起業してやっていくと、社内から「裏切り者」が出現することはほとんど不可避だと思います。
人間の裏切り方は実に多種多様で、「横領する」「人員とノウハウぶっこぬいて他社に移籍する」「指揮系統を完全に無視して自分の王国を作る」「他社への利益誘導を行う」などなど、考えていったらキリのないほどのバリエーションがあります。
しかし、それは「横領」みたいな即座に犯罪であるものを除いては究極的「仕方のないこと」なんだと僕は思っています。人間というのは自己利益のために行動しますし、会社というのは人間が仲良くする場所ではなく、それぞれがそれぞれの自己利益を求めて集まる場所です。裏切った方が利益になるなら裏切る、それは資本主義のルールに照らして正解です。会社に忠誠を誓わねばならない理由などありません。
「裏切り者め!」と叫びながら無限に酒を飲んでいる経営者はわりといっぱいいますし、僕も人生のある時期をそのように過ごしましたが、じゃあそういう我々が他人を裏切ってこなかったか、といえばそんなこともないわけで。他者の利益と自己の利益が相反した時は、適切に「裏切る」ことが可能なのも経営者の大切な能力のひとつだと思います。起業家なんて、結構な比率が他人から奪い取った人材とノウハウで起業するものでしょう。
人間は悪い、でもそれは資本主義のルールの下で「仕方ない」ことだという割り切りは徹頭徹尾必要になります。しかし、それは「裏切り者を許す」という意味にはなりません。「俺に従えば利益になる」も大事ですが、「俺を裏切ると大変な不利益がおまえに発生するぞ」というのもとてもとても大切です。というのも、1回裏切られる人間は対策をしない限り100回でも1000回でも裏切られるからです。
これは不吉な予言ですが、あなたと未来を誓い合った人間の5人に1人はあなたを裏切ります。あなたに部下が5人いるなら、一人はあなたにとって悪魔です。あなたのチームには絶対にユダが混ざっています。あなたが信頼している人間のうち一定の割合は、数年後あなたと不倶戴天の敵になっています。それが資本主義です。
それを未然に防ぐにはどうするか。古来より方法はたった一つです。裏切りものは、首を河原に晒し、一族郎党を根絶やしにする。これしかありません。裏切りを「許す」人間は、何十回でも何百回でも裏切られるのです。最初に発生した「裏切り者」は「俺を裏切る人間はこのようなことになる」という意思を伝えるために徹底的に晒し者にして苛烈な処罰を課す必要があります。
しかし、コンプライアンスという概念もあり、現実的な問題もあり、それは容易なことではありません。考えていきましょう。
人間を処罰することの難しさ
大きな会社では、会社への背信行為を行った人間は多くの場合即座に処断されるでしょう。大手勤めの皆さんには、例えば会社の機密情報を外に流すであるとか、あるいは取引先と手を組んで請求書に小細工をするとかそういうことはあまり想像出来ないと思います。
会社には長く勤めることが前提でしょうし、会社と個人の資金やノウハウの量にも大きな差があります。「バレたらヤバい」という前提がありますよね。クビになるのも手痛い。おまけに、代わりになる人材はいくらでもいるでしょう。
しかし、創業して間もない小さな会社にはこれらの前提が一切存在しません。1年後に会社が存在するかすら疑わしいのが創業企業です。社長と部下の社会的な「強さ」には大きな差がない場合が多いでしょう。というか、労働者と経営者という立場を加味すると、往々にして部下の方が強いでしょう。
「他人の資金を引っ張って経営者になる」というのはこの世で一番弱い存在になるということに近いものがあります。社会的保護は限りなくゼロでありながら、負うべき責任は果てしなく重い。経営者は弱く、労働者は強いのです。
おまけに、「代わりの人材がいない」という状況も当たり前に起きるでしょう。「どうせあいつは俺を処罰出来ない」ということに気づいた人間は、天より高くつけあがります。「文句あるなら辞めるけど?」と社長に突きつけたことのある皆さん、僕もありますがあれは大変に心躍る愉快な話ですよね。
しかし、やられる側の身になると「最悪」としか言いようがありません。違法行為を行っていない人間を処罰するのは、とてもとても難しいことなのです。人間は自由で、悪い。社長が部下を叱れるとは限りません。
現実的な人間を処罰する方法 - 基幹人材
「事業の基幹となるスキルを持つ創業人材が資金を引っこ抜いていた」こういう極めてよくあるケースを想像してください。あなたが営業と経営を、裏切り者がプログラミング実務を担っているIT企業なんかがイメージしやすいですね。これ、クビにできますか?大抵出来ないですよね。
会社を潰す覚悟が必要になると思います。「横領」という犯罪行為を行っていても、「処罰出来ない」という事態は普通に起きます。「横領」なら会社を潰す腹を括れば刑事で処罰できますが、「ギリギリ違法ではない背信行為」の場合は完全にお手上げです。
分業は人間の最も美しい能力ですが、同時に最悪の事態の発生源でもあります。営業の天才とプログラミングの天才が組んだ事業は、どちらかが逃げ出せばそこで御仕舞いです。そして、この場合、創業資金を引っ張る主体、具体的に言うと会社の債務を連帯保証している側が圧倒的に弱いのです。「会社を潰せない」というのはとてつもなく大きいウィークポイントです。社長は弱いのです。守るべきものがあるというのは弱いということです。
創業人材は多くの場合、かなり会社が大きくなるまで兌換が効きません。当然のことですが創業の際は誰だって最強の人材を揃えたいと思うでしょう。それがネックなのです。基幹人材に関しては「裏切り」が発生してから処罰しようとしても、完全に手遅れです。「こいつは必ず裏切る」という前提の下に策を幾重にも組んでおく必要があります。
しかし、希望はあります。社長のたった一つの武器(存在するとは限らない)である「持ち株」というカードを上手に使うことで打開策が組めます。というのも、創業企業に基幹人材として入社するなら「株よこせ」という欲望を誰しももっています。また、入社時や創業時はハイになっていますので、未来の希望に満ち溢れているでしょう。このタイミングしか、皿に毒を盛る好機はありません。
具体的に言うと、「一定期間頑張ってくれたらタダで株あげるよ、というか債務をなかったことにしてあげるよ。でもまぁそんなことはないと思うけど、悪いことしたらちゃんと買い取ってもらうよ、面白い値段で。大丈夫大丈夫、そんなことはないだろうから、ホラ実質タダで株だよー」というやつです。僕の場合は、悪い弁護士がスッと契約書を作成してくれました。もちろん、同業他社への移籍を禁止する条項なども突っ込んでおきましょうね。(法的拘束力は実質的にはありませんが、入れておいて損はない)
創業当初の「俺たちは成功者になるぞォ!」と未来を誓い合っているタイミング、あそこです。毒を盛られる前に毒を盛るのです。欲を言うと、連帯保証人も取っておくのがベストです。本人だけであれば、「無い袖は振れない」で開き直られたらおしまいです。「どうにでもしろ」と床に大の字になった人間に対して出来ることは何もありません。
創業企業に入社するということは、その企業の事業に魅力を感じているということです。また、「非公開株」というのはえもいわれぬ魅力を持っています。かなり有能な人間でも、このタイミングでこの魅力に抗うのは難しいでしょう。クソ高いシャンパンなどで速度を上げてやりましょう。人間は合理的に判子など押しません。
余談ですが、僕が会社を畳む際の最後の社内闘争でこの契約書は僕の命を救いました。これがなかったら破産していたでしょう。ディティールは書けません。他にも具体的なやり方はあるでしょうが、裏切られる前に致死性の毒を盛っておく、創業のあの熱狂の中で、誰よりも早く「裏切る」ことが肝要です。裏切られる前にキッチリ裏切っておきましょう。大事な人材ほど、やるべきです。あなたはいくつ方法を思いつきますか?
現実的な人間を処罰する方法 ― 従業員
従業員の背信があり、「代わりは効くが、クビにするのは損」という状態に悩むことはあると思います。採用だってタダじゃありませんし、もう一度人間を育てるのも大変面倒です。しかし、そこは考えどころです。許せば必ず再発しますし、今度は3人発生するかもしれません。ならば、その従業員を「見せしめ」として使うことも、経営上の利益になるでしょう。
「一人目の背信者は必ず見せしめにする」と決めていいと思います。人間は弱いので、予め決めておかないとうっかり許してしまいます。人間を許すのはとても気持ちがいいですからね。本当にあれは気持ちいい…。許し依存症みたいな人いますよね。僕も近いものがあります。
さて、従業員を現実的に処罰する方法はなにがあるでしょう。まず、口頭での叱責。そして、給与のダウン。あとは裁量を小さくする、降格などですね。たったこれだけしかありません。そして、もともと給与が低い場合、裁量がない場合などは「何もできない」ということになります。仕方ないですね、額に「裏切り者のゴミ」という紙を貼り付け、延々穴を掘っては埋め戻す仕事をさせましょう、もちろん社員全員で監視しながらです。
この場合、背信者本人を痛めつけることはさして重要ではありません。「やらかしたら自分もこうなるし、自分自身も『処罰する側』に加担してしまった」という意識を他の従業員に植え付けることが最も重要です。人間は「処罰する」主体になるのは嫌いですが、処罰されている人間に石を投げるのは大好きです。そして、他者に石を投げる行為は人間にとって呪いです。全力で呪いましょう。
本人は早晩退職するでしょうが、「呪い」は残ります。この、処罰する者とされる者、囚人と看守の構造を専門用語で企業統治と言います。「鋸引」という刑罰がかつての日本にはあったそうですが、あれは大変合理的な統治手段といえます。罪人の首を鋸でひいた者は、統治する側を、処罰する側を肯定することしか出来なくなるからです。
従業員と経営者の連帯感を醸成するにはどうすればいいか、罪人の首を鋸でひかせればいいのです。石を投げさせればいいのです。御社でも行われていると思いますし、鋸を引いた覚えがある方も多いのではないでしょうか。どうでした?楽しかった?
「従業員参加型刑罰」を採用している会社は実は山ほどあります。程度の差こそあれ、全く採用していない会社の方が少ないくらいかもしれません。朝礼で成績の振るわなかった社員を寄ってたかってグッチャグチャにする会社…ありますよね。
人間というのは不思議なもので、目の前に処罰されている人間がいて自分が対比として賞賛されていれば、とても気持ちよくなってしまいます。単に賞賛されるのと快感の度合いは段違いです。浄水器を売っていた僕の言うことだから信用してくれていい。褒章を金額的に増やせないなら、山を高くできないなら、谷を深くすればいい。そういうことです。あらゆる意味でコストパフォーマンスが良く、本当に人間は悪いですね。
まとめ
・裏切られる前に裏切れ
・鋸を引かせろ
・人間は悪い
本日のお話のエッセンスはたったこれだけです。もちろん、関連する諸々のルールはきちんと学習しておくことが重要ですね。社長が部下に個人の努力次第で勝てる可能性があるのは知識くらいのものですから。敢えてその辺のディティールはザックリ削りました。僕が間違っている可能性もありますし、生兵法は当然危険です。僕はあなたに対してなんの責任も取れません。まぁ、社長なんて永遠の生兵法ファイターなんですけどね。学ぶべきことを全て学んでから創業するのは不可能です。人生は短い。
「あなたがしようとしていることを、いますぐしなさい」という言葉が僕は結構好きです。資本主義の始まりの言葉としてはなかなかふさわしいでしょう。起業するということは、突き詰めれば銀貨30枚のために戦うということです。選択の余地などなく、あなたはしようとしていることを今すぐするしかありません。何故なら、全ての人間が「しようとしていることを、いますぐする」からです。そういう場所なのです。
さて、あなたはどうしますか?起業を志すような人間が、この文章を読んで「正しくその通りだ、私もそうあろう」と感じるわけがないですよね。それはとても正しい感情であり、考え方だと思います。僕とあなたはその点で友人になれるでしょう、もしかしたら同志にもなれるかもしれない。本当は、そうであってはいけないと僕だって思います。そういう気持ちを込めてこの文章を書いています。
それでは、いつも通り祈りをこめて文章を終えます。
やっていきましょう。