1982年に公開された、リドリー・スコット監督作品『ブレードランナー』は、当初の興行成績こそふるわなかったものの、時間をかけて支持が広がっていき、やがて80年代を代表するカルトムービーとして高い評価を得るにいたった。それまでのSF映画には決してなかった斬新な未来像が、その後の映画やアニメなどに与えた影響は計り知れない。
『ブレードランナー』劇中の設定は2019年。酸性雨が降りつづけるロサンゼルスの町並みは、空を飛ぶ車に代表されるテクノロジーの進化と同時に、アジア的な猥雑さに満ちていた。82年以降いかなるジャンルにおいても、『ブレードランナー』の影響を受けずに「未来の都市」を描けなくなったと断言しても差し支えないだろう。ここまで知名度の高い傑作の続編とはどのようなものか、映画ファンの期待も非常に高まった。今回、リドリー・スコットは製作総指揮の立場となり、監督に『メッセージ』(’16)などで知られるドゥニ・ヴィルヌーヴが起用されている。時代設定を前作から30年後の2049年とし、ロサンゼルス警察に所属する主人公K(ライアン・ゴズリング)の視点を通じて、『ブレードランナー』の「その後」を描く。
前作『ブレードランナー』は、逃亡した人造人間(レプリカント)を追跡する物語であり、その基本プロットは『ブレードランナー 2049』へと引き継がれている。レプリカントとは、人間と同じ血と骨でできた生物だが、遺伝子工学によって作られた存在である。場合によっては特定の寿命(4年)が設定されるなど、人間とは似て非なる者を指す(ロボットのように内側が機械でできているわけではない)。
『ブレードランナー』劇中、レプリカントは奴隷労働に使役させられていたが、一部が人間に反乱を起こして逃亡したため、発見して射殺する必要性が生じた。その仕事を請け負うのがブレードランナーである。4年で死んでしまうレプリカントは「より長く生きたい」といかにも人間らしい望みを抱き、レプリカントの寿命を延ばす方法を知っている可能性のある唯一の存在、タイレル社の社長タイレルに会おうと試みる。
映画批評家の加藤幹郎は、『ブレードランナー』についてこのように述べている。「自分がいつどのように生まれ、そしていつどのように死んだのか、それを自分の言葉で語りうる者はいない。自分の始まりと終わりについて語ることができるのは、いつも自分以外の他人であり、そしてそれらが語られる宛先もまたつねに自分以外の他者である」*1。
加藤が述べるように、『ブレードランナー』のテーマとは「自分自身を知ることの不可能性」であったようにおもわれる。われわれは親から小さな頃の写真を見せられ、かつてのできごとを教えられる。しかしそれらが本当であるかどうかなど、どのようにして確かめればいいのか。自分自身の由来とは自分以外の他者によってしか語り得ず、それらが真実かどうかの検証がむずかしい。だとすれば、聞かされた話をただ信じるほかに選択肢はないだろう。
『ブレードランナー 2049』の主人公Kもまた、そのようにしてみずからの過去を与えられ、疑うこともなかった。ゆえに平穏だった彼の人生は、捜査を通じて生まれた「自分は何者であるのか」という問いによって揺さぶられる。主人公をとらえて離さないその問いは、非常にドラマティックだ。
前作『ブレードランナー』には、自分が人間だと思い込んでいたレプリカントの女性、レイチェルが登場した。レイチェルが持つ幼少の記憶は、模造され埋め込まれた偽物であったことが判明する。しかし、観客である私たちの記憶が真正である証拠もまた存在しない。自分自身の生い立ちは、それが他人からしか与えられないがゆえに、大きな謎となるのだ。誰もが自己の成り立ちにまつわるイメージを抱いて生きているが、そうしたイメージがいかに壊れやすく根拠がないものか、つきつけられるような気がしてならない。
『ブレードランナー 2049』は、主人公が自分自身の過去を探るその旅路を通して、自分が自分であることの不確かさを描く。加藤幹郎は、『ブレードランナー』は「自己同一性(単一回答の存在根拠)という概念そのものを疑義にふす映画だ」*2と述べている。われわれは自己イメージに固執するが、そうした思い込みを捨て去ったときに、本当の人生が始まるのではないか。そうおもわせるだけの迫力が、『ブレードランナー 2049』にはある。
*1 加藤幹郎『「ブレードランナー」論序説 映画学特別講義』(筑摩書房)p4
*2 加藤幹郎『「ブレードランナー」論序説 映画学特別講義』(筑摩書房)p162
『ブレードランナー 2049』
公開日:10月27日(金)
劇場:全国ロードショー
製作総指揮:リドリー・スコット
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:ライアン・ゴズリング、ハリソン・フォード、ロビン・ライト、ジャレッド・レト、アナ・デ・アルマス、シルヴィア・フークス、カーラ・ジュリ、マッケン ジー・デイヴィス、バーカッド・アブディ、デイヴ・バウティスタ
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント