イヴァンカ・トランプ初来日公演

今回のテーマは、ドナルド・トランプ米大統領の娘、イヴァンカ・トランプ。大統領に先じて来日し、連日マスコミを賑わせました。その立ち振舞だけでなく、食べたものから着ている服まで取り上げられ、まるで大物歌手の来日公演のような有様。その様子から武田砂鉄さんが感じた、日本人が持っているある"スイッチ"とは一体何でしょうか?

「ハグをするのか握手をするのか、そういったところも見どころ」

「今回、トランプ大統領がカートから降りて、ハグをするのか握手をするのか、そういったところも見どころ」(NHK・岩田明子記者)と語る様は、なんだか『テラスハウス』で恋の進展をスタジオから見守る芸能人のようだったが、率先してゴルフカートを運転しながらトランプ大統領の機嫌を保とうとする安倍首相は、気に入られようとあれこれ尽くしすぎて、スタジオにいるYOU辺りから「逆にちょっとウザくない~?」と吹っかけられるタイプに見えた。

「相変わらず蜜月だぜ」だけを伝え合いたい2人に対して、それだけでいいのかと疑問を投げかけるのがメディアの最低限の役割だとは思うのだが、Yahoo!に載っていた産経ニュース配信記事には「トランプ氏来日 和田アキ子さん、ピコ太郎さん同席を批判」とあり、コメント欄で最も賛同を得ているのが「和田が文句をいう問題ではない」なのだから、ニュースなんか読むのを止めて、晴れ渡る秋の空、ピクニックにでも出かけたくなる。

ボン・ジョヴィを見るケネディ駐日大使

2013年、東京ドームで行われたボン・ジョヴィの来日公演にライブレビューの仕事で出向くと、斜め前の席が数席空いており、開演直前に駆け込んできたのが、キャロライン・ケネディ駐日米大使(当時)だった。たくさんの護衛に囲まれているわけではなく、歴史に悪名を残すなら今しかない、と思い立ちかねない至近距離だったが、幸いにもそういう気持ちは芽生えず、ミドルテンポの楽曲であろうと、腰をシェイクしながら豪快にリズムをとるケネディの後ろ姿に目を奪われていた。

パイプ椅子を敷き詰めた席にはシェイクするほどの空間の余裕がなく、ケネディのシェイクによって、隣の人がちょっと体を反らす必要が生じていた。シェイクを突然止めたケネディは本編を全部見ずに会場を足早に去り、周囲にようやく平穏がおとずれた。別に彼女は誰かに対してプレッシャーをかけていたわけでもなかったのに、皆が緊張していたし、彼女の気分を害するようなことがあってはいけない、とにかくこのまま楽しんでいただこう、との一体感に包まれていた。「アメリカの偉い人をもてなさないとヤバい」という極めてざっくりとしたコンプレックスって漏れなく染み渡っているものなのだな、その自動スイッチは自分にも内蔵されていたのだな、とケネディ離脱後のボン・ジョヴィを眺めながら痛感したのである。

マライア・キャリー的な余裕

さて、ドナルド・トランプ大統領の来日前に日本へやってきたのが、娘のイヴァンカ・トランプ大統領補佐官である。一体、あの過剰な報道の数々は何だったのか。成田空港のエスカレーターから降りてきて、取材陣の前で微笑む映像が繰り返された。おびただしいフラッシュにちっとも動じないイヴァンカの様子が誰に近かったかと言えば、政治家ではなく、マライア・キャリー的な誰かである。その余裕には、この後、東名阪3大ドーム公演に臨みそうな貫禄があった。彼女が宿泊するホテルの前にはいくつもの脚立が並び、彼女が着替える度にその「召し物」の詳細が伝えられた。イヴァンカとの夕食を、店の玄関口でお出迎えするもなかなかやってこないのでしばらく待ちぼうけを食らう首相、という映像も流されていたが、彼の熱烈な支持者はこういう構図に怒らないのだろうか。もしかして彼らも、アメリカの偉い人の機嫌を損ねさせてはいけない、という謎めいた高揚感を共有していたのだろうか。

彼女と安倍首相が参加した「国際女性会議WAW!」での演説を受け、「イバンカ氏基金に57億円拠出、首相が表明」とのニュース速報が流れた。その「イバンカ氏基金」との名称や説明が不正確であり、メディアの勇み足だとの声が強まったが、正確には「イバンカ氏が設立に関わった女性起業家支援基金」(東京新聞・11月4日)への拠出であったものを、スピーチの場で首相は「イバンカさんは、本年のG20ハンブルク・サミットで、女性起業家資金イニシアティブの立ち上げを主導されました。日本は、このイニシアティブを強く支持します。そして、最大拠出国の一つとして、5000万ドルの支援を行うことを決定しました」(「国際女性会議WAW!」安倍総理スピーチ・首相官邸HPより)と、イヴァンカが「主導した」と述べている。メディアの勇み足というより、イヴァンカの役割を盛り、「主導した」と評価することでご機嫌を保とうとした話者に問題があったのではないか。

来夏のサマーソニック辺りで戻ってきそうな感じ

世界経済フォーラム発表の「男女格差ランキング」で、昨年から更に3つもランクを下げて114位となった日本。その結果を受けた野田聖子総務大臣のインタビューが3日の朝日新聞に掲載されているが、政治の場で一向に女性議員が増えない現状を嘆く野田が、女性候補の擁立について二階俊博幹事長に尋ねると、「自然の成り行きでいいんじゃないか」と返ってきたのだという。政治分野は122位と昨年から20も順位を下げているが、その理由をこういった長老の鈍感さに見い出せそうだ。父・トランプによる数々の女性蔑視を放置してきたイヴァンカの講演を聞いた後、首相は「世界中の女性たちが立ち上がれば、世界のさまざまな課題はきっと解決できる」(AFPBB News)と述べたそうで、この方々の女性活躍のイメージが、引き続きドリーミングであることがわかる。今、そこにある問題ではなく、話のスケールを大きく膨らますことに酔いしれてしまう。

この原稿を書くため、イヴァンカ来日をどのように持ち上げたか、様々なニュース映像や記事に目を通したが、最もインパクトのあったタイトルが、日刊スポーツの「ミニスカ美脚イバンカ氏、服ミュウミュウ豚肉食べず」である。詰め込まれた情報が全てどうでもいいという皮肉の密度に圧倒されたのだが、記事を読めば、驚くべきことに皮肉ではなかったようで、「華やかさばかりが注目されがちだが、『仕事と母親のバランスを取ろうと、もがいている』と述べた。この日はひざ上のミニスカートで、美脚を生披露した」と、華やかさばかりに注目した記事を書いており、男女格差ランキングが低迷し続ける理由をここでも教えてくれる。

政治家ではなく、マライア・キャリー的な誰か……空港のエスカレーターを降りてきた時から「来日公演」っぽさを感じていたのだが、試しに「イヴァンカ・トランプ初来日公演」とパソコンに打ち込んでみると、もうそういう感じにしか見えなくなるし、来夏のサマーソニック辺りで戻ってくるのではないかというスケール感があった。そういうスケール感にすっかり飲み込まれ、メディアが隷従してしまったのが実に情けなかった。

(イラスト:ハセガワシオリ


『大人の学校:コンプレックス文化論 天然パーマを守り続けるわけ』
日程:2017年11月11日(土)
時間:12:00~13:00
場所:デジタルハリウッド大学 八王子制作スタジオ(旧三本松小学校)
東京都八王子市松が谷1番地
出演:有馬和樹(おとぎ話)、武田砂鉄
※入場無料(要予約)
http://newtown.site/archives/559

柴那典×武田砂鉄トーク『音楽を書く、カルチャーを書く』
日程:2017年11月12日(日)
時間:12:00~13:30
場所:デジタルハリウッド大学 八王子制作スタジオ(旧三本松小学校)
東京都八王子市松が谷1番地
出演:柴那典、武田砂鉄
料金:1,000円
http://newtown.site/archives/332

この連載について

初回を読む
ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜

武田砂鉄

365日四六時中休むことなく流れ続けているテレビ。あまりにも日常に入り込みすぎて、さも当たり前のようになってしったテレビの世界。でも、ふとした瞬間に感じる違和感、「これって本当に当たり前なんだっけ?」。その違和感を問いただすのが今回ス...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

moxcha まさに"この方々の女性活躍のイメージが、引き続きドリーミングであることがわかる。今、そこにある問題ではなく、話のスケールを大きく膨らますことに酔いしれてしまう" 11分前 replyretweetfavorite

kareigohan42 まだ読んでないけど、間違いなく濃ゆいのがくるぞ...! 20分前 replyretweetfavorite

fwgd2173 「今回、トランプ大統領がカートから降りて、ハグをするのか握手をするのか、そういったところも見どころ」(NHK・岩田明子記者)???????????? https://t.co/hcyxgUDhbC 31分前 replyretweetfavorite

hddz 「女性性の消費」とか「無意識の女性蔑視」みたいな主題が絡んでくるこういう話題に、武田さんは抜群に鋭い。 > 35分前 replyretweetfavorite