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“ネットリンチ” なぜ会社に

ある日突然、会社の電話が鳴り止まなくなった。ネット上にひぼう・中傷が多数書き込まれるネット炎上が、深刻なバッシング、「ネットリンチ」に。
どのように起きて、どう広がったのか。

突然の嫌がらせ

のどかな田園風景が広がる北九州市八幡西区。

従業員およそ10人の小さな建設会社で異変が起きたのは、10月11日のことでした。

事務所の電話が鳴り止まなくなったのです。

「おやじをだせ」「なめるな」いきなり罵声を浴びせるもの。無言。

電話は、その日だけで100件近くに上り、その状態が数日間続きました。

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社長の石橋秀文さんは当時のことを次のように振り返ります。

「夜中の2時とか3時とか朝方まで着信がありました。会社の業務のことかもしれないので、電話に出ないわけにはいかないんですが、対応しきれず、従業員に電話に出ないでいいと指示せざるをえませんでした」

突然、始まった会社への嫌がらせ。ほどなく、その理由がわかりました。

無関係なのに

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きっかけは、神奈川県内の東名高速道路で、ワゴン車がトラックに追突され、夫婦2人が死亡した事故でした。

電話が掛かり始めた前日の10月10日、事故は、別の乗用車がワゴン車の進路を妨害して停車させたことが原因だったとして、乗用車を運転していた男が逮捕されたのです。

逮捕された男は、建設作業員の石橋和歩容疑者。(現在は被告)

一方、この会社の名前は「石橋建設工業」。

「石橋」という名字が同じで、容疑者の住所が会社に近いという理由で、関係のない2つがネット上で結びつけられ、石橋さんが容疑者の父親だと言う、デマが広がっていたのです。

瞬く間の拡散

デマはどうやって拡散したのか。

ツイッターやネットの掲示板の書き込みをさかのぼって確認しました。

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すると、ツイッターでは、遅くとも10月11日の午前11時すぎには、「父親が立ち上げた会社に勤務している様」という投稿とともに、会社の住所や電話番号などが書かれているのが確認できました。その投稿はその日のうちに次々とリツイートされ、拡散しています。

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一方、掲示板では11日の午前7時半すぎ、「容疑者の親って八幡西区で建設会社社長してるってマジ?」と書き込まれます。

その後、午後2時前には「石橋建設工業(株)に電話してもコールはなるが誰も出てくれない」と実際に一部の人が電話をかけ始めたことがうかがえます。

そして、午後6時前、会社の住所や電話番号などが書き込まれ、翌日の昼すぎには、公開していない社長の自宅の住所までが明らかにされました。

同様の書き込みは次々と複製され、複数の掲示板で投稿されていきます。

炎上 火消しの難しさ

嫌がらせの電話やネットの書き込みは、時間の経過とともに過激さを増します。

中には「石橋建設や親族を徹底的に潰す」「自殺に追い込め」など、危害を加えるようなことをにおわせるものまで出てきました。

身の危険を感じた石橋さん。

翌12日の午後から2日間、事務所を閉鎖、自宅の住所も公開されたため、危害が及ぶことをおそれて子どもたちは学校を休ませました。

そして、関係ないことを証明するために戸籍謄本を取り寄せたり、取引先に連絡して、無関係であることを説明したりするとともに、少しでもデマを打ち消そうと、親戚や知人の協力を得て、ネットに、「無関係である」という投稿を始めました。

しかし、一度広がったデマを打ち消すことは簡単ではありませんでした。

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石橋さんは「打ち消しのコメントを出しても、全然別のところに転載されたりして、1つを消したと思ったら、ほかのところで10個ぐらい広がっているような感じでした。家族にも心の傷が残り、いろんな人に心配をかけてしまった。なぜ、こんなことをする人がいるのか理解できない」と怒りを込めて話していました。

まとめサイトの存在

誤った情報が引き起こした今回のバッシング。

デマが拡散していく状況を調べると、その要因の1つとして、「まとめサイト」の存在がわかってきました。

まとめサイトとは、ニュースやさまざまな話題をピックアップして、まとめた記事を載せたサイトです。

情報源はさまざまで、新聞社などと契約して記事を載せているサイトもあれば、ツイッターや掲示板などの内容を引用する形で掲載しているサイトもあります。

運営者も企業や個人などさまざまですが、中には、月間のページビューが億単位に上り、拡散力、影響力ともに極めて大きいサイトもあります。

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今回の件では、「モノローグ」というまとめサイトが10月11日、容疑者が石橋さんの会社に勤務しているという記事を掲載していました。

この記事自体は、ツイッターや掲示板にすでに書かれている内容をまとめたものでしたが、そのなかには会社の地図や写真までもが掲載されていたため、さらに被害が拡大したと見られています。

まとめサイト 問われるメディアとしての姿勢

今回のデマの記事を掲載していた「モノローグ」というサイトに取材を試みましたが、サイトはすでに閉鎖されていました。

まとめサイトはどうやって作られているのか。

月間のページビューが1億4000万に上ると言う、大手まとめサイトの「オレ的ゲーム速報@刃」の管理人に話しを聞くことができました。

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このサイトでは、ゲームやニュースなど幅広いジャンルを扱い、1日に30~40本ほどの記事を配信しています。

ネタを選んで記事に仕立て上げ、サイトに載せる作業を担っているのは、管理人のほかに10人ほど。
ネタはツイッターを中心に話題になっているものを探し、それに対するネット上の反応やサイト側のコメントをつけて完成させます。
1つの記事を作るのは早いものでわずか5分ほど。

収入は、サイトに載せた広告がクリックされた数や、広告を通して商品を購入した数に応じて得られる仕組みです。当然、アクセスが多いほど、収入が増える可能性が高くなります。

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管理人のJin115(ハンドルネーム)さんに、デマや不確かな情報が、サイトを通じて広がる可能性について聞くと、そうならないように心がけていると、次のように話しました。

「話題だけが先行しているような場合は、うそのニュースの可能性がある。サイトは信頼が重要なので、そういったものにだまされないように気をつけている。ニュースソースが信頼できるかどうかが重要だ。それでも過去には間違った情報を掲載してしまったことがあるが、そうした場合は、すぐに訂正しておわびをしている」。

ネットメディアの責任は

ネット炎上の問題に詳しい国際大学の山口真一講師は、こうしたまとめサイトを含むネットメディアが、炎上の拡大に与える影響は非常に大きいと指摘します。

「まとめサイトのなかには月間1億ページビューを超すようなところもあり、情報を拡散するという点において、これほど大きな威力を持つサイトはあまりない。こうしたサイトが、ある出来事に批判的な意見を集めると、それを見た人は、みながそういう見方をしているなら、自分もバッシングしていいんだと考えてしまう。管理者側は多くの人に影響を与えるメディアだと自覚するべきで、最低限、情報が真実かどうかを検証することは必要だ」と話しています。

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“正義”の暴走か?

全く非のない人が、突然、バッシングを受けることになった今回のケース。

ツイッターや掲示板を見ていくと、当初は悲惨な事故を起こした容疑者に向けられていた、「悪いやつを懲らしめてやりたい」という強い「怒り」が、徐々に家族と誤解された石橋さんたちに向けられていくさまが読み取れます。

それは、まさに、ネット上で加える私的な制裁、「ネットリンチ」と呼べるものでした。

国際大学の山口講師がことし発表した調査結果では、ネット炎上の書き込みを行った人の動機は、60~70%が「許せなかった」などといった正義感からでした。

山口講師は「批判すること自体は否定すべきことではないが、過剰な正義感が、ネットの中で暴走することで、個人へのいきすぎた攻撃などにつながっている」と指摘します。

インターネットやSNSの普及で、誰もが簡単に情報を得ることができるだけでなく、発信者にもなれる時代となりました。

しかし、ネットで見た情報、発信する情報が本当に事実なのか、不確かではないのか、ネットを利用する誰もが、指を動かす前に、冷静になって考えることが必要だと感じました。

クローズアップ現代+「突然あなたも被害者に!? “ネットリンチ”の恐怖」
11月13日(月)午後10時~放送予定。

管野彰彦
ネットワーク報道部記者
管野彰彦

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