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驚異のクチコミ あなたの街も観光地?

大阪の庶民的なお好み焼き屋やガード下の居酒屋。どこにでもありそうな商店街や住宅街…。「どうしてこんなところに?」と思うような場所に、外国人旅行者が殺到しています。ガイドブックにも載っていないのになぜ?

情報源は、海外の旅行サイトの「クチコミ」でした。日本を訪れる外国人旅行者はどんどん増え、ことしも過去最高を更新するのは確実です。とはいえ、「どうやったら、わが地元に旅行者を呼び込める」と苦労している自治体も多いと思います。新たな観光スポットはどのように生まれているのか、取材しました。
(経済部記者 野口恭平)

ガード下の赤提灯が観光名所に

10月の小雨降る木曜日の東京・有楽町の午後6時。街は、仕事を終え、帰宅前にちょっと一杯引っかけるサラリーマンでにぎわい始めていました。ガード下にある、創業70年の老舗「新日の基」というお店。赤提灯に魅せられるようにサラリーマンが吸い込まれていきます。

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ごくごく普通の居酒屋ですが、中に入ってみると多くの外国人で賑わっていました。2階はほとんど外国人専用といった雰囲気です。何組か話を聞いてみましたがイギリス、オーストラリア、アルゼンチンなどさまざまな国からの旅行者でした。「ロンドンのパブのような雰囲気がして最高!」「新鮮なカニや天ぷらがとってもおいしい」とみな満足している様子。中には「頭上を通る鉄道のガタガタという音が刺激的」という声もありました。

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ハリネズミも人気

また、六本木の大通りから一歩奥に入った、ちょっとわかりにくい場所にある「ハリー」というカフェ。ハリネズミとふれあうことができる珍しいお店です。

去年、オープンした当初は日本人客ばかりだったそうですが、今ではなんと9割が海外からのお客だということです。私が取材した日も、子ども連れのアメリカ人の家族や、オーストラリアや韓国から来た若いグループで賑わっていました。

この2つのお店、どちらもアメリカ発のクチコミサイト「トリップアドバイザー」で紹介されて外国人旅行者に知れ渡り、人気のスポットになったのです。

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クチコミ5億件の影響力

「トリップアドバイザー」は創業が2000年。アメリカのボストン近郊に本社があります。その名のとおり、旅に役立つクチコミ情報を提供しています。旅先で利用したホテルやレストラン、観光地などの評価を書き込んでもらい、サイトで公開します。

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クチコミ情報と一緒に、ホテルの予約サイトにつながるリンクも表示されています。クチコミを見た利用者が予約サイトを訪れると広告収入が入る、というのがビジネスの仕組みです。

同じようなクチコミサービスは日本の会社も手がけていますが、トリップアドバイザーの強みは圧倒的な情報量。世界49か国向けに専用のサイトを設け、平均利用者数は月間4億人、クチコミの数も5億件に上ります。日本のクチコミ情報の発信は、2008年に日本法人を設立してから本格的に始めました。

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『取り残された』観光地にも変化

「トリップアドバイザー」のような海外のクチコミサイトの情報をたよりに、日本を訪れる外国人旅行者が増え、昔からのガイドブックには、およそ載りそうもない店やエリアが、新たな人気スポットとしてどんどん発掘されています。

「地方都市でも意外なところにクチコミが急増している」。その1例として日本法人の関係者が紹介してくれたのが岐阜県高山市。早速、取材に向かいました。

高山市は年間450万人が訪れる日本人にも人気の観光地です。特に、にぎわうスポットは「古い町並」という中心部。古くは安土桃山時代に建築されたという商家が立ち並ぶ通りです。取材したのは平日でしたが通りは観光客であふれ、お土産を買ったり、お団子を食べたりしながら伝統的な町並みを楽しんでいました。

一方、「古い町並」から歩いて10分ほど離れたところにある大新町地区。江戸や明治時代の建物もありますが、普通の住宅も目立ちます。お土産屋さんも少なく、日本人の観光客はまばらです。しかし、外国人旅行者がクチコミ情報をたよりに、次々と訪れています。

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普通の建物を撮影したり、軒先につるされた鳥カゴを眺めたりしながら、のんびりと散策していました。聞けば、「ここのほうが静かで雰囲気がいい」「鳥のさえずりも聞こえるし、素顔の日本が感じられる」というのです。

そのおかげで地区にある両替商の建物を活用した民芸館「日下部民藝館」も来館者の半数以上は外国人になりました。クチコミサイトには「A step back into history(昔の世界に入り込んだようだ)」「It is a national treasure(国宝級だ)」という書き込みが。

運営する日下部勝さんは、クチコミサイトの影響力に驚いています。「中心部の古い町並みが整備され、観光客が集中し、この地区はある意味『取り残された場所』になっていました。逆にそれがよかったのかもしれませんね」と話す日下部さん。

英語のパンフレットを準備して、いずれは外国人向けに宿泊サービスや、外国のアーティストを招いたイベントなどを行いたいと意気込んでいました。

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企業や自治体もクチコミ頼み

海外の旅行サイトの発信力を頼りにしようと、日本企業や自治体も動き始めています。

日本航空はトリップアドバイザーと提携して日本の魅力を紹介する特別サイト「知られざる日本」を、ことし10月にスタート。各地の観光スポットを動画で撮影してアピールしています。

日本航空の藤田亘宏海外Webグループ長は「日本企業だけではコンテンツがよくても訴求力に限界がある」と話します。海外クチコミサイトの影響力で外国人につながり、日本各地を旅する際には、JALの国内線に乗ってもらおうとしています。

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外国人旅行者を呼び込みたい地方自治体向けに、アメリカの大手旅行予約サイト「エクスペディア」の日本法人は、ことし9月に専門部署「地方創生推進室」を設置。和歌山県や鳥取県など各地でセミナーを開き、どういった宿泊施設や食事が外国人旅行者にウケるのか、よろずの相談に乗っています。

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あなたの街のクチコミは?

政府は、2020年までに外国人旅行者を4000万人に増やす目標を掲げています。京都や大阪、東京といった主要な観光エリアにとどまらず、全国すみずみを旅してもらうにはどうしたらいいか? それが課題の1つになっています。観光業界も自治体も、なんとか外国人旅行者の興味を引こうと、あの手この手で誘致策を練っています。

ただ、どれだけ派手に宣伝しても、外国人旅行者に届いているのか、はっきりとした手応えがないのが悩みどころだと思います。そうした中で、思いもよらない新たな人気スポットを次々と生み出すクチコミサイト。もちろん、ひどく酷評されるおそれもありますが、観光地の実力を表す1つの重要なものさしになっているのは間違いなさそうです。

皆さんの地元がどんなふうに評価されているか。まず、書き込みをじっくり読んでみてはどうでしょう。思わぬヒントがあるかも知れません。

野口恭平
経済部記者
野口恭平
平成20年入局
徳島局をへて
流通・小売業界など取材
現在は国交省を担当