株式会社オカザキヨット被害者の報告
株式会社オカザキヨット以下オカザキと称する
(これは、小豆島の岡崎造船とは全く関係ありません)
注意: これは、裁判で高裁まで争った、私の主張を書いた物である。あくまで裁判の中での主張であり、これは公の記録として見ることができるものであり、どちらの主張が正しいかは、当然読者の判断に任せるものである。
又これは、この判決が妥当か皆様の判断を仰ぐものである。
完成の約束:裁判になったら否認
修理の完成日を告げる
裁判が始まると、そんな事実はないと否認
修理の完成日についてオカザキは、私に約束した事はなく、海難審判の関係で広島へ行く。その時はヨットに泊まると言うでそれに合わせて慌てて修理を急いだと述べている。その理由は、5月27日時点では、部品がそろわないのに約束するはずがないからだと言う。
私が神戸へ来る理由は、海難審判のためであると主張した。しかし海難審判の通知書は、6月11日付である。神戸への飛行機の手配は5月28日旅行会社を通した。当然、オカザキの主張は認められなかった。
部品がそろわない・・・本当
5月27日: 「金地寛幸」にこの高額な見積内容について再度聞こうとすると、完全に黙り込んだまま説明しないのである。しばらくすると突然「部品が日本についた。今度は間違いなく、6月3日に着く。だから6月16日に完成する」と言い出した。私はこれを「部品が来て修理が始まるのに、文句を言っていると修理に影響しますよ」と暗に脅かしていると感じた。私は、それなら一旦工事代金の問題は保留し、本当に6月16日その金額にふさわしい修理が完成しているか見てやろうと決心し電話を切った。
そのあとすぐ妻に旅行の手配を依頼し、翌28日妻は神戸行きのキップを確保した。ホテルは完成した船に泊まるので、帰宅する前日のみ手配した。
10日間上架する事になっているので、日数的にも、4日上架~16日と考えると、13日間あり、全く問題ない日数であった。
しかし、問題が起きハーバーで調べたところ、上架日は6月12日~17日、3月からは、それ以外に上架していないとのこと。私はその上架記録の請求書を手に入た。しかしオカザキにはそれを知らせず証拠を求めたが、引っ越しで紛失したと言い逃れ提出しないのである。私は、簡単に手に入れた。オカザキは下のハーバー事務所に行って再発行を頼めば良いだけなのに、頑として拒むのである。私から証拠をだすと、「たしか他にも上架している」と言い出す。こちらは既にハーバー事務所で、他に上架した事実はない事を確認し、その録音までしているのである。
これは、明らかにオカザキは上架せず修理を完成させようとしたことを表している。(高額なマスト倒立費用35万円、クレーン代20万円、上架費用12万円合わせて67万円を浮かすため:マストを倒す必要は全くなかった:倒しため重大クレーム)
私が6月11日神戸へ行くことを伝えると、このままでは間に合わないとあわてて翌12日上架したのであろう。初めから上架していれば充分間に合う期間であった。
(部品がそろい次第個々に作業をしていた事は裁判で認めている)
わき道編
オカザキは、保険金が入金されたこのころから(6月18日)「被告は、原告の従業員金地に対して、修理代金が高い、などとクレームを言うようになった」と主張した。
5月27日、内容も確認させずに保険請求した事を知ったので、オカザキと保険会社からその見積もりを取り寄せた。見積書と認定書を見た。「金地寛幸」や「社長」に電話をした。このような状況でなんの話をするのか「高額な見積内容の話」しかない。私はクレーンをよく使う。上下架見積20万円、とんでもなく高すぎる。せいぜい6万円以下である。これでも当日その内容を確認しようとしないお客がいるか。見積書を手に入れ電話をかけているのに。
入金後に文句を言い出した、金に汚いとのイメージ作りである。
突然、「完成します」から「出来ます」にトーンが落ちる。
その後何度か電話を入れ、完成日を確認したが、いつも「完成します」と答えていた。6月10日海難審判から、呼び出し状が行くからと電話連絡があった。この時「金地寛幸」に神戸へ行くことを伝え忘た事に気づいたので、6月11日、電話をすると、またも「完成します」との答えであった。しかし再び伝え忘れたので再度電話をし伝えると、驚いた様子があり、今度は「完成します」ではなく、「出来ます」と言い出し、その後完成しますとは言わなくなった。心配になり再び電話をして仕事のやり方を聞いてゆくと「マストを海上で倒す」と主張、私が「陸上で倒すべきだ」(上架するのだから)と主張しても、全く言うことを聞かないのである。私はあきれて、「勝手にすれば」とここで電話を切った。
(後で気づいたが、上架せずに修理をしようとしたのではないか)
平成22年10月10日訴状でオカザキの主張
16日の数日前、海難審判の関係で広島へ行く、その時ヨットに泊まる予定にしている」と言った。金地は「今、上架中で無理です」と答えたものの、被告(私)は意に介していないようであった。・・・と主張している。(この時点でオカザキは、私が上架日を知ることになるとは知らなかった)
私:「上架中で無理です」などと言う話は全く聞いていない。そもそも、連絡したのは11日、上架は翌12日ではないか。(私の電話連絡の証拠は、全て料金明細表に基ずく)
わき道編:裁判でオカザキは、10日間上架したと水増し主張
私がすでに上架の日数の証拠を握っていると知らないオカザキは、私が清算書で、7日間(実上架日数+1日)と記載すると、「被告は7日分として認めているが、10日間上架したものであり、何故7日分として認めているか不明である。・・・」と私を非難している。誠に図々しい。それならば、6月8日には上架していた事になる。
この嘘がばれると「上架日数で清算するものではない」と主張を変えた。これは修理に問題がなければ、その果実は企業努力としてオカザキに所属するものである。しかし終わらなければ、これはそれぞれの責任において清算すべきである。この場合、全部やり直したのであるから、本来支払う必要がない。実際もう一度上架して、その費用は私が支払ったのだから。しかしそれでは可哀そうだとお情けで7日間認めたのに何を嘘までついて、文句を言ってくるのか。
オカザキヨットという会社は、平気で嘘をつく、嘘をついているという認識がないのではないか。
6月16日神戸へ到着、修理ができていない。
11時頃、現場に到着。ヨットはまだマストを立てていず、倒したままであった。現場では作業員がライフラインを張っていた。これが今日中に完成するのか(約束された完成日、法的には当日の通常終業時間を言う:18時?)疑問を感じたのですぐ「金地寛幸」を呼び出し「ホテルの予約もあるので、無理なら無理と言ってくれ」と話すと「夕方までにはできます」と言うのである。
義兄夫婦と昼食を終えて帰ってくると、作業員はいなくなり修理をしない。送ってくれた義兄が心配して(絶対無理だと思っていたそうである)帰らず残っていてくれた。私は、あきらめてホテルを予約し帰ってもてもよかったが、不審に思いわざと現場に待機し続けた。「金地寛幸」の態度は誰でも不審に思うだろう。
私たちが猛暑の中待っているのに、「金地寛幸」も作業員も来ない。16時近くなっても、いつまでも作業をしないので絶対完成しないと確信し、「金地寛幸」を呼び出した。しかしそれでも「出来ます」と言い張るのである。
(夜中に完成させてもそれは約束した当日の完成とは言わない:法的には就業時間内の事である:この場合遅くとも18時だろう)
全く不思議である。
出来るといいながら、なぜ修理を中断したままなのか。この不思議。
「金地寛幸」は、16日できますと何度も確約したので、できなければ又工事代金の話がぶり返す。従って完成させなければならないと考えている。しかしマストを立て、下架して船泊させたくない事情があった。そのため、この状況を見た私があきらめてホテルへ行くことを願った。
私は彼の考えが分かっていた。完成は初めから無理である。しかしマストを立てて海上に係留し、宿泊させることは簡単だった。だが何故そうせず、あきらめさせる必要があったか。なぜそうなのかこの時点では全く分からなかった。だから私は故意に待ち続けたのである。
横に置いてあったクレーンもいなくなり、私は「作業員もいず、クレーンも居なくなってしまったのにどうするんだ」と問い詰め、全くホテルへ行く様子をみせないと、初めて「出来ません」と認めた。そこで、ホテルへ行ったのである。しかし裁判では「完成が遅くなると伝えると、私が勝手にホテルに行った」事になった。これではまるで「ヨットを見た:完成に時間がかかる:待つのが大変なので、勝手にホテルへ行った」と、猛暑に耐え待ち続けた事実を隠してしまった。おまけに裁判で「ヨットは夜中に完成させた」と主張した。私の考えた通りの筋書きである。なんのトラブルもなく、速やかに私たちがホテルへ行った印象を裁判官に与えた。
もう一つの理由・・・なぜ海上に浮かべて、宿泊させなかったか。
私が、6月16日修理現場へ行くと、マストが倒してある。見るとウインデックスが壊れていない。これでよく保険が下りたと不思議に思い撮影したのである。
(裁判になって「金地寛幸」は、実際には見ていず推測で壊れたと判断したことを認めた:保険金詐欺?)
私は、9月「金地寛幸」にウインデックス以外全て修理ができていないと伝えた。
マストに登れなかったのでウインデックスの調査をしていなかったからである。
しかし、他の修理全てに問題がある事がわかり、裁判でオカザキの嘘を聞き続けていると、もしかしてウインデックスにも問題があるのではないかと疑った。これが結果的に、宿泊させない原因が分かる事になった。
平成23年になって、「ケイ・マリンサービス」にウインデックスの調査を依頼した。
下の拡大写真右を見ると、引き取って後数日で1年なのに、腐食してボロボロである。こんなバカなことはない。これは交換していない。 (腐食に関し興味が湧いたので、1本買って船につけ耐候テストをした。5年経っても、くすみだけで、腐食はみられなかった)
幸い私は、6月16日に倒してあったマストの写真を撮影していた。このウインデックスと、マストのウインデックスが比較できるよう、もう一度「ケイ・マリンサービス」にたのみ、同じ角度で撮影をしてもらった。そうして二つの写真を比較する証拠を作った。(下の写真)
尼崎地裁で、証人「金地寛幸」は、二つの写真は同じであると認めた。
「それでは交換していないではないか」と伝えると「金地寛幸」は分けがわからず、ポカンとし、弁護士は大いに慌てた。ところが裁判官が勘違いし「この二つの写真は同じものなんですか」と聞くと「金地寛幸」は再び「同じものです」と答えた。・・・再び交換していないと認めた。
裁判官は、倒してあるマストのウインデックスはすでに交換したもので、もう一方はマストを立てた状態の写真であると勘違いしたのである。何を考えているのか、それでは交換していない証拠にならないではないか。
しかし、もし立てた状態のウインデックスと同じものなら、初めからボロボロに腐食したウインデックスを取付けたことになる。
高裁では、もし交換していないのであれば、これは瑕疵ではないとして、返金の訴えを認めず却下された。最高裁に判例と違うと上告したが、これも却下された。こんなバカな判決があるか。
平成22年6月16日この日は、夜中にかなりの雨が降っている事に気づく。
横道にそれてしまったが、地上に倒されて、箱の上に乗っているウインデックスの写真を詳細に調べていると、不思議なことに気づいた。この日は朝からカンカンの日照り、猛暑である。しかし箱の下側が濡れているのである。これは雨が降ったと確信した。
気象庁で過去の天気を調べてみると、
12日:上架 晴れ、作業に問題なし
13日:9~18迄雨、特に16時には10ミリものかなり酷い雨。
まともな作業ができるわけがない。
14日:晴れ、作業に問題なし。
15日:9~10、14~24時雨、特に14~18時はかなり降った。
16日:なんと午前1時28.5ミリ、2時15.5ミリの大雨、その後晴れる。
11時、カンカン照りの中私たちが到着。「ハーバーはすっかり乾いてる」
ので、夜中雨が降ったことに気づかなかった。
このような状況で、4日後私たちが到着するまで、上架してどれだけの仕事ができたと読者は思いますか。まして、FRPでの補修・塗装など、まともな仕事ができる分けがない。
6月20日、突然の嵐、寝室は風雨で濡れネズミ
私たちが、大阪で野球観戦、帰り西宮で夕食をしていると、雨が降り出した。
ハーバーへ着いたときは、猛烈な嵐。船に着いてみると、バウハッチから正に滝のように雨水が流れ込んでいる。びっくりしました。バケツを当てたが、範囲が広く役にたたない。しかもこのままではすぐに一杯になってしまう。仕方ないので雨合羽に救命胴衣を着け、妻が「危険だからやめて」と言ったが、無視して猛烈な風雨の中船体シートを被せた。
明日5時、海難審判のため、広島へ車で出かけるので早く寝たい。仕方ないのでドライヤーで表面を生乾きさせ、寝たのは夜遅くであった。翌日寝不足のまま広島へ向かったが、事故を起こさなくて幸いでした。
「金地寛幸」に電話を入れ、状況を説明すると、「ハッチが開いていたんではないですか」との話。あれだけ酷い雨漏れならば、確かに換気状態だったかもしれないと考え電話を切った。それほどの雨漏れだったのである。
しかし、船へ帰ってからチェックすると、ハッチはきちっと閉まっていた。それを伝えると、数日してやはり雨漏れしているので修理するとの事。この時は、裁判になる等とは考えていなかったので、証拠写真を撮影しませんでした。
バウハッチから雨漏れした証拠を収集
7月中、岡崎社長の態度で裁判のなると確信したので、この証拠も集めようと考えました。8月11日。明日神戸へ台風が来るかも知れないとの予報。これにかこつけてバウハッチを修理した事の証拠を入手しようと電話をしました。台風情報を聞きながらまんまと、バウハッチが雨漏れした原因と、修理が完成した事を聞き出し録音した。
しかし、裁判になると、「雨漏れするような修理はしていない」と豪語。これにはあきれ返った。バウハッチが開いているのではないかとの指摘を受け、それを信じたほどの雨漏れをさせたというのに。
この時の録音を証拠提出しても、大阪高裁でオカザキヨットの「金地寛幸」は証言や陳述書に嘘はないと主張。白々しく完全な偽証を行う男である。これではオカザキヨットの評判、がた落ちだろう。
私がここで嘘をついたら、「金地寛幸」にとっては名誉棄損である。ひどいはなしである。しかし偽証罪で「金地寛幸」を訴えても、罰せられた例はないと「やめ検弁護士」に指摘された。その私が裁判所に対する最後の抵抗である。もし嘘だというなら「金地寛幸」。名誉棄損で訴えてこい。完璧な証拠を用意して待っているから。「金地寛幸」覚悟しろ。
わき道編:呆れた事実
「金地寛幸」は8月11日、台風のため、私の船を本来の係留場所に移動させると、説明していた。当然である。しかし裁判になって驚いた事に、注文していないセールの修理、この代金を支払えと追加請求してきたのである。一度の請求も受けず、しかも修理した事実は、私が10月17日、再修理のため福岡へ向かった時、セールを展開して初めて知ったのである。
だが「金地寛幸」は、なんと8月11日。ヨットにジブセールを付けようとして気づき私に連絡して注文を受けたと言うのである。ふざけるな、台風がくるというのにジブセールを付けようとしたのか。ハーバーではジブセールを外すように指導している。明日台風がくるかも知れないのに、風が出てきている中でわざわざ付けようとしたのか。考えられるのはただ一つ。修理が不完全なので私の船を壊そうとした。それ以外考えられない。しかし、ジブセールに穴が空いている事が分かり中止したとしか思えない。(ジブファーラーが折れ、巻き込んだジブセールに点々と何か所も穴があいた)
請求は裁判所に対して「私が金に汚いとのイメージを植え付けるものである」ことは確かである。ジブセールは裁判になるまで一度も請求がなかったし、私も10月まで破れていることを知らなかった。
他にも、3月末、ヨットの整備検査に行ったとき発注し、5月に郵送で受け取った「コンパニオンウエイハッチキー」わずか数千円の請求。しかも裁判に何の関係もない。これも混ぜて9月1日に請求書がきたのである。
この件に関し、修理に関係ないからと相手弁護士と相談、分離した請求書をもらい別途支払った。しかしその後のオカザキの訴状にはすでに解決した。「コンパニオンウエイハッチキー」の金が支払われないと何度もでてくるのである。しかも、6月18日、ゲートスタンションと一緒に受注したとして。これは分離して支払うということで話がつき、11月2日支払った。しかし、12月10日出されたオカザキの訴状には、「ヨットのカギ」と書けばよいのに、何度もしつこく目立つように「コンパニオンウエイハッチキー」と書きこむのである。これも、私は金に汚いとのイメージを植え付けるものである。その間6月16日完成したスクリュー改造の請求書がきており、その中で請求すれば済むことである。(スクリュー代は請求通り値引きもせずすぐ支払った)、「コンパニオンウエイハッチキー」の効果が薄れたと感じると、今度は勝手に修理した「ジブセール」を代わりに挿入してきたのである。
この作戦が功をそうしたのか、尼崎地裁で最初の裁判官の態度が当初冷たかった事は以前述べた。
オカザキヨットの大ちょんぼ・・・・オカザキの裁判は面白い。
しかし、オカザキは大きな過ちを犯した。証拠として提出してあった。(株)ノースセール・ジャパンの請求日が、8月2日になっていたからである。請求金額12,600円。ふざけるな、8月11日気づいて受注したものが、8月2日ということは、7月中に修理に出していたということである。「金地寛幸」は嘘つきである。裁判所にも堂々と嘘をつく。
私への請求は、取り付け費込み、7万円であった。取付費用は、すでにマスト倒立費用に含まれている。いかにオカザキが高額請求するか、諸兄にもわかると思う。すでにその正体が分かっているのに発注する分けがない。(私は既に、ノースセールと取引あり、損傷が分かれば、直接頼む)
話を戻す:オカザキヨットが船に泊めなかった理由。
さて、8月20日突然の嵐で、ベッドがずぶ濡れ、「金地寛幸」が言った「ハッチが開いていたのではないですか」それを信じるほどの雨漏れがした。ヨットを6月12日上架、それ以来雨が多かった。しかも当日6月16日、夜中午前1時頃から猛烈な雨が降った。そのため、6月20日同様、寝室がびしょ濡れに成ったことは想像がつく。(オカザキは製品の取付にくさのせいにしたが、あれほどの雨漏れである。原因はコーキングであろう)
オカザキは雨漏れに気づかぬはずがない。何も知らない私は、オカザキの対応に不信感を抱きヨットに張り付いている。私が気付けば、又工事代金でもめるだろう。それを考えるとマットを出して干すことが出来ない。従って、宿泊させることが出来るわけがない。だから私があきらめて現場を去るように仕向けたのである。
その他にもさまざまなところから雨漏れがした。特に桟橋側のスタンション。締め付けが悪いため、フェンダーが引っ張ったせいでコーキング切れを起こしたのであろう。
オカザキの言い分「ほかのヨットより湿気が多いと思われる、従って雨漏れではなく、結露と思われる」。ふざけるな。湿気が多くて当たり前だろう。みんなオカザキの雨漏れのせいではないか。
(修理項目別では、次々と雨漏れがあった事を証明する)
6月16日: 検査のため神戸に到着・・・以上のような顛末。
6月17日: 船に泊まる・・・・・・・・以上のような顛末
6月18日: ゲートスタンションの損傷発見
6月19日: 改造したスクリューの試運転。
裁判になるとオカザキはこれを、修理の検査と称し「瑕疵に関して何も言われなかった」と主張。当たり前だろう、修理の検査ではないのだから。
ジブファーラーのドラム・勿論ジブセールも付いていず。ゲートスタンションも直っていないのに、検査の対象になる分けがない。後でわかった事だが、フォアスティーは長すぎてゆるゆる。ジブファーラーのテストができるわけがない。
6月20日: バウハッチからの激しい雨漏れ
6月21~23日: 海難審判の件で広島へ行く
この間私達は神戸にいないので、今頃あわてて手直しをして
いると考えたが、全くやっていなかった。バウハッチの雨漏れなど、本来すぐ調べてやり直すべきある。
6月24日: ゲートスタンション4本検査、交換と決まる。
「金地寛幸」は既に注文してあると言ったが、何本頼んであったのか。たぶん完全に壊れていた1本だけであろう。他は、曲がりを直すつもりだったのではないか。
6月25日: 帰郷する。
わき道編 「金地寛幸」の証言:修理の開始時期(要約)
陳述書では(要約)、部品がそろった時点で作業をする。部品がそろったところから作業をする場合もあるが、それでは修理できないまま無駄な費用が掛かってしまう。輸入部品は、国内のルートに乗るまで着くか分からない。従って5月27日時点では、6月16日に完成しますと言えるはずがない。
公判の「金地寛幸」証人調書(オカザキの弁護士質問:当然身内有利の質問)
甲29号証を示す。まず28号証:輸入した各種純正部品の請求書:「これがライフラインの請求書」証人金地「そうです」。「28号証がライフラインを購入した資料。29号証が、それを正しく加工した資料ということですね」証人金地「はいそうです」
私:こいつらは何を考えているんだ。29号納品書は5月20日だぞ、5月27日以前すにでに輸入されているではないか。しかも両舷分4本輸入されているのに、加工はたった1本、しかもL=1916こんな長さのライフライン1本も使っていない。「正しく加工した」こんなインチキな猿芝居、裁判で行うの。
私:「金地寛幸」は、部品が日本に着いた、だから間違いなく6月3日には部品が着くと説明した。事実部品は取り付けてあった。取付に日時がかかるから、当然6月 16日以前には到着している。オカザキは、紛失したと称して納入日が分かる納品書を提出しない。
私は、オカザキが証拠提出した5月20日の28号証納品書、これは明らかな偽納品書であると知っていたが、故意にこれを使って「金地寛幸」に意地悪な質問をした。「5月20日、既に部品が加工納品されているではないか、部品がそろわないと修理をしないと言ったが、嘘ではないか」証人金地困ってしまったが「部分部分で部品がそろう毎に修理するということです」さすが・・・・・でも先に述べた無駄な経費が掛かってしまうとの証言はどうなった。
「一番上のライフライン・ゲートフックの加工1本」これは何ですか。金地証言
「これはゲートスタンションのところだと思います」・・・・・ゲートスタンション分の切詰は4本必要だが、加工は1本だけ加工。しかもL=1915こんなものどこにも使っていない。(5m以上必要)次々と質問、最後の1行。アイスプライスベクトロン(シート)1.5mこれも全く関係ない。全て関係がなかった。それでも「金地寛幸」は「ほかの注文も一切合切はいるのでこうなる」と主張。1項目づつ、関係がないことを確認しただろう。この納品書には使われた物が全くないのに「この納品書は問題ない」と、裁判官に向かい堂々と証言する。この男頭の中はどうなっているんだ。
こんなオカザキヨットと裁判された方、大変だったでしょう。
<次回は、8月~9月の検査、博多へ向かう>