「彼とのセックスレスと、優奈ちゃんの人生をセックスレスのままにしておくことは別問題」
「え?」
「そもそも優奈ちゃんは、彼のセックスをそれほど気に入っているわけじゃないし、彼とはまだ結婚しているわけでもない。
私はね、今回のセックスレスを、彼とのトラブルとして小さく処理するよりも、優奈ちゃんの人生の問題として大きくとらえて向き合った方がいいと思う。
だとすると、もっとドンピシャなセックスをしてくれる男を探しはじめてみてもいいと思うよ」
「浮気ってことですか……? バレたら怖い」
「でも、今すぐ彼と別れるのって、すごくハードル高くない?」
「……!」
「今のような決定打に欠ける状況で、彼に別れを告げる勇気ある? 無理だよね?
そもそもね、女の人って、次の恋のメドが立ってからじゃないと別れを決意できない生き物だから」
「!」
「次の恋がはじまっていないのに、今の恋人に別れを告げる勇気のある女の人ってほとんどいないよ」
「……たしかに、次の恋がはじまっていない限り、差しせまって別れる必要ってないから、このままじゃ嫌だと思っていても何もできないというか……自分の意志だけでは別れってなかなか決められないんですよね……」
「次の男がスタンバイしてからじゃないと今の恋人に別れを告げられないのが女心だから。次が決まっていないのに、今を打ち切れる人って、けっこう相当な決断力の持ち主だからね。人並み外れている(笑)」
「そうですね、普通の女にできることじゃないですね(笑)」
「ね! だから、とりあえず今の彼のことはそのまま置いておくのがいいと思う。だけどね、優奈ちゃんの人生のことを考えたら、次の男探しも並行してやってみた方がいいよ。大丈夫だよ、今の優奈ちゃんの状況なら浮気してもバレないから」
「どういうことですか?」
「優奈ちゃんと彼はセックスレスだから。ふたりがセックスレスである限り、バレないよ。浮気がバレる時のパターンで、唯一ごまかせないのは性病にかかってしまった時だけど、セックスレスだったら仮に性病になったところで伝える必要がないし、秘密裏に治せる。だからセックスレスの場合は、浮気できる」
「なるほど……」
「今回、優奈ちゃんが彼とセックスレスになってしまった一番の原因は、優奈ちゃんが彼のするセックスを大好きになれていなかったことだから。で、それを素直に態度に出してしまっていたから、彼としては何をしてあげても優奈ちゃんの反応が薄いから退屈をしたし、自信も喪失して、抱けなくなった」
「はい……」
「彼のことをどうしようもないほど愛していて、絶対に彼の女として生きていきたいってことであれば、彼を優奈ちゃんにドンピシャなセックスができる男に育てるっていう作戦もなくはない。
けど、そもそも優奈ちゃんは自分のドンピシャなセックスをまだ知らないよね」
「!」
「優奈ちゃんに経験値があって、自分がどんな風にされたい女なのかを自分で熟知しているのであれば、彼を育てる作戦もなしではないけれど、優奈ちゃん自身がこれまであまりセックスに関心を持って生きてきていないから、いきなり彼を育てるのは厳しいと思う。無理ではないけどね、オススメな選択ではない」
「はい……まだ私あまりわかっていないです、自分がどんな風にされたい女なのか……」
「うん。だからまずね、自分が好きなセックスを知ること、どうされると気持ちいいのかを知ることだと思う。そのためには、そういうセックスをしてくれる男の人とのセックスを経験するのが一番早い」
「……!」
「つまり、まずは素で『私、あなたのしてくれるセックスが大好き!』って言える男の人を見つけよう。それが一番のセックスレス回避法だから」
これまで、付き合った男の人としかセックスをしたことがなかったし、そもそも私がセックスをする動機はいつも「付き合っているのだから」だった。
セックスのやり方なんてみんな同じで、そこに良し悪しなどないと思っていた。好きだから気持ちいい、好きだからしたくなる、それだけだと思っていた。
「自分の人生をセックスレスにしない方法は、セックスのやり方が好きな男の人を恋人に選ぶことだよ。そうすればセックスレスにはならない」
「あの……セックスって、好きだから気持ちいいし、好きだからしたくなるものではないんですか……?」
「じゃあどうして、優奈ちゃんは彼のことが好きなのに、昼間のあまり時間がない時にはしたくないの?」
「あ、たしかに……」
「ということで、ミッションを発表します!」
「ミッションその① セックスをしてみたい男の人を見つける
ミッションその② その人と実際にセックスをしてみる
ミッションその③ 『この人のセックスのやり方、好き!』と思える人に当たるまで、どんどんそれを繰り返してみる。
これでいこう!」
「ちょ、今までにない価値観すぎて、混乱してます!」
「そうだろうね。でも、今までにない価値観をインストールした分だけ、人はアップデートされるからね。アップデートされるってことは、人生がスムーズになるってこと。以前より、不具合が起こりづらく、問題が解決されやすくなるってこと」
「なるほど……!」
「セックスに夢中になる、本気で喜ぶ、っていう感覚を手に入れられた時、優奈ちゃんはセックスレスに悩む人生から解放されると思うよ」
「がんばってみます……!」
「それにね、これだけ今までと違う行動をとったら、優奈ちゃんは変化するだろうし、きっと別の女みたいになってくる。その方が、今のままの優奈ちゃんでい続けるよりは、彼に抱かれる可能性も出てくるよ」
「別の女……!」
「うん、彼の中で優奈ちゃんは今、抱けない女枠になっているかもしれないけど、優奈ちゃんが別の女みたいになれば、また抱ける女枠に返り咲けるかもしれない」
「そんなところに可能性が……!」
「まあでも、その頃には、もう優奈ちゃんが彼に興味ないかもね」
「え、どうしてですか」
「大好きなやり方でセックスをしてくれる男のことを、大好きになってしまうのが女のサガだよ」
「想像つかないです……やり方とかあるんですね……!」
「で、誰かいるの? セックスしてみたい男の人の心当たり」
「……」
「いるんだね」
「いえ……その……」
「誰! それ誰!」
「通っている整体があるんですけど、そこの担当さん……のセックスは、ちょっと興味あるかもなって……」
「お、いいじゃん、じゃあひとり目のターゲットはその人がいいね。近づき方はわかる? 優奈ちゃん、普通に恋愛はしてきているから、その辺は大丈夫そうだけど」
「あ、はい、男の人との距離の詰め方はわかります」
「いいね! 楽しくなってきたね」
「はい。正直自分でもビックリなんですけど、今、ワクワクしてます」
「次はいつその整体行くの?」
「今から行こうと思います(笑)。私、宿題を抱えたままでいるの苦手なタイプなので、やると決めたら即行動したい!」
「いいね、根が真面目な人ほど、性的に弾ける時は早いから、その勢いがあればきっと再来週には別の女みたいになっているよ(笑)」
「楽しみです(笑)」
*
「お疲れさまでした、お気をつけてお帰りくださいね」
玄関で佐藤がそう声をかけると、優奈はニッコリと微笑んでから会釈をして出て行った。
あ、来た時と、顔が全然違っている。相談者を玄関まで見送る役目をしていると、いつもそう思うのだが、今の相談者に関しては何だか、ほんの小1時間の間にずいぶんと色気が出たように感じた。
佐藤は相談者を見送ると玄関に鍵をかけ、ハナコのいるカウンセリングルームをノックした。カウンセリング中、ハナコは水分をたくさんとるので毎時間お茶をいれに行く必要があるのだ。カウンセリングとカウンセリングの合間には必ずグランデサイズでいれ直しているのだが、次に佐藤が見に行く時にはいつもグラスの中は空っぽになっている。
ミントティーを注ぎながら、佐藤が言う。
「さっきの方、なんだかいきなり色気が増しましたね」
「ああ、やっぱりわかった? さすが色男だね」
「僕、色男なんですか(笑)」
「それだけ充実した性生活を送っていたら色男でしょ(笑)。さっきの優奈ちゃんはねー、今日の作戦会議でメスイッチを入れたからね」
「なんですか、その素敵なスイッチは」
「女の人が、女体を持ち腐れないようにして生きていくことを決意した時に入るスイッチだよ。私は女をエンジョイして生きる! って決めた時に入るスイッチ」
「なるほど。だから色気が出たんですね」
「そうです! さすが、話が早いね佐藤くんは」
男の人が言う「女の色気」とは、自分を受け入れてくれそうな雰囲気のことだ。もしも色仕掛けをした場合に拒絶しなそうで、かと言って何でも受け入れるわけではなく、断るにしてもやんわりしっとりと遊び心あるやり方で、決して空気が悪くならない対応をしてくれそうな印象のことを男の人は「女の色気」と言う。「その女の魅力×自分を受け入れてくれそうなパーセンテージ=その女の色気レベル」だ。
今回のミッションを持ったことで、優奈ちゃんはさっそく新規の男性を受けつける窓口が開いたようだ。であれば彼女はもう大丈夫だろう。
未来はいつだって、今日ここからの言動次第だ。
次回、ケース9では「会社にいづらい」というお悩みを解決します。お楽しみに!(11/21更新予定)
イラスト:もりちか
下田美咲さんにお悩み相談したい方を募集します!!
あなたのお悩みを下田美咲さんに直接相談してみませんか? 恋愛、仕事、家族、お金など、ジャンルは問いません。下田美咲さんにお悩みを解決してもらいたい方は、応募フォームからご応募ください。採用された方へは、cakes編集部からご連絡させていただきます。
※相談会場は東京都内になります。
※相談内容は、ご本人が特定されないよう脚色したうえで「人生の作戦会議!」に反映させていただきます。