エピジェネティック制御」が提唱されている。
細胞や個体がどのような形態をとり、どのようなはたらきをするか(これを表現形という)は、DNAの4つの塩基配列だけで決まっているわけではない。
エピジェネティック制御とは、遺伝子の塩基配列とは別個に遺伝子発現の抑制をを行うメカニズムである³⁾。
つまり遺伝子と表現形の中間に存在する制御機構と考えられる。
細胞はエピジェネティック制御を行うためのメカニズムを複数持っているが、その一つが、DNAが巻きついているヒストンにさまざまな官能基を付加したり取り除いたりすることである。
これをヒストン修飾とという。
DNAはマイナスの電荷をもっていて、プラスの電荷をもっているヒストンにしっかりと巻き付いて折りたたまれている。
このような状態(ヘテロクロマチン)では、遺伝子を発現させる蛋白はDNAにアクセスできず、遺伝子発現は抑制されている。
ここで、ヒストンアセチル基転移酵素(HAT)によりヒストンのリシン残基にアセチル基が付加(アセチル化)されると、ヒストンはマイナスの電荷を帯びるようになり、ヒストンとDNAはマイナス同士で反発し、DNAの巻き付きがゆるみ、ユークロマチンという状態になる。
このような変化によって、情報を読み取る分子がDNAにアクセスしやすくなり、遺伝子の発現が促進される。
一方で、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)は、ヒストンのリシン残基に存在するアセチル基を取り除く(脱アセチル化する)酵素である。
すなわち、前述のHDACのはたらきとは逆のメカニズムにより、遺伝子の発現は抑制されることになる(図1)。
HDACは、その構造や存在する場所から4つのグループに分類されている。
本稿で登場するHDAC1.2などはクラスⅠHDACに属する。
クラスⅢHDACはサーチュインの別名で呼ばれるグループであり、脱アセチル化を行うにあたっては、ミトコンドリアの電子伝達系の補酵素であるNADを必要とするという特徴がある⁴⁾。
なお、長年にわたるHDACについての基礎研究の成果はすでに臨機応用されている。
HDACのはたらきを抑えることにより、細胞の分化を誘導する遺伝子の発現が促進され、未分化な細胞であるがんの抑制につながると考えられる。
このアイディアに基づき、わが国ではHDAC阻害薬であるボリノスタット(SAHA)が皮膚T細胞性リンパ腫の、パノビノスタットが難治性多発骨髄の治療に、それぞれ使用されている。
一方でHDACが寿命の制御に関係していることも、モデル生物を用いた基礎的な実験で数多く報告されている。
HDACのはたらきを抑えること、すなわちHDACのノックアウトやHDAC阻害薬を投与することで、酵母や線虫、ショウジョバエにおいて寿命の延長が認められる。
マウスにおいても、HDAC阻害薬によって敗血症モデルの症状改善がみられ、またがんを発症するマウスとHDACを欠損したマウスを交配させると発がん率がていかするなど、HDACの制御による保護的な効果認められている。
それではHDACは生物には本来不必要な存在であるかのように思われるが、実際は前述のHDACのクラスなどによる寿命延長効果の違いがあることも判明しており、より複雑な制御が行われていることが推測される⁵⁾。
3. ケトン体は代謝改善効果をもたらす
さて、最初に述べたようにエネルギー制限食や、間歇的食事摂取はモデル生物において寿命の延長効果を示すことが知られている。
間歇的食事摂取とは、マウスの絶食と摂食を1日ごとに繰り返したり、1日8時間のみ摂食させたりすることで、食事のインターバルを設けることである。
面白いことに、これらのマウスでは、総エネルギー摂取量を比較対象のマウスと同じにしても寿命延長効果が認められることから、間歇的食事摂取を行うことで血中のケトン体が上昇するということが寿命の延長に寄与していると推察される。
それではケトン体は、生体に対してどのような効果を持っているのだろうか?
それについては、マウスに高ケトン血症を起こすような「ケトン負荷食」を与えることにより検討されている。
ケトン負荷食とは、高脂質食・高タンパク質・低炭水化物を特徴とする高エネルギーの食事である。
イメージとしては、焼き菓子などに用いられる「ショートニング」が近い組成を有している。
ケトン負荷食を摂取すると、高脂質食により生体内での脂肪酸合成が抑制され、ケトン体産生を促進する遺伝子が促進される結果、血中ケトン体濃度が上昇する。
ケトン負荷食は、寿命の制御との関連が指摘されている複数の代謝経路に関しては前項で例示したが、肝臓や骨格筋でのAMPKの活性化、IGFシグナル伝達の変化、mTOR経路の抑制など報告されている⁷⁾。
興味深いことにHDACの活性を抑制することでケトン負荷食に似た効果を得られることが明らかにされている。
たとえば、HDAC3は糖新生に関連した遺伝子発現促進することから、HDAC3をノックアウトしたマウスでは空腹時血糖値は低値となり、インスリンも低値を示す⁸⁾。
また、高脂肪食負荷と同時にHDAC阻害薬であるブチレートを投与した場合、代謝異常は見られず耐糖能が改善し、体重増加が抑制されることが示されている⁹⁾。
4. βOHBはHDAC阻害効果を介し抗酸化ストレス作用を発揮する
こからは前述のVerdin研究室から報告された論文に元づき、ケトン体が抗酸化ストレス作用を発揮するメカニズムの詳細について解説する。
生体内のケトン体は、アセト酢酸・アセトン・βOHBの3種類が知られているがVerdin博士はβOHBの構造がHDACの阻害薬として知られているプチレートと類似している点に注目した(図2)。
プチレートがHDAC阻害薬であることは広く知られているので、彼は、βOHBが内因性HDAC阻害作用を有するのではないかと予想した。
まず、ヒト由来の培養細胞であるHEK293細胞にβOHBを投与し、HDAC阻害作用が見られるかどうかを検討した。
具体的にはアセチル化されたヒストンを検出する抗体をを用いてウエスタンプロット法を用い、ヒストンのアセチル化が増加するかどうかを調べた。
HDAC作用が阻害されれば、ヒストンアセチル化は増加するはずである。
その結果、βOHBのは容量依存性にヒストンアセチル化を増強させればその結果も強く見られたのであるが、重要な点は、生理的な飢餓状況や激しい運動に認められる程度のβOHB血中濃度である1~2mMの投与でヒストンアセチル化が増強したという点である。
次に、このアセチル化の増加が本当にβOHBのHDAC活性阻害によるものかどうかを検討した。
その点を明らかにするためには、HDACそのものを精製し(これをコンビナント蛋白という)、試験管の中でβOHBと混ぜ合わせてその活性がそがいっされるかどうか確認する必要がある(このような実験をin vitoro実験という)。
その結果、βOHBはHDAC1.3.4.の活性を明らかに阻害した(図3)。
ここまでの結果を統合すると、βOHBはその生理的血中濃度において、HDACの活性化を阻害してヒストンアセチル化を促すことが示された。
ところで、前述したアセト酢酸、βOHBと同様にエネルギー源として用いられるケトン体である。
アセト酢酸に関してもHDAC阻害活性が認められた。
その結果を発揮する濃度は生体内濃度に比べてはるかに高いもので、生理的な意義に乏しいと考えられた。
これまでのデータは、培養細胞や試験管内で得られたものである。
生体内でも同じメカニズムが存在するかどうかを明らかにするため、実際にマウスを飢餓状態やエネルギー制限下に置いた。
その結果、明らかなβOHBの増加が認められ、特に腎臓においてヒストンのアセチル化が増加していることが確認された。
面白いことに、飢餓やエネルギー制限とは無関係に、持続注入ポンプを用いてβOHBを投入した場合でも、同様の結果が得られた。
そこで、βOHBによるアセチル化の増加が最も強く認められた腎臓に着目し、そのメカニズムを検討した。
βOHBを投与したマウスと、コントロールとして生理食塩水を投与したマウスのそれぞれの腎臓からメッセンジャーRNAを抽出し、マイクロアレイ法を用いて比較検討することでβOHB投与によってどの遺伝子が多く発現するようになったかを調べた。
その結果、酸化ストレスに対する応答遺伝子であるFoxo3aやMt2などの発現が増加していることが明らかとなった。
前項で述べたように、ヒストンのアセチル化は遺伝子の発現を制御している。
それでは、これらの発現が上昇している遺伝子が巻き付いているヒストンは、アアセチル化が変化しているのだろうか?
遺伝子のオンとオフを決定する重要な部分は、プロモーター領域といわれる部分である。
そのプロモーター領域のアセチル化が増加していれば、その遺伝子がオンになり、発現が上昇することになる。
予想されるように、βOHB投与によってこれらのプロモーター領域のヒストンアセチル化が増加していることが明らかとなった。
これまでの結果を統合すると。βOHBがHDACの活性を制御すること、またβOHBが特定の遺伝子のプロモーター領域のヒストンアセチル化を増加させることが明らかとなった。
そうするとβOHB以外の方法でHDACの活性を抑えることでも、foxo3aやMt2の発現が増加するはずである。
実際、遺伝子ノックダウン法によってHDACの発現抑制した場合でも、Foxo3aやMt2の発現は増加が認められた。
以上の結果から、βOHBはHDACの活性阻害により、酸化ストレス応答性遺伝子である Foxo3aやMt2のプロモーター領域のアセチル化を促進して発現誘導に寄与していると考えられた。
最後に、βOHBがそれらの酸化ストレス応答性遺伝子を介してどのような生理的役割を果たしているかを検討した。
βOHBの投与によって上昇するFoxo3Aは、酸化ストレスがかかると発現が誘導され、ミトコンドリアスーパーオキサイドジムスターゼ(㎡n-SOD)やカタラーゼといった酵素の発現を促すことで、酸化ストレスに抵抗する。
そこで、強力な酸化ストレス誘導剤であるパラコートにより酸化ストレスにさらしたマウスに対し、βOHB投与を行った場合と、コントロールとして生理食塩水投与を行った場合に分けて、ストレスの影響がどう変化するかを比較検討した。
その結果、腎臓の酸化ストレスを反映するカルボニル化蛋白の蓄積が、βOHB投与を行ったマウスではコントロールに比べて顕著に抑制されたことが示された(図4)。
すなわちβOHBは酸化ストレスに対して保護的に作用することが明らかとなった。
終わりに
本稿では、βOHBによるHDAC作用の阻害効果を中心に、老化抑制のメカニズムについて概説したβOHBがHDAC阻害活性を発揮し、エピジェネティック制御を介して抗酸化ストレス作用をするという知見は、生理的な飢餓やエネルギー制限によって上昇するβOHBが内因性のHDAC阻害薬として多用することを初めて示したものであり、代謝状態の変化と、エピジェネティックな変化がどのように結びついているかを解明した重要な発見であると考えられる。
一方で、この報告で腎臓の酸化ストレス応答に対する検討を主としており、今後は他臓器においてもβOHBが同様の生理的作用を有するかどうか、酸化ストレスに対する保護効果以外にも、有益な効果が認められるかどうかの検討が必要である。
特に、高ケトン状態によってHDAC活性を抑えると、マウスの寿命は延びるのだろうか?
この検証には多大な投資を必要とするが、検討に値するきわめて興味深い課題であろう。
文 献
1) López-otin, C., Galluzzi, L, et al. :Metabolic Control of Longevity. Cell, 166(4) : 802~821, 2016.
2) Shimazu, T., Hirschey, M. D. et al. : Suppression of oxidative stress by β-hydoxybutyrate, an endogenous histone deacetyllase inhibitor. Science,339(6116):211~214, 2013
3) kaelin, w . G . Jr., Mcknight, S. L. : Influence of metabolism on epigenetics and disease. Cell, 153(1) : 56~69, 2013.
4) Choudhry, C.,Weinert, B. T. et al. : The growing landscape of lysine acetylation links metabolism and cell signalling. Nat Rew Mol Cell Biol, 15 (8) : 536~550, 2014
5) Newman, J. C., Verdin, E. :Ketone bodies as signaling metabolites. Trends Endocrinol Metab, 25 (1) : 42~52, 2014.
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7) Mcdaniel, S. S., Rensing, N. R. et al. : The ketogenic(mtor)pathway . Epilepsia, 52(3) : e7~e11, 2011.
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