53歳「絵の天才」と呼ばれる男がなお抱く渇望

やりたいことと適性の一致は幸運だった

「これは楽しいわ!! 仕事になる時代が来たらいいなあと思ったんだけど、当時はフルセットで400万円くらいしたんですよ。その頃は銀行に100万円前後くらいの額があるかないかだから当然買えない」

一日千秋の思いで値下がりするのを待ち、28歳のとき、50万円まで値下がりしたマッキントッシュ LC IIIを購入した。

当時の技術ですでに、プロの現場で使用できるなという手応えがあったが、いかんせん出版社などの受け手が対応していなかった。

初めてのデジタルデータ入稿は、『月刊アスキーコミック』(アスキー)から頼まれた、『バーチャファイター』(セガ)のイラストだった。当時のパソコンでは1枚絵では描けなかったので、分割して描き入稿した。

どんどんデジタル入稿が進み…

そこから出版業界はどんどんデジタル入稿の対応が進み、現在はアナログ原稿で入稿する人のほうが少数派になった。現在寺田さんは、ほぼiPad Proのみで作画をして入稿している。

ただ、寺田さんは「デジタルならではの作品」を作ることには興味がないという。

「俺がデジタルに求めたのは、スピード感とかなんですよね。デジタルならではのフィルターにはまったく興味がなかった。アナログ、デジタル、どちらで描いても、同じような絵が出来上がるというのが大事なんです。なるべくツールには依存しない。ガジェットなんていつ使えなくなるかわからないですからね。そんなときにはすぐにアナログに戻れなきゃいけない。あくまで自分の右手がいちばん信頼のおける道具なんです」

ガジェットと同じく、作品を発表する雑誌などの媒体に、過度の思い入れを持たないようにしているという。

「プラットフォームに愛情を抱きすぎてしまうと、生活がきつくなることがあります。描いている雑誌がなくなったり、業界がシュリンク(縮小)したりする状況はつねにあるわけなんで。結局、いちばん大事にしなければならないのは、どこに描いているかではなくて、何を描いているか、なんですよ」

最近では、個展で原画などを直接見せる機会も増えた。

「昔は個展を断ってました。印刷が好きで、刷り出しとか見ると今でも気分が高揚するから、自分の仕事はそこにあると思ってたし、足を運んでもらうほどの絵を描いていないって思いもあって。でもアメリカの知り合いに『アメリカで個展をやらないか?』と誘われて、『アメリカならいいかな?』と思ってやってみたら結構な人数が来てくれたんですよね。なら個展もやってもいいな、と思いました」

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  • NO NAMEa6bf3f257802
    このサイトの記事群の中でも特にパワーを感じるシリーズなので長く続けて欲しい
    up15
    down0
    2017/11/9 11:46
  • 絵心のない爺たん6db3611012f1
     寺田さんの『絵のいいところは、何百年も前からうまい人たちが山ほどいて、天狗(てんぐ)になりようがない』という自覚が素晴らしい。絵の世界に限らず全ての分野で何百年も前からスゴイ人だらけですが、サラリーマン社会ではちょっとした高評価を得るとすぐに天狗になって、損得勘定優先で向上心に欠ける天狗が多い。
     将棋の藤井四段のように勝敗がはっきりした世界で驚異的な活躍を見せ、天才が証明されていても天狗にならない。スポーツのトップアスリートにもそういう方が多いし、ホンモノの人は皆さん謙虚で素晴らしい。勉強になります。
    up15
    down2
    2017/11/9 11:23
  • NO NAME29b8371b3c5d
    ライブペインとか凄いなって思っていましたが、時代と共にきちんと場数を踏んで今に至るんだなと思いました。バブルとかイラストレーターの花形時代を経験した方が今も一線で活躍するのというのは、描くのを中心に時代の変化に向き合っているんだなと感じます。フリーって大変ですものね。ギャラの変動もあるし…。すごい為になりました!
    up8
    down0
    2017/11/9 10:51
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