トランプ率いるホワイトハウスへ
先月、アメリカ合衆国大統領官邸のホワイトハウスと国会議事堂を訪問してきた。
そこで交わした話の中で、今のアメリカは「有害な政治環境」になっているというトピックが印象深かったのでそのことを考えてみたい。
招待してくれたのは、過去4回の大統領選挙に関わった共和党の選挙キャンペーン専門家A氏だ。私がヒラリー・クリントンの支持者だったことも承知のうえだった。
光栄なことだが、最初のうちは断るつもりだった。
現在のホワイトハウスの住人が、人種差別や移民差別を助長させ、最も援助を必要とする国民から医療保険を奪い、地球の温暖化を否定し、国際関係を悪化させているトランプ大統領だからだ。
民主党員の知人も「なぜ敵陣地なんかに行くの?」と眉をひそめた。
だが、大統領は恒例の週末ゴルフで留守だというし、一生で一度のチャンスかもしれないので、招待を受けることにした。
今のアメリカの政治的環境はtoxicである
ホワイトハウスの西側ウエストウイングと併設しているアイゼンハワー行政府ビルを案内してくれたのは、行政管理予算局の重職に就いている女性だった。性格の暖かさが伝わってくる方で、日曜の大切な時間を何時間も費やして丁寧に案内してくれた。
オーバルオフィス(大統領執務室)があるウエストウイングは、テレビドラマの『ザ・ホワイトハウス(原題The West Wing)』で想像したものよりずっと狭い。撮影禁止なので写真は撮れなかったが、歴代大統領がここで重要な決断を下したことを想像すると鳥肌が立った。
アメリカ人はよく「現在の大統領を尊敬していなくても、『アメリカ大統領』というポジションは尊敬する」と言うが、それが理解できる瞬間だった。
A氏夫妻と私たち夫婦は、ホワイトハウス訪問後に夕食を取りながら雑談を楽しんだ。
私は自著『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』に「保守(右)とリベラル(左)が意見を取り交わし、バランスを取ることが重要だ」と書いたが、「社会的にはリベラルで、経済的に保守」というA氏と私がおおいに同感したのがこの点だった。
「現在のアメリカの政治的環境はtoxic(有毒、つまり有害)だ」と私たちは語り合った。
リベラルの側では、左寄り、つまりリベラルの度合いが強まるほど正義だと考える人が少なからず存在し、民主党そのものが腐敗した体制だと批判する。そんな人たちにとっては、すべての保守の共和党支持者が人種差別者であり、労働者から搾取する企業の味方でしかない。
保守の側も、極端に右寄りの共和党支持者は、白人以外の移民は古き良きアメリカ文化を壊す脅威であり、高等教育を受けた都市部のリッチなリベラルが、マイノリティや移民を白人よりも優先していると思いこんでいる。
左も右も、正しいのは自分たちだけであり、妥協は汚いことであり、「sellout(裏切り)」とみなしている。だから、理解しあうよりも、誤解のままで相手を憎むことを選ぶ。
極端な考えが互いに分離していく状況
けれども、現実は彼らの想像とは異なることが多い。
たとえば、左寄りのリベラルは、「大学の無料化」に反対する人を低所得層や労働者の敵だとみなしているが、必ずしもそうではない。
アメリカ中西部の中流階級の白人には、親から受け継いだ勤勉と努力の道徳観が強い傾向がある。「働ける身体をもらって生まれたのだから、欲しいものは働いて手に入れろ。施しを受けるな」という教えだ。
「大学の無料化」を訴える都市部のリベラルな学生たちのほうが、彼らよりよほど経済的に恵まれていることがある。けれども、勤勉と努力という道徳観を教え込まれた人々にとって、無料化は「施し」であり、それを要求するのは「怠惰」なのだ。
また、地方の白人がすべて人種差別者というわけではない。
白人ばかりの環境で生まれ育ったので、それ以外の文化にどう対応していいのかわからない場合もある。また、馴染んだ世界が変わることを恐れている人もいる。
トランプを支持する地方の白人ということで、差別主義者と同じグループにみなされてしまうが、この記事に書いたような白人至上主義者ばかりではない。
実際に会えば悪い人ばかりではないとわかるのに、ソーシャルメディアでは自分と異なる意見の人を悪者とみなすのが簡単になってしまう。自分と同じ意見の者とだけ語り合っているほうが心地良いので、外部の意見を拒否し、仲間が流した偽ニュースの情報を検証する手間を省いてしまう。その結果、自分とは異なるグループへの憎しみはさらに強くなる。
そして、政治家は票を得るために極端な見解の有権者に寄り添う。
同時に、異なる政党の政治家と意見を取り交わし、妥協することをやめる。
そして、党派を超えて国民のために協働しようとする中道の政治家たちが落選して消えていく。
残るのは、極端な意見で有権者から支持を得ようとする政治家ばかりになる。
これが私たちの語り合った「有害な政治環境」だ。
有害な政治環境に貢献したのがソーシャルメディアだ。
ソーシャルメディアでは、偏見を抱くのも簡単だし、意見が異なる者を悪者扱いするのも簡単だ。
ホワイトハウスで感じた「アメリカ」への誇り
私も、トランプ大統領が率いる現在の共和党に偏見を抱いていたのは事実だ。
だからホワイトハウス訪問を躊躇したのだ。
けれども、ホワイトハウス訪問、国会議事堂の訪問、その後の小さなパーティで出会った共和党の人たちはみな親切で、真摯だった。国会議事堂の案内をしてくれた共和党のボランティアから眉をひそめるようなヒラリー揶揄のジョークをひとつ聞いたが、それ以外は、トランプ大統領がツイートするような内容の発言はまったく耳にしなかった。
多くの人はトランプ政権の官僚たちの浪費に憤り、大統領の政策に疑問を抱いていた。
それがわかったのも、心地よいソーシャルメディアの仲間から離れて、ワシントンDCまで足を運んだからだった。
ホワイトハウスを案内してくれた行政管理予算局のBさんは、「トランプ大統領に仕える役人」の先入観を変えてくれた。
Bさんは壁紙やカーペットにいたるまでホワイトハウスの歴史をつぶさに説明してくれただけでなく、私たちに話すのが楽しくてたまらないという態度で接してくれた。彼女は私が保守ではないということを知らなかったのだが、民主党に対する批判や悪口はひとことも口にしなかった。
また、オバマ政権からトランプ政権に移り変わったときの逸話も、笑いながら語ってくれたのは引っ越しの大混乱だけだった。
政権が異なる党に切り替わるとき、ホワイトハウスだけでなく、隣接するアイゼンハワー行政府ビルで働く約1200人も、1日ですっかり入れ替わるのだという。
備品や家具の持ち出しはもちろん禁止なのだが、ゴタゴタの間に椅子や机があちこちに移動し、探している物が見つからなくなり、かわりに掘り出し物が出て来る。それらひとつひとつにアメリカの歴史が結びついていることをBさんは楽しそうに語った。彼女から唯一感じたのは、共和党ではなく「アメリカ」への誇りだった。
Bさんは満面の笑顔で私にこう言った。
「選挙でどんなに激しく戦っても、政権の入れ替わりは非常に平和的です。これができるのがアメリカ合衆国なのだと、しみじみ感動しました」
そう言われてみればそうだ。私たちは暗いニュースにばかり集中して、絶望し、怒りをつのらせがちだが、この国にも明るいところはちゃんとある。
A氏も「アメリカの世論は振り子のようだ。民主党の大統領が8年務めたら、多くの国民は『次は共和党にチャンスを与えよう』と思う。今後もまた振り子が別の方向に揺れるだろう」と言ったが、彼が予測したように、昨日11月7日の選挙では、全米で民主党が圧勝した。
その中には、トランスジェンダーとして初めての下院議員の誕生もあった。
トランプ大統領の誕生は、もしかすると、アメリカで新しい政治家たちが生まれるための通過儀礼だったのかもしれない。
A氏は「政治的見解が異なっても互いを尊敬することはできるし、友情を保つこともできる」とも語ったが、新しく誕生した政治家たちがそうなってくれることを心から祈っている。