「監獄の木」の異名をもつオーストラリアのバオバブ
樹木は遠い昔から、人類の文化や歴史を形づくり、無数の人々の人生に影響を与えてきた。ナショナル ジオグラフィックの『心に響く 樹々の物語』は、そんな樹々と人間の物語を、ダイアン・クックとレン・ジェンシェルによる美しい写真でつづる本だ。ここではその中から、オーストラリアのダービーに生えているオーストラリアバオバブ、通称「監獄の木」を紹介しよう。
マダガスカルやアフリカ大陸に育つバオバブが、いつどのようにしてオーストラリア西部のキンバリー地方に根づいたのか、正確な経緯はわかっていない。一説には、7万年ほど前にアフリカ大陸を出た人々が、栄養価の高いバオバブの果実や種を携えていたのではないかといわれている。
キンバリー地方の先住民アボリジニにとって、バオバブは並外れて貴重な存在だった。精神面では、力強い精霊の宿る場所として人々の心の支えとなり、実用面では、乾季の豊かな水源として命を支える。幹内部のスポンジ状の組織には、成木1本当たり最大で10万リットルもの水が蓄えられるといわれている。さやの中の柔らかい果肉には、豊富なビタミンCが含まれていて、水と混ぜれば栄養満点の柑橘系ドリンクになる。
ダービーの町はずれに立つこのバオバブの木の樹齢は、1500年ほどと見られている。この地域を訪れた人類学者が残した古い記録によると、アボリジニの人々は、この木を納骨堂、つまり遺骨の永眠の地として使っていたらしい。また、この木は20世紀初頭に家畜泥棒などの罪に問われたアボリジニを一時監禁するための牢だった、という話もよく聞かれるが、こちらについての根拠はない。
だが「監獄の木(プリズンツリー)」という異名は人の関心を引きやすいため、この怪しげな話は根強く残っている。この地方の歴史に詳しい文化人類学者によると、単なる噂話であっても、年間数千人の集客力をもつダークツーリズムの目玉となってしまった今では、「アボリジニの監獄」というストーリーを訂正しようという動きは広がらないという。その結果、バオバブがキンバリー地方の先住民に対してもっていた本当の意味は、十分に理解されないままとなっている。