木曜日に迫った「ライフハック大全 – 人生と仕事を変える小さな習慣250」の発売ですが、一番不安なのは、これだけ大きなフォントで「ライフハック」って書いてあるのに:
なんだそれ?
で終わってしまうことだったりします。それに比べれば「あ、これって『◯◯するライフハック』というテンプレのあれでしょ?」と若干揶揄されつつ思い出してもらえるほうがましなのですが、実のところこのルーツっていま20代、30代の人は知らない人もいるはずです。
というわけで、ちょっと言葉のルーツを振り返っておきたいと思います。前もって言っておくと、「へー」となるだけで、あまりためになる話ではありません(笑)
オライリーのとあるプレゼンで飛び出した言葉
「ライフハック」という言葉はもちろん「ライフ = 人生」を「ハック」することから来ているのですが、これが用語として初めて登場したのは2004年、もう13年も前のことになります。
それはテクノロジー書籍で知られるオライリーが主催していた Emerging Technology Conference のとあるセッションで行われた Danny O’Brien氏による講演のタイトルで、”Life Hacks: Tech Secrets of Overprolific Alpha Geeks” 「ライフハック:生産性の高いアルファギークの秘密のテクニック」から来ています。
実はこのときのDanny氏の講演内容は録画されておらず、いまに至るまでこのオリジナルの講演は出席者による伝聞からしか伝わっていません。言葉の源にさかのぼるとオリジナルはすでになく、オリジナルを模倣した無数のコピーだけが残っているというのはよくある話ですが、「ライフハック」はこれが徹底しているのです。
彼の講演を最も詳細に残しているのは、Boing Boing の Cory Doctorow氏が残した公開メモで、ここには「プログラマーは11時間の仕事を自動化するために10時間プログラムを書くのもいとわない」「ツールは1種類きわめてすぐれた簡単なものを使いまわす」「Todoはテキストファイルで」といった、うんうんと頷ける内容が走り書きされています。
Danny氏の主張は「非常に優れたプログラマーは、決定的な能力の高さで生産性を維持しているというよりも、mundane (つまらない)作業を消し去るためのツールの使い方をしている」というものでした。それをプログラマーにとっての「人生の切り抜け方」=「ライフハック」と命名したわけです。
ミームの爆発的な広がり
この「生産性を支えるのは一見つまらないテクニックだ」という意味でのライフハックは、人口に膾炙して広まるにつれてプログラマーだけではなく、生活や人生一般についても適用されるようになりました。
思い出してほしいのは、これは2004-2005年だということです。まだiPhoneは生まれていませんでしたし、Windows Vistaがリリースされる前でしたし、クラウドサービスのほとんどがまだ誕生していなかった時代のことです。
これから数年のあいだに、iPhoneとAndroidに代表されるスマートフォン・プラットフォームの誕生があり、Google DocsからEvernoteに至るまでのクラウドサービスが誕生してゆく怒涛の時代がはじまる前夜でした。
この、毎週のように新しいツールや、新しい働き方が提案される時代の空気を「ライフハック」という言葉はとらえたのでした。
その時代を牽引したのは、Lifehackerのようなブログメディアや、43Folderといった個人ブログなどでしたが、あまりの過熱ぶりに最初はどうしてこんなくだらないことまでテクニック化しないといけないのだろうか?と疑問に思うものまで登場しました。
その空気の残滓は、いまもかろうじて残っている 43Folders の Wikiページをみると発見することができます。「シャワーを素早く浴びても臭わない方法」や異様に細かい「ライターをなくさず、常に使えるようにする方法」といった項目などです。
Lifehackなの? Life hackなの?
オリジナルが消えてしまうと言葉はさまよって、最も広がりやすい形に落ち着いてゆく傾向があります。最初は “Life hack” として登場した言葉でしたが、すぐにスペースのない “Lifehack” あるいは “LifeHack” という言葉に変化していきます。
こうして名詞化してミームとして広がりやすくなったことによって、ライフハックはその後数年間はブログのもっとも主要なテーマの一つとして扱われるようになりました。
ハウツーや、何かを教えるというテーマはブログと親和性が高かったのと、まだ YouTube はGoogleに買収される前でしたから(覚えてますか?)すべてのコンテンツが文字ベースで、この時代が黄金期だったといってもいいでしょう。
日本でも多くのブログ記事が書かれるとともに、田口さんが監修されていまはおそらく絶版になっている Life Hacks PRESS がこの話題を輸入してきたところにまで、この言葉は遡れます。
二〇一七年のライフハックとは
さて、こうしてミームとしては消費されつくされて、いまでは「◯◯なライフハック」といった定型文でしか見なくなってきたライフハックですが、これをいま総復習することには、それなりに意味があると思っています。
1. ツールの進化がほぼ飽和した
スマートフォンにしても、クラウドサービスにしても、その基本的なものはすべてそろい、いまでは革命的に新しいものは珍しくなりました。いわば、仕事のツールとしてのIT・ガジェットの利用方法はかなり固定してきているのです。
れまでは「知っていると得する」テクニックだったものが、「知らないとまずい」常識に変わってゆく過渡期にあるといってもいいでしょう。
2. くだらないものが淘汰された
こういっては何なのですが、10年が過ぎるうちに役に立たないハックや、通用しなくなった考え方は淘汰されて扱いづらいようになってきました。
逆に、ToDoには紙を使うほうが結局は効率的だといった「枯れた技術」としてのライフハックも膨大に生き残っています。そうしたものを集めるタイミングとしても今は最適だったのです。
3. 次にやってくる仕事術は、一般化がしにくいはず
これまでは世の中全般のひとが学ぶことが出来るメール術、時短術、時間管理術といったものがあったのですが、次の10年ではより個別の業務に密着して相互に互換が難しいテクニック群に分かれてゆく気がしています。
機械学習的なものが仕事のプロセスに入ってくると、特にそうした個別化の圧力は強まるわけで、「仕事のテクニック」としての共通項をぎりぎり認識できる最後のタイミングという気がしているわけです。
これが最後
そういうわけもあって、これまで10年にわたって続いてきた流れにひとまず区切りを個人的につけるのにはちょうどいいタイミングではないかと思って、私は今回の本を「最後のライフハック本」という具合に表現しています。
この10年間やりとりされたタスク管理の話題、時間管理の話題、心理ハックや習慣術と言ったわだいのすべてを簡単にまとめることで、次にやってくる人たちがその上に自分の仕事を築いて先へと進んでいただければと願っています。
というわけで、発売まで3日の「ライフハック大全」をよろしくお願いします!
ところで、今回の記事にはわざと大きな穴を残してあります。ライフハックの歴史を扱う上で避けて通れない一冊の本については、明日また別の記事で。