久しぶりにはらわたが煮えくり返るような記事を読んだ。出生後すぐに手術が必要な重い障害を抱えた子の親が、手術を拒否したために亡くなった……というコラムだ。胸糞悪いが、思うことも色々あったので書いとく。まず、両親の肩を持つつもりはまったく無いことは言っておく。
該当の記事がこれ。
読んでいただくのが一番だけど、一応記事の概要を。
産科から小児外科に連絡が来ました。先天性食道閉鎖症の赤ちゃんが生まれたのです。食道閉鎖とは文字通り食道が途中で閉じている先天奇形です。当然のことながら、ミルクは一滴も飲めませんから、生まれてすぐに手術をする必要があります。食道は胸の中にありますので、赤ちゃんの胸を開く、難易度の高い手術です。
そして、赤ちゃんの奇形は食道閉鎖だけではありませんでした。 口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)という奇形があったのです。
(中略)
口唇口蓋裂は、形成外科の先生が何度か手術をすることで、最終的には機能だけでなく、美容の面でもきれいに治すことができます。
私は赤ちゃんの家族に食道閉鎖の説明をし、手術承諾書をもらおうとしました。ところが、家族は手術を拒否しました。赤ちゃんの顔を受け入れられないと言うのです。私は驚き慌てて、どうしても手術が必要なこと、時間の猶予がないことを懸命に説明しました。ところが家族の態度は頑として変わりません。
(太字は引用者)
この記事の筆者(医師)は食道閉鎖症の手術の同意を求めるが、家族はそれにサインをしない。産科医を交えての説得も功を奏さず、児童相談所の職員の説得にも応じず、「それなら」と筆者は児童相談所に親権停止を持ちかけるが、児相の職員は病院を去る。赤ちゃんが亡くなった後、問題意識の広がりはなかった、という最高に心の沈む内容だった。
息子、はる君は左心低形成症候群*1。無治療なら大半が一ヶ月以内に命を落とす。複数回の心臓手術が必要で、中には最も高難度のものも含まれる。一万人に一人の割合で産まれる最重度の心奇形だ。はる君とわたし達家族は今がんばっている最中だからくやしい。誰よりもくやしいよ。
ヤフコメ、Twitter、はてブにも様々な意見があったが、難病の子どものいる立場からの意見は少ないようだ。あたりまえか。当事者だからこそ言えることもあるだろう。現時点での自分の考えを書いておく。
口唇口蓋裂にスポットが当たっている
記事中にあるとおり、見た目にもショックだろうが、先天性食道閉鎖症のことで悲観していた可能性もある。手術のリスク、後遺症の有無、退院後の生活はどうなるのか、いじめられないか。辛い人生を味わうのではないか。みんなと同じように学校に行き、就職、自立して生きていけるのか。
出産後、喜びのさなかから一転「手術しなければ死にます」と告知されたとき、素直に受け入れられる人がどれだけいるの?口唇口蓋裂はキレイに治っても、他の病気が合併している可能性もある。余談だが、口唇口蓋裂は心疾患の合併率が高い。*2
児童相談所の問題か
エホバの証人の輸血拒否問題とどこが違うのか。生まれたばかりの赤ちゃんを親が養育拒否した場合、児童養護施設で養育できるのは健常児だけでは?
他にも親権を停止して赤ちゃんの人権を守れ、という趣旨のコメントが本当に多い。正論だ。出生後に無治療で放置するのは医療ネグレクトにしか思えない。だとしても、親権を停止して赤ちゃんの命を救ったその後は?退院した後、自分の子どもを見捨てた両親の元に返すの?
難病児はお金がかかるから、手術代の支払いが難しい貧困層なら仕方ない
これは違う。日本では高度な医療をきわめて少ない自己負担で受けられる。わが家もその恩恵を受けている*3。難病の子ども達にはそれ以外にもたくさんの助成がある。
殺人だ
一番多い意見だろうか。産まれた赤ちゃんを見殺しにするなんて不可能だと本能で感じた……なんて一瞬思ったけど、それは本能なんかじゃなくてただの主観だ。人間の本能なんてアテにならない。野生の動物も子殺しをする。野生の動物なら、むしろ明らかに生存が困難な個体は見捨てるしかないんじゃないか。わたし達は社会性があるから、生存が困難な個体でもみんなで支えて生きていけたんじゃないの?
これが殺人だとして、根底にあるのは障害者差別だろう。この両親は障害者に嫌悪感をもっていたかもしれない。だから自分の子どもの障害を受け入れられなかったのかもしれない。かもしれない、かもしれない……。両親の言葉はこの記事にはない以上、想像でしかない。
なにより辛いのは、こんなに感情を動かされて赤ちゃんを悼むコメントをした人だって、この記事のことをすぐ忘れてしまうんじゃないかってこと。多くの親御さんは子どもに障害があっても必死に育てているのに、大人になった障害者を社会はやんわりと拒絶しているように思えてならない。
障害者を見て忌避する気持ちが起きた時、この食道閉鎖症と口唇口蓋裂の赤ちゃんのために心を痛めたことを思い出してほしい。あなたの目の前にいる障害のある人は、誰かの愛情(等)を受けてここまで育ったんだ。
親への支援がない、薄い
これはわたしの体験談だ。出産予定だった産院の担当医からはじめに最初に告知されたとき、たぶん人生で一番ショックを受けた。不気味な沈黙、強張った表情の先生。紹介状を受け取って転院先で診察を受けたが、そこでも出産・手術はできないと言われた。本当に途方に暮れて、悲しくて辛くてやりきれなかった。この二つの病院の医師とスタッフはわたしには冷たい態度に感じたが、治療はできないから明るい言葉をかけようがない、と今はわかる。
詳しい情報もなく、わたし達夫婦はは『ただ放り出された』と思った。スマホにかじりついて懸命にネットで調べても、より絶望が深くなるだけの日々を過ごした。
florence.or.jp
この記事にもあるとおり、誰もNICUの次を教えてくれない。病院は赤ちゃんの病気を治すところで、わたし達は親として退院した赤ちゃんを育てていかなくちゃいけない。すでに2人の子どもはいたけど、肉体的に健康な子とは全然違う。実際、1年のうち3回の心臓手術以外にも3回の緊急入院をした。
不安だったわたし達を救ったのは時間と、同じく難病児をかかえた先輩お父さんお母さんの存在だった。
難病児の親になった方へ
いくつか希望を持てそうなことも伝えておきたい。わたしの拙い文章、言葉では響かないかもしれないけど、希望は捨てないで。
難病児の親が受けられる主な福祉
全ての病児が対象ではないけど、例えば以下のような助成・福祉が受けられる。
- 障害者手帳
- 特別児童福祉手当
- 小児慢性特定疾患
- 育成医療
こども病院や大学病院にはメディカル・ソーシャル・ワーカーさんがいるので、その方に相談すると必要な支援を教えてくれる。訪問看護と言って、週に何日か看護師さんがバイタルチェックをしてくれるようなサービスもある。訪問看護は乳幼児医療証の範囲で受けられるから、自己負担も無いかわずかだ。
現在心臓病の治療を行なっている病院では、患者家族向けのメンタルケアが受けられる。患者家族を支えると言うことには目が向きにくいだろうから、病院でそんな支援が受けられるということには驚いた。
医療は進歩する
左心低形成症候群はかつては治療法のない病気だった。はる君が産まれたのが30年前なら命はなかっただろう。ここ十数年で次々と新たな治療方法が生まれて、いまや左心低形成症候群は実績のある施設でなら救命可能な疾患と言えるそうだ*4。日本では心臓移植のハードルが非常に高いので、海外では移植を待つような状態であっても手術で対応できるほどに技術が磨かれたと言う(これは主治医の受け売り)。
ピアサポート
ピアサポート(英語: peer support)とは、一般に、「同じような立場の人によるサポート」といった意味で用いられる言葉である。
wikipedia:ピアサポートより引用
難病児の親によるピアサポートがあれば利用するのもいいかも知れない。また、ネットで個人的に病状を発信し続けることも形は違うけど部分的にはピアサポートの役割を果たせそうだ。わたし達も前向きに暮らす病児の生活をネットで見て励まされている。
あきらめないで
障害のある人はどうやら一定の割合で産まれ、その確率をゼロにはできないらしい。じゃあ、社会は障害者が生まれるという前提で設計されているはず。障害児を取り巻く環境もここ数十年で変化し続けている。
難病児を抱えて途方に暮れる日もあったけど、辛い日々だけじゃなくて、喜びにあふれる日もある。どうか、あきらめないで。
ひとまずおわります。
*1:難病情報センター | 左心低形成症候群(指定難病211)
*2:https://www.jstage.jst.go.jp/article/cleftpalate1976/33/3/33_354/_pdf
*3:去年5月に両肺動脈絞扼術、ノーウッド手術という二つの手術を受けた。この月にかかった医療費は保険適用前だと高級外車が買える程度の金額だったが、乳児医療証の適応で手術と処置については自己負担金は発生しなかった。ミルク代等はかかった
*4:あとでソースを追記します