「死ね」発言に免罪符を与えたのは誰か
国会議員による「死ね」発言の衝撃
日本維新の会・足立康史議員が「朝日新聞、死ね」とツイートした件が物議を醸している。
足立氏はBuzzFeed Japanの取材に対しこう答えている。
「朝日に対する怒りを知ってもらうため、使ってはいけない言葉だとわかったうえで、あえて問題提起のために使った」
「国のため、国会を正すため、日本を前に進めるための『いい炎上』」(要約)
何とも悲しい事態だ。官僚出身の将来有望な国会議員が、語彙の乏しさ、稚拙さをいやというほど感じさせる「死ね」という言葉を使わなければ、「問題提起」できない(「万死に値する」では目立たなかった・カウンター攻撃として機能しなかった)状況が、わが国にはあるということだ。ここにこそ、問題の根深さが潜んでいる。
足立議員の問題提起の発端になっているのは、言うまでもなく昨年2月中旬に匿名の一般国民がブログに書いた「保育園落ちた、日本死ね!!!」のフレーズだ。2月末の国会論戦で早くも山尾志桜里議員がこの文言を取り上げ、安倍総理並びに国政における待機児童問題解決の遅れを「追及」したことから始まっている。
当時、「死ね」と呪いをかけるかのようなこのフレーズを持ち上げる向きには違和感しかなかったが、後述するように朝日新聞が肯定的に取り上げ、昨年末には流行語大賞のトップテンに入賞した(授賞式では山尾議員が受賞者として挨拶した)。いわば、変わらない現状への不満を強く訴えたい時、怒りの本音の吐露を強い言葉で表現したい時、戦う相手が大きすぎ(鈍感すぎ)て常識的な言葉では太刀打ちできないなどの時には、「死ね」という言葉を使ってもいい、という免罪符を、あろうことかリベラル陣営が与えてしまったのである。
もちろん、朝日が死んでも多くの人の生活に影響はない一方、日本が死ねば明日から生活に支障をきたす、だから「日本死ね」の方がより罪深い、という違いはある。一方、国会議員が取り上げたとはいえ、元はと言えば匿名の一般人の「死ね」と、国会議員が自ら発信する「死ね」では重みが違うという指摘もあろう。はっきり言ってどっちもどっちとしか言いようがない(足立議員からすれば「どっちもどっちに持ち込んだ」のだろう)。
「死ね」表現を肯定していた朝日新聞
今回、足立議員から「死ね」と名指しされた朝日新聞の「日本死ね」報道をざっとおさらいしても、否定的なニュアンスは全くない。「ネットでの率直な物言いが反響を呼び、政治を動かす」「悲痛な叫び」「保護者らの切実な声」「瞬く間に共感を呼び」などという肯定的な表現ばかりが並ぶ。
2016年3月6日の記事では〈1歳の男の子を育てる女性(36)は「ブログを読み、自分の首がもげるのではと思うくらいうなずいた(以下略)」〉という声を紹介しているが、「朝日新聞、死ね」にも、むち打ちになるほど頷いている人が相当数いるのではないか。
ちなみに、「日本死ね」に触発されたのか、この話題が世間を騒がせ始めたのと時を同じくする2016年2月28日付朝日新聞では、政治部次長・高橋純子氏による「だまってトイレをつまらせろ」コラムが掲載されている。
この記事もかなりの衝撃をもたらしたが、朝日新聞関係者に聞くところによると「一部社内では好評だった」らしい。その証拠というべきか、高橋氏のこのトーンは続き、高橋氏の肩書が政治部次長から編集委員に変わっても、まだ続いている。それこそどうかと思う表紙の書籍まで刊行された。
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「トイレ」記事からひと月後の3月27日のコラムには、こんな文言もあった。
〈匿名ブログにひっそり書かれたはずの「保育園落ちた日本死ね!!!」が、言葉遣いが汚い、下品だなどと批判されつつ、みるみる共感の輪を広げたのはなぜだろう〉
私自身は、朝日新聞を批判するものではあるけれども足立氏の発言や姿勢を評価すべきではないと思っている。だが現実問題として「朝日新聞、死ね」も〈下品だなどと批判されつつ、みるみる共感の輪を広げ〉ているようだ。なぜだろう。
いずれにしろ、過激な言葉で世を動かすことを許せば、よりエスカレートした表現が世の中を闊歩するようになるだろう。
朝日新聞は「因果応報」だが
足立議員は取材に対し、「捏造報道をする朝日新聞を、(死ねという)日本社会が許容している中で最も厳しい言葉で非難した」としているが、これも皮肉なのか。「死ね」表現を許容していたのは一部の人々だろうし、むしろ足立議員を応援するような側の人たちこそ、「いくらなんでも、自分の国に対して『死ね』はない」と批判していたはずだ。「子供が真似したらどうするんだ」など。これは今回の足立議員の発言にも当てはまる批判だ。
もちろん、パンドラの箱を開けた朝日新聞には「死ね、なんて呪いの言葉を肯定するから自分の身に降りかかってくるんだよ、因果応報だね」と言う他ない。だが「朝日ざまあ」で終わる話でもない。言葉を大事にする、言霊の国・日本であれば(というか他の国であっても)、相手に対して公然と「死ね」などと言うべきではないし、そんなことを言う人間をまともに取り合ってはならない。相手が隣国であれ、隣人であれ、自国政府や自国の会社であれ、当然のことだろう。
もしここで、日本の世論が「『日本死ね』が許されたんだから『朝日新聞死ね』も許されるはずだ」という段階で収斂してしまうようでは、足立議員の言う「問題提起」は意味をなさない。当然、足立議員も「どっちも許される」状況など望んではいないはずだ(ですよね?)。問題提起のためなら目立つ・下品な・倫理に反する・稚拙な炎上表現を使ってもいい、というのでは、「日本死ね」はもちろん、今回、維新から立候補して落選した某候補と同じになってしまう。
足立議員の振る舞いが「相手が最低野郎だから、俺も『あえて』最低な振る舞いをする」というわけで、「相手のレベルに合わせたカウンター」の意味合いがあることは承知の上だが、この応酬を許せば、(いわゆる)保守陣営VS革新陣営の戦いは論争にもならない底抜け状態、悪ガキの口喧嘩以下になっていくばかりだ。心ある世論は、両方とも批判しなければなるまい。
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