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女印良品
モノマネタレントの息子に思いを馳せる
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17.11.08 by 田房永子



 覚醒剤取締法違反で逮捕されて、保釈許可が出た清水良太郎。その父・清水アキラが「保釈はさせない」と11月1日の記者会見で言っているのをワイドショーで見た。
 良太郎が逮捕された時の10月の会見では、アキラが「何かあればひっぱたいて育てた」「それがよくなかった」と言っていた。殴って育てて、保釈もさせないってスゴイな…と思った。

 芸能人だし、良太郎はアキラよりぜんぜん知名度の低い2世だし、父親であり所属事務所の設立者であるアキラが記者会見するのはある意味当然のことだと思う。でもなんかどうしても、昭和の犬の飼い方みたいだなーって思ってしまった。普段から、悪いことしたらお仕置(せっかん)、特に悪いことをしたら「俺の飼い方がまずかった」と言いつつ更なるお仕置(締め出し、家に入れない)をする。お仕置に次ぐお仕置。褒めて“やる”時は、自分が仕込んだ芸をうまくできた時だけ。みたいな。
 清水良太郎は29歳。妻がいて去年長女も誕生している。良太郎は父親なのである。

 良太郎逮捕時のアキラによる記者会見の動画がネットにあったので見てみると、良太郎がアキラに怒鳴ってきたというエピソードについて話していた。
 その会見より10日ほど前、一緒にゴルフをしていた時、良太郎のゴルフマナーを注意(「お前ふざけんなコノヤロウ」というアウトレイジな口調で)したら、良太郎が「ふざけんじゃないよ」と怒鳴り返してきたという。
 そうやって良太郎がアキラに歯向かってくるのは初めてのことで、納得のいかないアキラは「お前、俺にそういう口きけるってことは、他でもそういう口きけるんだろうな?」と言って良太郎の所属するアキラの芸能事務所を辞めるという話になったという。本人も辞めることに同意した、っていう話だった。
 お父さんが、それまで誰もやったことのないオリジナルの芸で名を馳せた人物っていうだけでも息子としてはいろいろな面で葛藤があるものだと思う。さらに良太郎はお父さんが切り拓いた道を歩いている。実のお父さんが師匠でありしかも事務所の設立者。兄がその事務所の社長。それだけでも息が詰まりそうなのに、仕事でも芸の事でもない遊びの場であっても、お父さんに歯向かったらその場で仕事が即クビになるという支配的な関係性。想像しただけで身が凍える。
 そんな環境で、父親に怒鳴り返したのがその時初めてなんて、今まで相当、良太郎は従順にやってきたんじゃないだろうか。
 ワイドショーでは良太郎の人間性に問題あり、と良太郎の態度の悪さ、「勘違いぶり」を際立てて報道していた。確かに、芸能人としてというか29歳の社会人としてかなりヤバい口の利き方をしていたが、“そういう環境”で生きてきたんだと背景を思うと、その言動はごく自然な現象に見えた。

 アキラの家では普段から、芸能人の覚せい剤スキャンダルがテレビで流れるたび、家族で「良太郎は大丈夫だろうか、そこまでバカじゃないよな」と話したり「お前はこういうことしないだろうね」と本人に聞いたりしていたという。
 こういうのって家庭内の普通の光景なのかもしれないけど、私は、親にこういうことを言われるのは悲しくて可哀相なことだと思う。いくら親でも、子どもにこんなことを言うのはすごく失敬で失礼なことだと思う。聞いてどうすんだって話だし。「してないよ、大丈夫だよ」というセリフを聞くことで親側が安堵を得るだけの、とても一方的で強引で乱雑な、コミュニケーションとも呼べない、人間同士のやりとりの中でも積極的に嫌悪すべき会話ランキング上位のものであると思う。

 清水良太郎は今年の2月にも、闇カジノに行ってた件でニュースになった。アキラはその時のことを振り返り10月の会見で話してた。良太郎を呼び出し、「お前は(闇カジノに)行ってたのか?」と聞いたら「行ってました」と言うので、「夜中にどこふらついてるんだ」と言って殴ったという。
 息子がとんでもないことをした時に親父が殴る、っていうのが世の中ではへンなことではない、っていうのは分かる。実際、ワイドショーで「保釈させない」って結論に対しての賛否両論はあってもこの「夜中にどこふらついてるんだ(ゲンコツ)」は完全にスルーされていた。 
 だけど、良太郎、29歳の妻子持ちの男なのに、行っちゃいけないところに行って父親に殴られるなんて、小学生みたい。それか昭和の犬。殴られた良太郎は何も言わず黙っていたという。「うそをつかない、時間を守る、自分の言ったことはちゃんとやる」と約束したのに、とアキラは振り返る。なんかほんと、繰り返しになりますけど、親とそんな約束するなんて、小学生みたい。

 アキラはその話の時「あいつは私に殴られましたから」と言っていた。思わず殴っちゃったんです。というテンションではなく、お茶が目の前にあったから飲みました、みたいな通例・日常のトーン。
 29歳になっても、いくら悪いことをしたとはいえ、父親に殴られる(しかも反発をしない、できない)という状況で、人の親になるってものすごく難しいことだと思う。「親としてのメンツ」っていうのがある。自分の子どもと対峙する時の、自分の中にある「わたしは一人前である感」。これは、子育てをする上で重要なものだと思う。ある程度の自信がなければ子育てはとても苦しいものになる。

 良太郎は、清水アキラ(父親)に反発することは絶対に許されない。清水アキラの思う範囲の言動しか許可されない。良太郎の世界では、清水アキラがすべてのルールである。
 いいこと(モノマネ芸)をしてもアキラのフィールドから出ることはできず、悪いことをしたらアキラに殴られる。アキラルールでは、「夜出歩いて非合法な遊び」と「アキラに歯向かう」が同レベルである。むしろ、良太郎による非合法な遊びはアキラの仕事を侵害することに繋がるので、つまりは「アキラに歯向かう」が唯一の罪であり禁止事項である。
 つまり何をやってもアキラの庭からは出られない。その庭の中で、新しい、自分の家庭を作る。自分の娘にとっての祖父にあたる人の「犬」をやりながら「親の顔をする」。これはとても無理がある。
 こういう親子関係は、良太郎に限ったことではなく、よくあることだ。多くの場合、「犬」か「親の顔をする」のどちらかをやめるという選択をとる。両立させようとするとどちらも居心地が悪く自分の立場が不明瞭になるため、別の居場所が必要になる。居場所の作り方は人によって様々で、浮気する人もいれば、配偶者や子に過剰な存在感と立場の誇示(モラハラやDV)という形で現れたり、アルコールに依存したり、いろいろな形で「犬」と「親の顔」のギャップを埋めようとする居場所確保行動が現れる。

 良太郎の場合、それが覚せい剤とデリヘルの組み合わせ(デリヘル嬢に覚せい剤を飲ませようとする暴力)だったのではないかと思う。反社会的なことでしか、「庭から出て、一人の人間としての感覚を味わう」ができなかった、とここでは想定してみたい。

 そんな良太郎、せっかく犯罪を犯して、初めて警察というアキラ以外のルールに捕まることができたのに、「保釈させない(年明けまで拘留されてろ)」と、結局アキラがまた、国家権力越しにジャッジを下す。法律に許されても、アキラに許されなければ檻からは出られない。
 そんな強烈すぎるお仕置を与えながら、面会でアキラは良太郎に「どんなことがあってもお前の味方だから」と伝えたという。そのアキラは、良太郎のいない会見では世間に向かって「(芸能界復帰は)いくら努力したってだめでしょう」と良太郎を“客観的に”評する。「私の子どもですから」「家族ですから」と号泣しながら「家族みんな一生懸命やってるけどそういう奴もいる」と、突然変異でとんでもない良太郎という子どもが生まれてしまったと思いたい本音の感じをにじませる。しかしそれらは「清水アキラの親心、苦渋の決断、親子の絆」としてお茶の間やネットの前では理解され、大勢が感動し、アキラの好感度はぐんぐん上がる。
ワイドショー及び清水アキラの会見において、デリヘル嬢への良太郎による暴力については、何も言及されない。何の問題でもないみたいな感じになってるのが解せない。アキラは「女性(デリヘル嬢)のことより尿検査についてしか頭になかった」と数度言っていたし、ワイドショーでも覚せい剤依存からの立ち直りとか「清水さんの親心」の話ばかりで、うっかりすると単純に良太郎が覚せい剤をやっていただけみたいに聞こえる。

 清水良太郎の世界では、裁判官も検事も弁護士もキリストも閻魔様も全員が清水アキラである。母親も兄も妻も子も研ナオコも美川憲一も村田英雄も五木ひろしも全員が清水アキラ。「マルコヴィッチの穴」(映画)のポスターみたい。何してもどこにいっても誰に会ってもそこには清水アキラがいる。清水アキラが全ての中心であり、森羅万象であり、彼の触れるものすべてにアキラの息がかかっている。
 私は清水良太郎に対して同情してないし、清水アキラを批判したいわけでもない。こういう親子関係は、芸能人だから目に見えるだけで日本中にたくさんある。だから世間的に言われているアキラへの批判(甘やかしてるとかなんだとか)はどうでもいい。ただ、良太郎は相当しんどいんじゃないかなあとは思う。巧妙に隠された、父親の自分への冷たさ。自覚したら壊れてしまうほどのしんどさではないかと思う。そのしんどさには勝手に同情する。どうやってその、「シミズアキラの穴」地獄から抜け出すというのだろう。

 清水アキラが会見で言っていた「清水家、一からやり直し」をするなら、まずデリヘル嬢にどんなにひどいことをしてしまったか、そこからだと思う。被害者を被害者として認識するということ。今は、「覚醒剤」のインパクトによってデリヘル嬢への暴力が世間的にもかき消されている。世間的にかき消されていること、は良太郎の世界では無罪である。アキラに影響を及ぼさないからである。そうやって、清水アキラになってしまっている被害者のデリヘル嬢を、一人の人間として認識することで、良太郎の世界から、一人ずつ清水アキラを消していく作業をする必要がある。その一人目は被害者のデリヘル嬢以外にいない。だけどきっとそんな話にはならないのではないかと想像する。

プロフィール
田房永子
田房永子(たぶさ・えいこ)
漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。