座間の9遺体の事件での菅官房長官の発言が物議を醸しています。
今回はTwitterでの自殺幇助のやりとりが問題になっており、「年内をめどに再発防止策を取りまとめる方針で、ツイッターの規制なども検討する」と、記事内に書かれており、ツイッター民が「話がずれている」などと批判が巻き起こっています。
一方で、「そんなことは言っていないのではないか」というような話*1もあり、今回はそこんところをまとめてみたいかと思います。
菅氏の発言について
今回の記事は、11月10日の内閣官房長官記者会見を受けてのものです。
冒頭の会見において、菅官房長官は、座間市の事件について閣僚会議を開いたこと*2について述べています。
会議では、先般、座間市で発生した事件を踏まえ、私(官房長官)からは、徹底した捜査による全容解明と関係省庁による情報の共有、自殺に関する不適切なサイトや書き込みへの対策の強化、ネットを通じて自殺願望を発信する若者の心のケア対策の強化、3点を指示しました。犯行の経緯を徹底的に明らかにし、再発防止に努めるため、政府一体となって対策の強化に取り組んでまいりたいと思います。
この発言からだけでは、「ツイッターの規制」を検討するかどうかはわかりません。「自殺に関する不適切なサイトや書き込みへの対策の強化」の具体的な方法が「ツイッターの規制」なんでしょうか。実際に「ツイッター」の言葉が出るのは、記者との質疑応答からです。
記者:長官から3点の指示が出されたわけですが、これ政府としてですね、再発防止策をとりまとめるのか、もし仮にとりまとめるのであれば、いつごろをめどにしているんでしょうか。
菅:今回の事件ですけれども、被疑者がツイッターなど人目の届きにくいSNSを利用し、自殺願望を投稿するなどした被害者の心の叫びにつけこんで、言葉巧みに誘い出し殺害をするという、極めて卑劣な手口であると見られています。こうした事件はあってはならないものであり、犯行の経緯を徹底的に明らかにし、政府全体で再発防止に努めていきたいという決意です。(以下略)
菅氏は、SNSの例としてツイッターをここであげており、そのための再発防止策を年内にまとめるという発言をしています。
続けて、「対策の強化」に関する質疑が続きます。
記者:これまでも事業者に対して削除要請などは行われているわけですけども、表現の自由などもからむ問題かとも思いますが、今回どの程度、対策を強化していくことになるのでしょうか。
菅:まずですね、先の会合の中でも、関係閣僚で共有したんですけども、自殺に関する不適切なサイトや書き込みへの対策、これを強化する。さらにネットを通じて自殺願望を発信する若者の心のケア対策の充実、そうしたことについて、関係省庁は横断的に取り組んでいくということを共有をし、また、来週にも関係局長会議を開催し、各省庁の取り組みを、しっかりと検証した上で、再発防止策を、1ヶ月をめどに取りまとめたいということです。そして、このツイッターの規制等でありますけども、まあ今後、関係局長会議を開催する中で、検討の対象になると僕は思いますけれども、現段階で予断を持ってですね、お答えすることは控えたいと思います。今は、そうしたサイトは消えているという事は報告を受けています。
全体的な菅氏のトーンとしては、自殺に関する不適切なサイトを削除したり、書き込みをどうにかしていきたい、というのが再発防止の対策のように聞こえます。言論統制したい、のようには一応聞こえません。
ただ、突如出てくる「このツイッターの規制等」という表現は確かに引っかかります。最後に、「そうしたサイトは消えている」という旨の報告を付け加えているところを見ると、自殺願望やあるいはそれを奨励するようなツイートについては削除要請を働きかけていく、というように考えられますが、「規制」という表現は、言葉選びのミスではないかな、と思います。
「ツイッターを規制」の記載があるのは時事通信のみ
では、各メディアは、今回の記者会見をどのように取り上げたのでしょうか。
朝日は「SNSの不適切書き込み、規制強化指示 閣僚会議で菅氏」という見出しで記事を載せています。
本文も、
自殺志願者を探す手段として悪用されたSNSについて不適切な書き込みの削除を強化するなど
ということで、特に「ツイッター」ということで限定していません。朝日は「規制」という意味を、「不適切な書き込みの削除」と捉えているようです。
毎日新聞は、「SNS書き込み対策などを協議 関係閣僚会議」という見出しです。
しかし、記事本文に「ツイッター」の文字もあらわれず、また、「規制」という語は使わず、「対策」という表現になっています。
ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)への書き込み対策などについて協議を始めた。
自殺に関する不適切なサイトや書き込みへの対策強化
読売の見出しは「座間遺体、年内に再発防止策…関係閣僚会議」というものです。
ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が犯罪の温床になった点を踏まえ、年内に再発防止策を取りまとめる方針だ。
という表現で、こちらも「規制」の文字はありません。
産経新聞は読売に近く「再発防止策を検討 年内に報告書 関係閣僚会議」という見出しです。
本文は以下の通りで、
犯行で会員制交流サイト(SNS)を利用し、被害者を言葉巧みに呼び出していたことを重視し、SNSの犯罪への悪用防止策に焦点が当たった。
ということで、こちらも「規制」という表現は使っていません。
NHKは第一報の中ではかなり詳しい部類で、菅氏の閣僚会議での実際の発言も取り上げています。
この中で、菅官房長官は今回の事件について「ツイッターなど人の目が届きにくいSNSを利用し、自殺願望を投稿するなどした被害者の心の叫びに付け込んで言葉巧みに誘い出して殺害する極めて卑劣な手口と見られ、犯行の経緯を徹底的に明らかにし、再発防止に努めなければならない」と述べました。
しかし、菅氏のこの対応についてNHKは、
インターネットの事業者や関係機関と連携し「自殺サイト」などの実態を把握し、サイトの削除や書き込み制限など対策の強化を図ること
ということで、「規制」の表現を使っていません。
延々と書いてきましたが、他のテレビ局もあわせて表にまとめるとこんな感じです。
|
見出し |
ツイッター |
規制 |
政府、ツイッター規制検討=座間9遺体事件で年内に再発防止策 |
○ |
○ |
|
SNSの不適切書き込み、規制強化指示 閣僚会議で菅氏 |
× |
○ |
|
SNS書き込み対策などを協議 関係閣僚会議 |
× |
× |
|
座間遺体、年内に再発防止策…関係閣僚会議 |
× |
× |
|
再発防止策を検討 年内に報告書 関係閣僚会議 |
× |
× |
|
官房長官 座間事件受け不適切サイト対策強化を指示 |
○ |
× |
|
“自殺サイト”制限指示 再発防止に向け国が対策へ |
× |
× |
|
切断9遺体 1カ月めどに再発防止策 |
× |
× |
|
官房長官「再発防止を徹底したい」 |
× |
× |
|
座間9人遺体事件で対策会議、再発防止策の検討を指示 |
× |
× |
|
座間事件 年内に再発防止案まとめる方針 |
× |
× |
見事に、「ツイッターの規制」という表現を用いているのは時事通信だけで、際立っています。他のメディアはほぼどれも、「SNSの犯罪利用の再発防止対策」程度の話にとどめており、ちょっと時事の書き方は、踏み込んだ内容に思われます。
関係閣僚の言葉にもない
では、閣僚会議の中で、「ツイッターの規制」のような話は実際に出てきたのでしょうか。残念ながら議事録が公開されていないので、会議後の各閣僚の記者会見から類推していくしかありません。
今回の会議には、閣僚が何人か出ていましたが、この会議に対するコメントがネット上で拾えるのは3人。
まずは総務省の野田総務大臣の記者会見。野田大臣は、総務省の取り組みとして、
・事業者が自殺予告事案に対応するための民間ガイドライン等の策定支援
・「違法・有害情報相談センター」の設置
・青少年や保護者などへの啓発活動
を閣僚会議で報告したことを述べ、今後の対策として、
今後は、事業者団体に対して、各事業者が適切な対応を徹底するための周知や助言を要請して、事業者における対応状況の実態を踏まえた必要な取組を速やかに進めるとともに、利用者の情報リテラシーや情報モラル向上のための啓発の中で、今回の事案についても盛り込むなどの取組強化を行うということを申し上げました
ということで、SNSの規制という話は、少なくとも記者会見の場では出てきてはいません。ただ、この事業者の対応という点は、菅氏の「ツイッターの規制」に出てきたように、不適切な書き込みを削除要請をもっと円滑に進められるような対策を考えたい、という部分と一致するようにも思えます。
もう一人は文科省の林大臣の記者会見。
加計学園の話が主だったので、座間の閣僚会議についての林大臣の発言は以下の部分のみです。
私からは、会議の場において、文部科学省における、児童・生徒の自殺予防の取り組み、SNS等の不適切な使用によるトラブルや、犯罪に巻き込まれないようにするための取り組みについて、説明を行いました。
また、官房長官からは、関係省庁による情報の共有や、自殺願望を発信する若者の心のケア対策の充実等について、政府一体となって対策の強化を指示されたところであります。文部科学省としては、引き続き関係省庁と連携しながら、児童生徒の自殺予防に尽力すると共に、インターネットを通じたトラブルや被害にあわないよう、適切に対応して参りたいと思っております。
この発言だけでは、文科省からSNSの規制について話が出たかはわかりません。
実際の発言は拾えませんでしたが、NHKは松山一億総活躍担当大臣の記者会見のコメントも載せています。
「関係閣僚会議では、SNSなどに起因する犯罪被害が増えていることや、関係省庁と密接に連携し、ネット上の有害情報対策の充実に取り組んでいくことなどを説明した」と述べたうえで、ネットの事業者に対し、有害なサイトへのアクセスを制限する「フィルタリング」などの対策を強化するよう求めていく考えを示しました。
この「フィルタリング」については、確かに「規制」のような形になるのかもしれませんが、少なくともツイッターに限った話ではないでしょう。個人的には、菅氏の表現のミスチョイス、という印象です。
今日のまとめ
①11月10日の官房長官記者会見において、菅氏は「ツイッターの規制については検討の対象になる」という旨の発言を行っている。
②しかし、この発言を見出しにもってきたのは時事通信だけであり、「ツイッターの規制」というような表現も同社だけである。記者会見全体のトーンから言えば、言論統制のような雰囲気は受けない*3。
③確認できる閣僚の会議後の発言からも「ツイッターの規制」という表現はない。
私は特に、時事通信の飛ばし記事だとも思いません。実際に菅氏は発言をしていることですし、時事は表現の自由という観点を重視し、踏み込んだ形として、今回のような記事の見出しと本文を構成したのでしょう。それは各社の色の話なので、糾弾するべきことでもないような気がします。
ただ、この一文がちょっと威力がありすぎて、ネット界隈の議論は空論になっている印象です。なんというか、見えない敵と戦っている感じです。釘をさす意味でならよいでしょうが、揚げ足取りのように言葉にとらわれすぎるのは、本質からそれていくのではないでしょうか。いずれにせよ我々は、あまりキャッチーな言葉に引っ張られすぎないように、話半分で新聞を読むのが正解だということです。
*1:
たとえば、バズッてるのであれば、
とか。まあ、既にリプで指摘されていますが。
*2:
「座間市における事件の再発防止に関する 関係閣僚会議」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/zamashi_jiken/dai1/gijisidai.pdf
25分の、顔合わせのような短い会議です
*3:とはいっても、こういうところから表現の自由は奪われる、という考えはあると思います。その意味では、こういう形で取り上げられるのは、悪いことではないでしょう