東京大学理科三類の合格者の3人に2人、京都大学医学部医学科の3人に1人は、同じ進学塾の出身だ。その名は「鉄緑会」。校舎や教室は東京に1カ所、関西に3カ所しかなく、2大都市圏以外から通うのは難しい。だが、鉄緑会から国内最難関の両大学の医学コースへの合格者は年々増加している。最強の進学塾はどんな教え方をしているのか。成績が伸びる生徒とはどんなタイプなのか。東京都渋谷区の鉄緑会を訪ねた。
■東大理系の数学入試でゾロゾロ満点
JR代々木駅から徒歩2分、代々木ゼミナールの本拠地があり、かつては『浪人生の街』と呼ばれた繁華街に鉄緑会の東京本校の建物がある。
「2017年の東大入試の数学はやさしかったですね。理三に合格した、うちの生徒から満点がゾロゾロ出ました」。数学科主任の八木翔馬氏は涼しい顔でこう話す。東大理系の数学は6問、難問で知られ、完答するのは至難の業のはず。東大理系の合格者の平均得点率で見ると、65~70%。だが、これは理一や理二の得点率で、理三は80%近い数字だ。理三は同じ東大でも別格の存在だ。
鉄緑会会長の冨田賢太郎氏は、「いや、我々も驚いていますが、理三の合格者は16年の54人からさらに増えて、17年には63人になり、鉄緑会としては過去最高を更新しました」という。
■理三合格の佐藤4兄妹、鉄緑会出身
東大には毎年3千人あまりが合格するが、理三の定員はわずか100人(推薦入学を含む)。その6割強は鉄緑会出身だ。高校別の17年の合格実績では、理三には灘高校(神戸市)から19人のほか、開成高校から10人、筑波大学付属駒場高校(筑駒)から7人、桜蔭高校から8人(推薦を含む)がそれぞれ合格している。灘、開成、筑駒は男子進学校の全国トップ3、桜蔭は女子のトップ校だ。「開成や筑駒出身の男子も、鉄緑で一緒でしたから中学時代からの顔なじみです」と桜蔭出身で東大医学部に通う女子学生は話す。高校は別々でも、首都圏と関西圏の理三合格者は「灘高などの数人を除いて鉄緑会の生徒。塾友ですね」(冨田氏)という
関西の進学校でも鉄緑会は有名な存在だ。子育て論の著書のある佐藤亮子さんは、灘高出身の息子3人、洛南高校(京都市)出身の娘1人の子供全員を東大理三に合格させたことで知られる。実はこの4人はいずれも鉄緑会に通っていた。
「娘さんは中学1年生からうちの大阪校で学んでいましたが、ほかの3兄弟も通っていました。娘さんは今年理三に合格してからは、東京本校で教えていますよ。3兄弟も講師をやっていました」と冨田氏は笑う。
■目の前に「憧れの先輩」がいる
鉄緑会の強さの秘密の一つはここにある。中高6年間をこの塾で学び、大学入学後、医学部や大学院までの6年間を今度は講師として教える側に立つ人が多いのが鉄緑会の特徴だ。東京本校の場合、英語、数学、理科、国語、社会など講師は全体で約240人。うち約8割は鉄緑会の出身だ。むろん大学はほぼ東大。しかも理三が約5割だ。「目の前に憧れの先輩がいるわけです。しかも様々なタイプがいる。勉強だけでなく、中学時代に部活をやりながら、こんな課題に当たったけど、こう克服したとか、高1のときにスランプに陥ったが、こんな風にして壁を乗り越えたとか、講師が先輩のように助言できるわけです。いいモデルがたくさんいる」(冨田氏)
大半の講師陣は「鉄緑生活12年」という半分ファミリーのような存在になる。それだけに情熱も高まる。「数学は完全に理解するまで帰さないつもりでやっている。一方で講師陣も切磋琢磨(せっさたくま)しながら、常に教え方を学んでいる。この先生はダメだなと見透かされたらすぐに信頼を失う」と八木氏は話す。
■「傾向と対策」はやらないが
鉄緑会には一般に市販しない数学や英語などの「教材」がある。冨田氏らが1990年代に開発して磨き上げ、それを講師陣が継承して毎年更新しているという。英語科主任の神代健作氏は、「東大は常に新しい入試問題を考え出すので、我々も勉強して教材を更新する。例えば、90年代前半から難解な英作文ではなく、絵を見せて、それを自分で考えて、英語で自由に表現して書くというような、そんな問題が東大入試に出た。この手の問題は点数を付けるのも難しい。私学では手間がかかってやらないでしょうけど、東大はやってくるわけです。東大の場合、全国の大学の模範になりますから、良問が多い。奇問は出さない。上品でバランス感覚に優れています」という。八木、神代両氏の話を聞いていると、まるで東大入試の問題そのものにほれ込んでいるようだ。
しかし、冨田氏は「ウチでは東大入試の傾向と対策とかは、やりません。今年はここが出題されるだろうとか、いや違うなんてことを講師陣が話し合ったりはしません。あくまで本質を問う。本物の力を養います」。ただ、「結果的に数学の問題とか、当たることは多いですね」と付け加える。
■指定校制 渋幕など新規、4校外れる
鉄緑会に通えば、東大はグッと近くなるわけだが、誰もが簡単に入れるわけではない。「指定校制」がある。中高一貫の有名進学校の中学に入学すると、指定校の場合は、中学1年生の4月に限り無試験で入塾できる。17年の東京本校の指定校は、開成、桜蔭、筑駒、麻布中学など13校だ。進学実績により、随時入れ替えが行われる。ちなみにこの10年の間に、渋谷教育学園幕張中学(渋幕)と豊島岡女子学園が新たな指定校になり、桐朋中学、武蔵中学、巣鴨中学、白百合中学の4校が外れた。
鉄緑会では中学3年生までに高校の数学と英語の範囲をほぼ終える。「誰にも無条件でこなせるカリキュラムではありません。ですから指定校制にしていますが、もちろんそれ以外の中高でも入塾していい結果を出している生徒はたくさんいます」(冨田氏)という。
渋幕の田村哲夫校長は「学校側以上にお母さん方がすごく気にされますね」という。他の進学塾は「鉄緑会の指定校制の影響は大きい。小学校の成績上位者の保護者はこの指定校制を目安に第1志望にするかどうかを決める保護者も少なくない」と明かす。
どんなタイプの生徒が伸びるのだろうか。理三に合格できるのは、いわゆる「地頭のいい」生徒なのだろうか。
■伸びる生徒は素直で・・・
冨田氏は「天才児とか、神童とか、ほとんどいませんよ。理三に合格する生徒は、私は天才だなんて思い上がっている生徒はまずいない。この塾に来たら、上には上がいるなと思い知らされる。そしてどのようにがんばればいいのかを考えるようになる」という。
最終的に結果を出す生徒について八木氏は、「素直さと自分の持ち方をうまくバランスさせる子ですね。先生に教えられて何でも素直に受け入れ、ガツガツやる生徒は最初はいいけど、そんなに伸びなくなる。一方で、自分が数学の方が好きだから、英語をおろそかにする子もダメです。この部分は英語の先生のアドバイスを素直に取り入れて勉強しようと、だけど数学に関して自分のやり方でここまではやろうとか、中高6年間の学習をイメージしながら、自己マネジメントできるタイプが強いです」という。鉄緑会に通う生徒も、高2までは普通に部活もやっている生徒が少なくない。天才児も少なければ、「ガリ勉」も多くないという。
鉄緑会の1学年当たりの在籍数は千人程度。17年の合格実績は、東大389人(うち理三63人)、京大75人(うち医学部医学科35人)。国公立医学部は合計477人、慶応義塾大学医学部81人。狭き門の医学部のなかで鉄緑会出身者の寡占化が進んでいる。
冨田氏は「90年代までは鉄緑会からの東大の理三合格者なんて数人でしたが、ジワジワと増えてきました」という。冨田氏は理三出身の医師で、八木氏は東大の気象学の研究者だった。神代氏は東大法学部出身。しかし、いずれも「自分はやはり教えるのが好き」と塾教師を選んだ。冨田氏は「今はSNS(交流サイト)の時代ですから、最近は鉄緑会の出身者や仲間でつながっているようです」という。東大医学部付属病院の若い医師は鉄緑会出身だらけ。日本の医学界中心に“鉄緑仲間”の輪が広がりそうだ。
(代慶達也)
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