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日本初の「手ブラ」 誕生の背景に映画会社の労働争議

【前田通子が1956年に披露した日本初の手ブラ(映画『女真珠王の復讐』より (c)国際放映)】

【1958年、映画『憲兵と幽霊』での三原葉子の一場面((c)国際放映)】

 手ブラヌードの歴史は娯楽の王様である映画に端を発する。東宝の労働争議をきっかけに1948年に設立された新東宝は大手映画会社に対抗するため、「エログロ路線」に舵を切る。GHQの占領期を経て日本が主権を回復した後の1956年、『女真珠王の復讐』で前田通子が日本映画史上初めて全裸(後ろ姿)になり、手ブラ姿も披露した。社会学者の太田省一氏が手ブラ登場の背景を語る。

「当時の社会の性倫理では、乳首を出せなかった。それでも色気で観客を集めたい。そのギリギリの限界点が手ブラだったのでしょう」

 高度経済成長期の1960年代、週刊誌が続々と創刊されグラビアが認知されたころの1967年に『平凡パンチ』で大原麗子が、1968年に『週刊プレイボーイ』で黒柳徹子が手ブラで誌面を飾った。

「被写体となる個々人の女性に、ヌードへの抵抗感がまだ強かった時代です。ヌードができない女優やタレントが、セクシーさを表現する落としどころとして手ブラを用いました」(太田氏)

取材・文■岡野誠

※週刊ポスト2017年11月24日号

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