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ルポ「トランプ大統領 “岩盤”支持者はなぜ減らない?」

「AP(通信)が打ったぞ、あ、FOXニュースもだ!」。2016年11月9日午後、東京・渋谷のNHK放送センターのアメリカ大統領選挙開票速報本部は異様な雰囲気に包まれていた。アメリカの主要メディアがトランプ氏の勝利確実を打ち始めていた。大半のメディアの事前予想は「クリントン氏有利」。ところが、開票が始まってまもなく、“スイング・ステート(揺れる州)”と呼ばれる、両党の勢力がきっ抗する州でトランプ氏優勢が鮮明になると、看板キャスターたちの顔が徐々にこわばっていった。「まだクリントン氏の逆転の可能性がゼロになったわけではありません!」声を震わせながら話すリポーターまでいた。トランプ氏はその後も票を伸ばし続け、日本時間午後5時前、勝利を宣言した。私はこの日、開票状況を伝えるアメリカメディアをチェックする役目だったが、アメリカの有権者の“選択”の背景に何があったのか、にわかには理解できなかった。(ワシントン支局記者・西河篤俊)

“岩盤”支持維持するトランプ大統領

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ことしの夏、私はワシントンに赴任し、ホワイトハウスを担当することになった。目に飛び込んでくるのは…「ロケットマン!」「いかさまクリントン!」「フェイクニュース!」…トランプ大統領の口から次々と飛び出す過激な発言だ。子どものけんかのように対立する相手を非難し、気に入らないことがあれば、早朝からツイッターで感情を吐露する。

アメリカのメディアは連日、大統領の発言を繰り返し批判し、ワシントンでも、取材先や周辺の人々から耳にするのは、大統領への不満やあきれる声ばかりだ。支持率は、30%台後半から40%台前半を推移し、メディアは「歴代最低だ」と報じている。

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しかし、支持率のグラフを見ていると、気付くことがある。支持率はここまで常に安定していて、大きくは落ち込まないのだ。なぜ、トランプ大統領は根強い“岩盤”支持を維持することができるのか。大統領選挙から1年となる11月8日を前に私たちは、先月、改めて取材をスタートさせた。

なぜ支持するのか(1)生活の改善

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パイクビル

南部ケンタッキー州にある町パイクビル。人口およそ7000人。隣のウェストバージニア州との州境に近く、古くから石炭産業で栄えた町で、民主党を支持する労働組合が一定の力を持ってきた。しかし、前のオバマ政権が地球温暖化対策を進めたことや海外の安価な石炭との価格競争によって、ここ数年、石炭産業は大きく落ち込み、この地域は衰退の一途をたどった。

しかし、この1年で変化が現れたという。まだ薄暗い朝7時すぎ、地元の「スリーウェイ」という食堂を訪ねた。炭鉱に近く、夜のシフトを終えた炭鉱労働者が集まってきていた。朝から大きなハンバーガーをほおばる炭鉱労働者たちにトランプ大統領について尋ねてみると…。

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「景気はすごくいい。石炭産業は復活している」 「トランプになってから、上々だ。オバマの時とは大違いだ」

環境問題よりも経済成長や雇用創出を優先する姿勢を打ち出したトランプ大統領。環境規制を緩和すると発表したことによって、石炭産業の復活への期待感が一気に高まったのだ。アジアなど世界的な石炭の需要の高まりもあって、アメリカから海外への石炭輸出はこの1年で1.5倍に。この町では、失業率がわずか1年で3.8ポイントも改善し、炭鉱に戻る人が相次いでいるという。

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そんな1人、ウォルター・ディクソンさん(34)の家を訪ねた。妻と11歳の女の子と5歳の男の子の4人暮らし。前のオバマ政権下で繰り返し失業を経験し、石炭産業の復活を掲げたトランプ氏に投票した。当選直後から求人が一気に増え、炭鉱の仕事に再び就くことができた。ことしに入ってから中古の車を2台現金で購入できるほど、経済的に余裕が生まれた。車には去年の大統領選挙のトランプ氏を支持するステッカーが貼られていた。ディクソンさんは、妻のシーナさんが3人目の赤ちゃんを妊娠中で、来年1月に生まれる予定だと笑顔で話す。

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「トランプがいなければ、車も買えなかったし、家族を養うこともできなかった。自分たち家族に希望をくれた。言葉づかいはあらっぽいけど、単に正直なだけだ。言葉は上品でも自分たちに何もしてくれない、うそつきの今までの政治家とは違う。3年後の選挙(2020年大統領選挙)でもトランプに投票するよ」

なぜ支持するのか(2)自信を与えてくれるトランプの”言葉”

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ヤングスタウン

しかし、パイクビルのようにトランプ政権の経済政策の恩恵を受ける地域はごく一部だ。中西部オハイオ州にあるヤングスタウンを訪ねた。6万人余りが暮らす地方都市だ。オハイオ州は大統領選挙で勝敗の鍵を握る“スイング・ステート”で、去年の大統領選挙では、白人の中間層を中心にトランプ氏が支持を集め、躍進を後押しした場所でもある。かつては盛んだった鉄鋼業が衰退し、いわゆる「ラストベルト(錆びた帯)」と呼ばれるこの地域。足を踏み入れると、今も企業の撤退や工場の閉鎖が相次ぎ、廃虚となった建物が目立つ。

住宅街の一角では、空き家の取り壊し工事が行われていた。ショベルカーが工事にとりかかると、わずか20分ほどで2階建ての家ががれきへと変わった。がれきからは色あせたぬいぐるみが顔を出していた。持ち主は今はどこにいるのか分からない。

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炊き出し施設

工事を町から請け負っている業者に話を聞くと、ことし、取り壊された家は200軒近くと、去年の1.5倍を超えている。景気の低迷によって、ほかの都市へと人口流出が進んでいるというのだ。この町で訪ねたのは、職のない人たちのための炊き出しの施設。毎日、朝と昼の2回、無料で食事を配っている。去年7月のオープン以降、訪れる人は増え続け、今では毎日250人以上が詰めかけるという。ヤングスタウンの失業率は7.1%。全米平均を3ポイント近くも上回っている。しかし、トランプ大統領について尋ねると、驚くことに、その大半が今もトランプ大統領を支持していると言う。経済が上向く兆しがないのに、なぜか?と尋ねると、「トランプはよく頑張っている」という答えが返ってくる。

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でも、どの政策を支持するのか聞いても、具体的な答えは返って来ない。その疑問に、ヤングスタウン近郊に住む1人の男性が答えてくれた。ドミニク・ハンフリーさん(54)。訪ねると母親と2人で狭い賃貸アパートで暮らしていた。3年前に心臓の手術をした母親は外出も1人ではできず、ハンフリーさんが生活の世話をしていると言う。質問をぶつけると、せきを切ったように話し始めた。

去年の選挙では、既存の政治を批判し、アメリカ第一主義を掲げるトランプ氏に期待し、投票した。しかし、その直後、ハンフリーさんに予想外のことが起こった。ことし1月20日、トランプ大統領の就任演説が行われたまさにその日、勤めていた大手自動車メーカーの組み立て工場から解雇されたのだ。自動車工場では、残業をいとわず、週末も働くことが多く、月に60万円以上の収入を得ていたという、ハンフリーさん。仕事を突然失い、失業保険も切れた今では、再就職プログラムに参加することでもらえる補助金に頼って暮らしている。今では、家の修理や解体などの日雇いの仕事で、生活費を稼ぐ。補助金と合わせても月に得られるのは、およそ7万円。貯金を切り崩して生活しているが、補助金も来年には切れ、先の見えない生活が待ち受けている。

それでもトランプ大統領を支持する気持ちは揺らがない。パソコンを持っていないドミニクさん。情報を得る手段はテレビのみで、そのテレビも大統領に批判的なものは一切見ず、トランプ政権寄りのFOXテレビしか見ない。ハンフリーさんは、トランプ大統領が掲げる政策がうまくいかないのは、議会やメディアなどの“抵抗勢力”が邪魔をしているからだと考えている。

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「トランプが就任してからまだ1年も経っていない。時間とチャンスを与えるべきだ。トランプに仕事をさせてあげるべきだ。すぐに変革を起こすのは無理だ」(ハンフリーさん)

熱くなったハンフリーさんは続ける。トランプ大統領が発する言葉や態度に、みずからの経験を重ね合わせ、共感すると。

「トランプは、アメリカの古き良き時代の父親のような存在だ。父親は何があっても家族を守ってくれる。だから家族は父親を頼るんだ。そして、トランプの言葉は、俺たちアメリカ人が失った自信を取り戻し、勇気づけてくれる。議会やメディアにたたかれても戦い続ける姿勢は、苦境にあってもくじけない、まるで自分を見ているような気持ちになる、だから応援したくなるんだ」

言語学者はトランプ大統領の“言葉”をどう見る?

今回の取材で幾度となくトランプ支持者から耳にした「トランプの言葉や話し方が好き」という反応の根拠が知りたくて、トランプ大統領の発言を科学的に分析する言語学の専門家に話を聞いてみた。

テキサス大学のデビッド・ビーバー教授は「トランプ大統領は、思いついたまま言いたいことを話しているのではなく、敵と味方という対立軸をつくり、支持固めをはかるという戦略のもと、発言している」と分析する。

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デビッド・ビーバー教授

その象徴的な例が「WE(俺たち)」と「THEY(あいつら)」の使い分け。トランプ大統領は、成果や肯定的な内容を話すときには、「WE(俺たち)」、逆に失敗や否定的な内容を話すときには「THEY(あいつら)」という言葉を使う傾向があると言う。そして、ビーバー教授はこのように続けた。

「トランプにとって話をするときに事実かどうかは重要ではない。それを聞いた人が、どう行動するか。つまり『トランプ』という商品を買わせるかどうかなのだ。そのためには、セールスマンとして、そのグループの人たちから『トランプは誠実だ』と思われることが重要だ。その目的を理解すれば、トランプの発言ほぼすべてが統制されていることがわかる」

最後に

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今回、取材で訪れたのはトランプ支持者の多い地域だ。ケンタッキー州に数日間、滞在している間、町で白人以外の姿を見ることは一度もなかった。白人の所得が低く、貧困率が全米の中でも高い水準にあるところでもある。アメリカの多くのメディアは、こうした地域に住む人々の意見はあまりとりあげていない。

取材を終えてワシントンに戻り、あるメディアで働く知人に今回の取材について話すと、けげんな顔をしてこう言った。「そういう人たちは、教育をきちんと受けていないアメリカの中でもごく一部の人たちだよ。トランプの不支持率を見てごらんよ。アメリカ人の多数派は、トランプを支持してないんだよ。その意見をとりあげるのが普通だろう」と。

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今回、多くのトランプ支持者たちに話を聞いて感じたのは、既存の政治家やメディアへの不信感が非常に強いということだ。だからトランプ大統領は、こうした人たちを「忘れられた人たち」と呼んで共感をアピールし、支持固めを図ったのではないか。アメリカでは、大統領選挙から1年間は、問題が改善しなくても、前の大統領のせいにできると言う。しかし、来年11月の中間選挙まで1年を切ったこれからは、トランプ大統領も、国民が肌で実感できる成果が求められることになる。トランプ大統領という“ユニークな指導者”が今後、国民にどう受け止められていくのかはわからない。ただ、今回の取材を通じて、多様な意見に耳を傾け、たとえ少数派であっても、その声をしっかり拾っていくことが大切だと、改めて痛感している。

西河篤俊
ワシントン支局記者
西河 篤俊

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