ユーモアにあふれポップな世界観を創造する異端のアーティスト、スプツニ子!の作品は、テクノロジーによって起こり得る未来の社会や価値観の可能性を提示し、議論を巻き起こす。高校時代に親友が旧ソ連の人工衛星「スプートニク」からつけたあだ名を職業名として、英国の大学院を修了後にアーティスト活動を開始。2013年には、28歳でアメリカの名門マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの助教に就任、この秋には東京大学と世界最高峰の芸術大学院である英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)が共同で設立した東京大学RCA-IISデザインラボの特任准教授に就任した。現在、幅広い分野で世界の先端技術が集まるこの研究所に身を置きながら、学生たちを導いている。

仮想通貨の仕組みを支える中核技術である「ブロックチェーン」や「人工知能(AI)」といった新たなテクノロジーが台頭してきているいま、彼女は何を考え、どんな未来を見ているのか。

未来の食肉「培養肉」を身にまとう!?

——作品のアイデアは、どのようにして生まれるのでしょうか?

スプツニ子! 幸運にも、さまざまな分野の研究者たちと接する機会が多いので、そうした専門家たちとの会話をヒントに「これをつくってみたら何が起こるんだろう」と夢想しながら制作しています。

最近の「bionic by sputniko!」という展覧会(※1)では、牛や豚を殺すことなく、細胞から肉を培養してつくる「培養肉」の研究サークル「Shojinmeat」とコラボレーションしました。培養肉は食用として研究されていて、ビル・ゲイツやGoogleが出資するなどして注目されている分野です。いまレザーやファー(毛皮)を取るために、多くの動物が殺されていることが問題になっています。そんな中、培養肉のような技術がファッションの世界に浸透したらどういった未来がひらけるのか、と考えるようになりました。

2017年8月18日から開催された、バイオ技術から生まれるファッションの未来を想像する展覧会 「bionic by sputniko!」 Photo by Nacasa&Partners Inc.

2017年8月18日から開催された、バイオ技術から生まれるファッションの未来を想像する展覧会 「bionic by sputniko!」 Photo by Nacasa&Partners Inc.

当初は「私自身の細胞を培養して数珠のようなアクセサリーをつくれないか?」と「Shojinmeat」のメンバーに相談しました。ヒトの細胞って培養するのにとても時間がかかるので、まったく展覧会に間に合わせることができなかったけど(笑)。でも、いずれチャレンジしたいと思っています。

※1:「bionic by sputniko!」=2017年8月18日から9月3日まで、西武渋谷店(東京都渋谷区)で開催された展覧会。「衣服もバイオ技術で作ることのできる時代が訪れたとしたら?」という問いをもとに、「Shojinmeat Project」とバルーンアーティストのデイジーバルーンとコラボレーションで制作した、培養肉をイメージした会期中に増殖していくインスタレーション作品や、ファッションデザイナーのショウコニシ氏とのコラボレーション作品などを展示した。

展示されたインスタレーション作品 Photo by Nacasa&Partners Inc.

展示されたインスタレーション作品 Photo by Nacasa&Partners Inc.

——展覧会の対談で、自身を「自分のやっていることが果たしていいことなのか、悪いことなのかわからないときに、グッとくる性格」の「倫理マゾ」だと言っていたのが印象的でした。

スプツニ子! 人の倫理や家族観の変化は、そのときどんなテクノロジーが出てきて、どのように広がっていったかということと非常に深い相関があると考えているので、そういった人間のリアルな部分を、作品を通して考察したいと思っています。

よく「作品のメッセージは何ですか?」と聞かれることがありますが、困ってしまうんです。「メッセージ」と聞かれた時点で、人に伝えたい答えがすでにある前提だから。私は伝えたい答えがあるというより、答えの見えない人間のリアルを探りたいと思っているんです。

スプツニ子!

1000年前の『源氏物語』時代の「既読スルー」

——「メディアアーティスト」「テクノロジーアーティスト」という肩書きで紹介されることがありますね。

スプツニ子! そうした肩書きだと「最先端のテクノロジーを使ったアート」をつくっていると勘違いされそうですが、私の本当の興味はテクノロジーから見えてくる人の本質。テクノロジーが変化して私たちのライフスタイルが変わっても、人の繋がりや優しさ、嫉妬や憎悪など、コアの部分はなかなか変わらないものです。

たとえば、ちょうど1000年前に書かれた『源氏物語』に出てくるような、「文(ふみ)」を通して思いをやり取りして恋愛をするという人のあり方は、いまと本質的に変わりません。彼らがやり取りしていた文はいまでいえば、LINEに当たりますよね。1000年前に文をやり取りしていたように、みんなLINEを使っている。源氏からの文を読んでも、返事をしない姫もいました。これはいまでいう「既読スルー」ですね。いまと本質的に全然変わっていません。

私が関心をもっているのは、こうした普遍的な人の本質を理解すること。私の作品においてテクノロジーは、人の本質を映し出す鏡の役割をしている気がします。

スプツニ子さん

——スプツニ子さんの研究室の学生で、15年に文化庁メディア芸術祭アート部門で優秀賞を受賞した長谷川愛さんの作品「(Im)possible Baby」(※2)も、その「人の本質を映し出す鏡」の部分が可視化されたケースでしょうか?

※2:「 (Im)possible Baby」=邦題は「(不)可能な子供」。そう遠くない将来、iPS細胞の技術によって同性間で子どもをつくることが可能になるかもしれないが、その是非を議論する作品。同性婚カップルの牧村朝子さんとMorigaさんの協力で、2人の遺伝情報から2人の間にできうる子どもたちの外見や性格などをシミュレーションし、家族写真を作成した。NHKが、2人がプロジェクト参加を決めた思いから、完成した写真を前にした反応までを追い、ドキュメンタリー番組として放映。ネット上に簡易版のシミュレーター(β版)もあり、カップルの遺伝データをアップすると子どもについての情報が文章で得られるようになっている。

スプツニ子! そうですね、そういう瞬間があったと思います。長谷川愛さんが最初にこの作品のアイデアを提案したとき、「愛ちゃん、このアイデアはスゴイ、絶対にやろう」と一気に制作を始めました。

その時点では、正直、私にもどのようにプロジェクトが進むのかが未知数な状態でした。でも、実際に同性婚カップルの2人にコンタクトして一緒に進めていくなかで、「会えるはずのない子ども」に対して、私たちの想像以上に気持ちの揺れ動きがありました。作品制作のプロセスを撮影していたことで、こうした心の動きを映像として伝えられたのは、とてもよかったと思います。作品完成までのプロセスをドキュメンタリー番組にしたのは初めてでしたが、今後もやってみたいですね。また、この作品はNHKで放映され、世界各地で展覧会を開いたこともあり、インターネットでの反響を含め世界各地からさまざまな意見が集まってきました。

スプツニ子!さん

「マッチョ思想」がはびこるテクノロジー業界

——「(Im)possible Baby」が問いかけたのは、倫理的に難しい問題でした。賛否両論があったのでは?

スプツニ子! ありましたね。いろいろな方に怒られました。ある方は「私たちは研究を通して世界をもっとよくしたいと思っているが、あなたはどうなんですか」と問いかけながら、ある図を示してきました。横軸に「現在・未来」、縦軸に「よい・悪い」を引いて、「あなたの研究室のつくった作品は、どこに位置しているのか?」と言うのです。

でも私は、そもそも評価軸が「よい・悪い」の1本しかないことが間違っていると思います。テクノロジーに関わる人間が、1本だけの「よい・悪い」の軸しか考えず、それを人に押し付けたら、それによって生きづらい世界が生まれてしまう。私がやっていることは、この軸自体を問いかけることなんだと説明しました。

——価値観がひとつに凝り固まっているのは、よくないということでしょうか?

スプツニ子! もちろんよくないです。いまはAIやブロックチェーン、バイオなどの先端技術により、大きな社会変革が起きていく時代です。たとえば、ブロックチェーンは、信頼やお金の仕組みを変え、銀行を中心にした経済のシステムを根幹から変えるでしょう。さらには、これまで通貨の発行権限を独占してきた国から力を奪って、政治や権力のあり方も変えるかもしれない。人工知能だって、人々の働き方や生き方に大きな影響を与えます。ということは、こうしたテクノロジーの構造をつくっていく人たちは、社会変革に多大な影響力をもっていると言い換えられます。

大概にして、そういったテクノロジーに関わる人たちはとても若く、優秀です。でも、多くのプログラマーたちは年功序列を嫌う代わりに、徹底した能力主義でもあります。だから、「優秀であればそれに見合う対価を得るべきだ」という意見とともに、「仕事ができなかったら、価値がない」と考えている人も多いと思います。弱者を容赦なく切り捨てる。それは、とても危険で悲しいことです。それに残念ながら、この分野はまだ圧倒的に男性が多く、ジェンダーバランスも偏っています。

スプツニ子!さん

たとえば、彼らとベーシックインカム(Basic Income=すべての人に毎月一定額を無条件で支給する社会保障政策)の議論をすると、「BIを導入すれば人は無駄な仕事をせず、価値ある仕事に専念できる」と主張する人が多いです。BIの是非は別にして、私はこの「無駄な仕事」という言葉に、彼らの仕事に対する選民思想とエリート意識を見てしまいます。

日本の文化でいえば、茶道や生け花は儀式的な「無駄」の連続ですが、その連続自体に美意識があり、心や生活を豊かにするものとして文化が発達してきました。それと同じように、仮にアイロンをかけるという作業はロボットがやってくれればいいと考える人もいるでしょうが、その一方でアイロンをかけるということ自体に意義や美意識を見いだしている人もいるかもしれない。私は、実はそういった無駄の連続の中に、人の本質的な幸せがあるんじゃないかなと思います。でも残念ながら、テクノロジー業界の人たちの多くは、「有用性のないことは、やらなくていい」という考えのように見えます。

研究室ははみだし者の「魔女っ子牧場」

——そこでは、スプツニ子さんのような考え方は異質なものになりますね。

スプツニ子! 私はそのようなテクノロジーの見方に対する異質なツッコミを期待されて、4年前にMITメディアラボに呼んでもらったのかなと思っています。

きっかけは、12年にNHKの仕事でMITメディアラボへ取材に行ったとき、創設者のニコラス・ネグロポンテさんに会ったことでした。話をしていて思わず、「メディアラボって楽しそうだな、こんなところに来てみたい」と言ったら、「来る?」と。当時はまだ27歳だったので、学生としての話だと思ったら、ネグロポンテさんは「いや、先生だよ」と真顔で言うんです。メディアラボの面接では、これまでの作品や研究方針をプレゼンしたんですが、後で聞いたらネグロポンテさんは「まったくわかんない!採用しよう!」と即決されたそうです(笑)。恐らく、「わからないことをやっているということは、彼女は新しい領域に踏み込んでいる」と解釈してくれたんだと思っています。そして私は、研究者としてどこのカテゴリにも属さない「other(その他)」というカテゴリで採用されました(笑)。

私は、異分子として理解されないことにも、白い目で見られることにも、胡散臭い名前だと言われることにも慣れています。MITに就職する以前の3年間は日本にいましたが、そのころは「チンボーグ」「生理マシーン」(※3)をつくったことで、世の中から完全に「サブカル下ネタ女」と思われていましたから(笑)。

※3:「チンボーグ」=「もしペニスがあったら、私の性格はどう変わるのか」を検証するための男性器型実験デバイス。股間に装着し、心拍数が上がれば棒状のメカが立ち上がり、心拍数が下がれば下を向く。

「生理マシーン」=男性が、女性の生理を体験する機械。腰に装着すると、電極により下腹部に鈍い痛みを伝え、タンクから女性の5日間の平均月経量である80mlの血液に模した液体が流れる。

チンボーグ(2009)デバイス:アクリル、アルディーノ基盤、皮ベルト、心拍数計測器、モーター 20 x 30 x 70 cm  © Sputniko!

上:チンボーグ(2009)デバイス:アクリル、アルディーノ基盤、皮ベルト、心拍数計測器、モーター 20 x 30 x 70 cm © Sputniko!

生理マシーン、タカシの場合。(2010) 映像インスタレーション (カラー、音声)、スクリーン、写真パネル、3:24 min、サイズ可変;デバイス:アルミニウム、電子部品、アクリル13 3/8 x 13 13/16 x 13 3/8" (34 x 35 x 34 cm)  © Sputniko!

生理マシーン、タカシの場合。(2010) 映像インスタレーション (カラー、音声)、スクリーン、写真パネル、3:24 min、サイズ可変;デバイス:アルミニウム、電子部品、アクリル13 3/8 x 13 13/16 x 13 3/8″ (34 x 35 x 34 cm) © Sputniko!

——「other(その他)」のカテゴリであるスプツニ子さんの主宰していた研究室では、どんな学生がどのような研究をしていたんですか?

スプツニ子! MITの研究室の学生は、テクノロジーに関して非常にユニークな視点をもっている人を意識して選んでいました。学生の8割が女性なので研究室は「魔女っ子牧場」と心の中で呼んでいましたね(笑)。毎年150人くらいの学生たちから研究室に応募がありましたが、採用は毎年2人程度。女性だけを採用しようとはしていませんが、「この人ヘンだな」「この人おもしろすぎる!」と選んでいたら、それがたまたま女性であることが多かったですね。

研究室では、2017年に卒業したメアリー・チャンの「オープンソース・エストロゲン」という作品がオーストリアの国際的なメディアアートの祭典で賞をいただきました。トランスジェンダーの人たちは医療機関で高い医療費をかけて女性ホルモンの注射をしますが、女性ホルモンのエストロゲンは自然環境や尿からも採取することができます。そこに着目して、その簡単な採取方法などを提示し、安価にトランスジェンダーの人たちが女性になるためのDIY(Do It Yourself=自作)レシピを公開するというプロジェクトです。

これまで学問の世界もテクノロジーの世界も、評価の方法や出世の基準など社会システムの基盤はどうしても男性中心につくられてきたため、長時間労働や女性の体調変化への無理解など、女性には苦労が多かったと思います。だからこそ私は、もっと新しい考え方や働き方を浸透させていきたいと思っています。面白いことをやっている若い女性は、率先して研究室に呼びたいですね。

未来を愛しているからこその危機感も

——2013年の著書『はみだす力』では、「サイエンスにかかわる分野に女性が少ないと、女性の問題がうまく解決されないんじゃないか」と指摘し、そのうえで「私らしい“ハッピーなフェミニズム”を探す」と書いていました。

スプツニ子! 私はフェミニストです。そして「フェミニスト」という言葉が、日本では「文句を言う人」と間違って思われている節があるのは悲しいことだと思っています。なぜなら、過去にもさまざまな女性や男性のフェミニストたちが、怒鳴られ、非難され、時に逮捕をされても「女性も参政権をもち、好きな仕事をして、ハッピーに生きられるように!」と主張してきたから、いまの私たちがある。

女性が投票して仕事をするなんていまは当たり前のことだけど、ほんの数十年前まで全く当たり前ではなかったですよね。それに、いまもいろいろな「当たり前」を変えていかないといけないと思います。私は、これまで必死に努力してくれた過去のフェミニストたちを尊敬しているし、その頑張りを未来に繋げたいなと思います。

スプツニ子!さん

女性は能力があるし優秀ですが、体のつくりが違うため男性に比べて体力も少なく、妊娠や出産、生理などがあり、一定のワーキングスタイルを継続しやすい男性とは違います。そのため、男性の労働スタイルを念頭に設計された、昭和から続くロボット型の働き方には合わなかった。でも、そのロボット型に向いているような仕事は、これから最も人工知能に代替されやすい仕事なんです。

これから人間に求められてくる能力は、ひらめきや独創性、コミュニケーションなど、ロボット的に働いても成果が発揮できないものです。だからこれからの働き方は、昭和のロボット型から大きく変わっていくでしょう。そうすると女性のチャンスもますます増え、同時に、これまでの働き方のなかで評価されなかったタイプの男性も評価されるようになるでしょう。

——「未来」はスプツニ子さんにとってどういうものですか?

スプツニ子! よく「アートを愛している?」「テクノロジーを愛している?」と聞かれますが、私は未来を愛しています。未来を愛しているから、いつだって未来のことが気になるし、危機感も感じるし、同じように未来を愛する人と気が合うし、議論もします。私はたまたまアーティストとして作品をつくりながらまだ見ぬ未来を見ようとしてるけど、もしもパンを焼くことで未来がわかるというのだったら、迷わずパンも焼きますね。

TEXT:桑原利佳(POWER NEWS)

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スプツニ子!

1985年、東京生まれ。2003年、1年飛び級をしてロンドン大学インペリアル・カレッジに入学。06年、同大学数学科および情報工学科を卒業。フリーランスのプログラマーとして働きながら、音楽活動をする。08年、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートのデザイン・インタラクション修士課程に入学し、10年に修了。卒業制作の「生理マシーン、タカシの場合。」「カラスボット☆ジェニー」「寿司ボーグ☆ユカリ」を東京都現代美術館の「東京アートミーティング トランスフォーメーション」に出展。11年、ニューヨーク近代美術館の「Talk to Me」に出展。13年、マサチューセッツ工科大学メディアラボの助教に就任。16年、第11回「ロレアル・ユネスコ女性科学者 日本特別賞」を受賞。17年、世界経済フォーラム若手グローバルリーダー(アジア代表)の8人に選出。同年秋、東京大学RCA-IISデザインラボの特任准教授に就任した。著書に『はみだす力』(宝島社)。