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小学校のプログラミング教育、目指すべき本質はどこにあるのか

 2020年、小学校の教育指導要領でプログラミング教育が必修化される。すでに近年、子どもたちがプログラミングに触れる体験授業やICTを活用した新しい授業の在り方を模索する動きは数多く見られるが、そもそもこうしたプログラミング教育は子どもたちにどのような成長を促し、教育的な価値を生み出すのか。9月末に茨城大学教育学部附属小学校が実施した研究授業を基にレポートする。


茨城大学教育学部附属小学校で行われた研究授業の様子

4つの授業に盛り込まれた、異なる4つの狙い

 この研究授業は、プログラミング教育に関して研究を進めている大阪電気通信大学工学部電子機械工学科の教授で、中央教育審議会教育課程部会の情報ワーキンググループで委員を務める兼宗進氏と、茨城大学教育学部情報文化課程の准教授である小林祐紀氏を指導講師として実施。茨城大学教育学部が進める小学校プログラミング教育必修化に向けた授業化プロジェクトの一環として、また茨城大学工学部が進める地域情報化による地域創生プロジェクトの一環として行われた。

 5年生、6年生を対象とした4つの授業内で行われ、前半はiPadとプログラミングツール「Scratch(スクラッチ)」を用いてビジュアルプログラミングを取り入れた授業を、後半はデバイスを一切使わずに通常の講義形式でプログラミングの考え方を取り入れた授業を実施した。それぞれ、「総合的な学習の時間(総合学習)」の科目でコンピュータやプログラミングの基礎を学ぶ内容、「国語」と「社会」という通常の科目授業の内容理解にプログラミングの考え方を活用する内容となった。

 ビジュアルプログラミングを取り入れた国語の授業では、ことわざの意味や由来、ことわざを使いたくなるシーンをクラスメイトに伝えるためのアニメーションを、Scratchを使って創作した。また同じくビジュアルプログラミングを取り入れた総合学習の授業では、初めてScratchを使う児童たちが、先生の示したキャラクターの動作手本を再現するという課題に挑戦しながらプログラミングの基礎を学んだ。


Scratchを使ってアニメーションを創作する児童たち

完成した作品は教室内のモニターで披露された

 いずれの授業も、どのようにプログラミングをすれば意図したとおりにモノが動くのかを学ぶという内容で、一方は授業科目の一環として、もう一方はプログラミングの仕組みを理解する学習として、グループで話し合いながら作品を作り上げていた。

 デバイスを使わない総合学習の授業では、「なぜキーボードを打つと文字が表示されるのか」というコンピュータにおける画像表示の原理を学習。紙のマス目でドット文字を書きながら、PCの文字や映像が0と1の羅列でプログラミングされているという仕組みを体験しながら学んだ。また社会の授業では、プログラミングの基本的な考え方である「シーケンス」を授業理解に取り入れて、「どのようなシーケンスを組むと統計グラフを読み解けるか」というテーマで授業を展開した。

 この2つの授業は、デバイスを使わず黒板や紙の資料を用いて行われたため、一見すると普通の授業と変わらない。しかしその内容は、総合学習の授業では私たちが普段気にも留めないコンピュータの基本原理について学び、社会の授業ではプログラミングの専門性を授業の中に組み込むという形で実施された。

 社会の授業を担当した小島貴志教諭は、「今回はシーケンスという要素を取り入れたが、実はどの教科にも物事の順序性というものは存在していて、グラフの読み方など今まで当たり前にやっていたことを意識化できるという点で非常に興味深かった。教える側も学習プロセスの再発見に繋がり、教えやすくなるのではないか」と語った。


2進法の原理を理解して紙に文字を表現しようとする児童

シーケンスの考え方をグラフの読み取りに活用した社会の授業

 こうした4つの授業の異なる4種類の趣旨には、文部科学省が定めている学習指導要領の方針と、兼宗教授が小林准教授と共同で行っている研究が大きく関わっている。2020年に全面施行を予定しているプログラミング教育に関する学習指導要領では、各教科科目の授業に「プログラミング的思考」を盛り込むことを求めているほか、総合学習において基本的なコンピュータの文字入力や、プログラミングを学ぶことが決められている。これを兼宗教授と小林准教授は3つの実施パターンに体系化した。

 ひとつは、総合的な学習の時間の授業で「基本的なプログラミング」を学びながらコンピュータの特徴やプログラミング的思考を理解するというもの。そして2つ目は、「各教科の授業にプログラミングを取り入れる」ことでプログラミングを利用して教科理解を深めるというもの。そして最後は「プログラミング的思考を教科学習に取り入れる」ことで教科の理解や論理的な理解を促したりするというものだ。

 特に最後の「プログラミング的思考による授業理解」は、生活や教科の中にプログラミングに通じる考え方が使われていることを活用する学習であり、タブレットやコンピュータなどのデバイスを必ずしも使用しない。自治体によっては、必ずしもコンピュータ環境が整備されていたり、すべての教室にタブレット端末が整っているわけではないため、全面施行に向けて重要な研究テーマだと言えるだろう。今回の授業では、兼宗教授が日本に紹介した「コンピュータサイエンスアンプラグド」という教材が使われていた。

プログラミング教育は、なぜ子どもたちにとって必要なのか

 ところで、なぜこのような研究授業が行われるのかについては、学習指導要領について説明しておく必要がある。学習指導要領とは「子どもたちがどのような知識や能力を身につける必要があるのか」という指導方針を規定したもので、具体的な授業内容を示したものではない。学習指導要領をどのように授業で実現するかは学校や教員に委ねられており、教育現場における自由度が担保されている一方で、プログラミング教育という全く新しいテーマでは“最適解”の模索が続いている状態だ。

 このプログラミング教育を教育現場で推進する上で、兼宗教授は「なぜ子どもたちにプログラミング教育が必要なのか、そこに教員が納得することが必要だ」と指摘する。つまり、この教育を通じて子どもたちにどのような成長を促したいのかという目的を明確化することの重要性だ。そして兼宗教授は、その目的のひとつにテクノロジ産業の急速な発展とそれによる高度情報化社会への対応を挙げた。

 「今後のテクノロジ産業を支える人材を育成するためには、コンピュータに親しむ環境を小学生のうちから提供することが大切だ。社会に出てコンピュータ関係の仕事に関わる子どもは3分の1を超えてくるのではないか。これはサッカー選手や野球選手になるよりも可能性が高い。小学生のときから初歩的なコンピュータの知識、基礎的なプログラミングに触れる機会を提供しなければ、高度な学びやエンジニアリングの仕事への道を閉ざしてしまうことになる」(兼宗教授)。

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