カルチャー
批評家たちを“本気”にさせたトム・フォード監督作『ノクターナル・アニマルズ』|フランスメディアを騒がせた最旬映画
Text by Yuko Furuya
デザイナーのトム・フォードが、映画監督デビュー作『シングルマン』を発表したのは8年前のこと。「モード界のカリスマが映画を?」と騒がれたが、実際に公開されると、映画をつくったという事実よりも、その完成度の高さのほうに話題が集まった。
だが、その後は新たな作品を撮る気配もなく、本当に撮りたい作品を1本撮って満足したのかな……と多くの人が思いかけていたところ、2016年に2作目となる『ノクターナル・アニマルズ』(公開中)を発表。同作はヴェネチア国際映画祭で審査員グランプリを受賞した。
主人公はエイミー・アダムス演じるアートギャラリーのオーナー、スーザン。彼女が才能のなさをけなし、キツい言葉を浴びせた元夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)からある日、「夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)」というタイトルの小説が届く。そこに描かれるのは、どこまでも暴力的で、平常心では決して読み進めることのできない物語。元夫は、なぜいまこの小説を送ってきたのだろう──。
フランスのカルチャー誌「レ・ザンロキュプティブル」は、レビュー記事のタイトルに「ファッションデザイナーが、2作目の映画で“名手”としての腕を見せた」と掲げる。
「夜の獣たち」を読み進めるスーザン、「夜の獣たち」の小説のなかのストーリー、スーザンとエドワードの過去。物語は、その3つが絡み合いながら進む。同誌もストーリーを記しながら、「読者の皆さん、ついてきてます?」と突っ込みを入れるほど、難解にして巧みな構成だ。
3つのストーリーをまるで弦楽三重奏のように一つにまとめあげ、そのなかで「夜の獣たち」の小説のなかのストーリーを“ソロ・フォルテッシモ”と言わんばかりに、最も力強く描いた。
この構成にこそ、トム・フォードの巧さがある。それにより、「夜の獣たち」を読むスーザン、そしてその物語を目の当たりにする観客までもが同じように感情を揺さぶられ、ラストシーンに向け、胸が痛い思いをし続けることになるからだ。
映画『ノクターナル・アニマルズ』は豊満な女性たちが全裸で踊るシーンで幕を開ける。最初は訳がわからずにいるが、物語が進むにつれ、冒頭で言いたいことも何となくわかるようになってくる。シニカルなモード界のクリエイターと頭脳明晰な映画作家が、一つの作品で大きな出会いを果たしたかのようである。
一方、批判的な記事もある。それは「人工的で」「機械的」という言葉に集約される。
たとえば日刊紙「ル・フィガロ」は、「女性たちの髪の毛はどんな時も一本足りとも乱れることがなく、俳優たちのシャツは徹夜明けでもきちんと糊付けされている」と皮肉る。監督の美意識が隅々まで行き渡った映像が、役者たちの感情を覆い隠しているのでは、と書くメディアもあった。
とはいえ、映画評をなりわいとする批評家たちを、本気にさせたことは間違いない。“デザイナーが撮ったお洒落映画”というレッテルを、トム・フォードは、1作ごとに軽やかに取り払っていく。
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