第10回日本うつ病学会が,7月19-20日,北九州国際会議場(北九州市),他にて中村純会長(産業医大)のもと開催された。10回目の節目となった今回は「多様化するうつ病の今とこれから」をテーマに,病態の多様化,患者数の急増,そして自殺や職場のメンタルヘルスといった社会問題とのかかわりなど,うつ病の幅広いトピックを包含したプログラムが組まれた。本紙では,いわゆる「新型うつ病」について同学会の暫定的見解が示されたシンポジウムと,高齢者のうつ病と認知症との関連を考察したシンポジウムを報告する。
中村純会長 |
黒木俊秀氏(九大大学院)は,伝統的なうつ病像とは異なる「非定型うつ」の概念は以前から存在したが,2005年に「ディスチミア親和型うつ病」(樽味伸氏)として明確に定義され,その定義がいつしか「新型うつ病」と呼び変わり独り歩きし始めたと省みた。ただ「新型うつ病」の特徴は現代の若年者にある程度共通してみられる特性で,一括りにカテゴリー化する意義に乏しいと指摘。効果が限定的な薬物療法よりも疾患教育や生活習慣の是正など心理的な支援を中心に行い,診断書も,患者の状態や対応の仕方を具体的に記載するといった工夫をすべきと提案した。
続いて斎藤環氏(筑波大)が,社会と若者心性の変化から「新型うつ」を読み解いた。氏は90年代以降,社会の心理主義化のなかで精神疾患も文化的に装飾され,“野生”のうつはもはや存在しないと指摘。葛藤や孤立はスティグマ化し,特に若い世代で「空気が読めること」,つまりコミュニケーション能力が評価の基準となる風潮が高まっていると解説した。社会が豊かになり「生存」への不安は減少した一方,「実存」の不安が拡大しており,それが年配者には“浅い悩み”と見えてしまうという。しかし,援助希求行動としての「うつ」には治療的支援がなされるべきであり,休養や生活指導をそのファーストラインに据えることを提言した。
日本で初めてストレスケア病棟を導入した不知火病院の徳永雄一郎氏は,「新型うつ病」では,軽症と思われていても抑うつ感が強く,突然希死念慮が出現する場合もあると啓発。治療においては薬物療法・個人精神療法より,集団体験で安心感を得て,依存欲求を満たせる「中集団療法」の有効性が高いと話した。OTをはじめとする治療スタッフが患者の攻撃性を受容しつつ,内心の変化を観察し続けることが重要であり「治療にも発達・育成の視点が必要」と結んだ。
渡辺洋一郎氏(渡辺クリニック)は産業医の立場から発言。うつ状態がストレス反応-適応障害レベルであれば環境調整や労務管理で対応できるが,大うつ病エピソードを満たす気分障害レベルならば自殺も懸念されるため,精神科医療につなげるべきと指摘した。職場ではまず,治療対象者を見落とさないこと,既に治療下にある場合は主治医との連携を密にして本人の適性評価と理解に努めること,主に上司との関係を軸に環境調整することを提案。「弱さの是正」ではなく「適性を活かす」という企業側の意識変革が,「新型うつ」予防の本質と結論した。
「新型うつ」という言葉が社会に浸透した背景にはメディアの影響も大きい。指定発言者として登壇した寺西浩太郎氏(日本放送協会)は,うつ病の報じられ方が,純粋な精神疾患から社会病理を映し出すものへと移り変わり,07年に“新しい心の病”として「新型(現代型)うつ」が初めて紹介され,さらに2年ほど前から“若者論”へと変化してきたと報告。昨年のNHKスペシャル「職場を襲う“新型うつ”」の反響も紹介し,「甘え」という批判もあるが,社会も企業も対応に苦慮している実態があることを明かした。
最後に中村氏が学会の「暫定的コンセンサス」にて,いわゆる「新型うつ病」は社会現象だが,正式な医学用語ではないと明示。(1)病像の見立て,(2)他疾患との鑑別,(3)内因性の有無の吟味,(4)環境要因,性格(人生観)の把握,を精神科医の役割として提示した。治療においては職場との連携がポイントであり,環境の影響が大きいと示唆しつつ,産業界に,こうした病態を排除的に扱わないよう要望した。
実臨床にて“古くて新しい問題”と言われる認知症とうつの鑑別診断。シンポジウム「うつか? 認知症か? ――高齢者診療での対応を考える」(司会=順大・新井平伊氏,横浜市大市民総合医療センター・小田原俊成氏)では,認知症とうつとの重畳例,移行例に関し最新の知見が述べられた。
老年期のうつ病患者では記憶力低下などを訴える「仮性認知症」がしばしばみられ,本当の認知症に移行する場合も少なくない。山下英尚氏(広島大病院)は,発症や臨床経過に脳血管障害が関与する血管性うつ病(VD)において特にその危険性が強いと啓発。要因として,うつ状態が遷延しやすいことを挙げた。さらにVDにおける抑うつ症状と認知機能障害のそれぞれに関連する脳の病変部位が,重なっていることも示した。
アルツハイマー型認知症(AD)に比べうつ症状を合併しやすいレビー小体型認知症(DLB)は,病初期に認知機能障害に気付きにくい,前駆症状としてのうつもあり得るなど,その鑑別が難しい。小田原氏は,軽微なパーキンソニズムや,便秘・立ちくらみなど自律神経症状を見逃さないこと,心筋シンチグラフィ・神経画像検査の試行が鑑別のポイントと指摘。現在のところDLBのうつ症状への治療法は確立されていないが,抗うつ薬やパーキンソン病治療薬が奏効した例もあるという。
馬場元氏(順大大学院)は,状況に応じた社会活動を可能にする「心理的緊張」がうつ病で低下し,潜行性の認知症が露呈した状態が「仮性認知症」であると紹介。うつ病による低下が裏付けられている脳の前頭葉機能(遂行機能)と,この「心理的緊張」が同義であると示した。高齢発症のうつ病患者では,脳血管病変が遂行機能に影響し認知症に移行し得る一方,若年発症のうつ病患者では「心理的緊張」が要求されるストレス状態からアミロイドの代謝異常が起こり,認知症に移行する可能性を示唆した。
最後に古郡規雄氏(弘前大大学院)が老年期の薬物療法について,多剤併用,あるいは加齢での肝機能低下による薬剤性有害反応や,認知機能低下による服薬コンプライアンスの低下を注意喚起した。また,うつ病と高齢者のアパシー(無関心・無気力)の鑑別にも触れ,動脈硬化度がアパシーの予測因子になり得ることを提示。抗うつ薬と抗AD薬の併用については,高齢者うつ病でADも疑われる場合は併用が有用だが,認知症のないうつ病では抗うつ薬に抗AD薬を付加しても効果は限定的という。ただDLBのうつ状態には抗AD薬が有効な可能性があると話した。