創作と人生を残す「現代作家アーカイヴ」
—— この書籍『現代作家アーカイヴ』ですけど、登場する方たちがとても豪華ですね。
平野啓一郎(以下、平野) ええ。第1巻には、高橋源一郎さん、古井由吉さん、瀬戸内寂聴さんが登場します。
—— 2巻以降も、谷川俊太郎さん、横尾忠則さん、石牟礼道子さん、筒井康隆さん、島田雅彦さん、林京子さん、黒井千次さんと続いていきますね。
平野 あとは小川洋子さん、松浦理英子さんなどがいま決まっています。
—— そうそうたる顔ぶれの、でも現役の文学者たちですね。これは、いったいどういう企画なんでしょうか。
平野 以前から「小説家の言葉」を映像とともに残したいと思っていたんです。「小説」は世の中にたくさんあるのですが、その作り手である「小説家の言葉」が世の中にはあまり伝わっていないんです。そこには、小説のおもしろさとはまたちがった、意義のある内容がたくさんあるのではないかと思っています。もちろん、「詩の言葉」に対して「詩人の言葉」も。
—— それでインタビューなんですね。
平野 ええ、東大の図書館や教室、ホールを借りた公開インタビュー形式で取材を行っています。インタビューの様子は撮影して、その動画もnoteに掲載しています。
—— で、それを書籍化したと。この書籍の内容を一部、cakesでも連載していただきます。
平野 はい。アーカイブが目的なんですが、より多くの人に見ていただきたいですからね。
—— 著者に代表作3つを自分で選んでもらって、それを中心にインタビューするという形式も、わかりやすいですね。
平野 ええ。キャリアの長い作家なら代表作を10作とかあげたくなると思うんですけど、10作あげちゃうと多すぎて、これからその作家の本を読みたいと思っている人はなかなか読めないと思うんですよね。インタヴュー時間の問題もありますし、無理を承知で3作に絞ってもらっています。
—— 原稿を読みました。今もですけど、昔も作家になるのって大変だったんですね。高橋源一郎さんも、瀬戸内寂聴さんも、みんなけっこう苦労して作家になってる。そういう話とか、現代の目から見てもおもしろいと思います。
平野 そうなんですよ。デビュー前の話は、とても関心を持たれます。それから、代表作をご自身で選んでもらうことも大きくて。そこに人生の話を絡めると、創作活動をひとつの流れのなかで捉えることができるんですよね。読者にとっては作家の理解、作品の理解の助けになると思います。
—— 人生の話と言えば、1巻でお話されている瀬戸内寂聴さんとか……失礼ですけど、めちゃくちゃですよね。瀬戸内さんの人生は、作家になるための人生というか、作家以外ありえなかったのではないかと思いました(笑)。
平野 僕も知ってたつもりなんですけど、改めて聞くと発見もすごくありました。瀬戸内さんは21歳で結婚をして北京に行ってたんですけど、その時期が第二次世界大戦の末期のころなんですよね。
—— それって一番戦争が激しそうなころですよね。普通行かない(笑)。
平野 中国に行ってたのは知ってたんですけど、年譜をよく見ると、1943年くらいに行ってます(笑)。
—— 日本に引き揚げたあとにも旦那さんの教え子と不倫したり、本当に波乱万丈ですよね。そのあたりの話も、まとめて聞く機会ってなかなかないですよね。
文学で繋がるゆるい集まり 飯田橋文学会
—— 主催している飯田橋文学会とは、どういった集まりなんでしょうか。
平野 もともとは、作家の交流の場をつくろうというところからはじまっています。今回の本にも聞き手として登場している英文学者の武田将明さんと、現代の作家の交流の場がないねという話をしているうちに、じゃあ2、3ヶ月に一回集まっていろんな話をする場を設けましょうかと。それで作ったのが飯田橋文学会です。
—— なるほど。武田さんは学者ですよね。作家としては他にどなたが?
平野 柴崎友香さん、田中慎弥さん、中村文則さん、中島京子さんなどですね。あと時々、メンバー以外の作家にも遊びに来てもらっていて、角田光代さんや青山七恵さん、上田岳弘さんなんかが来てくれました。
—— 豪華なメンバーですよね。平野さんが幹事なんですか?
平野 いえ、なるべく誰が主催してるっていうのがないようにフラットにしていて。だから僕も単なるひとりのメンバーです。
—— せっかく交流するために集まったんでしたら、派閥みたいなのはない方がいいですものね。会合は昼間にやるんですか?
平野 だいたい週末の日中にお茶とかをしながら。お酒を飲む人もいます(笑)。基本的には雑談ですよね。
—— いいですね。どんなことを話すんですか。
平野 最近読んだ本とか今やってる仕事とか。ちょっと情報交換してただしゃべったりする。昔の同人誌みたいに志を同じくしてという堅い雰囲気でもなくて。そういうものが入るとみんな面倒臭くなってしまうんで。
—— 文学の話をするんですか?
平野 まあ文学の話が多いですけど、他にも世の中の話とか。とにかく基本的には雑談ですよ。雑誌の対談とかだとこぼれ落ちてしまう話題がいろいろあるので。ゆるい感じというか。そういう集まりがいいかなと。
小説の言葉 小説家の言葉
—— 会合を重ねるうちに「小説家の言葉」を残すという「現代作家アーカイヴ」の構想が生まれたんですか?
平野 先程も言いましたけど、「小説家の言葉」、「詩人の言葉」を残したいなと。いろんな作家と会ってしゃべると、普通に飲み屋で話していても「なるほどなあ」と思うことがよくあるんですよ。
ドフトエフスキーはこうじゃないか、あの小説の意味ってこうじゃないかとか、雑談中の言葉の中にもその後いろいろ考えさせられて自分の中で重要な意味を持ってる言葉がたくさんあるんですね。
—— でもそういうものって記録しないと残らないですものね。
平野 ええ。だから何らかの形で残しておくっていうのが大事だなって思ったんですよ。
それを、ちょっとした表情とか声のトーンとかそういうものを伴って残しておくっていうのが重要かなと。それで映像がいいんじゃないかと思ったんです。YouTubeにハイデガーなんかの映像がよく残ってますけど、映像を見るとテキストの印象が凄く変わるんですよ。
—— たしかに、この人こんなに身体が大きかったんだとか思ったりします。
平野 映像で見ると、この人こんな雰囲気のひとだったんだとか、思いますよね。
—— なるほど、作家というものの存在を切り取るには、映像がいいのか。気づかなかった。
作家がネットに存在してない
平野 それと、ベテラン作家の多くがネット上にほとんど存在していない状態になってしまってるんですよ。
—— というと?
平野 若い人たちはSNSをやったりしていますけど、ある年齢以上の人たちになると、ないんですよね。書名と名前はあるんだけど、インタビュー動画とかSNSとか、本人の発信がない。
—— ああ本当ですね! 平野さんは昔から自分でブログやってたりしてますけど、それってけっこう珍しいですよね。
平野 ベテランの作家のなかには今でも手書きで原稿を書いてる人もいます。そういう人たちの肉声は、ネット上にも存在していたほうがいいと思ったんですね。
—— 今の若い人はずっとスマホ見てますし、彼ら彼女らにとってネットにいない人はいないのと一緒ですものね。
平野 欧米の作家は、YouTubeとかに映像ってたくさんあるんですよね。そういう感じで、若い学生とかが作家の肉声に触れる機会があればなと。
—— たしかに。
平野 僕、ハリウッドの俳優を呼んでインタビューする『アクターズ・スタジオ・インタビュー』というアメリカのテレビ番組が好きで。映画を勉強してる学生とかをホールに集めてやる。すごくおもしろいんですよ。
—— ああ、現代作家アーカイヴに似た形式ですね。
平野 すべての作家が必ずしもテレビに出るわけじゃないし、話題も番組が求めるものになってしまう。でも、作家の話は、自作についてじっくり語っている時が、絶対に一番おもしろいんです。
—— なるほど、すごく納得感があります。ネット上に偉大な作家が存在するためにも、動画で本人を記録するってことに意義があるわけですね。
自分たちでやれるようになった
平野 実は最初はテレビ局やラジオ局の人に持ちかけていたんですけど、なかなか実現しないんですよね。だからいっそ、自分たちでできる範囲でやった方がいいじゃないかって気がしてきたんです。
—— なるほど。
平野 僕が個人でやるのはちょっと大事すぎますが、飯田橋文学会という場を借りて、いろんな人に協力してもらいながらならできるなと思って。
それで東京大学で教えている武田さんたちを通じて東大付属図書館に会場を貸してもらって学生が聴講できる公開インタビューの形式になりました。あと、UTCPという組織が立ち上げ当初から随分と協力してくれました。
—— そうだったんですね。
平野 本当はそのイベントで入場料を取ればそれで採算がとれるんですけど、大学を借りてやるプロジェクトですし、無料です。その代わり、動画やインタビューをnoteで売って、プロジェクトの収支を合わせようと思っています。結構、思ってたより動画の編集とかでお金がかかるんですよね(苦笑)。
—— 貴重な取り組みだと思います。
平野 noteみたいなSNSだったら、自分たちで更新がしやすくて、あとは継続的に存在してくれるっていうのが重要で。やっぱりアーカイヴ化していくことが大きな目的なんで、Facebookとかだと……。
—— 流れていってしまいますよね。
平野 そう。ウェブが登場していろんなところでチープ革命が起こって自分たちでできることが増えたから、アイディアが形になって楽しいですよ。飯田橋文学会も現代作家アーカイヴもそのひとつですね。
後編へつづく
構成:中島洋一