ライターの小野洋平です。
みなさんは日本で初めてラーメンを食べた人物をご存知ですか?
これまで、長きにわたって有力とされていたのは「水戸黄門」こと徳川光圀が日本初という説。しかし、それを覆す新説が2017年7月に浮上したのです。
何でも、史料『蔭涼軒日録(おんりょうけんにちろく)』において、黄門さまの時代からさらにさかのぼること200年、室町時代に“ラーメン”にまつわる記述があったとわかったのだとか。京都の僧侶が来客に『経帯麺』(中華麺を使っているためラーメンと定義)をふるまったとの記録が残されていたそうです。
これまで、ラーメンの歴史では、水戸黄門こと徳川光圀が最初に食べたとされていましたが、今回、それ以前にラーメンのルーツとなる中国の麺料理が室町時代に食べられていたことがわかりました。
こうなると、気になるのは水戸のラーメン屋さんです。
水戸には日本最古のラーメンを売りにした「水戸藩ラーメン」を出すお店があるのですが、その「最古」という前提が揺らいでしまった今、店主の胸中は穏やかでないかもしれません。動揺して落ち込んでいるのでは? 水戸藩ラーメンの名店を食べ歩きつつ、店主の気持ちを聞いてみました。
色鮮やかな水戸藩ラーメンとご対面!老舗中華「大興飯店」
最初に訪れたのは、水戸駅からバスで15分の場所にある「大興飯店」。これぞ大衆中華という佇まい。赤い暖簾に、思わず引き寄せられます。
ランチタイムとあって多くの学生、サラリーマンでにぎわう店内。中華系の定食メニューが豊富に揃っていてどれも気になるんですが、今日は「水戸藩ラーメン」一択。
奥の座敷には、店の目の前に校舎がある茨城大学サッカー部・歴代卒業生による色紙がズラリと飾られていました。何でもここはサッカー部御用達で、部員の要望によって生まれた「スタミナ丼セット」なる、特盛メニューもあるらしいです。こちらも超気になるんですが、今日は「水戸藩ラーメン」です。
というわけで、さっそくご登場いただきましょう。こちらが大興飯店の水戸藩ラーメンです。
おお、なんだか色鮮やか。日本最古とかいうからもっと地味な感じかと思ってたよ、ごめん。
赤いのはクコの実、緑はニラ、黄色はタケノコです。
水戸藩ラーメンには、レンコンを練り込んだ麺、具材は基本的にチャーシュー・たけのこ・しいたけを使うそう。
そして、もう一つ欠かせないのがこちら。
『五辛(ごしん)』と呼ばれる5つの薬味です。正体はねぎ、にら、にんにく、しょうが、らっきょう。漢方医学に由来しており、滋養強壮に良いとされ、五臓の気を発するのだとか。なんだか最古っぽいウンチクが出てきたぞ。
おさらいすると、水戸藩ラーメンの基本的なルールは
・レンコンを練りこんだ麺を使う
・具はチャーシュー、たけのこ、しいたけ
・薬味の「五辛」を添える
ということのようです。
では、食してみましょう。
赤穂の天塩を使っているというスープは濃いめ、コクがあってうまいです。クコの実、ニラ、タケノコなどと絡めたり、五辛の香りや食感が加わると、また違った味わいに。味の変化が楽しく、最後まで飽きさせないラーメンでした。日本最古うんぬんを抜きにしても、ハイレベルな一杯です。
では、本題。店主の田山誠三郎さんにズバリ聞いてみましょう(実際は恐る恐る聞きました)。
「水戸藩ラーメン、日本最古じゃないっぽいんですけど、やっぱり落ち込んでおられますよね……?」
「いや、悲しいとか、そういう気持ちはないんですよね。そもそも、私たち自身は“最古”にこだわっていたわけじゃなくて、光圀公が食べたってことのほうが重要なので」
短い答えの中に、地元の偉人に対する深い尊敬の念がうかがえます。
「きっと、これからも古い史料が出てきて、さらに古いラーメンが確認されるんじゃないかな?」
あっけらかんとした笑顔で語る田山さん。決して強がっているわけではなく、本当に気にしていないようです。
「・・・いや、しかし田山さんが気にしていなくても、他の店主は落ち込んでいるかもしれない」
というわけで、別のお店にも聞き込みしてみたいと思います。
それはそうと、次は「スタミナ丼セット」食べに来ますね。
紹介したお店
店名:大興飯店(たいこうはんてん)
住所:茨城県水戸市袴塚3-9-16
TEL:029-226-5837
URL:https://r.gnavi.co.jp/mfb1ran40000/
でっかい具材に愛を感じる…!学生にもありがたい「宝珍楼」
大興飯店から徒歩1分の場所にある「宝珍楼」。
こちらも「ザ・中華」な店構えです。
店先には『医食同源 水戸藩ラーメン』ののぼりも。
水戸藩ラーメンはもともと、水戸市内にある製麺所が街おこしとして始めたものだそう。黄門さまの食事を研究していた料亭「大塚屋」(2008年閉店)に監修を仰ぎ、文献をもとに再現した「当時のラーメン」を水戸市内の飲食店で出すようになったといいます。
しかし、現在は食べられるお店が少なくなり、水戸市内では4店舗のみになってしまったのだとか……。
その数少ない水戸藩ラーメンの火を守り続けている一人がこちら、宝珍楼の店主・木ノ内久雄さん。その柔和な表情から特に落ち込んでいる様子はうかがえませんが、じつは深い悲しみを胸に秘めているかもしれません。
それはあとで聞くとして、まずはラーメンをいただきましょう。
大興飯店同様、メニューが豊富! この黄色い看板、イイですよね。
なお、こちらにも茨城大学御用達メニューがありました。部活ごとにオリジナルメニューがあり、特にバレー部の「ペガサス丼」が気になりましたが、それはまたの機会にとっておくとして……
「水戸藩ラーメンひとつください」
おお、これが宝珍楼の水戸藩ラーメン!
同じ水戸藩ラーメンでも、大興飯店とは見た目がけっこう違うんですね。聞けば、基本的なルールさえ守ればOKで、味付けや具材の提供の仕方は店ごとに異なるそうです。
分厚いチャーシューに、ほうれん草、しいたけ、たけのこ。どれもでっかく切ってあるのは「食感が楽しめるように」とのこと。
スープは鶏と豚、煮干しでダシをとったあっさり醤油味。やさしい味わいの和風ラーメンといった感じですが、具材のインパクトが強いので物足りなさを感じない。これもうまいです。
当然「五辛」もついています。こちらはそれぞれ小皿に取り分けて提供するスタイル。それぞれの薬味の、異なる風味を堪能することができます。
様々な工夫が凝らされた宝珍楼の水戸藩ラーメン。この日2杯目ですが、最後まで楽しく食べきることができました。
さて、では例の件について聞いてみましょう。
「水戸藩ラーメン、最古じゃなくなっちゃいましたね・・・」
「いやぁ~びっくりしたね」
「やはり、落ち込んでいるのか・・・」
「でも、こっちは光圀公が食べたって歴史があるから。最古だからというより、黄門さまのラーメンを食べたいってことで、全国から観光客の人が来てくれるんですよ。だから、特に気にはならないですね」
「事前に打ち合わせしてたんじゃないかってくらい、大興飯店と同じ答えが返ってきた……!」
水戸藩ラーメンの誇りは日本で一番古いことではなくて、あくまで黄門さまの方なんですね。それにしても、どちらの店主の方も黄門さまを「光圀公」と呼ぶあたり、水戸におけるその存在の大きさ、偉大さが感じ取れます!
紹介したお店
店名:宝珍楼(ほうちんろう)
住所:茨城県水戸市袴塚3-9-2
TEL:029-231-9318
URL:https://r.gnavi.co.jp/fuv6eaps0000/
いよいよ本丸…!水戸藩ラーメン研究会会長のお店「石田屋」
最後に訪ねたのは、昭和22年創業の老舗中華料理店「石田屋 水戸藩ラーメン」。店名に水戸藩ラーメンと入っているあたり、深い思い入れがありそうです。
住宅街の一画にありながら、海外からもファンが訪れるという人気店。テレビや雑誌の取材も多いそうです。
こちらが店主の石田さん。「水戸藩ラーメン研究会」の会長も務めておられるため、恐らく今回の事態を最も重く見ているであろうお方です。
ただ、重い話は後にして、まずはラーメンをいただきましょう。
先の2杯と、これまた見た目がぜんぜん違いますね。
鶏ガラスープとの相性を考慮し、鶏肉のチャーシューを採用。麺は水戸藩ラーメン誕生のきっかけとなった川崎製麺所のものを使っているそうです。
こちらがその麺。レンコンが練り込まれているためか、日本蕎麦みたいな見た目です。一般的な中華麺よりモチモチしていて、鶏ガラスープとの相性も抜群なんだとか。
もちろん、「五辛」もついていますのでご安心を。ねぎ、にら、にんにく、しょうが、らっきょう・・・いずれも名脇役で、さしずめ助さん、格さん、うっかり八兵衛、風車の弥七、霞のお新といったところでしょうか。
3杯目ですが、おいしくいただきました。スープはあっさり、麺はシコシコ、これぞ日本のスタンダードなラーメンという感じがします。もう、これが最古でいいんじゃないかしら。
では、最後に会長にもその心境を伺ってみましょう。ちなみに、石田屋の出前用の車には「日本で初めて」とハッキリ書かれていました。
これはさぞ、複雑な思いを抱かれているはず……!
「さぞかし複雑なお気持ちでいらっしゃるかと思いますが・・・」
「別になんとも思ってないですよ」
「ありゃ」
「光圀公、黄門様が食べたという事実がある限り、水戸藩ラーメンに変わりはありません。悔しさよりも、今回のニュースで水戸藩ラーメンが改めて注目された、嬉しい気持ちの方が強いんですよ。これからは水戸藩ラーメンを全国の人にも知ってもらいたいですし、提供する店舗をさらに増やしていきたいんです」
「たしかに、あのニュースがなかったらこの記事は誕生しなかった……!」
というわけで結論。
水戸藩ラーメン関係者は「最古」じゃなくても気にしていない。
「日本最古」のインパクトは強く、ご当地グルメとしてはかなりの引きだったはずです。しかし、その引きが失われたとて水戸藩ラーメンのおいしさ、さらには黄門さまが食したという歴史的事実は揺るがない。
店主たちは意外なほどあっけらかんとしていて、むしろ今回のことを水戸藩ラーメン再興のきっかけにできないかと考えているようでした。
今回のニュースで「水戸藩ラーメン」を知ったという人も多いのではないでしょうか? 黄門さまも食べた唯一無二のラーメン、ぜひ現地で味わってみてください。
紹介したお店
店名:石田屋 水戸藩ラーメン
住所:茨城県水戸市柳町1-6-23
TEL:029-226-8966
URL:https://r.gnavi.co.jp/bdtr5ma10000/
プロフィール
小野洋平(やじろべえ)
1991年生まれ。編集プロダクション「やじろべえ」所属。服飾大学を出るも服が作れず、ライター・編集者を志す。自身のサイト、小野便利屋も運営。
http://yajirobe.me/
https://onobenriya.com/