私はピーマンが好きだ。
ドレッシングまみれのサラダに混ぜればコリコリとした触感が口内に快感をもたらし、炒めて塩をふれば香ばしい味わいとしょっぱさが舌を刺激する。
肉を詰めても面白い、ぎっしりと肉が詰まったピーマンは見ているだけで手を出したくなる豊満な味がするだろう。
そんなピーマン...
ピーマンと私の想い出について少しだけ書いてみることにする。
好きなものは好きなんだ。
温泉街のピーマン
ある夜、温泉街に私は立っていた。
20代に勤めていた朝礼で社歌を熱唱するような会社の社員旅行だ。
私はその月の私は営業成績でトップになり歩合給だけで70万は手にしていたので浮かれていた。
そんな営業成績トップな人間には周りの営業マンが群がってくるのも社風の一つだ。
「ガンダムーンさん、ピーマン食べに連れてって!」
せっかく稼いだ歩合給の1/3はこれで飛んでいく。
それもそのはず、営業成績トップは歩合給とは別に占めの会議で現金20万を社長から手私されるシステムだ。
稼げない営業マンは手取り10万ぐらい、とてもじゃないけどピーマンなど食べられない。
みんなピーマンに飢えていた。
営業会社の社員旅行ともなればギラギラした眼つきの営業マンが全員集合する。
当時30人はいたであろう営業マン全員が私に群がってくる。
さすがの私も全員にピーマンを振舞ってしまうとキツイ。
私は助けを求めるように社長の顔をチラ見し続けたが社長は決して目を合わせることがなかった。
もうどうにもならないので癖のありそうなホテルの従業員オッサンに20人ぐらいいけるピーマン劇場はあるか?と質問したのだ。
私の中ではみんながピーマンに夢中になっている隙に逃げるつもりだった。
程なくして始まるピーマンショウ。
みなピーマンに夢中になっている...と思いきやピーマンをよく見ると賞味期限間際のピーマンだった。
気が付いた時にはピーマンそっちのけで会話をする営業マンたち。
しかし中には舐めるようにピーマンを見ている男もいた。
社長だった。
どうやら社長は新鮮なピーマンよりも賞味期限が近いピーマンが好物のようだ。
社員の奢りでピーマンを眺める社長も情けないが、そんな社長に一生ついていてってもいいかもしれない....と、あの時ばかりは思った。
私も社長もくたびれたピーマンが食べたかった。
それ以外の営業マンたちはくたびれたピーマンを見て萎えてしまったのだろう、半分は飲みに行った。
社長を含む残りの半分はどうにかして私にピーマンを奢らせるつもりだった。
仕方が無いのでピーマン劇場のオッサンにピーマンの手配をお願いした。
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怪しい雰囲気のするピーマン小屋
怪しげなオッサンの後をついて歩く社長と私を含めた十数人、向かった先はボロボロのアパート。
何故か一階の一部が怪しげなスナック風のピーマン小屋になっている。
社長を含む全員分のピーマン代を払うために一早くピーマン小屋にはいるとソコには2つのくたびれたピーマンがあった。
私はそんなくたびれたピーマンを食べたかった。
これでは全員にピーマンが行きわたらない。
しかもあろうことか営業マンたちは酔っぱらっているせいもあってか
「えー!?」
「このピーマンしかないの?」
と贅沢でわがままな主張をする。ピーマン代を払うのは私だ...!というのに。
程なくしてピーマン屋のおばちゃんにコチラの人数を伝えるとその人数は無理。
少し金はかかるが近隣のピーマン屋から呼べる、それでどうだろう?という提案。
なぜピーマンを全員に食べさせてあげる私がそんな交渉やワガママを聞いたりやり取りを行わなければならないのだ。
理不尽に思ったがピーマンを食べたい営業マンの人数分のお金を払った。
営業マンたちはホテルに戻って待機だ。
しかしホテルに戻らない男が二名いた。
私と社長だった。
社長のピーマン
社長は私が全員にピーマンを行渡らせるだけの能力があるかどうか見極めていた...のような発言をした。
そして私が十数人のピーマン代を払ったところを見て決めたそうだ。
「ガンダムーン君、主任にしよう」
因みに主任になっても手取は1万しか増えない。
ただやる事が増えて責任を押し付けられるだけの存在が主任だ。
そんな話をピーマン小屋で私に話す社長は帰ろうとしない。
「俺はここで一杯飲んでいくからお前はみんなと合流しろ」
とのことだった。
私はピンときた。
社長はピーマンを食べるつもりだ、きっとどっちのピーマンを食べるか迷っているのだ。
経営者たるもの、そんな迷う姿を社員に見せるわけにはいかない。
察した私はピーマン小屋を出た。
夜のピーマン
10分ぐらい夜の温泉街をフラついた後だろうか、私は再びピーマン小屋に戻った。
するとどうだろうか、二つあったピーマンは一つになっていた。
分かってはいたが、あえてピーマン小屋のおばちゃんに聞いてみるとさっきのオッサンがピーマンを一つ買っていったということだ。
もう目の前には一つしかピーマンがない。
このピーマンで作る料理は決まっている、ピーマンの肉詰めだ。
私はピーマンを一つ買った。
調理場は二階だそうだ、そこで料理を作って食べるらしい。
二部屋しかないピーマン小屋のアパート、隣の部屋からはピーマンを調理する音が聞こえてくる夜だった。
※この記事はフィクションです
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