心の場所
ある日僕は森の中で道に迷った
獣道ではない
人のつくった道を歩いていたのに迷ったのだ
風に揺れる木々たちは
森の言葉を喋ってる
きっとどこかで
二本に別れた道があったのだ
僕は景色に騙されるように
道を間違えたにちがいない
引き返す気力がなかった
前へ進む勇気もなかった
僕は途方に暮れて太陽を見上げた
太陽は森のバリケードに遮られるように苦しそうだった
昼なのに暗い森
僕は殺人死体でも埋められているのではないかと少し怖くなった
誰一人すれ違う人はいない
それでも心臓はいつもと変わらず正しく打っている
もう一度足元を見るとしっかりと道はある
「誰かが通っているから道はあるのだ」
「どうせどこかに出るだろう」
携帯電話を手に取ると圏外ではなかった
僕は急に元気になりこの道を進むことにした
汗に濡れたシャツの袂を絞り水筒の水を飲む
僕は兵隊のように辺りを見回しながら進んで行った
ふと思ったのだ
初めて通る道なのに
なぜ道を間違えたと思ったのだろうと
不思議な気持ちになったが
僕はそのまま歩いた
どのくらい歩いたのだろうか
道が少し左にカーブしているあたりだった
人影が見えたのだ
その人は人形のようになって動かなかった
髭を生やした老人の手相見だった
僕は近寄って
ここはどこかと尋ねたら
「私は道案内ではない」と言う
「ならば手相を見ていただきたい」と返したら
老人は大きなレンズを持ち上げ
僕の右手を自分の袂に引き寄せた
そしてしばらく手のひらを眺めた後
「痛み」
と一言だけ言ってレンズを机に置いたのだ
僕はそれ以上何について聞けばいいのかわからなかった
思えば僕はずっと昨日のことを悔やみながら歩いていた気がする
爪先はいつも明日に向いているというのに
そう言えば僕は大きな間違いを犯したのだった
その場所を探して歩いていたことを思い出した
一斉に森が喋り出す
僕には森の言葉がわからなかったが
感じることができたのだ
「歩くということは未来に行くということ
人は過去へは歩けない」
ただ前を向いて歩けと言われた気がした
それから間もなく
浅瀬のようなところへ手を引かれるように連れて行かれたら
そこはいつもと変わらないところだった
朝だった
僕はベッドから起き上がり
叩くように顔を洗うと
「おはよう」と自分に言ったのだ