「さて、ではそろそろ向かうか」
私は子供部屋のお茶会室から退出する為にここ数日食事を共にしていた弟妹達へと視線を向ける。二人共幼い容貌に似合わぬ憂いを帯びた眼差しで長椅子から立ち上がった私を見つめて来る。
「兄上」
「兄様」
「おお、何だ？」
恐らく緊張で強張っているであろう私の微笑みに同じ様に笑みを浮かべながら正面にあった卓を周って来ると跪いた。
二人は顔を見合わせると再度私の方を向いて胸の前で腕を交差させる。
「「…エーレンフェストに秩序の女神ゲボルトヌーンと、浄化の女神ウンハイルシュナイデが舞い降ります様にお祈り申し上げます」」
ローゼマインからは本物の祝福が舞い、幼い弟妹達にこれ程までに心配され、心を慮られてしまっている事を情けなく感じつつも苦笑を浮かべる。お陰で孤軍奮闘している訳では無いと心が少しだけ軽くなった。

「ああ、出来るだけ穏便に事が収束する様に他の神々にも祈っていてくれると助かる」
「かしこまりました、兄上」
立ち上がり弟が頷きつつ妹へ手を貸しているのを見遣る。と妹がこてりと小首を倒して此方を見上げる。
「他ですと、退魔の神フェアドレーオスと試練の神グリュックリテートでしょうか？」
「そうだな、…混沌に立ち向かう勇気を私に与えてくれると嬉しい」
二人の頭に手を置いて、ゆるりと撫でる。
「…兄様なら、きっと立ち向かえますわ」
「兄上に武勇の神アングリーフと幸運の女神グライフェシャーンの祝福を」
「…話が済んだら報告の為に此方へ戻って来よう」
「ええ、今日は何時まででもお兄様とお待ちしておりますから」
「そうか、では美味い茶菓子を楽しみにしている」
「ふふ、お任せ下さいませ」

背を向けながら手を振って、カルステッドとオティーリエ、ユストクス達とお茶会室を出る。

「ジルヴェスター、本日の報告会は其方には大分辛い処分が下されるであろう。…腹は決まっているか」
従兄である護衛の騎士が盗聴防止の魔術具を私に握らせて確認を取って来る。
「カルステッド、昨夜も言ったが私が次期アウブだと自認している。ならばこそ此度の件は私情は捨てて確実に裁かなければならない事として立ち合おうと思っている」
「左様か…」
「幼い二人が領地内の親和を深めようと貢献しているのに、このままでは裏側から領地が荒れてしまう。…混沌を退け良き方向へ向かうにはこの機会は避ける訳にはいかない、絡まる糸は正しく解き解さねば良き糸紡ぎは出来ぬ」
「…理解しているのならば良いのだ。私達は報告の為に３人で先に入る故、其方は騎士達に紛れて入って来ると良い」
後に合図を送るのでアウブの隣りに立つ様にと指示を受けながら、中央棟へ歩を進める。
「分かった」


神々よ、どうぞ私に甘えを許さぬ強い心を一時お与え下さい。

秋の狩猟の会の開催中、森の中でジルヴェスターが何者かに襲われて手傷を負いユレーヴェに浸かるというあり得ない報告を側近達から受けました。わたくしは咄嗟に周辺へ視線を飛ばし、わたくしの派閥の者へ情報を集める様に指示を出します。
何故計画とは違う事が起きているの…
「ああ、あの子にもしもの事があったら…!?」
次期領主となる筈の息子が遙か高みに上がる事になったら、わたくしはどうしたら…!?
今日、襲撃で不幸に会うのはあの忌子の筈でしたのに…
息子の元へ急ごうとするわたくしを社交の場を乱すなと御義兄様である騎士団長に止められて、酷く感情を乱しながらも自身の派閥の者へ一体どうなっていると秘密裏に尋ねて回りました。







狩猟大会散会後の数日後の夜。
わたくしとアウブの元に騎士団から報告があると面会希望が入り、晩餐後に騎士団の中枢の者達と子供達の筆頭が談話室に訪れました。
「ジルヴェスターも行動の相互性を確認する為に召喚をしておる、程無く此方に向かって来るであろう」
「面会謝絶が解かれたのですね？それは安堵致しました」




お茶を一杯頂いた後に報告会は始まりました。

「まずは当時の状況を御確認頂きます。当日フェルディナンド様は採集地の境界の監督任務をジルヴェスター様から引き継ぐ為に、御二人で側近を連れられて森の入り口の中程にいらしておりました。上空には騎士団が滞空しており、子供達が誤って森の奥の成人の狩猟場に入らない様に監視を行っておりました。その後、女性方の社交に出ていらっしゃったローゼマイン様が森の空気を吸ってみたいと兄君方へオルドナンツを飛ばし、了承を得て合流しており、子供の狩り場という事もあって和やかに語らいながら狩猟を行っていらっしゃった様です」
「そんな折、ローゼマイン様が木の上部で不審な物音を感じ取り、護衛が警備を固めた後に一人がシュタープの網を用いて傷ついた魔獣を捕獲致しました。その後時を待たずに複数の魔獣が木立から躍り出て来ましたので領主候補生方を中心に討伐を開始致しました。それらは森の入り口近くにはいる筈の無い森の中程に生息している魔獣で、当初は功を焦った者が魔獣を追いまわす内にその場まで流れて来たのかと思っておりましたがそれにしては数が多く、偶然を装って領主候補生を脅かす為の故意が含まれていたのでは無いかと推論して複数の視点で捜査しておりまました」
「ふむ…、誰が標的となったのかは分からぬが、未成年の領主候補生が城から出る数少ない機会だからな、大いにあり得よう」
そのアウブ言葉に苦々しい思いに囚われながらも続きを促す様に頷きます。
「…護衛が正常に機能していたと言う事は認識致しました。報告を続けなさい」

忌子の筆頭側仕えのユストクスが安堵の混ざった表情で、皆の容態を伝えて来ました。
「幸い皆様大きなお怪我ではなく、皆様昨晩には後遺症も無くユレーヴェをお出になられました」
「そう、それは安堵致しました」
…ではあの忌子も完治してしまったのですね。
全く何故わたくしの思い通りに行かないのか…
「現在騎士団総力を挙げて偶然と故意と両方向から捜査を進めております」
当日、社交の場に出て来なかった者や居る筈のない人物等の特定を急いでいるとの報告を受けて、平静を装いながら騎士へと頷きます。
「そう、領地の為にも早急の決着を望みます」
「は、心得ております」
報告を聞くに連れて、自身の派閥の者へほんの少し漏らした事が露見しているのではとドキリする内容がありましたが、わたくしが実際に手を下した訳ではありませんし、実行に移す様に命令した訳でもありません。
…わたくしが派閥でのお茶会で話題にしたのは少々煩わしい者がいる事、息子と幼女と縁付かせて次代の子の魔力量を上げたい事、狩猟の場ならば突然矢や魔獣が横切っても極当たり前という事、魔力が多い若い神官がもし神殿入りするならば土地が潤い領地の為になるであろう事。
その意を汲んだ者が今回の首謀者なのでしょう。
…それとも、

…まさか、敵対派閥も同じ様に此方を排除する動きを取ったというの？
わたくしが物思いに沈んでいる間も側近や騎士達からの報告は続きます。
「騎獣を作成されるまでの間に少々怪我を負いましたが捕獲した魔獣の毒性は極弱い物でしたし、比較的早く上空に逃れて頂く事が出来ましたので最悪の状態には陥る事は御座いませんでした」

わたくしは当日付き従っていたらしい文官のその言葉に少々の疑問を覚えました。
「魔獣や流れ矢の毒を受けてのユレーヴェ使用ではありませんでしたの？」
おかしいわ、魔獣を誘導して遅行性の毒矢や魔獣の牙が不意に当たった様に見せ掛ければ、子供等は容易に排除出来る筈とあの者は笑んでおりましたのに。
わたくしの質問に、オティーリエとカルステッドが答えます。
「ユレーヴェに浸かって頂いたのは、領主候補生方から手傷は無かった事にしたいと申告があったからですの。姫様はお二人が浸かるのならと虚弱体質改善を希望をされての事です」

「実際にはジルヴェスター様は逃走の際に木の枝でお背と腕を、フェルディナンド様は妹を腕に庇い背を打ち付けた際に頭部を損傷、ローゼマイン様は久々に長く外気に触れていたのと恐慌の場に居合わせ、城に護送後居室で気を失われてお熱を発せられたのが実状で御座います」
「男子である二人は兎も角ローゼマインのか弱く稚い身心には、身に余る体験であったのであろうな」
「御労しい事です」
「…左様ですわね」
アウブと騎士団長の言葉に同意を示しながらも内心で計画と違うと首を捻ります。
かの者が計画を実行する前に別の者が魔獣を追っていて、本当に偶然魔獣が流れたのかしら。

「姫様は現場では冷静に騎獣を出されて領主候補生を上空へ逃れさせる算段をとっておりました。しかし城内へ到着時気付いたのですが、御身が微かに震えておられました。居室に戻られるまで気丈にも御声を発する事は御座いませんでしたが…」
「ふむ、流石は其方の子だなカルステッド」
「は、幼いながらあれには胆力が備わっている様ですアウブ」
「フェルディナンド様も妹姫を身で庇い、側近や兄君の指示を冷静に良く聞いておられました」
「そうですか」
どちらにせよ、ジルヴェスターの命には別状無い様ですしあの忌子が排除出来なかったのは口惜しいですけれど、此度の件はわたくしの知る範囲外の事と溜息を吐きます。
「大事無い様なら宜しかったです事」

報告の途中で冷めてしまったお茶を取りかえる様に側仕えに指示を出します。
「ヴェローニカ様、先程の発言ですが」
「何でしょう」
「…何故毒を浴びたとその様に思われました？」
アウブの筆頭文官がわたくしに質問をして来ました。わたくしは不快に感じながらも返答を致します。
「何故と言われましても…、森の中ですし狩猟をするのに皆弓矢を持っていますから？」
「領主一族も口を付ける冬の社交用の食糧を集めていますのに、何故毒矢等という危険な物を持つとお思いなのですか？」
「それは、野外では何があるかわかりませんでしょう？」
質問の意味が分からなくて首を傾げると、騎士団の副官が通常の狩猟の方法をわたくしに教えてくれました。
「通常狩猟大会は木製の弓矢か剣、狩りの得意な者は自身のシュタープを武器に変えて狩猟を行います」
「そう、なのですね。存じ上げませんでした」
頬へ片手を添えて微笑む。



「…毒矢等と言うからには、それを用いて何かを行うと何者かから宣言をされていたのか、ヴェローニカ」
アウブの言葉に一瞬身が強張る。
「…何故その様なお話になるのでしょう」
困惑の表情を浮かべつつも嫌な汗をかきそうになるのを耐える。
「そういえばアウブ夫人は社交の場に戻らなかった者達の夫人方と随分とお話をなさっておりましたね」
「ほう、その様な事をなさっておりましたか」
騎士団の副長と騎士団長の微笑みに、大分労して笑顔を作ります。
「…わたくしは、ローゼマインの作ったお料理を皆様にお薦めをしておりました」
此度の女性側の社交は新しいお料理の発信でしたもの、話しかけるのは当然の行動の筈です。
「その割には大分目線厳しく詰問しておられた様な御様子でしたが」
「…自身の息子が襲撃を受けたのです、多少の動揺が現れたのでしょう」
なんて事、アウブと御義兄様が森での狩猟で席を外した際の行動を騎士団に監視されていたなんて!?
いいえ、いいえ。わたくしは違う日にお話をしただけ、ほんの少し愚痴めいた事を親しい方に漏らしただけ。
「わたくしは騎士団長の奏上通り、領主の妻としての職務を全うしていただけですわ」

…わたくしは何もしていません。



「もう一つ御報告が御座います。狩猟大会の前日に他領の貴族が東門で門番の兵士と諍いを起こしております」
「それは、今報告すべき事かしら？」
今は、捜査の進捗を確認する場でしょう。
その様な瑣末な事をと思っているとアウブが面を歪められた。
「それはおかしい。前後10日と区切り、他領からの来領は毎年入領禁止期間と近隣にも通達しておる」
その事に、アウブの側近を始めこの部屋に集っている者皆が頷いている。
そう、なのですか？
わたくしの派閥の者は冬の前に、他領の出入り商人を良く自宅へ呼んでおりましたけれど。
「ですがその者は、正規印が押印された許可証を持っていたそうです。身分は伯爵、行先は親族宅、滞在期間は３日、出身領は隣領」
「ほう」
「例年にはない許可証に不審を覚えた兵士が騎士団へと注進を飛ばして参りました。その後別の兵士が尾行を行い馬車が神殿へ向かったので貴族街へ抜けるのかと尾行を断念しようとしたら、その馬車は神殿の裏側へ侵入して行ったとの奏上がありました」
「それは、大いに怪しいな」
「うむ」
騎士の報告に騎士団長とアウブが重々しく続きを促しました。
「私共はその親族宅へ確認状を飛ばしましたが、その日程での伯爵訪問の予定は容認して無いとの返答を得ましたので、騎士を門に派遣して不法侵入罪者として退去時を押さえて現在更迭しております」
「うむ、適切な処置である」
「は、そして此方が所持していた入領許可証で御座います」
大卓の上にその許可証が置かれ、騎士団長の手を経由してアウブの手に渡る。
「定型の許可の文面は文官独特の飾り文字故判別は難しいが、その署名は明らかに、アウブの筆跡ではありませんな」
「むしろこの流麗さは女性特有のものであろう。…覚えがあろうな、ヴェローニカ」
周囲の視線に威圧を感じながら、わたくしは殊更ゆったりと微笑みます。
「…その伯爵は存じ上げませんが、以前弟からその日程でしか御親族にお会い出来ないという方がいらしてどうにか便宜を計れないかと打診を受けた覚えは御座いますが、わたくしと弟はその者に欺かれたのでしょうか」
許可証も用意する様に言いましたら文官が出してくれましたもの、わたくしの所為ではあり得ません。

「わたくしは弟の善意に手を貸しただけ、他の事は何も存じ上げません」
「伯爵は自領の魔石は質が悪いので、神殿で譲られる魔石を購入しに来ただけだと弁明しておりました」
その押収品らしき魔石を革袋ごと騎士がコトリと大卓へ置きました。
薄い発色の、純度の高い魔石だと言う事が一目で確認出来ます。
「まあ、我が領ではこの様に良い魔石が採取出来ますのね」
わたくしが魔石に魔力を込めてもその様に薄い色合いにはなりません。よほど強い魔獣の物なのでしょう。
話が逸脱し、どこの採集地で取れた物なのかと文官や騎士達が革袋を覗き込みます。
「それを採取…？あり得ない」
それを見た忌子の文官が眉を顰めました。
「自領の土地の為にと領主候補生が神殿長へ直接お渡しした魔石が、何故他領へ流出されているのでしょうか」
「…何!?」
「この2色の魔石はフェルディナンド様とローゼマイン様がそれぞれ魔力を込められた物です。…神殿長は当領の領主候補生の真摯な思いを、私腹を満たす為の食い物にされたのですか？」
悪意に満ちた讒言にわたくしは文官へと厳しい視線を向けます。
「口を慎みなさいユストクス、わたくしの弟を侮辱する事は許しません。…何らかの事情があって手放さざるをえなかったのです。きっと、そうに決まっています」
「どちらにしてもその伯爵は訪問先を偽り、滞在理由を偽り入領禁止期間に入領した罪人として裁かれる。それを幇助した疑惑と領主候補生から魔石を搾取し、約条通りの使用法を違えた罪で神殿長であるベーゼヴァンスも尋問を行う事になろう」
書類を用意した文官も権限の逸脱の罪で裁かれる事になると御義兄様が騎士団長として厳めしく告げられました。
「そんな…!?」
「ヴェローニカ、これは領地を脅かす見逃す事の出来ない案件である」
厳しい顔つきで断罪を行うアウブへ弟の嘆願を行ってると、御義兄様が周囲の騎士を動かしました。
わたくしの周りに上級騎士が集まります。
「…何ですか、皆下がりなさい」
「ヴェローニカ、其方も同様に罪人への幇助と公儀文書偽造の罪で尋問を行う」
敬称無しで御義兄様に名を呼ばれ、わたくしへも嫌疑が掛けられたのだと知り驚然とする。
「入領を許可する事がその様になる等、存じ上げ無かったのです！」
わたくしは何も知らなかったのです！
自身は何もしておらず、善意で行った行動に何故咎を着せられなければならないのか!?
その時、無言で立つ騎士達の影からわたくしに声をかける者がいました。
「…母上」
それは、ジルヴェスターでした。
少し顔色が悪いのは、怪我をおしてこの場に次期アウブとして召集が掛けられた所為でしょうか。
「まあジルヴェスター!?　…可哀想に怖い目に遭いましたね？…そうだわ、貴方からも何か言って頂戴？　わたくしは弟の善意にほんの少し肩入れをしただけ…」
椅子から立ち上がりジルヴェスターへと詰め寄ると、口を噛締め俯いた後にわたくしを見下ろして静かな声で言葉を発しました。
「母上、領主が発行する公儀文書を偽造する事は、その権限を大いに脅かす大罪です」
今までに無い無表情で、縋っていたわたくしの指を丁寧に外される。
「…ジルヴェスター？」
「…臣下ならば本人は斬首、親族は連座、被った被害に対する賠償金が残った一族には掛けられます」
貴族院で領主候補生が習うらしい刑法を諳んじる息子の、その無表情を唖然と見上げる。
「母上はアウブ夫人です、父上の横に長年いらしていて知らなかったでは済まされません」
外された手を握り締め、１歩後ずさる。
「…わたくし、どうなるのですか」
息子が苦手な食べ物を口に含んだ様な表情で、わたくしから顔を逸らしました。
「尋問の後に頭の中を覗く魔術具で余罪を調べられます。…領主一族が誤った道に進み混沌の糸を紡いだ確信の先にあるのは、…白の塔への幽閉のみです」
「幽、閉…？」

「ヴェローニカ、其方は領地内を纏める為の大事な社交中にアウブ夫人という身分にありながら権限を逸脱し、他領の者を迂闊にも招き、領内にいらぬ混乱を招き入れた。全ては其方の私情から発したものであり、公的な立場を持つ者の所業ではあり得ない」
騎士団長の糾弾に反論する。
「っわたくしは、領地の事を考えて行動をしておりましたわ。他領と交流を持つのは良い事でしょう？　特に上位領地を後見に付ける事が出来れば、これからのエーレンフェストはジルヴェスターの代には流行を発信して飛躍が見込まれる筈ですもの」
その為の縁組みを希望していたのに、壊したのはアウブと息子なのだ。
段々と呆然としていた状態から怒りが込み上げて来る。
「…母上、我がエーレンフェストは本来最上位に程近い姫君が降嫁するには無理な順位なのだと言う事を認識して下さい。お祖母様が御無理を圧して望んで降嫁されて来た時と同じ様には行かぬのです、また混沌を齎すおつもりですか」
無表情なままの息子の発言に、お母様を理解されない悲しみが込み上げる。
「ジルヴェスター、貴方までわたくしのお母様が悪いと言うの！？」
「次期アウブと目されていた大叔父上が領地内の不和を鎮める為にギーベへと下りられて、次期アウブ夫人となる約条で輿入れされた大叔母上の親族がどれ程の損害を被ったとお思いですか？」
見苦しい聞き苦しい事を知らせない様にと、息子の側近達には厳重に不用意な情報を教えない様に申し伝えておりましたのに…。
「それを伝えたのは、カルステッドとエルヴィーラですか？それとも、その娘…？」
やはりライゼガングはわたくしの邪魔ばかりをする…。
「ヴェローニカ、私は其方の持つ情篤い所を善き所だと思っていた。しかしそれはアウブ夫人として領地内に向けられる事無く極近しい者にしか向けられていない事を、私は非常に残念に思う」
アウブの御言葉に視線を向けます。
「わたくしは、次期アウブをお守りしたいのです。その為には労を惜しんではおりません」
「左様か。しかし其方の行いは私情が多分に含まれていよう、私は其方にはアウブ夫人として領内の親和を深めるという職務を全うして貰いたいと思っていた」
親和ですって…？
先に彼方がわたくしを蔑ろにしたのではなくて…？
お父様はわたくしを庇護せずに教育だけを施して古爺達の言いなりに約条があるからと、ライゼガングの一姫だからとわたくしをアウブ夫人へと押し上げられた。お母様からの教えを得られず輿入れしたわたくしを、御義母様は表面は穏やかに対応下さってはいらしたけれどギーベの後見の無い、両親の庇護の無い娘ときっと見下していらしたわ。だからわたくしはそれを払拭しようと魔力を練り上げて優秀な子供を作ろうと努力しましたのに…。
最後の息子で努力がやっと実を結んだと思いましたのに…!?



「わたくしは間違って等おりません。そうよ、そう。あの子供達が来てから領地の、わたくしの歯車が狂ったのです！あれらこそが混沌の申し子、即刻領地から排除なさいませ!」
「母上、落ち着いて下さい！」
「ジルヴェスター、貴方もあの二人に惑わされているのです。きっと此度の事も裏でライゼガングが糸を引いているのです、大領地の母を持つわたくしを蔑にしておきながら…。あの二人を排除しないと貴方はアウブになれないかもしれないのですよ!?」
再度息子の元へ向かおうとするも、叶わず周囲の騎士を睨む。
「母上、フェルディナンドもローゼマインもアウブとなる気は無いと明言しておりましたから、その様な事は御座いません」
「その様な綺麗事、信じられるものですか！」
「二人は図書館の司書と研究者になりたいと言っておりました」
「では今すぐ任に就かせて、城から出して！」
椅子に手を付き、届かぬ息子に声を張れば喉が痛んで軽く咳き込む。
「…母上。私はあの幼い二人に脅かされる程次期アウブには相応しく無いのですか？」
「誰がそんな事を言いました!?　貴方が正当な次期アウブとなるのです！」
「では、何故あれ程領地に貢献している二人を排除させようとするのですか？」
「元々いない者なのですから、領主一族には必要ありませんでしょう！」
礎に魔力が必要ならば、魔力量の多い娘だけを残せば良いのだわ。
「…魔力の豊富な青色神官見習いとは誰の事をおっしゃったのですか？　アウブである父上の許可無く喧伝された私の第2夫人とは？」
「…ひっ!?　誰、誰が貴方に…!?」

「昨日までに捉えた者を尋問し頭の中を覗いた結果、其方がお茶会で自ら喧伝していたのを複数人から確認した。…今回の首謀者は其方とその派閥の者共であると騎士団は確定し、周囲の関係者を捕縛済みである。残るはヴェローニカ其方の捕縛のみ」
周囲を見渡すと、わたくしの側仕えが何時の間にかこの場から消えているのに気付きました。
痛む喉を押さえつつ、正面に腰掛けるアウブへ訴える。
「わたくしは領地の利益を考えて…、アウブ…！?」

「もう良い、ヴェローニカ。何も言うな」
息を乱し、周囲へ恐ろしい眼差しを向ける母上に父上が溜息を殺しながら言葉をかけた。叔父上が続いて騎士達に指示を出す。
「…アウブ夫人はご乱心だ、暫くシュタープ封じを付けて貴人の拘置所へ留め置く様に。…お連れしろ」
「わたくしは、間違っておりません！あの子供達を捕えなさい！」

弟妹を城に迎え入れてから約３年余り、度々上位の姫を娶らせようと画策し、弟妹の優秀さをライゼガングの罠だ陰謀だとあり得ない事を言って交流を持つ事に不快感を持っていらしても、最近では妹との交流への対応軟化が見られていたのだが…
先程も私の為と言いながらも、私には母上が御自分の立場を強固にする為に行動していらしたとしか思えなかった。
母上の出て行かれた扉を知らず見遣る。と、重い手が肩に置かれた。
「…叔父上」
「よくぞ、私を滅し断罪の言葉を告げられたな」
先程の事を思い出し、目線が下がる。
「ジルヴェスター、次期アウブに相応しい厳正な判断であった。」
背に優しい手が置かれる。
熱くなる目元を堪えて視線を上げる。
「…っ父上」
「辛い思いをさせたな。私ではあれの思いを正せなかった…不甲斐ない父を許せ」
その言葉に、思いと共に熱い涙が溢れだす。
「今回客観的に見て気付いたのです。…母上は、沢山の事を間違っておりました…」
「…そうだな」
「でもお優しい、方なのです…」
「…ああ」
「っ…、裁きたくは無かった…」
「…そうだな」




「…最後まで頑なに心を閉ざしていた女性であったな…」
「叔父上…」
「其方の母上は恐ろしく不器用な方であったのであろう…」
「……」
「周囲に向ける愛情の秤が歪になっていた様にも思う」
「…そうですね、今なら私もその様に感じる事が出来ます」
「ジルヴェスター、また数日、隠し部屋に籠っていても良いぞ？」
「いいえ、貴族院に向けて勉強します。弟妹に負けてはいられませんから」
「左様か、では精進しなさい」
「はい」

子供部屋のお茶会室に戻り、入室の許可を護衛騎士が取る。
扉を開けて貰うと義妹が椅子から下りて来て私を迎えに来た。小さな手に袖を掴まれて長椅子へと誘導される。
「兄様、次期アウブのお仕事お疲れ様で御座いました。お約束のお茶菓子の御用意もありましてよ？」
「ああ、頂こう」

膝の高さの長卓へお菓子とお茶が給されて、その香り高い芳香に強張っていた顔が解れた気がした。
「兄上、大分お疲れですね…。癒しをお掛け致しましょうか」
正面に腰掛けようとしている義弟を手招きして隣りへ座る様に促す。
「そんな事が出来るのか？フェルディナンド」
「ええまあ、ローゼマインには到底及びませんが…」
「なら、お二人共わたくしが癒しをお掛け致しましょう。わたくしはお熱が出てしまって情報収集や作戦会議には出れませんでしたから。お二人は側近達から上げられて来る報告を集約するのにずっと大変でしたでしょう？」
手紙で進捗は報告していたが、確かに男子の階層で会議を内密でしていたから義妹は余り携わってはいない。あの様なうすら暗い者達の動向等、この慈愛に満ちた小さな義妹は知らない方が良いと義弟と話し、当たり障りのない物だけを教えていた。
「…其方から上げられて来た木札と叔父上の野生の勘が見事に一致していたからな、私達がした事は背後関係を洗う様に指示した位だ」

側仕えへ采配を出し終えた義妹が近付いて来ると、踵を上げて懸命に腕を伸ばし暖かな癒しを施してくれる。
「ああ、大分頭が軽くなったな」
「それは良う御座いました。さ、次はお兄様ですわよ」
「私は別に必要性を感じない」
そっけなく言い放ちお茶を口にしているが、眼の下が若干青いぞ義弟よ。
案の定、頬を膨らませた義妹が目元を指摘しながら丸い目を吊り上げて見せた。
「嘘おっしゃらないで。ユストクスから余り睡眠を取っていなかったと報告が上がっておりましてよ？」
「主の行動を勝手に喧伝するなんて側仕え失格ではないか…」
「近侍が諫めているのに、言う事を聞かない方がお悪いと思いましてよ」
だから此方に話が来るのだと微笑みを浮かべて義弟へ癒しを掛けている。
「わたくしに報告されたく無ければ健常な生活を送って下さいませね？」
「…善処しよう」
「はい」
この二人を見ていると、年齢が逆転している様に感じる時があるな。
「ローゼマイン、其方はコンスタンツェ姉上の様だな」
同時に良く金の瞳を尖らせて、威嚇していたシュミルのブラウを連想させる義妹の軽い身体を抱き上げて膝に抱き上げてみる。
「コンスタンツェ様、二番目のお姉様ですか？」
「ああ、姉上に悪戯をするとこっぴどく叱られたものだ」
「…何をやっておりますの」
お茶に改めて手を掛ける。
「ああ？気に入りのリボンを隠したり、椅子にタルクロッシュの幼生を置いてみたり。他愛無かろう？」
「余りにもお子様の行動過ぎて何も言えませんわ」
実父や実兄達に抱き上げられ慣れているのか、膝に乗せても大きな人形の様に大人しくしているな。…温い。
「後は勉強を長くサボると必ずお小言を言いに来ていたな。当時は煩わしいと思っていたが、将来を見据えて苦言を呈してくれていたと今更ながら気付いてな」
良い香りのする常闇にも癒されながら、姉上の怒り顔を懐述する。
…そう言えば母上には困った顔をされた事はあれど、お叱りを受けた事が無いと気付く。
「左様ですか、コンスタンツェ様とは仲が宜しかったのですね」
義妹が卓から茶器を取ろうとしているのに気付き、義弟がそれを差し出したのに礼を言いい口を付けている。

義弟が義妹の執事の様に見えるな。

「一方的に小言を貰っていただけだが？」
「あら、お小言って気力も体力も使いますのよ？お姉様は兄様が心配で大事だから何度も叱ってましたのよ、きっと」
リヒャルダやカルステッド達が叱るのも将来憂える事のない様に、諭し導く為だとしたり顔で微笑んでいる。
「そうなのか。…とういう事はローゼマインはフェルディナンドが大事なのか？」
義妹の持つ茶器を卓に戻して遣りながら何気無く尋ねてみる。
距離間でいうと義理の兄妹としては二人は少々近いからな。
私的にはお忍びで見た下町の子供達位の遠慮の無さだと思って見ているが。
「ぐっ…!?　ゲホッ…」
「あら、お兄様お茶が気管に入りました？お背中擦りましょうか」
「ふ…、大事無い」
「ええと、なんの話しでしたかしら？大事か大事じゃないかと言いましたら勿論大事ですわ、義理とは言え家族ですもの」
頬に片手を寄せた義妹が、きょとりとした眼差しで私を見上げる。
「血が繋がっていなくても？」
「わたくし達の場合は同じ方向を向いてますから。…領地を豊かにして住み良い環境を整えるという同志？ですよね、お兄様」
「…そうだな」
側仕えに渡された手布で口元を拭う義弟は若干違う感情も持ち合わせている様だが、このおっとりとした義妹は純粋に実兄達と同様に身内として接している様だ。
「ふむ？」
「ですから、同じ様に考えていらっしゃる兄様も御養父様も、御祖父様も周囲の方々もわたくしは皆が大事なのです」
小さな手が慈愛の笑みを浮かべながら身体を支えている私の手をそっと叩く。

やはり、優しい時の姉上の様だ。

「…私の、母上は？」
側近の報告では入城当初は敵対視されていて、母上は身分に沿う様に二人へ常に優秀である様にと強要していたと聞いた。
「何時かは分かり合いたい、と望みを持っておりました」
「左様か」
「ええ」
これは時々非常に貴族的で打算的だが、基本は慈愛と慈悲を極自然に施せる聖女に相応しい心根を持っているのだな。
「…妹のクセに生意気だ」
熱くなった目元を隠す様に目の前の頭にゴツリと額を寄せる。
「兄様痛いッ!?　頭グリグリも止めて下さいませ！」
「其方今、生意気にも兄を慰めようとしていたであろう」
「あら、分かりました？」
「フン、丸分かりだ」
「それは失礼致しました」



先程迄叔父上を始め領地の上層部の者達で話し合い、取り決められた今後の事を二人に改めて報告をする。
「…対外的には、母上は長年の心労から体調を崩されたので城から離れ、少し離れた土地で療養をされる事になったと冬の社交で報告される事になる。回復の望みは薄いとの医師の判断から社交からも身を引かれる事になろう」
私の報告に二人が頷く。

「それから、私が婚約者を領地に迎える迄はその間女性の社交はローゼマイン、其方が一族唯一の女性として掌握する事になるらしい」
「…はい！?」
「…そうなのですか！?」
「私も聞いて驚いた」
膝から下ろして私と義弟の間に座らせると、不安で一杯の表情で周囲を見渡した。
「わたくしに務まりますでしょうか…」
「兄上、社交面もそうですが体力面での懸念が大分大きいかと」
私もそれを指摘したと義弟へ頷く。
「父上が妻のエルヴィーラに後見として城に登城し、当面ローゼマインの補佐をするようにと伝えて欲しいとカルステッドへ打診をしていた。彼女はギーベ・ハルデンツェルの実妹だ、準備は全て任せて其方は聖女として微笑んでいれば良いらしいぞ？」
母親が自身に付くと聞き、安堵の息を吐く義妹の頭を撫でる。
「うう…なら、頑張ってみます」
「ローゼマイン、私も出来る限り助力しよう」
「お兄様ありがとう存じます」
「エルヴィーラの下にも数人が付く予定だ、幼い其方に負担が行かぬ様に私も手を貸そう」
「兄様も、ありがとう存じます」


女性の社交は腹の探り合いらしからな、適任者が城へ復帰出来る良い切欠となろう。

結果としては原作通り盛者必衰、因果応報、驕れる者久しからず、です。
ヴェロ様なりの正義と思惑があったのだろうけれど、他者には余り理解されないのですよ。
彼女も両親にネグレクト気味に育てられてそうだからね、コンプレックスの塊の様にわたくしには見えます。


ジル兄様には、ちょっぴり泣いて頂きました。
最終学年はフロレンツィア様獲得に勉学に燃えると良いよ。


ユストクス＆ボニファティウス様で
「沢山情報をお集めの様でしたのなら、朗報があるのでは御座いませんか？」
「そうさな。では実行犯、誘導犯、隠蔽犯この辺りを報告して頂きましょうかな」
「わたくしは存じ上げません、わたくしは親しい方々を日常の何気ないお話をしていただけですわ」

バージョンもあったのですけど、原作通りジル兄に母上を裁いて貰いました。




フロレンツィア様が婚約後来領されたら、諸手を上げて歓迎してファーストレディーの任を丸めてポイと進呈します。
「わたくしにアウブ夫人の代理等無理でした！　御義姉様後は宜しくお願い致します（TωT）ｳﾙﾘﾝ…」
ライゼガング系がそのまま次期アウブ夫人になっちゃえYOな雰囲気でしたが、ガン無視で虚弱強調して辞退。

「お兄様、わたくし気分が（ﾖﾛｰﾘ…）」
「む、また熱が出たかローゼマイン。直ぐに居室に戻りなさい（棒読）」
「まあ、ローゼマイン様はジルヴェスター様の喧伝通り繊細な方ですのね…（ﾁｲｻｲﾉﾆｵｷﾉﾄﾞｸ）」
「そうなのだフロレンツィア様、来た早々で申し訳無いが、共に女性の社交を掌握してくれるか？（棒読）」
「ええ、ジルヴェスター様（ｵｯﾄﾘ）」
「申し訳御座いませんがエルヴィーラ、後は任せても宜しい…？（ﾌﾗﾘ）」
「かしこまりました、お大事になさって下さいませ（ﾆｺﾘ）」
「さ、戻るぞ。掴まりなさい（棒読）」
「ありがとう存じますお兄様…（ﾍﾝﾆｬﾘ）」




次回はダイジェストで事のあらましから冬の貴族院への出発まで行けたらいいなあ。
「折角、折角ローゼマイン様にお仕え出来る様になりましたのに!?」
「ハルトムート、中級と下級が順番を待っていますから早く転移陣にお乗りなさいな」
思わず呆れていると、オティーリエも呆れの溜息を漏らした。
「わざわざお見送りに来て下さった姫様を煩わせるとは何事ですか」
（いや、わたしが見送りに来たの先に行ったフェルディナンド少年と兄様達だけど…）
「ローゼマイン様！何か私にお言葉を下さいませ！」
「言葉…、来年の資料にしますので一年生の講義内容を帰ってきたら教えて下さる？」
「かしこまりました喜んで！」
（ハルトムートがウザい…）




お粗末。